人間はますます「動物化」?人工知能&ベーシックインカム時代に求められるエンタメを探る

2016.08.23 12:00

人工知能時代に給付されると言われる生活費「ベーシックインカム」。働かなくても一定額がもらえる仕組みだ。"仕事をしなくてもある程度の生活ができる"時代に、どのようなエンタメが求められるのか?ベーシックインカムと人工知能に精通する経済学者、駒沢大学 井上智洋氏を取材した。

■人工知能が普及した時代にベーシックインカムの導入も進む?

「ベーシックインカム」という制度をご存知だろうか?全ての人に無条件に、最低限の生活費を一律に給付するもので、人工知能が人間の仕事を奪う時代に必要と考えられる制度のひとつである。「アルファ碁」をはじめとする人工知能の進化が注目される2016年に、ベーシックインカムと人工知能に精通する一人の経済学者が注目されている。駒沢大学経済学部講師の井上智洋氏だ。 彼の著『人工知能と経済の未来〜2030年雇用大崩壊』には人工知能の進化と経済成長について丁寧に解説されており、近い未来にベーシックインカムを導入した社会が待っているのではないか?と考えさせられる。

さて、テクノロジー×エンターテインメントを追究するSENSORSでは「人工知能の普及」と「ベーシックインカム」制度の導入を前提として、以下の質問を井上氏に問いかけてみた。未来をポジティブに生き抜きたい方に参考となる取材記事になっていることを期待する。

■SENSORSが井上氏に投げかけた質問:
・現在存在しているもので、ベーシックインカム時代になくなるものは何か?
・我々はいまからどのようにクリエイティビティを強化すればいいのか?
・人工知能とベーシックインカム制度が普及する時代、どのようなエンターテインメントが好まれるのだろうか?

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人工知能とベーシックインカムに精通する駒沢大学 井上智洋氏に取材した。

--世界中が人工知能を推進しており、人工知能が我々の職を奪うことが現実のものとなりつつあります。近い将来1日の労働時間が3時間になるという方もいます。ベーシックインカムが導入される時代に消滅していくものは何でしょうか?

井上:
「いい職に就きたいから英語を勉強する」「キャリア形成のために"イマ"を犠牲にする」ということが人工知能とベーシックインカムが普及した社会では少なくなると思います。人工知能の第一人者である東京大学松尾豊先生は、2025年頃には意味をちゃんと理解して自動翻訳/自動通訳を行う人工知能が登場すると言っていますが、そうであれば英語の勉強を無理に頑張る必要はなくなるかもしれません。もちろん英語でコミュニケーションをとるのが好きな方であれば別ですが、キャリア形成のために「好きでもない英語を頑張る」必要はなくなります。また、"社畜"というスラングがありますが、仕事の他に趣味が無い方々にも生きづらい未来になりそうです。幸い、既に若い世代は会社の仕事よりも自分の好きなことに時間を割きたいと思うようになっていますが、そうでない方々は「誰かが決めた制度の中で生きる」のではなく、「自分が好きで、熱中できること」に取り組むようにした方がこれからの時代には良いかもしれないですね。これからはもっと自分と向き合う必要が出てきます。

■人間はますます「動物化する」

--より「人間らしい」生活が出来るようになるのでしょうか?

井上:
「人間らしい」というよりは「動物らしい」のかもしれません。未来のために頑張り目標に向かって進むというのは人間らしいですが、ベーシックインカムのある社会では頑張る意味が薄れるので、人はより刹那的で動物的になっていくでしょう。エンターテインメントも大脳新皮質に訴えかける思想性のあるものよりは本能や情動をつかさどる大脳辺縁系に訴えかけるものが増えていき、動物的、刹那的なものが好まれていくかもしれません。例えば、「全米が泣いた」的な感動的な映画とかホラーのような怖い映画、スリリングな展開を楽しむだけの映画というのは、大脳辺縁系的です。既にそういう作品が好まれる傾向はありますが、ベーシックインカム導入後はますます顕著になるでしょう。評論家の東浩紀さんの言葉を借りれば、人間はますます「動物化する」ということになります。

--ベーシックインカムが導入されれば生活に必要な最低限の収入はあるので、バーチャルリアリティの世界に没入して楽しむだけの生活もありえますよね?

井上:
はい。ずっとヘッドマウントディスプレイを付けてバーチャルの世界を生きる人も増えるかもしれません。バーチャルの世界で夢のような楽しい体験を続けることもできますが、リアルに備える必要もあります。

■『シン・ゴジラ』がより求められる時代へ

--"リアルに備える"とはどのような事でしょうか?

井上:
例えばバーチャルの世界を楽しんでいる時に震災が起きてヘッドマウントディスプレイが破壊されたら、一気に現実の世界に呼び戻されます。人々がバーチャルの世界に完全に没入することは、倫理的にいけないかどうかという以前に功利主義的にまずいかもしれません。リアルで起きる災害のような有事に備える必要があるからです。しかし、それは未来の世界で初めて直面する問題というわけではありません。比喩的に、私たちの日々の生活そのものがバーチャル空間のようだとも言えます。私たちは世界で起きているテロリズムや飢餓、今後起こるかもしれない災害や戦争といった恐ろしいリアルから目を背けて、安穏とした夢うつつのような消費生活をむさぼっていられる。そこへ3.11のような災害が発生するとそうしたバーチャル空間のような安穏とした生活が破壊される。

エンタメについて言うと、有事に備えるためには、ファンタスティックな作品やただ泣けるだけの動物的な作品ばかりではなく、例えば『シン・ゴジラ』のような有事を想定した作品が必要となるでしょう。『シン・ゴジラ』は3.11をほうふつとさせるだけでなく、今後起き得る首都直下地震のような災害にどのように対処すべきなのかを考えさせられるストーリーにもなっています。偶然かもしれませんが、ゴジラが最初に上陸した大田区は首都直下地震で最も被害が多く予想されている地域です。『シン・ゴジラ』のキャッチコピーは「現実 対 虚構」で、「現実」に「ニッポン」、「虚構」に「ゴジラ」とそれぞれルビが振られています。しかし、これは逆に考えた方が良いと私は勝手に思っています。日本人の今の生活こそが「虚構」=バーチャル空間であり、それを踏みにじるゴジラこそが「現実」=リアルであるというわけです。

--しかし実際には、『シン・ゴジラ』を見て3.11を想起する人は多いものの、首都直下型地震の予告としてとらえたり、災害に備えようと考えたりする人は少ないように思います。今の日本人はリアルから目を背ける傾向が強いのではないでしょうか?

井上:
バーチャルなものを人間が好む性質は、今に始まった話ではないと思います。江戸時代の日本も言ってみれば鎖国により世界の現実に目を向けずに生活することのできたバーチャル空間であるとも言えます。ペリー率いる黒船はゴジラみたいなもので、「泰平の眠り」=バーチャル空間から日本人を叩き起こし、リアルな世界に放り出したと言うことができるでしょう。ただ現代の日本人がバーチャルなものを好む傾向が強いというのはおっしゃとおりで、ヘッドマウントディスプレイを装着するまでもなく、キャバクラからディズニーランド、台場一丁目商店街に至るまで私たちの身の回りには、様々なバーチャル空間がしつらえてあります。

■人工知能時代に備えてどのようにクリエイティビティを強化すべきか?

--先生の書籍の中で、機械に奪われにくい仕事として、クリエイティビティ系、マネージメント系、ホスピタリティ系(頭文字を取ってCMH)の3つの仕事をあげられています。ここではクリエイティビティにフォーカスし、人工知能時代に備えてどのようなことを行えば良いのでしょうか?

井上:
クリエイティビティを生み出す源泉として、「文化資本」が考えられます。明治大学の飯田泰之先生が言っていることなのですが、家庭に文学全集や図鑑があるような家庭で育った人はクリエイティビティを発揮しやすいということです。東京大学とか京都大学という一流大学を出た人が保育士を務める保育園があって、その保育園では保育士がクオリティーの高い本やDVDを子供に鑑賞させているそうです。そういう保育園に子供を入れたい親は、すでに「文化資本」の重要性を意識していると思います。もちろん、「文化資本」は大人になってからも蓄積することができます。素晴らしい小説や映画、音楽などを享受する人は、人工知能が普及した時代においてもクリエイティビティを発揮しやすいでしょう。

■人工知能&ベーシックインカム時代に好まれるエンタメは?

--人工知能とベーシックインカム制度が普及する時代にはどのようなエンターテインメントが好まれるのでしょうか?

井上:
余暇の時間が長くなるので、長い時間楽しめるコンテンツが必要になります。そのためにはインタラクティブ性のあるコミュニケーション型が好まれるでしょう。例えば今でもMicrosoftのチャットボット「りんな」と会話を楽しむ人がいたり、中国では「シャオアイス(XiaoIce)」というチャットボットと結婚したいという若い男性が現れたりしています。恋愛コミュニケーションを楽しむことに特化した人工知能なども当然出現してくるでしょう。

--最後に、SENSORS読者に向けて来るべきベーシックインカム、人工知能時代をポジティブに生き抜くためのコメントをいただけますか?

井上:
ベーシックインカム無き人工知能の世界はディストピアでしかないですが、ベーシックインカムが導入されれば、物質的には少なくともユートピアになると思います。しかし、その場合でも仕事以外に好きなことが無い人には、辛い時代になっていくでしょう。そういう方々には、一日も早く価値観を転換した方が良いとお伝えしたいです。「社会に貢献すること」「役に立つこと」ではなく「自分が好きなこと」「それ自体が楽しいこと」が今まで以上に大切な時代が人工知能とともに訪れそうです。

--ありがとうございました。

「キャリアアップのために」「上司に認められたいから」・・・自分の本心に嘘を付いて頑張る時代が幕を閉じそうである。ただベーシックインカム導入や人工知能が普及するまでは、生き残りを掛けた激しい戦いも予想される。
「どの未来を目指して生きるべきか?」考え始める時期かもしれない。

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「自分が好きなこと」「それ自体が楽しいこと」が今まで以上に大切な時代が人工知能とともに訪れる、と井上氏は語る。

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ライター:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。エンジニアとしてキャリアをスタートし、その後外資系企業のフィールドマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブ会社のプロデューサーを経て2014年株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×デザイン×マーケティングを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターを行う。Mistletoe株式会社フェロー。

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