自由が丘で行列ができる製菓スタートアップ『BAKE』が考えるテクノロジー

2015.06.24 10:00

テクノロジーによるビジネス・イノベーションは製菓業界にも及んでいる。既にシリコンバレーの投資家はコーヒーやチョコレートなど「食」そのものに関わるスタートアップに目をつけ始めているが、日本において"製菓"という分野で革新的な取り組みを志す「BAKE」(ベイク)社に訪問してきた。

行列ができる店舗

自由が丘駅を降りて2分ほど歩くと、タルトが焼ける甘い香りに漂う中に長い行列がある店舗が確認できる。それがチーズタルト専門店「BAKE」。店頭には焼きたてのチーズタルトがずらりと並んでいる。1Fは工房一体型の店舗、2Fは飲食スペース、3Fと4Fはオフィスとなっており、入居するビルそのものが「BAKEビル」となっている。

店頭に並ぶチーズタルト

BAKE社は代表の長沼 真太郎(ながぬま しんたろう)氏が2年前に1人で立ち上げ、今となっては従業員が120人(アルバイト含)にまで拡大する成長企業。当社の事業は大きく3つあり、ECと実店舗を運営する独自のビジネスモデルを展開している。

1つ目はチーズタルト専門店「BAKE」。本社オフィスが併設する自由が丘店の他にも、新宿と大宮のルミネなどに3店舗出店している。2つ目がクロッカンシュークリームの専門店「クロッカンシュー ザクザク」。こちらは原宿と新宿に2店舗出店している。3つ目がスマホやWEBを使って手軽に写真ケーキを発注できる「PICTCAKE」(ピクトケーキ)。PICTCAKEはこれまでに5万個の売り上げを達成。

■札幌の有名製菓店「きのとや」と長沼氏の創業物語

きのとや WEBサイト(http://www.kinotoya.com/ )

BAKE社創業のルーツにあるのは北海道・札幌を中心に9店舗を出店する焼きたてのチーズタルトが人気の製菓店「きのとや」。1985年に長沼氏の父が創業し、長沼氏自身も2011年頃までは新千歳空港店の店長を勤めていた。

長沼:
僕はパティシエではないんですけど、お菓子に関するビジネスをずっとやりたかったんですよ。なにか新しいことを模索している時に、知り合いがデジタルカメラのECで成功しているっていう話を聞いて、洋菓子でもECができると思いました。それでケーキのECを立ち上げて、新しいビジネスもやりたかったので渋谷・原宿に14万のアパートを借りて1人で進出しました。

長沼氏が当時立ち上げたECはデザインに特化したケーキを北海道の生産拠点で製造し、冷凍で全国に配送するというもの。「1日に売れても5個程度だった」とあまり上手くいかず、打開策を模索する期間が2ヶ月程度続いた。そんな中、長沼氏に大きな転機が訪れた。

長沼:
その当時住んでいたアパートの部屋が空いていたのでAirbnbで貸し出してたんですよ。そこにニューヨークからマックがやってきたんです。マックはエンジニアだったので、仕事をお願いするようになりました。ちょうどその時に自分の好きな写真をケーキの上に印刷できる「写真ケーキ」の存在を知ったんです。お客さんがケーキをデザインしたいという需要は「きのとや」の時から感じていました。そこで、写真ケーキをやっている会社を調べると、まだ大きいところがなくて、写真の印刷位置もメールを中心にパティシエとやりとりしながら決めるようなオペレーションだったんです。そんな手間のかかる注文の仕方をしてるんだったら、ネットを使って自分で写真の位置を決められるようにすればいいんじゃないかって、マックと話していたら「すぐできるよ!」ってPICTCAKEのシステムを本当にすぐ作ってくれたんです(笑)。実際にサービスをスタートしたら5分で最初の注文が入って、これはいける!って。

PICTCAKEのカスタマイズ画面(http://www.pictcake.jp/ )

Airbnbを通じたエンジニア・マックとの出会いをきっかけに開発されたPICTCAKE。ケーキの上に乗せた食べることかできるシート(エディブルペーパー)の上に、マーブルチョコなどに代表される食用の色素を印刷することで実現される。利用者はPICTCAKEのサイトを訪れてケーキに印刷したい画像をアップロードし、大きさの調整やスタンプなどのデコレーションを施してオリジナルのケーキを注文できる。食用プリンターのテクノロジーは30年以上前から存在しているものだそうだが、PICTCAKEはスマートフォンやPCを通じて消費者がより利用しやすい形態となっている。

■製菓業界のビジネスモデルの革新に挑戦

BAKE自由が丘店内での長沼氏

PICTCAKEのヒットをきっかけに、リアル店舗も相次いで出店するBAKE社。「きのとやでのチーズタルトの成功体験があった」とオンラインだけにとどまらないビジネスを展開しているが、リアル店舗の運営方法にも特徴がある。

長沼:
製菓業界のほとんどの会社は自社で工場を抱えているんですが、BAKE社は製造機能は持っていません。企画・マーケティング・販売を中心に行って、実際の製造は北海道の会社にアウトソーシングしているんです。そこで製造した半製品を送ってもらって、それぞれの店舗内で焼いて店頭に出す。自由が丘店だけは本部なので自分たちで製造もしているんですけど、他の店舗ではそのようにしています。なぜそうするかという、より美味しいものを効率良く安く作ってお客さんに出せるようにしたいんです。実際の製造は台湾や中国の工場がやっているAppleをイメージしてもらえるとわかりやすいと思います。

BAKE社が販売するチーズタルトもクロッカンシュークリームも「きのとや」で販売しているものをベースに改良したものだそうだ。北海道に製造拠点を築くことができるネットワークにしても、長沼氏だからこそ実現できるビジネスモデルだ。

長沼:
今後もPICTCAKEや店舗の規模拡大、海外へのライセンス展開、新規事業などにもチャレンジしていきたいですが、私たちはお菓子をつくる原材料にもこだわりたいと思っています。そのためには「原産者」の方を密な関係を築くことが大事です。例えば、チーズタルトを美味しくつくるために最適化された牛乳を製造して、仲介業者を介さずに直送してもらう仕組みなど、大手企業ではできないスタートアップならではのビジネスを展開していきたいです。

■テクノロジーの"考え方"でお菓子そのものをハックする

テクノロジーと製菓の関係を語る長沼氏

「製菓のスタートアップ」であるBAKE社はテクノロジーをどのように考えているだろうか。お話を伺っていくと、PICTCAKEのような"ツール"としてテクノロジーを活用するということ以外に、その科学的な考え方を応用していきたい長沼氏は言う。

長沼:
テクノロジーの"考え方"も取り入れていきたいんです。一言にお菓子をつくるといってもその過程には様々なことがあります。例えば、「鉄板」を選ぶこともその一つ。何百種類ある鉄板の中でシュークリームを焼くのに最適な鉄板はなんなのだろうか。そこでグロースハックの考え方が応用できる。複数パターンの鉄板を試してみて、どの鉄板で作ったシュークリームが一番お客様に美味しいと思っていただけるのか。まさにA/Bテストを通じて味や見た目の仮設・検証・改善を高速で行うような仕組みも実現していきます。

こうしたテクノロジーの考え方を「食」の分野に応用するプレイヤーはシリコンバレーには既に登場している。最少の機器だけを揃えてカカオ豆や機械の組み合わせを変える「味のA/Bテスト」を通じて最適なチョコレートづくりを行う「ダンデライオン・チョコレート」。ベータ版を通じてユーザーからフィードバックを得て絶えずプロダクトを改善していくIT業界ならではのプロセスを製菓の世界にも導入する「TCHO」(チョー)など。こうした"テック的"な製菓企業はもっと日本にも出てきて良いと思うが、現状主だった企業は他に見当たらない。その原因を長沼氏は次のように指摘する。

長沼:
日本の製菓企業の95%はパティシエが社長をやっているんですよね。職人気質な方が多くて、新しい考え方を取り入れるのに積極的ではないんだと思います。パティシエになるのは下積みが長くて大変なんですよ。芽が出るのが40代になってからだったりするので。パティシエに限らず、若い人たちのなかで製菓で新しいことをやりたいっていう人たちももっと巻き込んでいきたいです。

長沼氏の「きのとや」での生い立ち、マックとの出会い。テクノロジーそのものだけでなく、その考え方を応用させるスタートアップならでの"テック的"なアプローチで製菓業界に新たな風を呼び込むBAKE社がつくりだすお菓子の未来が今から楽しみだ。

取材:石塚たけろう

石塚たけろう: ベンチャーキャピタルやデジタルマーケティング企業複数社での業務を経験後、EIR(=客員起業家)として複数の大手企業、スタートアップの新規プロジェクトに参画。Webデベロッパー。@takerou_ishi

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