快感を貨幣に。「人類サイボーグ時代」の経済システム 早大 高橋透教授

2015.12.04 13:00

早稲田大学 文化構想学部では400人近く収容できる教室が満員になる授業が開催されている。その授業では「サイボーグ学」が展開され、受講生はSF作品を見ながら、時に西洋哲学の文献を読み、高度テクノロジー社会における人間のあるべき姿を学んでいく。

高橋透(たかはし とおる)教授

この学生から人気の「サイボーグ学」の授業を行うのが、早稲田大学 文化構想学部の高橋透(たかはし とおる)教授だ。高橋教授は「西洋哲学」が専門でありながら、「サイボーグ」をテーマにした研究を行っている。IoT、VR、ウェアラブルデバイスといった近年のテクノロジーの進化で、攻殻機動隊のような「人機一体」の世界が現実化してきている。それはすなわち、機械と人間の境界が曖昧になってきているということでもある。「サイボーグ」を学ぶことは「人間とは何か」ということを改めて学ぶことになる。

SENSORSでは高橋教授に訪問し「サイボーグ学」の最新事情について訪ねてみた。すると、高橋教授の頭の中には、サイボーグが当たり前になった世界に「経済」がどのようになるのかという壮大な構想が存在した。

■人間の「内部」はテクノロジーや経済のフロンティア

Waseda Course Channelにてサイボーグ学の基礎講義を受講できる

高橋教授は人間存在への哲学的な問いかけとして「サイボーグ」を研究しているが、そこから「経済」に注目するようになったという。

高橋:
人間は外部にある「自然」を開拓することで生活の利便性を高め、経済を成長させてきました。ところが、今の社会では、衣食住は足りており、原則的に人間は満たされています。手を変え、品を変えて広告は人間の欲望を掻き立てようとしますが、結局はマイナーなモデルチェンジにすぎません。
高橋:
しかし、いまだにほぼ手つかずの自然があるとすればそれは「人間自身」と言えるでしょう。人間自身、人間の内部はまだほとんどといってよいくらい、手を加えられていない。ここには技術的にも、経済的にも広大な未開拓の地があると言っても過言でない考えました。サイボーグを考えるということは未来の経済を考えることにもつながるのです。

これからの時代、テクノロジーや経済活動が人間の内部に入り込み「サイボーグ・エコノミー」が成立していくと高橋教授は示唆する。

■サイボーグ時代の経済は「脳」を中心にまわる

スマートフォン、インターネットをはじめとした「テクノロジー」と「経済」の関係は切り離すことはできない。電子マネーだけなく、Bitcoinのような仮想通貨が誕生し、メルカリに代表されるC2Cサービスでは個人が起点となった経済活動が簡単にできるようになった。

高橋教授によれば、人間の「内部」が開拓されつくしたサイボーグ時代の経済を動かす鍵となるテクノロジーは「BMI」(ブレイン・マシーン・インタフェース)だ。「BMI」とは、自身の「脳」で念じたり考えたりすることで、あらゆるモノに働きかけることができる装置。モノだけでなく、人間の脳同士を接続して情報のやり取り、交換ができるようになるという。それはすなわち人間のコンピューター化ともいえる。

高橋:
「BMI」では、人間とモノにとどまらず、人間同士の相互「BMI」結合へと発展することが考えられます。そうなれば、人間同士、人間とモノとが相互にリンクし合い、相互にデータ情報ないしソフト・アプリを交換し合う世界が実現します。

■サイボーグ経済では「物々交換」が活発に

-- BMIによって「脳」があらゆるモノと人につなた時、経済活動にどのような変化があるのでしょうか?

高橋:
代金の支払いについては、現代と同様に貨幣ないし電子貨幣でおこなわれることもあるでしょうが、私が注目しているのは「物々交換経済」の再来です。貨幣が登場する以前は、買い手が所有している同価値の他の商品で支払うということで商売が成立しまいた。あらゆるモノがネットでつながっているかぎり、市場におけるマッチング可能性は従来のものよりもはるかに多大だと考えます。「サイボーグ・エコノミー」では物々交換経済がそれなりの規模で成立するのではないでしょうか。

-- その際、「貨幣」という考え方にも大きな変化がおきそうですね

高橋:
商品の代金が商品によって支払われる場合、商品は「貨幣」ということになりますね。こうした売買交換が「BMI」経由でおこなわれる以上、「商品=貨幣=技術」という関係が成立するのではないでしょうか。ここでいう商品とはアプリケーション(情報)を想定しますが、3Dプリント技術が発展していけば、あらゆる商品がアプリとして売買されるようになります。つまり「商品」も「貨幣」もデジタル技術(0/1)に変換され、デジタルという技術と一体化する時代がくるということです。

■「脳の快感」こそが新しい貨幣になる

-- 「商品」は日常で使う以外にあまり貯蓄はしないと思うのですが、サイボーグ・エコノミーでは青天井に蓄えることができる「新しい貨幣」は生まれないのですか?

高橋:
オンライン上での取引以外の形態が残っているかぎり、価格を商品という物に張られたレッテルとして表示する現行の価格制度は並行して通用するでしょう。それに加えて、私が考えるのは、脳内の満足度や快感度を測定し、それに対応して商品の価値(=価格)が決定するようになります。「ニューロ・エコノミクス」という経済行為の分析をおこなう脳科学分野がありますが、そこの研究分野に立脚すると、価格決定にあたっては、買い手のドーパミン分泌量や関連ニューロンの活動量などを指標とすることが考えられますね。

-- 「脳の快感」を直接交換するという経済活動が生まれそうですね。

高橋:
快楽中枢を形成するドーパミン関連のニューロン群の活動をBMI経由で他の人に伝達することが可能であるならば、経済学者の佐伯啓思氏も示唆しているような、快感だけを直接交換する経済活動の成立が見込めますね。ここで注目すべきことは、「サイボーグ・エコノミー」における「価格」はその脳内快楽の度数に応じて決定され、代金の支払いは、それに相当する脳内快楽によっておこなわれるということ。それはすなわち、快楽という情報が「貨幣」になるわけです。
高橋:
また、サイボーグがあたりまえになった高度テクノロジー社会では、売り手側、供給側は同じものの大量コピーを作成でき、供給能力は無限であると考えます。需要と供給のバランスで価格が決定されるという理論にしたがうならば、「サイボーグ・エコノミー」では、価格決定権を握るのは需要側であると言えそうですね。

■人間の「生」と結びつく経済システム

-- もっと大きな視野で、経済システムはどう変わると思いますか?

高橋:
もろもろの経済指標も変更される場面もあるでしょう。たとえばGDP。GDPは現行、付加価値の合計で表示さますが、物において媒介表示された満足度の累積値にほかなりません。そうであるとすれば、「サイボーグ・エコノミー」においてGDPは、脳内の満足度数を表出しうるものでなければならなくなるでしょう。

-- 快楽が貨幣になるということは、人間の生命活動にも大きく関わってきそうですね

高橋:
2012年に日本公開されたアメリカ映画『TIME/タイム』では人間の寿命が貨幣になる世界が描かれました。実際にこうしたテクノロジーは可能であるかはわかりませんが、貨幣=生体・生命情報(脳内快楽情報)=デジタル技術という関係が問題となると考えられます。「サイボーグ・エコノミー」においても、生命とテクノロジーそして貨幣あるいは生産物は「BMI」という電子ネットワークシステムにおいて一体化するのであり、テクノロジーから切り離された純粋な生は存在しなくなっていくのでしょう。

取材を通じて、SF小説を一冊読み終えたかのような気分になった。高橋教授が言うサイボーグ経済が本当にやってくるのかはわからない。しかし、加速度的に発展しくテクノロジーが変えていく社会に対し、私たちはどのような視座を持つべきという示唆が大いに含まれているように思う。

取材:石塚たけろう

ベンチャーキャピタルやデジタルマーケティング企業複数社での業務を経験後、EIR(=客員起業家)として複数の大手企業、スタートアップの新規プロジェクトに参画。面白法人カヤック所属。@takerou_ishi

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