国民的アーティストなき時代でも、ヒットメーカーでありたい。決済事業から米国アクセラレーターへの参画まで手掛ける、エイベックスの新規事業戦略

2018.09.25 18:00

avex01_01.jpg

昭和の歌謡曲の時代も、90年代のJ - POPの時代も、ヒット曲の数々が世の中を彩っていた。毎週のヒットチャートを見れば、何が流行っているのか一目瞭然だった。テレビの歌番組が話題の中心にあった。
 でも、今は違う。シングルCDの売り上げ枚数を並べたオリコンのランキングを見ても、それが果たして何を示しているのか、判然としない。流行歌の指標がどこにあるのかわからない。それが今の日本の音楽シーンの実情だ。
(柴那典『ヒットの崩壊』より)


20世紀的なヒットの方程式が崩壊した今、新時代のスーパースターやエンターテインメントを生み出すべく、奮闘している組織がある。エイベックス株式会社だ。

1990年代に「レコード会社」として躍進したエイベックスは、時代の変化にあわせて姿を変えてきた。2005年には自ら「第2の創業」と位置づけ、「脱レコード会社による総合エンタテインメント企業化」を標榜し、事業の軸を音楽ソフト制作から映像事業やマネジメント、ライブ事業に転換することに成功。

しかしその成功に安住することなく、2015年末、CEO松浦勝人氏を中心に全社的な構造改革を開始した。組織・人事制度・風土改革、コミュニケーションの活性化を企図した新オフィスへの移転から、「エンターテインメント×テクノロジー」を重点領域とした新規事業創出の強化まで、時代の変化にあわせた新しい価値創出のエコシステムの形成に取り組んでいる。

そして迎えた2018年4月。創業30周年であり、「第3の創業」と位置付けるこのタイミングで、松浦氏の直下に、新規事業・イノベーション創出に取り組んでいく部門「CEO直轄本部」を設立した。また、2018年5月には、松浦氏が社長の座をCOO・黒岩克巳氏に譲り、自身は新規事業開発と新しい形のヒットアーティスト創出にコミットしていくことを発表。

さまざまな最新テクノロジーが興隆し、音楽体験の様相がますます変わっていく2020年代に向けて、エイベックスはいかなる戦略を取っていくのか。グループ執行役員で、CEO直轄本部長を務める加藤信介氏に話を伺い、エイベックスが取り組む、新規事業を中心とした新時代の価値創出の要諦に迫った。

決済事業から米国アクセラレーターへの参画まで。CEO直轄本部発のイノベーションが続々創出

加藤氏によると、CEO直轄本部が設置された目的は、「エイベックス全社の構造改革に、既存事業の範疇外の領域でよりブーストをかけていく」ことだという。設立から数ヶ月が経過したが、既にその成果は現れはじめている。

新たなアーティストとファンの経済圏構築を目指し決済事業に取り組む子会社「エンタメコイン株式会社」、株式会社メタップスとのジョイント・ベンチャー「株式会社mee」、株式会社エクシヴィと、VTuberとVRを活用した新たなアニメ表現を追求する「AniCast Lab. 」の設立など、CEO直轄本部発の新プロジェクトを続々と創出。

米国トップクラスのアクセラレーター(起業家支援プログラム)である Techstars, LLCが運営する音楽特化プログラム「Techstars Music」への参画も発表した。その他にも、公表はできないがM&A済みの案件や、新たな事業創出のタネもいくつも仕込んでいるそうだ。

加藤氏は新規事業の注力領域として、特に「VR/AR/MR」「バーチャルYouTuber」「ゲーム」「フィンテック/ブロックチェーン」「インフルエンサーマッチング」「ライブ配信/ライブコマース」を挙げるが、それに限らないという。

「エンタメコイン株式会社」・「株式会社mee」(フィンテック)や、「AniCast Lab. 」(バーチャルYouTuber、VR)など、掲げている注力領域での事業立ち上げはもちろん、他にも意欲的な取り組みを進めている。

たとえば、海外とのオープンイノベーション。「Techstars Music」への参画は、グローバル最先端の音楽×テクノロジーのエコシステムに入り込み、日本国内やアジアにおけるジョイントベンチャー設立や独占販売権の獲得といった、先鋭的なアイデアや技術を持った海外スタートアップとの協業推進を企図している。

他にも、新規事業目線でのライフスタイル領域など、エイベックスが推進すべきでかつタグライン「Really! Mad+Pure」に合うものであれば、領域に固執せず積極的にチャレンジする予定だという。

具体的な進め方としては、松浦氏とディスカッションしてトップダウン的に形にするパターンもあれば、メンバーの想いをもとにボトムアップ的に形にするパターンもあるという。また、エイベックス内部だけにとどまらず、業務委託でのパートナー契約、外部企業との提携やM&Aも積極的に活用する方針とのことだ。

avex01_02.jpg

加藤信介氏

加藤:これだけエンターテインメントを取り巻く環境が変化する中で、既存事業の中に留まらないけれどもチャレンジすべき事案も増えてきました。これまでだったら、そういった事案は誰がボールを持てばいいのか不明確で、隙間に落ちていたかもしれなかった。でも今はCEO直轄本部主導で進めていけるようになりました。

社員のアイデアもそう。良いアイデアだけでは事業は生まれません。会社として、想いを持った社員のアイデアのブラッシュアップや事業化を支援し、さらに予算もつける役割を組織として明確に作ったことで、既存の組織では溢れていたボールを拾えるようになったんです。

「浸透と息吹」の1年から、ファクトをつくる1年へ。CEO直轄本部設置の意図

既存事業、新規事業に関わらずイノベーションに向けたスピードが格段にアップしたエイベックス。その一因には、全社構造改革があるという。では、構造改革はなぜ行われたのだろうか。

構造改革の背景には、音楽業界を取り巻く外部環境の変化がある。ユーザーがエンターテインメントに価値を見出すポイントが「所有」から「体験」へと変わり、テクノロジーも進化した今、20世紀後半のように、テレビに出ている一人のスターに全国民が熱狂することはなくなった。「環境の変化はチャレンジングではあるが、逆に新しいスターや価値を創出できるチャンスでもある」と加藤氏は捉える。こうした環境変化に合わせて、できるだけスピーディーにイノベーションを起こせるように、組織の階層や各部署に付与する決裁権限を見直したり、社員をエンパワーメントすることを重視する人事制度や風土の再設計や、コミュニケーションを喚起するためのオフィス環境整備を断行したそうだ。構造改革後の1年間を、加藤氏はこう振り返る。

avex01_03.jpg

加藤:外部環境が変化する中で、僕たちは過去のやり方にとらわれない新しいやり方で、新しいエンタテインメントを創出し続けなければいけない。構造改革後の2017年4月から2018年4月は、構造改革が絵に描いた餅に終わらないように改革後の風土や制度運用を徹底して、「本当に変わるんだ、変わらなければ」という意識の定着と、その中で新しい息吹を起こそうとしていた1年でした。

その後、改革の成果を新規事業という形で世に出していくために設置されたのが、CEO直轄本部。よりスケールの大きな取り組みを、よりスムーズな意思決定で行なっていくために、松浦氏の直下に、新規事業推進の機能をもった組織を置いたという。

加藤:構造改革後の1年間は改革の「浸透と息吹」に砕心し、自分もそこに対してコミットしていたのに対し、今年はより具体的なファクトを積み上げていかなければいけないとの想いで、既存の担当領域に新規事業開発を加える形でCEO直轄本部を設立しました。

国民的アーティストなき時代でも、ヒットメーカーであり続けたい

加藤氏は、2020年代にかけてのエンターテインメントの潮流を、「ヒットアーティストやヒットコンテンツを自社で持っていることの価値が、ますます増していく」と展望する。テクノロジーの進化やグローバル化がますます進展するからこそ、単一コンテンツの射程距離はより遠くなり、発信する方法も増えるというのだ。

たしかに、テレビやCDを中心とした20世紀的な"ヒット"はもう生まれない可能性が高いだろう。しかし、インターネットが世界中に深く浸透した今だからこそ、グローバルにコンテンツが広がっていきやすいこともまた事実だ。従来のスーパースターは、一握りのトップアーティストたちがヒットチャートやテレビを独占する形だったが、新時代のスーパースターは、さまざまなタイプが共存していく形になるという。

加藤:日本中の誰もが特定のアーティストに熱狂するような状況は、もう生まれないかもしれません。しかし、YouTubeをはじめとしたインターネットサービスが普及した今だからこそ生まれるヒットもある。ピコ太郎やBIGBANGはその好例で、一国に止まらず、世界中に広がっていきました。昔とは形態が変化していますが、今後もスーパースターは生まれ続けていくはずです。

今後は、多様なジャンルやセグメントでスターが並存していくのが当たり前になっていくでしょう。だとしたら、プロデュースできるアーティストの数も増え、エイベックスのようなコンテンツホルダーにとっては、非常に喜ばしいことです。


外部環境が変化しても、ヒットアーティストをプロデュースする、エイベックスのコンテンツホルダーとしての価値は変わらない。むしろ、プラットフォームは数年サイクルで流行が入れ替わっていくが、コンテンツホルダーはプラットフォームのトレンドさえ見極めれば、永続的に価値を提供し続けられる。届ける場所がテレビからSNSや動画メディアに変わっても、アーティストそのものが持つ魅力は変わらないからだ。

avex01_04.jpg

加藤:ここまで紹介してきたように、CEO直轄本部主導で新しい取り組みに色々とチャレンジしてはいますが、「コンテンツホルダーとして、ヒットコンテンツを創出する」というエイベックスのコアコンピタンスは変わっていません。外部環境をうまく乗りこなし、会社としては価値あるコンテンツをどんどん世に生み出していきたいです。

その中でCEO直轄本部でやるべきなのは、その価値創出を「既存事業との両輪の役割」として新規事業という形でより骨太にすること。そして最終的には、新規事業の文脈で、コアであるコンテンツホルダーとしてのポートフォリオの強化にも繋げられればと考えています。


Tik TokやInstagram、Vineなど、新たなプラットフォームが次々と登場している。動画や写真など、それぞれに適したコンテンツのフォーマットが異なるので、そのルールを見極めることは必要不可欠だ。しかし、プラットフォームが移り変わっても、エンターテインメントの価値の源泉が演者であることは変わらない。多数のアーティストを抱えるコンテンツホルダーは、今後も重要な存在であり続けるだろう。エイベックスも、まさに新時代のコンテンツホルダーを目指しているが、この外部環境変動の波を捉え切ることができるだろうか。今後の動きにも注目していきたい。

取材・執筆:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512



編集:岡田弘太郎

1994年生まれの編集者 / DJ。『SENSORS』シニアエディター。大学在学時に『greenz.jp』や『SENSORS』で執筆、複数のウェブメディアで編集を経験し、現在は編集デザインファーム「inquire」に所属。関心領域はビジネス、カルチャー、テクノロジー、デザインなどを横断的に。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。
Twitter:@ktrokd

最新記事