拡張する身体、更新される想像力〜VR研究教育の最前線 "エンパワースタジオ"に潜入

2015.12.05 19:00

2015年11月に茨城県にある筑波大学のキャンパス内に新設された巨大研究施設「エンパワースタジオ」。 そこは筑波大学の学生たちが、"実際の展示を通じて自ら作り出したシステムを洗練する研究スタイルを日常的に実践し、「現場力」、「魅せ方力」、「分野横断力」を養成する"ための施設だ。 今回はそんな「エンパワースタジオ」の魅力を、そこで展示されている「エンパワーシステム」たちと一緒に紹介していく。

案内人は筑波大学グローバル教育院エンパワーメント情報学のプログラムリーダーを務める岩田洋夫(いわた ひろお)教授。 岩田先生は近年Oculus Rift、GearVR、ハコスコなど安価なHMD(ヘッドマウントディスプレイ)や、Unityなどの扱いやすい3D開発環境の出現により新たな盛り上がりを見せているVR、すなわちバーチャルリアリティ技術の分野において、人間の「触覚」に訴えかけ、いかにバーチャル空間に物質的な現実感を与えるかについて研究する「ハプティクス」の分野に30年以上前から取り組んできた。このエンパワースタジオはそれらの研究をより実践的なフェーズに移し、学生たちと一緒になって実際に手を動かしながら、分野発展のための糸口を見つけるための施設でもある。

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筑波大学のキャンパスから通りを挟んだ向かい側に位置するエンパワースタジオ。内部は2つのセクションに分かれており、それぞれ「多機能実験モジュール」や会議室のある研究棟、「グランドギャラリー」、そして「Large Space」を擁する大空間棟となっている。

◼︎潜入!!エンパワースタジオ

研究棟には"研究をしながら展示ができる"というコンセプトで、様々な展示のニーズに応えることのできる「多機能実験モジュール」という研究室兼展示室や、また学生や研究者が自らのデスクを固定せずにチームや目的に合わせて使用できる「ノマド型実験室」がある。

このノマド型実験室には最新の3Dプリンタやレーザー加工機などの研究インフラを備え、中には研究しながら仮眠をとることのできる移動式ラックまでもが常備されている。岩田先生の唱える「魅せ方力」「現場力」を培う仕掛けが多数施されており、研究者であり教育者でもある岩田先生が、同じように研究者である学生たちの集う場として、いかに研究を効率良く進めることができるかを考え抜いた結果としての研究棟となっている。同様に筑波大学を受験しようと見学にくる高校生たちにも、整った環境をアピールし、筑波大学のイメージ全体に寄与することができる。岩田先生自身が過去の経験からこれからの研究者には欠かせないと語る「魅せ方力」が存分に発揮されている。

続いてエンパワースタジオの大部分を占める大空間棟を見てみよう。研究棟の展示室と比べてより大きなサイズの展示を行うことのできる「グランドギャラリー」には、可動式の展示ユニットが設置されており、展示期間中には研究棟に収まらなかった作品を展示することができる。もちろんグランドギャラリーそれ自体も、その天井の高さを利用し、全高5メートルにも及ぶ作品が展示可能だ。またこちらにも研究棟と同じく、ニーズに合わせて移動可能な作業台ユニットが多数設置されており、展示の際だけでなく普段の研究、制作作業においても自由度の高いスペースの利用が可能であるという構造が非常に印象的だった。近年のVRに代表される人間の身体感覚に直結する技術の研究においては、「実際にユーザーに体験させる」というプロセスが不可欠であるため、研究室の中だけでなく各地で開催される展示会におけるオペレーションが重要となる。

岩田先生のもとで学ぶ学生たちは、オーストリア・リンツで開催されるアルスエレクトロニカなど、メディアアートの展覧会などにその研究成果を出展する機会が多い。そのため開催地への移動や、現地での展示の段取りの上で想定されうる様々な状況に対応できる必要が出てくる。このエンパワースタジオはそういった「現場力」を培う上でも最大の効果を発揮するようだ。

◼︎身体拡張研究の最前線 エンパワーシステム

さて、ここからはそんなエンパワースタジオに収容されている、岩田先生が学生たちとともに作り上げた「エンパワーシステム」たちを紹介していこう。

エンパワーシステムとは?
「人の機能を補完し、人とともに協調し、人の機能を拡張する」
人間本来のもつ身体機能や、五感を前提とする認知のシステムそのものをコンピュータ技術やデバイス技術、通信技術の応用により活性させ、新たな人間と機械の関係性をデザインすることを目的とした技術で、それぞれのエンパワーシステムがその哲学を吸収した学生の発想と岩田教授の援助により製作されている。


◼︎「歩く」感覚を提示する

▪︎トーラストレッドミル+リアドーム

人の肩から上がすっぽり入る巨大な半透明の球体がアルミ支柱の骨組みの上に据えられ、足元にはスポーツジムに見られるようなランニングマシンのような構造をもつ装置が据えられているこちらの作品。体験者は実際にその中へ入っていくことができる。

このランニングマシンのような装置はトレッドミルと呼ばれ、それを14個リング状に連結し、トレッドミルそれ自身と、連結したリング全体が回転することで歩行移動を打ち消す。これによって体験者の体が同地点に固定されたまま、前後左右全ての方向へ永遠に歩いていく感覚を得ることができる。これに全方向に映像が投影される半透明の球体=リアドームを組み合わせ、歩く動作に合わせて映像を表示させることで、VR空間を歩いているかのような感覚を得ることができる。

中に入って体験してみると、歩く動作と目の前の映像が綺麗にリンクして進んでいくため順調にVR空間を歩き回ることができる。なかでも特筆すべきは、Kinectで足の動作をセンシングすることにより、右足を踏み出すと映像も実際に足を踏み出したかのように右へ少し揺れるようにして移動するという点だ。HMDのみによるVR体験では、通常人間の足の動きを感知できないため、自らが移動する感覚がどうしてもHMD上に映し出される水平移動に得られにくいことが大きな課題となる。しかしこのリアドームに投影される映像では踏み出す足と映像の揺れをリンクさせることで、地面に足をつけて歩いているという感覚がある程度ではあるが得られるようになっている。

こちらの装置は今後の展望として、VR空間を縦横無尽に歩けるという特性を活かして災害時の避難経路のシミュレーションなどに活用されることを見込んでいるそうだ。バーチャル空間を自由に探検できるようになる日もそう遠くない。


▪︎ロボットタイル

四つの小型の自動走行するルンバのようなタイル型ロボットの上に乗り、進みたい方向へ足を向けると、ロボットが自動的に体験者の進む方向へ順番に繰り出され、道を作り出してくれるという装置。

体験者が乗っているロボットタイルが後ろ方向へ進むことにより、体験者の移動を打ち消し、その場にいながら永遠に歩き続けることができるという仕組みだ。 Kinectによる距離画像で体験者の足の向きを測定、そして車輪の回転数に加え、ロボットタイルの床面に備え付けられたKinectが発する赤外線を反射する再帰性反射材によって各タイルの位置を把握し、次にどの位置にタイルを繰り出すかを自動的に判断する。

スタンバイ→測定→ロボットが移動→体験者が移動→スタンバイのサイクルの間に時間的な遅れが生じるため、普通の速度で歩くという動作には対応しきれていない現状がある。しかしながら実際に体験すると体験者に要求される飛び石を渡るような動作のアトラクション感、またロボットがもぞもぞと動きながら次の位置を策定していく様はまるで生き物のようで、見るものに愛着を感じさせる。根幹の原理の上では完成し、残すはデバイスやシステムの処理速度の問題のみであるが、そういった処理速度の遅れ、デバイスの動きが体験するものに要求する動作の面白さや、「愛着」などの一種の感動を引き起こすある種の「見立て」のメカニズムによる表現様式を岩田教授は「デバイスアート」と呼び、「魅せ方力」の一種の方法論だと語る。

ロボットの位置の把握に高価なカメラなどの機材ではなく、Kinectを採用することで海外の展示会などにも比較的簡単に持っていくことができるようになったというエピソードもあり、随所に「魅せ方力」への探求が見られることが印象的だ。

またこのロボットタイルは上部の床面が昇降するため、階段を上るような動作を可能にしている点で前述のトーラストレッドミルと差別化されている。今後は処理速度の向上はもちろんのこと、より小型化、かつ数を増やすことで素早く、様々な人間の動作に対応していくことを目標としている。ディズニーピクサーの映画、『ベイマックス』に登場する主人公のヒロが開発した「マイクロボット」のように、三次元空間を縦横無尽に歩くことができるようになるかもしれない。


◼︎より多様なバーチャルリアリティ体験を

▪︎『Large Space』

幅25メートル、奥行き15メートル、高さ7.8メートルの巨大な直方体の空間を有する、世界最大のVRシステム。

ちょっとした体育館のような巨大な空間の壁面と床面すべてに12台ものプロジェクターによる投射を行うことで、通常HMDによって体験されるバーチャルリアリティを実際の空間で体験できるという、世界にも類を見ない画期的なシステムである。これに20台のモーションキャプチャカメラを備え、空間内の体験者やオブジェクトの3次元計測も行うことができる。体験者は映画館で配布されるような3Dメガネを装着し、壁面に投影された立体映像を体感することができる。赤外線レシーバーを搭載した3Dメガネを装着すれば、体験者の位置や頭の方向に応じて壁面の立体画像が移動し、よりリアルな立体空間が目の前に現れる。

このLarge Spaceの最大の特徴として、これまでのようにHMDで体験できるバーチャルリアリティは、体験者以外が全くその内容を同じように知覚することができなかったが、同じ空間内に投射することで、同時に複数の人数で体験することができるようになるという点が挙げられる。多数の人間が同じ景色を見ることができるという構図はVR体験において欠如しがちだった共感を生むため、そこに生まれる感動が印象深いものとなる。

さらには7本のワイヤーによって稼働するモーションベースを備え、介護用から転用された体を負荷なく固定するハーネスを装着して吊り下げられることで、体験者は巨大空間内を自由に飛行することが可能になる。

空中を移動する際にも、体験者の3次元座標に合わせて映像がリアルタイムに移動するので、リアルな「VR飛行体験」が可能になっている。それは前述の歩行感覚を提示する技術に対して、人間の身体感覚を大きく拡張させる技術であると言える。

現在はオペレーターである学生が打ち込んだ規定の動きに体験者が追従するという構造になっているが、近いうちには体験者の体の動きに合わせてモーションベースが移動するなど、より身体感覚に近づいた挙動ができるように開発を続けているという。またその先には、小重力環境での人体の挙動のシミュレーションや、商業ベースでの利用など、秘めたる可能性をとにかく試していくなかで、想定されなかった使い道を見出していくことを当面の目標としている。鳥の視点を獲得した人間は何を思い、何を生み出すこととなるのか。身体の拡張に伴う認知の改変が見出す地平を想像するのも面白い。


▪︎Big Robot Mk1

まさにその名の通り、人間が5メートルの巨人になったとしたら、どのような身体感覚を獲得するのかという問いに基づいて制作された「人間拡張」ロボットである。体験者が車輪のついた2本の足に支えられた台の上で歩行すると、その動作に伴って車輪が前進、体験者の足の裏には直に地面を踏んでいるかのような振動が与えられる。これは人間にとっていままでにない感覚を得る体験であり、体験した人は総じて感動するそうだ。多少の誤差はあれ、大体のものが実際の人間のサイズに合わせてデザインされている世界において、突然自らのサイズが3倍になったとき、そのショックは想定しているよりも大きい。もちろん身体が拡張すれば人間の思考もそれに伴って拡張していくことになる。3倍人間が見る世界は一体どのように感じられるのか、その片鱗を体験することができる。

バランスの問題による転倒の危険性とその想定される被害から、実際のアニメに登場するような巨大ロボットの制作には懐疑的な岩田教授ではあるが、このBig Robotによって得られる拡張された身体感覚や見るものに与える心理的影響は研究に値するテーマであると語る。


◼︎最新の設備と熱量を備えた研究拠点の新たなスタンダード

ここまで筑波大学に新設されたエンパワースタジオについて詳しく見てきたが、いち大学の研究施設としては、その巨大さや自由度の高さなど、かなりさまざまな知見が集約された施設であるということがわかった。またそこで実際に研究されている内容も、これからの人間とテクノロジーの関係を考える上で欠かせないものが多く、特にVRの研究を軸に身体感覚を解き明かし、さらに次の技術へ転用し活用してくという流れの中に身をおけるという環境はとても魅力的なものであった。

それと同時に、研究と展示が一体となった施設自体が画期的で、なかなか一般からのフィードバックを得難いアカデミックな世界を広く開放し、より多くの知見を研究に取り込もうという取り組みが本当に面白い。これからの研究機関において、世間とのよりスピーディな相互作用が求められる分野がこういった方式を採用していくことになる未来もあり得るのではないかと思わせるような施設だった。 開かれた研究機関が未来の技術者たちを輩出することはもちろん、まだ見ぬ研究者の卵や、多くの人の未来を想像する力に大きく貢献することは間違いない。

こちらのエンパワースタジオは随時一般公開が計画されており、筑波大学の事務局に問い合わせることで見学に関する情報を得ることが可能となっている。 ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。

取材・文:兵藤 友哉

1995年生まれ。フリーライター。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系在籍。テクノロジーを用いたアート表現を目下のところ勉強中。Twitter @do_do_tom

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