SNS世代の漫画家が集う"トキワ荘2.0"。コルクBooksが切り拓く新たな地平

2018.10.01 18:00

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2018年3月にリリースされた新サービス「コルクBooks」。まだα版ではあるが、Twitterではリリース直後からインフルエンサーたちに取り上げられるなど、タイムラインで見かけたことがある読者もいるのではないか。

マンガを掲載するためのSNS「コルクBooks」は、「ファンと一緒に作品をつくる、漫画家コミュニティー」と公式サイトでは定義されているサービスだ。マンガを「ラリー(派生)」--あるユーザーが投稿した作品に続けて、他ユーザーが原作の続編やスピンオフ、リメイクなどを投稿していく仕組み--でつないでいく点が、最大の特徴だ。

同サービスを運営する株式会社コルクBooksは、2018年3月、クリエイターのエージェント業を営む株式会社コルクの関連会社として設立された。代表取締役の萬田大作氏は、「コルクBooksは、インターネット上で漫画家同士が切磋琢磨できる"トキワ荘2.0"を目指している」と語る。ソフトウェア開発プラットフォーム「GitHub」を参考にサービスを開発した経緯から、その先に見据える「テクノロジーによる編集の自動化」まで、萬田氏が目指す「編集」像について話を伺った。

マンガはネーム段階で十分面白い。未完成作品をコミュニティ全体で磨き込む、"GitHub型"の制作手法

ーーコルクBooksはいつ頃から構想されていたのでしょうか。

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コルクBooks代表取締役 萬田大作氏

萬田:2017年の夏ごろです。もともと、僕が2年間CTOを務めていたコルクでは強みの一つとして「ITの力」を掲げており、クリエイターの作品を世に送り出すうえで、最新テクノロジーの活用を重視していました。試行錯誤を繰り返すなかでたどり着いたのが、「ラリー」の仕組みです。

コルクBooksに作品を投稿し、それが他作家によって「ラリー」されると、作家は元の作品との差異を見比べることで、客観的かつ多角的に自らの作品をとらえ直すことができます。これは、編集者と一対一で作品をつくり上げていく、従来型の閉じた制作体制とは一線を画しているんです。

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左から、上原トム氏、つのだふむ氏、小柳かおり氏の作品。上原氏の作品にラリーされた2つの作品は、絵柄やキャラクターの性格には違いが見られるものの、共通の設定で描かれていることが分かる。

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作品ページの下部にはラリー履歴が記録されており、他の作品ページへ飛ぶことができる。

萬田:加えて、毎日「お題」を提示することで、新人漫画家にとって負荷のかかる営みの一つである「テーマ設定」をサポートしています。『宇宙兄弟』作者の小山宙哉さんのアシスタントの方たちがTwitter上で自主的に行なっていた「お題マンガ」という取り組みから着想を得ました。

ーー「イラク日報」「植物」といった、ユニークなお題が出されているのが印象的です。

萬田:お題は、「ストーリー」と「キャラ」の2つを軸に、僕と佐渡島が選定しています。過去には、出来事や人との関係性を表す「#失恋」「#久しぶり」、性格や人となりを表す「#弱点が魅力的な人」といったお題を選出しました。前者はストーリー、後者はキャラに力を入れて描いてほしい意図があったんです。

萬田:お題の決め方は、アリストテレス『詩学』を参考にしています。同書ではコンテンツに必要な要素が6つ定義されていますが(※上掲の図参照)、そのうちマンガで大切な要素は、「ストーリー」「キャラ」「テーマ」の3つです。「テーマ」にあたるお題をこちらから与えることで、漫画家は「ストーリー」「キャラ」の磨き込みに集中できます。

ーープラットフォームとして場を与えるだけでなく、クリエイターへの制作支援までを行うサービスなのですね。

萬田:おっしゃる通りです。この「ラリー」という発想の出発点は、「GitHub上のオープンソースソフトウェア開発(以下、OSS開発)をマンガ制作にも持ち込めるのではないか」と考えたことです。「OSS開発」とは、ソースコードを公開し、一つのソフトウェアを参加者全員がアップデートしていくコミュニティ型開発のこと。マンガ制作も、アップデートを前提に未完成のネーム(マンガの下描きのようなもの)段階で投稿してしまい、他の作家と一緒に描き直していくかたちのほうが望ましいのではないでしょうか。

なぜなら、マンガの面白さの核である「どんな場面を切り取るか」はネーム時点ですでに描かれており、作画は必ずしも一人の作家だけで行う必要はないからです。すでに核があるのだから、本格的な描き込みは「ラリー」でアップデートすればいいんです。

ーー作画の手間が省ける分、物語の核を洗練する作業に時間を割くことができるのですね。マンガ制作において原作と作画で担当を分けることはままありますが、そのような形式でのリメイクは斬新に感じられます。

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萬田:マンガ制作において、「ある作家が他作家のマンガを描き直す」といった文化が存在しないからですね。ソフトウェア開発においては外部からのアップデートが当然のように行われていますが、マンガにおいては一般的ではありません。

したがって、コルクBooksを伸ばしていくうえでは、世の作家たちに「ラリー」の仕組みを理解してもらうことがポイントだと思っています。「マンガは編集者と一対一でつくるもの」「ネームは読者に見せるためのものではない」といった固定観念を、いかにして打破していくかが鍵になるでしょう。

ーーたしかに、私も一人のユーザーとして、はじめてコルクBooksにアクセスした際に困惑した覚えがあります。元の投稿から「ラリー」作品がツリー状に広がっており、どのように読み進めればいいか分かりませんでした。

萬田:こうした新しい概念は地道に浸透させていくしかありません。そして、ユーザーに理解してもらうにはオンラインだけでは限界があります。ですから、毎月開催している描き方やSNS運用の講座内で時間をとり、直接説明するようにしています。

目指すは"トキワ荘2.0"ーー編集を自動化し、新人作家が切磋琢磨できるコミュニティをつくりたい

ーー佐渡島氏の「コルクBooks講座」や、漫画家・こしのりょう氏の「コルクラボ漫画倶楽部」など、オフラインで集まれる場づくりにも注力されている印象があります。

萬田:オフラインの場でしか、「ラリー」に必要な深い信頼関係は構築できないと考えているからです。SNSでコミュニケーションを重ねても、対面したことのない人物を深く信頼することは難しい。

ユーザー同士に信頼関係がなければ、「ラリー」はうまく機能しません。佐渡島のように名実知れ渡った編集者であれば別ですが、見知らぬ他人から受けたフィードバックに信頼を寄せることは難しいですよね。

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萬田:確固たる信頼感に基づく「ラリー」文化を根付かせた先に、新人作家たちがインターネットで切磋琢磨できるコミュニティをつくりたいんです。こうした構想を、かつて手塚治虫をはじめ著名な漫画家たちが競い合ったとされるアパート「トキワ荘」の名前を借り、"トキワ荘2.0"と呼んでいます。

ーーなんだかワクワクしてくる響きですね。そのようなコミュニティで、萬田さんたち開発者はどのような役割を担うのでしょうか。

萬田:僕たちの役割は、テクノロジーの力でクリエイターを支援すること。そのため将来的には、編集を自動化するシステムを提供したいと思っています。つまり、投稿されたマンガの面白さを定量的なデータとして算出し、自動でフィードバックを受けられる仕組みです。

夢物語のように聞こえるかもしれませんが、実は「売れる小説」を見極めるアルゴリズムは既に開発されています。書籍『ベストセラーコード』によれば、新たに小説が書かれた際、既存の小説群のテキストをコンピューターに機械学習させて導き出した「ベストセラー小説の条件」と重ね合わせて解析すると、ベストセラーになるかどうかを80%もの精度で予測できるそうです。こうした技術をマンガに応用すれば、編集の自動化も十分に実現可能だと思います。

ーー「編集の自動化」が実現した世界では、人間の編集者はどのような役割を果たすことになるのでしょうか。

萬田:物語のより"深い"部分を編集することになるでしょう。「主人公に困難が訪れるタイミングはいつにすべきか」「この場面ではどのような感情が描かれるのが適切か」といった「売れるマンガの型」は機械が導き出してくれます。人間の編集者は、作家とコミュニケーションをとりながら、大上段の世界観設定や、キャラ造形などのディティールの磨き込みに特化していけばいい。

加えて、作家同士が切磋琢磨するコミュニティづくりなど、「場の編集」も人間だからこそ担える役割でしょう。自動化を実現できれば、編集そのもののかたちが大きくアップデートされていくはずです。

「デジタル×マンガ」は成長市場。作家に必要なのは応援される仕組み

ーー現在は萬田さんや佐渡島さんが作品一つひとつにコメントされていますが、今後サービスが拡大していくと、お二人がフィードバックし続けるのは難しくなるようにも思えます。

萬田:さすがに難しくなるでしょうね。しかし、僕たちが張り付くようにコメントできなくなったとしても、コミュニティとしての価値は変わらず維持できるはずです。

なぜなら、ユーザーにとって一番の価値は、作品を介した深いコミュニケーションができることだからです。規模が大きくなり、投稿される作品の母数が増えれば、それだけジャンルにも多様性が生まれ、よりニッチなコミュニケーションが可能になっていく。そのような場へのニーズは少なくないと思うんです。

たとえば「コミケ」は年間50万人ほどが参加するそうですが、オンラインでも購入できる同人誌のためだけにそれほどの人数は集まりませんよね。ではなぜ集まるかといえば、同じコンテキストを理解できる人たちと、ニッチなコミュニケーションを楽しみたいからではないでしょうか。

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萬田:そして、そうした深いコミュニケーションが盛んなコミュニティを生み出すためには、従来の雑誌における「少年マンガ」「少女マンガ」「青年マンガ」のような性差や年齢層ごとの大まかな分類ではなく、世界観の設定やキャラ同士の関係性など、より細かなジャンルごとにパッケージングしたほうが効果的でしょう。

ですから、コルクBooksでは、ユーザーが作品をプレイリストとしてまとめ、自由に公開できる仕組みを実装する予定です。たとえば、好きな作家の作品群のなかで特にお気に入りのものや、似通った世界観が描かれている別作家の作品をまとめたりすれば、既存の枠組みに囚われず、多くのユーザーが共通のコンテキストに沿って作品に触れる機会を創出できます。ユーザー準拠のプレイリストだけでなく、Spotifyのように僕たちが公式プレイリストとしてデジタルマガジンを刊行することも考えています。

ーー「デジタルマガジン」ということは、基本的にはデジタル上で完結させたいと。

萬田:はい。コルクに出版を委託する可能性はありますが、コルクBooksからはデジタル以外でコンテンツを発信するつもりはありません。なぜなら、あくまでも電子版マンガ市場でのシェア拡大を狙っているからです。出版不況が叫ばれるようになって久しいですが、実のところ、電子版マンガだけに絞れば年間17%も成長しています。

以前、マンガを違法アップロードして広告収入を得ていた「漫画村」が閉鎖されて話題になりましたが、あのサイトは約1億人が利用していて、日本のWEBサイトランキングで31位まで登り詰めました。これは、「デジタルでマンガを読みたい」ニーズが高まっていることの証左でしょう。

ーー拡大する「デジタル×マンガ」市場で、今後どういった戦略でマネタイズしていくのでしょうか。

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萬田:たとえば、漫画家への応援としての投げ銭など、サポート機能を通したマネタイズが考えられます。noteやpolca、SHOWROOMなどの盛り上がりを見ても、コンテンツに付随するお金は、消費の対価としてではなく、クリエイターへの応援として支払われる潮流があることは明らかです。

まずは一つひとつの作品に対する応援が大切だと思っているので、個々のマンガに対するサポート機能から実装していく予定です(※取材時は未実装でしたが、2018年9月6日のアップデートにて実装されました)。ゆくゆくはファンクラブのように、作家に対して月額課金するシステムも導入しようと考えています。

というのも、作家が売れるために、その作家を応援したいファンのコミュニティをつくる必要があるからです。作家の世界観に共感し、最初に作品を広めてくれるファンがいなければ、それがどれだけ素晴らしいものであっても多くの人に読まれることは難しい。小山さんのような大ヒット作家ですら「コヤチュー部」というコミュニティをつくっているのは、そういった理由からなんですよ。


pixivやニコニコ静画などを先駆けに、2000年代に突入してからはインターネット上で作品を発表し、他人とコミュニケーションできる場が現れはじめた。近年では、本文中でも名前があがったnoteをはじめ、数多くのクリエイター支援系サービスが登場し、漫画家を志す人たちに与えられるチャンスはさらに増えつつあると感じる。

一方で、出版業界をはじめとした既存のコンテンツ産業は、氾濫したWEBコンテンツによって、それまで独占していた消費者の可処分時間を奪われる危機に瀕している。SNS上では分け合うパイが減り、ますます「食えない職業」になったと主張する漫画家を見かけることも多い。このような環境では、目指す前から漫画家の夢を諦めてしまう人も少なくないだろう。

そんな中、これまで出版社から流出しなかったマンガ編集のノウハウを惜しみなく公開し、成長市場での勝算を掲げるコルクBooksのようなプラットフォームは、クリエイターたちに大きな希望を与えるはずだ。

今後、利用ユーザーを増やしサービスを成長させていくための大きな壁は、萬田氏が指摘したように、業界の固定観念を刷新できるか否かだろう。「ラリー」文化が浸透し、"トキワ荘2.0"からマンガ界のエコシステムを塗り替えてしまうほどのクリエイターが誕生することを期待したい。

※当記事に書かれた内容は取材が行われた2018年7月18日時点のものであり、現行のコルクBooksが必ずしも同じ仕様とは限らない。コルクBooksの編集方針やシステムは随時アップデートされている。



執筆:岡島たくみ

95's / 神大経済4回 / ㍿モメンタム・ホース所属のライター・編集者・フォトグラファー。
Twitter:@tkmokjm



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

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