カンヌライオンズに見えた「ゲームルール」の変更とは〜フリーエバンジェリスト 太田禎一氏 現地レポート

2015.07.08 08:45

フランス・カンヌで行われる広告・クリエイティブ界の一大祭典「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」。SENSORSでは、会期中カンヌに滞在されたフリーエバンジェリスト 太田禎一氏に現地レポートを依頼。今年の「カンヌライオンズ」で見えたトレンドとは?

■テクノロジーとクリエイティブの融合を取材せよ!?

毎年6月、カンヌ映画祭のあとにフランスのカンヌで行われる「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」、またの名を「カンヌライオンズ」という、広告業界のクリエイティブを讃えるお祭りがあります。TVCMからインターネットを使ったキャンペーンまで幅広いジャンルを扱い、いかにクリエイターがより多くの人びとの心をつかみ、より強く動かしたかを競うコンペティション・イベントです。 私は広告に関しては門外漢なのに縁あってそこに居合わせることになったのですが、SENSORS編集部から「テクノロジーとクリエイティブの融合プロジェクトがあれば取材してきて欲しい」というお話があったので、かなり注意深くいろんなセミナーやショートリスト展示を見て回っていました。ですが、結論を先に言ってしまいますと「少なくともカンヌでは『テクノロジーとクリエイティブの融合』が意味するものがいままでと変わってしまった」という事実に向き合うことになりました。

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カンヌライオンズメイン会場の巨大LED看板には天才、イノベーション、エネルギー、信念、大胆さ、魔法、情熱と書かれていた

それは受賞作品をざっと見回すだけでわかります。 たとえば昨年のチタニウム部門(最もプレステージ性の高い賞として、刺激的かつ全く新しい次元を切り開く斬新なアイデアを賞賛)グランプリは電通の「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」に与えられました(編集部注:SENSORSサロンメンバー菅野氏が手がけた作品)。これはほとんどの方がご存知のように、1989年にF1マシンのテレメトリーシステムに記録されたアイルトン・セナの鈴鹿最速ラップを、データをもとに音と光で現代に再現した、超絶クラフトに支えられたエモーショナルな作品でした。

いっぽう今年2015年のチタニウム部門グランプリはクリスピン・ポーター+ボガスキー(CP+B)が手がけたドミノピザの「Emoji Ordering」が獲得しました。あらかじめ登録済みのドミノピザのヘビーユーザーが、Twitter上でドミノピザアカウントをメンションしつつピザの絵文字入りのツイートをするだけで本物のピザを注文できるというかなりドライな施策です。これにWiden+Kennedy(W+K)所属の部門審査員長は「クラフトが一切なくても、Amazon社のワンクリック注文モデルのように、シンプルだが広告主のビジネスモデルに多大な影響を与える可能性のあるアイデアだ」との評価を与えています。もうひとつ注目できる点としては、既にワンクリックでWebオーダーができるドミノピザユーザーがわざわざTwitterを通じてオーダーを行うこと自体がソーシャルにエンゲージした行動となり、それが広がりをもたらすというところでしょうか。

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カンヌで大人気だった日本のすごいクリエイティブ、マツコロイド氏

■ソーシャルメディアに無いものはこの世に無いも同様

惜しくもチタニウムのグランプリを逃しゴールドにとどまったのは「Beer Tooth」。これはスポーツで激しくぶつかって歯を失った人たちに、普通の義歯のかわりにビールの栓を抜くのに便利な形状の義歯をインプラントしてあげるという、セルヴェッツア・サルタというビール会社向けのかなりパンクな施策です。これもクラフトというクラフトはない(義歯のインプラント自体はすごいテクノロジーであるにせよ)のですがソーシャルにエンゲージしやすい施策だといえます。

少し前には「Google検索に引っかからないものはこの世に存在しないのと同じだ」という考え方がありましたが、いまや「ソーシャルで言及されたり共有されないものはこの世に存在しないのと同じ」と考えてもよいのかもしれません。 まずひとつ言えるのは、カンヌ的にはソーシャルますます大事、ということなんですね。

■カンヌが考える未来像とは?

もうひとつ、今年になってよりはっきり見えてきた、カンヌが目指している方向性があります。それは彼らが考える未来を指し示す、2013年創設のイノベーション部門と、今年新設されたクリエイティブデータ部門における作品評価にも端的に現れています。 イノベーション部門のグランプリは地球の表面すべてを3メートル四方のグリッドに分割し憶えやすい3つの単語を割り当てることで住所体系が未整備な開発途上国(あるいは先進国の過疎地域)における物流やナビゲーションの問題を解決する「what3words」というプロジェクト。GPSとスマホを活用したソリューションでアプリの実装も素晴らしく、解決する課題も大きなものですが、必ずしも「すごいテクノロジー」なわけではありません。 いっぽうイノベーションショートリストに残った「Google Spotlight Stories」はスマホを使って360°な没入型インタラクティブ映画体験を提供するための制作システムとソフトウェアで構成される、誰もが「すごい」と思うソリューションですが、受賞には至りませんでした。この違いはなんでしょうか?

初登場のクリエイティブデータ部門のグランプリはありませんでしたが、ゴールドには電通+ライゾマティクスによる「Reviving Legends」という、今では取り壊されてしまった国立競技場で行われた歴史的な競技を膨大な量の公式映像などのデータから再構築するプロジェクトが選出されました。 そして9.11以降の膨大なソーシャルテクストから、この悲劇が現在に至るまで社会に及ぼしている影響を可視化したり、訪問者がリアルタイムにメッセージを書き込めるインスタレーション「9/11 Memorial Museum」もゴールドを受賞。 これらのようにアイデアとクラフトの両方に優れた作品もありましたが、ほかのゴールドはクラフトや新しいテクノロジーが前面にでるというよりは、スマホなど既存のテクノロジーとデータを活用しなんらかの社会的問題を解決するというタイプの、アイデア自体が評価されたものがほとんどでした。

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カンヌライオンズ会場内部。博報堂による特別セミナー「ZEN meets ANIME」告知の大垂れ幕が

■キーワードは「社会的問題の課題解決」

カンヌライオンズ開催中にはエージェンシーによるセミナーも多く開催されます。 なかでもイノベーションライオンで選出された34のショートリスト作品のうち4つに「投資」し、そのうち2つ、「BioRanger」と「Owlet」がゴールドを獲得したR/GAのセミナーでは、彼らが積極的にイノベーティブなスタートアップ企業への投資と、あわせてコンセプト・デザイン・ブランディング・経営面でのサポートを全世界的に展開し、社会が直面する課題をプロダクトやサービスなどの「事業によって」解決するという宣言をしていました。 そして、AKQAが主催する学生対象のコンペ「Future Lions」の授賞セレモニーでは、AKQA CCOのレイ・イナモト氏が、森林破壊や飲酒運転といった社会問題を解決する提案を高く評価。それらのアイデアは、近いうちに人工知能によってさらに有用なものになるだろうと結びました。

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Future Lionsを受賞した未来のクリエイターたちとAKQAレイ・イナモト氏

■カンヌが考える新しいゲームルール

こういったいくつもの明白なシグナルすべてから伝わってくるのは、カンヌもエージェンシーも「広告屋がクリエイティビティを活用して広告っぽいことをやる」的なところからとっくに離れ、「いかに社会を良くするか」という新しいルールでゲームを始めているのだということです。 このような「ゲームルールの変更」には良い点と悪い点のどちらもあると思っていますが、少なくともAKQAやR/GAに代表される「先進的」なクリエイティブエージェンシーが自らを再構築しながらブランドと社会のために貢献できる組織に進化していこうと舵を切っているのは事実です。 そのなかにあっても当然クリエイティビティーとテクノロジーは欠かすことのできないものなのですが、そこに期待される役割が以前のような「すごい」「かっこいい」「心に残る」ではなく、「社会的問題の解決」「ビジネスとしての継続性とスケール性」「多くの人をどう動かして成果につなげるのか」といった方向にシフトしているという印象を受けました。

逆に言えば、3Dプリンタであれ、VR/MRであれ、ドローンであれ、人工知能であれ、そのような先進テクノロジーをどう社会問題の解決に結びつけ、維持継続させ、世の中をより良いものにしていくかというところがクリエイティビティーの新たなるチャレンジになったのだとカンヌ(とエージェンシー)が宣言した、ということなのだといえます。 P&Gなど一部の「先進的」な企業以外の広告主がそのようなゲームルールの変更についていこうとするのか、しないのかに俄然興味がわいてきます。

このような、従来のアーティスティックだったりエンターテインメントなものに比べてリベラルアーツ的なカンヌの方向転換は、奇しくもSXSWが目指しているものに重なるところが多く(いまやただでさえCESやSXSWとカブる出品作が多い)傍から見ると「カンヌだいじょうぶ?」と思ってしまうのですが、ゲームの胴元としてのカンヌライオンズは来年からより多くのスタートアップやVC界隈からの参加者を見込んでおり、ビジネス的な勝算はあるようです。

寄稿:太田禎一

アドビ システムズ(旧マクロメディア)でDirector/Flash/Dreamweaverなどクリエイティブツールのプロダクトマネジメント/マーケティング/エバンジェリズムを担当し、一流Flashクリエイターを核としたユーザーコミュニティの発展と国際交流に関与。いっぽう、一流パートナーとの協業により国内動画配信の分野で競合テクノロジーを数年でほぼすべてひっくり返しFlash化するなど事業開発も手がける。2014年春からオンラインビデオビジネスやクリエイティブ領域でコンサルタントおよびフリーエバンジェリストとして活動。

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