大きく変わるメディア界、生まれてくるコンテンツの潮流とはー志村一隆×土屋敏男トークバトル

2015.08.12 18:00

7月24日、下北沢B&Bで行われた『群像の時代』刊行記念トークイベント。『群像の時代』著者でありコンテンツの民主化を説くメディア研究者・志村一隆。「アートやコンテンツメイカーの知的営為と情熱は簡単には群像によって代替されることはない」という、『電波少年』のプロデューサーとしても有名なLIFEVIDEO代表取締役・土屋敏男。異なった立場からメディアを見つめ続けてきた二人がメディア/コンテンツの明日について語ったディスカッションの模様をレポートする。

■デジタル・テクノロジーが"表現"の可能性を民主化する群像の時代

(左)志村一隆氏:メディア研究者 (右)土屋敏男:日本テレビ放送網編成局専門局長、LIFE VIDEO株式会社代表取締役ディレクター

21世紀以降、情報技術は日進月歩で進化・発展してきた。とりわけオンライン/オフラインでの流通革命は特筆すべきものがあるが、誰もがスマートフォンを持ちソーシャルメディアで発信を始めるようになると情報の非対称性は均一に近づいていき、"一億総表現者時代"という言葉にも耳慣れてきた。

WOWOWに勤務後、情報通信総合研究所などで、日本と海外のメディア/コンテンツの最先端動向を研究してきた志村一隆氏の新刊『群像の時代 動きはじめたメディアコンテンツ』の発売を記念したイベントがB&Bで行われた。

書籍のタイトルにもなっている「群像の時代」とは映像が大量生産&消費されるようになっていることを表す。(本著156頁、ポット出版)なお本著は非再販となっており、小売店で値付けが自由にできるようになっているという。

コンテンツとしての高価な映像とコミュニケーションのツールとして使われる安価な映像が入り交じる群像の時代。
「悪貨は良貨を駆逐する」ではないが、量で凌駕する安価な映像は、映像がコンテンツとしてしか存在し得なかった時代にできた映像文法を変化させるだろう。 引用:『群像の時代』(ポット出版、165頁)

視聴率30%を超えるなど、知らない人はいない番組「電波少年」シリーズのプロデューサーとして知られ、現在は個人の人生のドキュメンタリーを製作するLIFE VIDEO社の代表取締役を務める土屋敏男氏が刊行記念イベントに登壇。

「Vineは次の主要な動画メディア足り得るか?」「最近で世界一売れたコンテンツは『アナ雪』か?」「すべての物語は古典の焼き直しにすぎないのか?」など、話題はコンテンツを中核に巡っていったが、まずは来月にサービスが開始されるNetflixから始まった。

■グローバルプラットフォーム&コンテンツメイカーの登場

映像配信サービス「Netflix」が、日本でサービスを開始すると言われる。世界50カ国以上でサービスを展開するグローバルプラットフォーム&コンテンツメイカーだ。

志村:
Netflixがきますね。どう捉えていますか?
土屋:
Netflixってね、ズルイと思うんですよ。
志村:
どうしてですか?
土屋:
例えばエミー賞を獲った『ハウス・オブ・カード』って1シーズンに100億円かけてるって言われてますよね。それでCEOが「うちはビッグデータから作品を作ってると言われますが、違うんです。作り手の自主性に任せて自由なことをやっていただきます」と言ってるわけですよ。嘘でしょ!そんな作り手にとって天国みたいな時代が来ると思います?(笑)それは俺は罠だと思うんだよなあ...。いい話には絶対に裏があるって教わってきたので...。
志村:
でもある意味『ハウス・オブ・カード』って観る人の気持ちに立ってないですからね。作り手が勝手に難しくして、観ていて疲れませんか?
土屋:
でも僕結局シーズン2までいって、たぶんシーズン3はNetflixが上陸して配信されるのにまんまと引っかかる...。もう罠にかかって、心待ちにしていますよ、ぶっちゃけ(笑)だから本当になるべくアメリカドラマは観ないようにしていますもん。これ以上、はまったら大変だと思って。だって、面白いもん。
志村:
面白いことは面白いですけどね。
土屋:
何が一番決定的かというと、かけられてるお金なんですね。やれ多チャンネルだといってBSだCSだといっても、基本的には地上波よりもお金はかけられないわけですよ。それはYouTuberだって同じなわけで。ところがNetflixは初めて地上波よりもお金のかかったものを出してくることになる。これは今までと全然違うことが起こると思います。
志村:
世界で稼げますからね。
土屋:
54カ国くらいで出してるから100億円かけてもいいわけですよね。ようするにインターナショナルなプラットフォームでインターナショナルなコンテンツを作るステージに来た。

■︎最近世界で一番お金を稼いだコンテンツ?パッキャオVSメイウェザーと『アナ雪』

土屋:
ところで志村さんは最近、世界で一番お金を稼いだコンテンツってなんだと思いますか?
志村:
『アナ雪』?
土屋:
あ、しまった...。その手があったか。『アナ雪』かもしれないな。単発ですが、僕はパッキャオVSメイウェザーだと思うんですよ。

5月2日"世紀の対決"として全世界の注目を浴びた世界ウエルター級王座統一戦。(左)5階級制覇王者のフロイド・メイウェザー選手(右)マニー・パッキャオ選手(写真:allsports.comより)

志村:
あ、はいはい。あの放映権のせいで、WOWWOWがドラマを作れなくなっちゃったらしいですね。
土屋:
とにかく勝った方のメイウェザーが250億円でしたっけ?要するにアメリカの人が1万円くらい出して観てるわけでしょ。世界中の売り上げはグロースで1,000億円近いんじゃないですか?そんなことが世界で起こるようになってきてることが面白いと思うんですよ。
志村:
メイウェザーVSパッキャオの一戦はコンテンツということですよね。
土屋:
ようするに世界中が夢中になるというか、金を出しても観たいと思うコンテンツを作り出せば1,000億円を稼ぎ出す可能性があるっていうのは一つ考えてもいいテーマだと思います。
志村:
それでもワールドカップ、オリンピック、ヘヴィー級くらいですかね?
土屋:
いや、もっとありますね。1,000億円ネタだから言えないけど(笑)それがワクワクするかとか、どっちが勝つんだろうみたいなことも含めて、その前の物語があるわけじゃないですか。世界最強の男のボクシングをどういう形でやるのか、もっとアルティメットな形でやるのか、別に格闘技じゃなくても、知の巨人同士の戦いでもいいかもしれないし。

■『半沢直樹』と『家政婦のミタ』:テレビが暇つぶしではなくなった瞬間

土屋:
10何年前に深夜で"テレビ論"みたいな番組をやったことがあるんですよ。その時にスタジオに来ていた女子高生に「え、テレビって暇つぶしでしょ」って言われて...。正直、暇つぶしで作ってる意識はなかったから、えらいショックを受けたんですね。一応やっぱり「電波少年」みたいな番組は捕まることもやむなしみたいな覚悟でやっていたので。それから10数年「テレビは暇つぶしなのか?」ということを考え続けてやってきたわけですけど、その答えを今日発表します。やっぱりね、暇つぶしだと思うわけですよ。(会場爆笑)観てる人がそう言うわけですから。なんとなく寂しいから付けておくってまさしく暇つぶしじゃないですか。この暇つぶしの部分がSNSやLINEに食われているということだと思うんですよ。でも、じゃあテレビが100%暇つぶしかというと、そうじゃないこともある。
志村:
お、なんですか?
土屋:
例えば、「感動した」とか「えらい面白かった」「心を動かされた」っていうのは暇つぶしとはちょっと違うと思うんですよ。テレビって実は視聴率以外に"Qレイト"(好感度)っていうものがあるんですよね。「あれはすごい面白かった」ということの定期的なアンケートを取ってるわけです。実はQレイトって視聴率とリンクしないんですよ。視聴率は大して高くないけど、Qレイトは高いものがけっこうある。「テレビは暇つぶしである」っていうことに送り手側が最適化して、Qレイトを無視すると、スマホみたいな暇つぶしに取って代わられてきた。暇つぶしって"小さなニュース"って言い換えてもいいかもしれないけど、友達が何をしたとか、何を食べてるとか。小さなニュースの方が身近なわけですよね。だからテレビが最近3, 4時間の特番みたいな長いのをやってるけど、頭から最後まで観る人をイメージはしてないと思うんですよ。


志村:
瞬間ごとですか。
土屋:
民放だとCMがあるから、途中から入ってきて、途中で抜ける。そのイメージの集積のトータルっていう感じだと思うんですよ。最近のテレビでもそうやって作られてるものが多くなってきてますよね。「電波少年」では最初から最後まで観てくれるものだと思って作っていた。一方で今もそういう作り方をしているところもある。
志村:
NHKですか?
土屋:
そう。民放は特にバラエティーでは暇つぶし的な視聴者ゾーンを狙っているところがあるけど、NHKの人たちはそんなこと微塵も思っていない。もっと言えば、民放の人は自分の作っているものを「番組」って言うのに対して、NHKの人は「作品」って言いますし。

2011年10月12日から12月21日まで日本テレビで放送されたドラマ。最終回の視聴率は40%を記録した。『家政婦のミタ』はHuluで視聴可能

土屋:
調べてみるとNHKのQレイトってけっこう高いんですよ。例えばLINEで友達が何かをしてるって別にQレイトは高くないですよね。「お前と別れる」って言ったらある種のQレイトは高いのかもしれないけど、意味は違いますよね。テレビのQレイトが高くて盛り上がるものって正直、ドラマが多いんです。ひょっとしたらもう二度とない夢かもしれないけど、『半沢直樹』(TBS)とか『家政婦のミタ』(日本テレビ)とか。視聴率が高いこととQレイトが高いことの一致。テレビの60年史で近年あったことですよね。40%はまだあるんだろうって僕は思った方が良い気がしますね。
志村:
それは毎回狙った方がいいもんなんですかね?
土屋:
40%取るってある種異常なことですからね...。『半沢直樹』にしても『家政婦のミタ』も、まさかああなると予測した人はいないわけですよ。テレビ60年の歴史でみんなが「これは行くぞ!」っていったやつで当たったことはまずない。『半沢直樹』にしても女性主役じゃない、恋愛がほとんどない、銀行の難しいシステムの話がある。これまでそこそこ当たってきた理屈からは大きく外れている。
志村:
でもそれを狙うのはなかなか難しいですよね...。
土屋:
みんなが全員でそうやってれば何かは当たる。そうするとテレビは進化していくんですよ。テレビがなんとなくこのへんが視聴率がいいからと続けていれば、右肩下がりになってしまうということだと思いますけどね。

■携帯小説もYouTuberも"クリエイティブの奇跡"を起こせない?

志村:
映画にしても小説にしてもフォーマット化されてますよね。一般の人の"暇つぶし"の側から次の流行る映画みたいなものが出てくる気がします。
土屋:
今でもあるかもしれないですけど、"携帯小説"ってありますよね。あれって7〜8年経ってると思いますけど、今のところ何にもなってないですよね。YouTuberにしてもこれと同じなんじゃないかなと。ようするに恋して別れて、不治の病にかかって、家族は複雑でみたいな。漫画みたいに次から次へと継ぎ接ぎして、「泣けました!」と。なんというかこれって本当のクオリティとは別の話で、どこにもたどり着かないという気がしますよね。
志村:
なんというか、お話のブロックというか、昔話の筋みたいなものって、映画でも小説でもほとんど一緒じゃないですか。あれは携帯小説だったから廃れちゃっただけで、これからはもっと映像やテキストとか音楽を挟んで、マッシュアップさせていくんじゃないですか?
土屋:
うーん、それでもどこにもたどり着かないと思うんですよ。当事者間は作ってることが楽しいから、それはいいけど、ビジネスには絶対にならない。それを極めたところでコンテンツ制作者として食えることはないし、それが説得力を持つこともないと思う。PVを追い求めた先に面白いものはなくて、コンテンツというか、クリエイティブの奇跡みたいなものの筋の先にしか心を動かす可能性はないんじゃないですか?
志村:
でも楽しむ側からみると、本当に暇つぶしじゃないけど、作ったり友達のを見たり、「時間が潰れればそれでいいよ」という感覚なんじゃないですかね。これからはたまに『アナ雪』を観たり、メイウェザーの試合が来たりくらいになるんじゃないですか。
土屋:
やっぱり人間が脈々とつないできた知的生産物をきちんと振り返りながら、それをちゃんとリレーしていこうとする世界を作っていくためにはどうすればいいかは考えた方がいいと思うんですよ。
志村:
そもそもそういったものを面白いって思う人が少なくなってるのかもしれないですね。
土屋:
その可能性は信じないと。だって僕らだってチャラチャラしてきたわけですけど、例えばある時たまたま太宰治を読んで「自分は失格だ」と思い、ひょっとしたらこの機会に『火花』を読んで「あー、純文学っていいな」となるかもしれない。ようするに何がキッカケで人間が変わるかは分からないわけですよ。

■物語は100年に一度、紫式部のような天才によって作られる?

志村:
テレビではどうですか?

月曜日の23:59 - 翌0:54(23:59 - 24:54)に放送されている日本テレビのバラエティ番組。(写真:番組HPより)

土屋:
やっぱりさっきも言ったQレイトが高いものですよね。最近でいうと、『月曜から夜ふかし』。視聴率もそこそこ良いんですが、Qレイトが高いんですよ。「なんかとっても好きだ」っていう部分を送り手側の意識として諦めてはいけない。

(編注:この番組に関しては、ドワンゴ会長室エグゼグティブ・プロデューサーの吉川圭三氏も高い"情報の圧縮性"を挙げている。)

昨今の番組は「情報が薄い」番組が多い。<中略>比べて「月曜から~」は強烈に圧縮しているし「音声・画像情報の配置」も上手いので、見始めると一瞬も目が離せなくなる。脳に対して一番心地よい形を演出をしている。そして余計な「演出上の添加物」「過剰演出」「無駄なゲスト登場」がないので、まるで無添加野菜をシンプルに料理した様な旨みが番組から出ている気がするのだ。また飄々とした味もある。 引用:「月曜から夜ふかし」の魅力(BLOGOS、2015年5月8日)
志村:
でも最近ネットコンテンツの世界でも徐々にそういったものも生まれてきていますよ。
土屋:
そういえば志村さんは過去から物語の大体のフレームは一緒だといって、ゲーテをバカにしたでしょ?(笑)
志村:
すいません。でもそうなんじゃないですか?
土屋:
ほら、またそんなこと言って。本屋の敵ですよ(笑)そこの中でやっぱり微妙な繋ぎ方というか、それはやっぱり世界の文学者が身を削ってやってきた営為でしょ。例えばカズオイシグロとか、日本でいえば村上春樹さんもそうかもしれない。
志村:
その数が僕は減ると思うんですよ。古典って100人に1人とかそんな感じでしょ、紫式部とかも。ちょっと飛びすぎかもですが、今は作家が多過ぎる気がするんですよ。そのへんは売れる売れないよりも、個人で楽しむようになるんじゃないですかね。
土屋:
でもね、アートの世界でも有史以前の洞窟壁画からミケランジェロからダビンチから、現代アートまで連綿とあるわけじゃないですか。そういう意味では、現代アートって今を読み解くことだと思うんですよ。人類の歴史で、その時代ごとの現在を生きている文学者にしろ映画監督にしろ、芸術家に与えられたテーマだと思うわけですよ。なので素人が「こんな感じだよね映画って」みたいに作った映像はそこまでだと思うんですよ。
志村:
もちろん。ただ日常で消費するものはそういうものだったりしますよね。
土屋:
人間暇つぶしだけで生きていくと、「あ、自分のやりたかったことはこんなことじゃなかったかもしれない」という疑問に当たっちゃうわけですよ。
だからやっぱりテレビにもタレントや役者さんいますけど、ものすごくストイックですよね。先日亡くなった高倉健さんにしても「役者とは何か?」「表現とは何か?」みたいなことを24時間かけているから、それが台詞の一つ一つににじみ出るわけですよね。それがあるから文学者も次の一文字に出るわけです。それを信じることそのものがコンテンツっていう気がするんですよ。
志村:
でも間に送り出す出版社とかテレビ局とかレコード会社がいるわけじゃないですか。命かけて削った一文字ごとの小説でもネットに出しちゃえば楽しめちゃう。それでいいんじゃないかなと。あとは『アナ雪』だったりメイウェザーだったり、『火花』みたいなものは100年に1人くらい出てくる世界になっていくんじゃないですかね。

一方でグローバルプラットフォームが巨額の制作費を投じてコンテンツを作成し、それを世界中のマーケットで売るモデルが台頭。他方で志村氏が言うようにスマホを持った消費者(トフラーが言う生産者=消費者である"プロシューマー"にイメージは近いかもしれない)が群像の時代を形成しつつある。
激流のコンテンツ界にはこうした大きく二つの潮流がある。個人がメディア化するこの時代に、新旧メディアは針路の選択を迫られている。

【プロフィール】

志村一隆| Kazutaka Shimizu
土屋敏男
メディア研究者など。水墨画家アーティストとして欧米で活躍。1991年早稲田大学卒業後、WOWOW入社、2001年ケータイWOWOW代表取締役を務めたのち、情報通信総合研究所主任研究員。著書『明日のテレビ』(朝日新書、2010)『ネットテレビの衝撃』(東洋経済新報社、2010)『明日のメディア』(ディスカヴァー 携書、2011)などで、欧米のスマートテレビやメディアイノベーションを紹介したメディア・コンテンツ分野の第一人者。 2000年米国エモリー大学でMBA、2005年高知工科大学で博士号取得。


土屋敏男| Toshio Tsuchiya
土屋敏男
日本テレビ放送網編成局専門局長、LIFE VIDEO株式会社代表取締役ディレクター。1979年一橋大学卒業後、日本テレビ放送網入社。「進め!電波少年」では Tプロデューサー・T部長として主に後ろ姿で出演し話題になる。番組制作の師 匠は萩本欽一とテリー伊藤。このほかの演出・プロデュース番組「天才たけしの元気が出るテレビ」「とんねるずの生ダラ」「雷波少年」「ウッチャンナンチャンのウリナリ!」「NHK×日テレ60番勝負」など多数。


取材・文:長谷川リョー

1990年生まれ。フリーライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。「BOSCA」編集長。東京大学大学院学際情報学府在籍。@_ryh

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