アーティストが未来のビジネスモデルをつくる、"おむつリサイクルDYCLE"の挑戦

2016.07.19 14:00

バウハウス大学でコンセプチュアルアートを学んだアーティスト松坂愛友美氏が100%リサイクルできるおむつシステムDYCLE(ダイクル)を発案した。 これは彼女のアート作品「All My Cycle」が根底にあり、不要な排出物を限りなくゼロにする"ブルーエコノミー"という経済概念とつながることにより生まれたビジネスだ。未来を見つめるアーティストが生み出すビジネスには、生活者の支持は多くとも投資家の支持が得難いという。彼女のベルリンでの挑戦を、同じくベルリンでアーティスト活動をしている井口なほ氏が取材した。

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100%リサイクルできるおむつシステムDYCLE(ダイクル)を発案した松坂愛友美氏

■アート作品を"おむつ"のリサイクルに変換

ベルリンは相反する物事が共存するカオスと秩序の街だ。EUを牽引する経済立国ドイツの首都でありながら、旧東の影を色濃く残す。発展途上国のようなデコボコ道や郷愁を誘う野原が町中に突然出現する一方、ロンドンを凌ぐ勢いでEUのスタートアップハブになった。

今回取材した松坂愛友美氏はワイマールにあるバウハウス大学でコンセプチュアルアートを学んだ後、日本にはない考え方が溢れるベルリンに惹かれ移り住む。当初はフリーランスアーティストとして活動していたが、DYCLE(ダイクル)というソーシャルビジネスの創始者へと変身した。

■"ブルーエコノミー"、完全なるゼロ・エミッションの世界

DYCLEは自身のアート作品「All My Cycle」から端を発する。科学者と一緒に、自分の尿から安全な堆肥を作り、その栄養素で植物を育て食すという試みで、少しずつ展示や講演を依頼されるようになった。転機は2013年にバルセロナで行った発表会。そこでブルーエコノミーという概念と出会った。
ブルーエコノミーは、多様性に満ちた自然の生態系から着想された、完全なるゼロ・エミッションを実現する新しい経済モデルで、ZERI(Zero Emissions Research and Initiatives)の創立者グンター・パウリ氏が提唱する。人間が何かを行う際、害になるものや不要なものも産出してしまうのは避けられない。しかし、ある仕組みの中では有害と見なされるものも、違うシステムでは有用なリソースとして使いうる。このようにして、無限にリンクしたビジネスを紡いでいくのがブルーエコノミー。表現活動を続けていた松坂氏はビジネスの切り口でこのアイディアをスケールアウトさせることに目覚めたのだった。

■100%堆肥化できるおむつの開発

その後、おむつ会社やベルリン工科大などの専門家と提携を組み、100%堆肥化できるおむつの開発に参加し始めた。DYCLEとは、diaper(おむつ)とcycle(サイクル)を組み合わせた造語。赤ちゃんを育てる際におむつは不可欠だが、子育て経験者誰もが感じるのが、山のようなおむつを捨てることへの罪悪感だ。そこで松坂氏は、地域住民がコンポストシステムを共同運営し、赤ちゃんのおむつから質の高い土を作り、果実の苗を植え、実がなったら家族で食べるというサイクルを描いたのである。DYCLEは、家庭のゴミを貴重なリソースに変える機会を提供し、近隣の家族同士で協力し合うコミュニティを生み出し、身近な森林を豊かにする活動に繋げ、既存のおむつ製造会社がソーシャルエンタープライズになる道を敷き、果実を使って地産地消の食品製造業を増やす。

■ブルーエコノミーに共鳴する投資企業の必要性

松坂氏が現在直面しているチャレンジと喜びの源について聞いてみた。「時間が足りないです。」口にした時の歯痒そうな表情が印象的だった。フリーランスアーティストからビジネスパーソンに急転換したため、ファイナンス、マーケティング、セールスなど経営のベーシックスはOJTで吸収していくしかない。一方でDYCLEの需要は加速度的に上がっており、おむつを実際に利用したいユーザーの期待に応え切れない現状を打開する必要がある。

続いて「先例のない新しい形の経済なので投資家がまだ育っていません。」と答えた。DYCLEでは独自開発のおむつをユーザーに無料提供する。ではどこで収益を得るのか?おむつから産まれた堆肥を使って果物の苗を植える際、DYCLEは企業に木を売る。投資家はROIを待つのではなく苗を買い取り、木々が育ち果物がたわわに実り、やがて森になっていくのを待つ。ブルーエコノミーに共鳴する投資企業との出会いは最優先事項だ。

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フリーランスアーティストからビジネスパーソンに急転換した松坂氏(左)

一番の喜びは、パイロットプロジェクトから実際に土ができたことだ。「DYCLEの土に苗を植えてあげると植物が本当に喜びます!」彼女の嬉々とした表情は、植物も土も「いきもの」であることを物語っていた。この秋500本の植樹をベルリン市内で予定している。次に100社の企業と提携して10万本の木を売ることが目標だ。赤ちゃん100人、1年分のおむつに相当する。

松坂氏のビジョンはそこにとどまらない。「将来的にはアジア各地の女性たちとDYCLEコミュニティを作りたいです。」良質の土は良質な農作物を約束し、経済を豊かにする。「女性がお金を持つことで、社会でのお金の使われ方・流れ方が変わると思います。」

■アーティストが生み出すビジネスモデル

All My Cycle =「私の」サイクルだったのが、企業、研究機関、DYCLEユーザーコミュニティなど多くの人たちと共に歩む「私たちの」ムーブメントへと進化した。これがビジネスの強みだと松坂氏は言う。「アートの限界は、人の意識を変えることはできますが、日常生活の行動にまで波及させることが難しい点です。ビジネスは人の行動そのものに働きかける力があります。」

だが、決してアーティストの心を忘れたわけではない。DYCLEは、新しいおむつ素材を開発するエンジニア視点や、良質の土を作って農業を活性化するビジネス視点からできたのではない。「どうやったら自分の体と自然をもっと繋げていけるだろう?という想いから始まりました。」この問いこそが彼女を駆り立てる原動力。アーティスト故にDYCLEというビジネスモデルが誕生したのだ。これからの時代、さらにアーティストの視点をビジネスに活かすことが求められそうである。

ライター:井口なほ

2013年ベルリンに移住。生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。傍らベルリンと日本やアジア諸国を繋げる文化事業のキュレーター。Photo Credit ©eriko kaniwa

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