『千と千尋の神隠し』、宮崎駿が「千尋」モデルの少女と行った勝負とは?

2017.01.20 08:00

『千と千尋の神隠し』の主人公・「千尋」にはモデルとなった少女がいることをご存じだろうか?さらにその父親は、千尋の父のモデルにもなった人物でもある。 それが日本テレビ奥田誠治だ。長きにわたってスタジオジブリとの映画製作に携わっている奥田に『千と千尋の神隠し』の制作秘話を聞いた。ここでしか読めない作品の裏話、宮崎駿監督、鈴木敏夫プロデューサーとのエピソードも満載だ。

※『千と千尋の神隠し』は日本テレビ系列『金曜ロードSHOW!』にて1月20日(金)21:00〜OA予定だ。

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『千と千尋の神隠し』の主人公「千尋」のモデルになった少女の父親に制作秘話を伺った。
© 2001 Studio Ghibli・NDDTM

■宮崎駿とのさまざまなエピソードが作品に活かされている

--娘さんが主人公のモデルになり、ご自身も登場される奥田さんの『千と千尋の神隠し(2001年)』、印象に残っていることを教えていただけますか?

奥田:
旬なネタからお話すると、作画監督は『君の名は。』も手がけた安藤雅司さんなんです。彼が千尋のキャラクターを描いてくれたのは作品に大きく影響したと思います。

僕は最初に出てくる千尋のお父さんとして作品に描かれているのですが、荒い運転、いろんな所に行ってしまう性格、がさつな食事のとり方など、全部現実の僕自身を表しているんですよね。ブタになってしまうところはどうかと思いますが(笑)。

あの豪快な食事シーンを描いているのが『借りぐらしのアリエッティ(2010年)』で監督を務めた米林宏昌さんなんですけど、彼は僕である千尋のお父さんが食べているシーンを描くのが難しかったらしいんですよ。それを物語るエピソードがあるのですが、『借りぐらしのアリエッティ』のキャンペーンで米林監督と一緒に金沢出張した際に、となり合わせで食事をしていたらクチをポカーンとあけて僕が食べているところを見て「ほんものは凄い」って言い放ってね。『千と千尋〜』のお父さんの食事シーンを描く大変さを思い出していたんでしょうね。

宮崎駿さんはジブリ作品の絵コンテ集を全部作るのですが、その絵コンテ集にト書きで「奥田さんの食べ方を参考にするように」とちゃんと書いてあったんですよね。米林さんはトライしていたのですね。
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日テレ奥田誠治氏が『千と千尋の神隠し』のお父さんのモデルになっている。食べ方もそっくり再現されているという。
© 2001 Studio Ghibli・NDDTM

■印象的な"運転の荒さ"

奥田:
宮崎さんの作品は身近な人を題材にするのが多いことで有名ですが、冒頭の荒い車の運転とかは、僕が宮崎さん達とヨーロッパに出張に行った思い出が活かされていると思います。出張先はオーストリアだったのですが、出張の同行者がアウトバーン(高速道路)を運転してた時のことです。宮崎さんは景色を観察するために助手席に座っていながら、都度都度運転手に指示を出すんですよ。マニュアル車だったので、シフトのつなぎ方、アクセル、クラッチのタイミング、シフトレバーの操作方法など。宮崎さんはきちんとしている方だから、運転方法にも細かい指示が多くて、運転手が焦っちゃったんですよね。工事横を抜けなきゃいけないときに、うまく避けられなくてサイドミラーがぶつかってバーンっと飛んじゃって。

でね、運転手がかわいそうになって途中から僕が運転を代わったんです。ただ僕の場合は助手席から指示されるのが好きじゃないので、ものすごいスピードでガンガン飛ばしちゃったわけですよ。アウトバーンなのでスピードOKですから。そしたら宮崎さんもついに黙っちゃって。僕の運転の荒ささに絶句しちゃったのでしょうね。

別のタイミングでは、宮崎さんがスリーホイラー(前輪2つ、後輪1つのスポーツカータイプの車)の車を手に入れて、僕に運転してみたい?というので運転させてもらったんですよ。そしたら、これまた僕の運転に大変不満で、怒っちゃってね。

そういう僕の「運転の荒さ」という記憶が作品に活かされているんだと思います。

--宮崎さんの記憶から生まれる作品、シーンというのが多いのですね。

奥田:
宮崎さんの記憶力の凄さを表すエピソードが最近あったのでご紹介します。 つい最近のことですが、仲間うちで食事をしていた際に宮崎さんが飲んでいたワイングラスが倒れて僕に赤ワインがひっかかったんです。僕はひっかかった事実だけに気に取られていたら、宮崎さんが「このシーン、昔ニューヨークでもあったよね」と言い出して。 僕はその時まですっかり忘れていたんだけど、ニューヨークに出張に行った際に、徳間書店のジブリ担当・武田さんという方と食事をしてた時のことを話しはじめたのです。武田さんはよく飲み物をこぼす方で、その時も僕がこぼした赤ワインの被害にあってしまいました。宮崎さんと僕とでシャツについたシミを消そうとトイレに行ったのですが、そこにいた黒人の係の人からワインのシミを消す薬をもらったよね、という話を延々し始めて。僕はニューヨークでもワインの被害者だったのに、すっかり忘れていた話を詳細に話し始めたんです。宮崎さんの記憶の中にはそういうストーリーがたくさん積み重なり、記憶として残り、作品に投影されているということを改めて思い出させたエピソードでした。

以前紅の豚のジーナのシーンについてもSENSORSにお話しましたが、そこで起きていることを映像として残すのではなく、記憶に残ったものをアニメ化する、そういう頭を宮崎さんは持っているんですよね。
(関連記事:「ジブリに関わる人々をアニメ化『ギブリーズ episode2』日テレ奥田誠治に聞く舞台裏」

運転が荒いだけではなく、変な場所にもグングンと脇目も振らずにいってしまうのも僕の性格で、『千と千尋の神隠し』でお父さんが雑木林の中へ猛スピードでドンドン行ってしまうのもまさに、僕そのものなんです。

■川に流された少女の靴が物語を生む

--娘さんが『千と千尋の神隠し』の主人公モデルになったキッカケを教えてください。

奥田:
これは鈴木敏夫さんが本にも書いていたことなのでそちらを読んでもらった方がいいのかもしれませんが、『千と千尋の神隠し』を作る前に、宮崎さんは『煙突描きのリン』という若い女性を主人公にした作品を準備していました。その準備中、鈴木さんは当時ヒットしていた『踊る大捜査線 THE MOVIE(1998年)』を見て「若い女性を描くのは、同年代である若い世代が作った方がいいのではないか?」と宮崎さんにお話されたそうなのですが、そのアドバイスを受け、宮崎さんは途中まで準備が進んでいた『煙突描きのリン』の企画を全部捨てたそうです。

その代わり、身近な人をテーマに、ということでうちの娘をモデルにストーリーが作られたのです。彼女が生まれてすぐの時から宮崎さんや鈴木さんは見ているのが理由ですね。うちの娘の名前は「千晶(ちあき)」というのですが、作品を企画してから1年くらいは千晶の名前がタイトルについた状態で企画が進んできました。

その中でも宮崎さんが印象に残ったシーンと思われるエピソードがあるのですが、ちょうど娘が5,6歳ぐらいの時、夏休みに宮崎さんの山小屋に遊びに行ったんです。 僕と宮崎さんと鈴木さんと娘とで山小屋の近くに流れる 小川を散策していたのですが、そこで娘の靴が流されちゃって。 みんなで靴を追いかけていったんです。宮崎さんは川の中をずんずんと行き、鈴木さんは山の方から追っかけて。靴はすごいスピードで流されていくんです。

『千と千尋の神隠し』のハクが出て来る最後の方のシーンはその思い出から連想しているんです。

で、靴は最終的に見つかったのですが、映画が出来て完成試写会がはじまる前に、宮崎さんが娘に「映画を見て、気がついたらおじさんの勝ちだよ」って話をしているんです。何のことだ?と意味がわからなかったのですが、映画を見ていくと最後の「おわり」って出てくるシーンで、娘が流した靴が出てくるんですよ。そこで、アッと僕は気がついてね。あとから娘に「気がついたかい?」って聞いてみたら「うん、気がついた。千晶が流した靴が最後に出てきたよね」って。宮崎さんは娘との勝負に勝ったという訳です。ぜひ最後のシーンに出てくる靴にはそのようなストーリーが込められているということにも注目してもらいたいと思います。

ついでですが、娘からは「千晶が流した靴はセーラームーンだったよね」という指摘も入り、そのことを宮崎さんに伝えると「なんだトトロの絵でも描いておけばよかった」と、言っていた、という後日談もあります。
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ススワタリが千尋の靴を運んでいるシーン。ひとつひとつの作中アイテムには宮崎駿とその仲間との思い出が詰まっていそうだ。
© 2001 Studio Ghibli・NDDTM

■日本の神様をテーマにした作品が世界で評価される

--『千と千尋の神隠し』は日本歴代興行収入1位という輝かしい記録やベルリン映画祭金熊賞やアカデミー賞も受賞していますね。

奥田:
宮崎さんも鈴木さんもアカデミー賞の受賞式には行かないということで、アルパートさんと僕とが二人の名代として出席してきました。帰国後ジブリに報告しに直行したら宮崎さんが「ご苦労様」って言ってくれましたね。

海外の評論家も「見たことない作品に触れた」 と絶賛してくれていて。『千と千尋の神隠し』は日本の神様をテーマにした話ですが、そんな話に世界中がみんなが喜んでくれるということは、本当に嬉しかったですね。

--作品初上映から、15年経ちました。奥田さんはこの作品を今、誰に見てもらいたいですか?

奥田:
まだ見てない人に見てもらいたいですね。 まだまだ見てない人も多いですし、作品が出来た2001年に生まれてない人もいるので。

一度見た方も、最後に千尋を見たのはいつか、 そこから何年経っているのか、自分も成長しているし、全く違う発見があると思うので是非いままで気づかなかった『千と千尋の神隠し』に出会ってもらいたいと思っています。

--貴重なお話、ありがとうございました。

主人公のモデルになった少女の川に流された靴を宮崎駿、鈴木敏夫、奥田誠治が追いかける-- 歴代興行収入第一位の作品には仲間内で起きたエピソードが、ストーリーに散りばめられている。万人が喜ぶ大成功ストーリーの背景には鈴木敏夫が言う「半径3メートル以内から発想していくこと」がある。自分の仲間を大切にし、自分の人生からストーリーを紡ぐことの価値を取材を通して知った。何気ない日常にもたくさんのヒントがありそうだ。作品の背景にある"日常のエピソード" を感じながら見ると『千と千尋の神隠し』もまた新鮮なものとなりそうである。

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ライター:西村真里子

SENSORS.jp 編集長 国際基督教大学(ICU)卒。エンジニアとしてキャリアをスタートし、その後外資系企業のフィールドマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブ会社のプロデューサーを経て2014年株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×デザイン×マーケティングを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターを行う。Mistletoe株式会社フェロー。

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