『シン・ゴジラ』庵野秀明総監督のこだわりを実現した編集とは? 佐藤敦紀、大屋哲男インタビュー

2016.09.02 10:00

大ヒット公開中の庵野秀明総監督、樋口真嗣監督による映画『シン・ゴジラ』、その編集・VFXスーパーバイザーを務めた佐藤敦紀氏と、VFXプロデューサーを務め、ピクチャーエレメントの代表を務める大屋哲男氏。『シン・ゴジラ』では、庵野総監督の構想を実現するために膨大な撮影素材が用意され、膨大な編集バリエーションが作成されたという。今回、その編集作業について2人に伺った。

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世田谷区の閑静な住宅街を抜けると現れる巨大なゴジラの壁画。この壁の向こうが東宝スタジオであり、その中にあるピクチャーエレメントで佐藤氏と大屋氏からお話を聞く機会を得た。まず佐藤氏から、経緯の説明から始まった。

■庵野さんが監督をやるということが作品作りにおいてどういうことか、相当いろんな意味で覚悟を決めなければいけない

佐藤:
ざっくり経緯から話しますと、2015年の1月に今回の仕事の話がありその時に2016年の夏に公開が決まっていて、ビジュアルエフェクトの量が非常にたくさんある作品にしては、時間がなさすぎる。足りないスケジュールをなんとかするためにプリヴィズという方式の導入がオファーの段階で決まっていました。
プリヴィズとは、どういうものかというと撮影前からどういうアングルでどういうセリフをどうしゃべらせるのか?というのを決めておくための映像を作る作業のことです。今、もう海外では普通に行われています。日本でもフルCGのアニメや劇場用のアニメでは実は結構行われています。また普通の実写でもアクションシーンではアクション監督が先に別の役者を使って全部ビデオコンテ的なもので作って、現場でその通りに撮るというやり方をやっているんですけれど、それを本編全体で取り入れたいと。アタマからケツまで全部カット割りから何から決めておいて、その通り撮影してハメ込んでいくだけのカタチにしたいということでした。

実際、製作にあたっての課題と同時に一番大きな要素として総監督が庵野秀明であると......。やっぱり庵野さんが監督をやるということが作品作りにおいてどういうことかというのは、相当いろんな意味で覚悟を決めなければいけないことが一杯ある。音声のダビング中であっても尺をいじることを普通にやってしまうくらい、非常に作品そのものにこだわりのある監督なので、編集現場に関しては非常にフレキシブルなものにしておかないと、色んなことが対応利かないだろうと考えました。
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編集・VFXスーパーバイザー 佐藤敦紀氏(左) VFXプロデューサー 大屋哲男氏(右)

佐藤:
そんなフレキシブルな編集を実現するために、複数の人間がいっぺんに使えるような状況を作りたい。その上で協調性や経済性が非常に問題になってくる、1本ウン千万円のソフトは使えない。日本の業界内では編集ソフトはAvidが標準なのですが、そうした状況を鑑みてアドビのPremiere ProであればAdobe Creative Cloudのライセンスをいくつか用意して複数に渡って同時の作業などもできるので、それを中心に編集室を組もうということになりました。
編集そのものも普通の編集とはだいぶ違う流れになりました。まず脚本の準備稿を元に声優さんにセリフを読んでもらって、絵が全然入っていない「音声ライカ版Rush」というものを作ったんです。ラジオドラマ版とも言われました。

--これは佐藤さんと庵野さんとで生み出されたものなのでしょうか?

佐藤:
僕と庵野さんの一番最初の仕事はこれを作ることでした。何故これを作ったかというと脚本がとても厚くて、3時間半とか4時間コースの脚本の量だったんです。「それじゃ出来ないんじゃないか?」という話もあったんですけど、庵野さん曰く「みんな早口で喋るから大丈夫」だと。これは言い訳でもなんでもなくて、実際の官僚の人たちを取材すると皆クレバーな人たちでものすごい回転でものを喋る、だから全然おかしくない。とはいえ、そもそも喋れるのかという話もあり実際に声優さんによるセリフ収録を行いました。声優さんたちも皆早口で頑張って喋ってもらって、3時間とか4時間とか言われていた脚本が一本に繋いでみると1時間半で収まったんです。
この音声ライカ版Rushというのをベースにして、そこに絵コンテをハメ込み、プリヴィズが上がってくればそれをハメ込む。プリヴィズの間に合わない部分は、劇団演出部と言われる助監督の人たちがセット図面に合わせて机を並べて仮の役でビデオカメラで撮り、編集の中に入れるということをやっていました。
そういう形で撮影前に映画のデザインを行っていたんです。このプリヴィズの編集をやりながら庵野さんはどんどん脚本を直すということをやっていました。

--本当にフレキシブルでないと対応できないですね。

佐藤:
撮影前にここまでやる邦画作品はまず無いですね。アメリカのフル3DCGのアニメーションなどでは絵コンテムービーに近いものの制作を大人数で集団の圧でやるんですが、『シン・ゴジラ』ではこうしたことを全部、庵野秀明という個人が独りでやっていたんです。
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Adobe Premiere Pro CC上で素材を展開した様子。

■Rushムービーをいじりながら映画のデザインをやっていった

佐藤:
実際に編集が始まると、僕の方がビジュアルエフェクトの仕事もしなければならないので、白組のVFX−Studioに常駐することになります。庵野さんはカラー(※庵野秀明氏が代表を務めるアニメスタジオ)の編集室に常駐し、この2箇所をPE Cloudというシステムで東宝内のピクチャーエレメントのサーバーを介して繋いでネットワークを組んで作業しました。
大屋:
IPv6という接続の仕方で繋いでいるんです。インターネットでは無いんです。NTTの光ではあるんですけど完全なクローズドの状態で、ピクチャーエレメントを中心にネットワークが繋がっていて、全てが同じところに見えるようになっているんです。
佐藤:
例えば、ビジュアルエフェクトの作業が始まって庵野さんが週1でチェックしにきて、上がった合成のカットを僕の方でライン上に編集データを乗っけると、すぐにカラーの編集室にも反映されているので、そのあと庵野さんが「俺、戻って編集直しておくから」というのができる状態になっていました。海外では、例えばカナダの寒い所で本隊が撮影して上げると、ロサンゼルスの編集室にその日の夕方にデータが来て、翌日には監督たちが編集されたものを見ることができるというようなことは今は普通に行われていて、そういうボーダーレス化はどんどん行われているんですけど、今回に関しては庵野秀明という才能をどう生かすかというカタチで行われました。
レイアウト、ディティールの作り方、色のことなど細いチェックが全部入り、それが作られる度に編集をいじるということを完成ギリギリ直前まで監督は行っていました、そうしたことを行いたいという監督に対してどうすればその環境を作れるか?ということで考え出したのが今回のものだったんです。

おそらく庵野さんはRushムービーをいじりながら映画のデザインをやっていったんだと思います。それで必要なものは残し要らないものは落とし脚本もどんどん変わるし、撮ったのに使わなかったものも一杯あります。プリヴィズも山ほど作ったんですけど、9割方実は使っていません。
大屋:
バージョンの数が半端じゃなかった。
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■庵野秀明の頭の中で何を考えているのかを探るのが仕事

--シン・ゴジラの編集での、一番の苦労はどこでしたか?

佐藤:
それでいうと一もなく、二もなく、庵野秀明の頭の中で何を考えているのかを探るのが仕事でした。

--どうしたら庵野さんのことが分かるようになるのでしょうか?

佐藤:
ともかく具体的にサンプルを作って見せて、こういうことなのか?それともこういうことなのか?ということをやりながら、それで庵野さんは「う〜ん、欲しいものはこの中には一つもない」とか言われちゃうんですけど(笑)。でもコレはちょっと近いかもなというのがあれば、こうしていくああしてくというのをやりながらどんどん試行錯誤をやっていき正解に近づいていくというのが近道なのかなぁと思います。
仕上げの打ち上げの時、庵野さんが舞台に上がっていろんな話をしてくれたんですけれど、最初のうちはスケジュールが無い中でとにかく作業が遅れていて、1月2月は庵野さんも内心苛立っていたと思いますが、作っている途中でちょっと良いのがポンっと上がってきたんですね。となりの轟木さん(※轟木一騎。『シン・ゴジラ』総監督助手)もニコニコしている、ということがあってこれはイケるかもしれないと。どこかで分岐点があったようで、そこからは上がってくるものに関してはどんどん進んでいって。最初はうまく転がらなかったビジュアルエフェクトの作業が途中からかなり良い感じで転がっていきました。

■映像を触ったところを全部言い当てた。「あれはもうビビりましたね」

--今回の映画では映画監督の岡本喜八さんの写真が使われていて、過去の庵野監督と岡本さんとの対談では、1コマがあるかないかで気持ち良さが変わるというお話をされていたのですが、そうしたこだわりはどうだったのでしょうか?

佐藤:
それはもう編集の時でも1コマ入れる入れないというのはいっぱいありました。面白かったのは例えばCGが上がってきて「ゴジラがガァーって火を吹くところ」で、庵野さんが「あ、ちょっとこれ一コマずつ流してみて」って言って、トットットッと流しながら「あ、このコマいらない、このコマいらない。で、ちょっととそれで編集してみてください」って「ああ、大丈夫大丈夫」みたいなね。そうすると途端にキレイに流れ始めるんですね。庵野さんはアニメーターのセンスで必要なコマをコッチのほうが良いかなと判断する、そういう場面はかなりありましたよね。
大屋:
そういうふうに言われると言われた側の子達が、すごく嬉々としてうれしそうに聞いているんです。直接言ってもらえた、庵野さんにコマの指定をしてもらえたって。
佐藤:
庵野さんはアニメーター出身で、一時は世界一のエフェクトアニメーターだったわけで、アニメーターのセンスの中でビジュアルエフェクトのチェックをしていったということもありましたね。
大屋:
凄いイイ目を持っているんですよね。映画全体の映像のトーンを見るために流して見せることがあったんですが、庵野さんがとにかくこの映画は触らないでくれ、撮ったままをドキュメンタリーでやるんだと、普通は色を整えて見せるのを整えないで見せてくれといって。とはいえ、ある程度調整したほうが見やすくなる。我々は役者の顔が暗すぎるのを明るくしたりというのを多少はやっていたら、庵野さんが「止めて!」と言って「これ触りました?」と言われて「あ、ちょっと明るくしました」。また見ていて「あ、止めて」と言って「ここ触りました?」と言われて「あぁ、ちょっと色を抜きました」。また見ていて「あ、止めて」と言った具合で 庵野さん途中で「触ったところを先に言ってください」って(笑)。

それで、またずーと見てて「あ、これまた触りました?」と言って「触りました」と言ったけれど庵野さんが「あ、でもこれはイイや」と言ったのがiPhoneのカットで、触ってないとやっぱりちょっとバランスが悪かったんですけど、触ると前後のALEXA(※ARRI社のプロ用ハイエンドデジタルシネマカメラ)の絵と全く同じくらいに写っているんですよ。そうしたら「iPhoneでもこんだけ綺麗に取れるんだっていうのを見せつけよう」ということで調整したのを入れたんです。それぐらい映像の記憶力が凄いんです。全部言い当てたからね。あれはもうビビりましたね。

--貴重な『シン・ゴジラ』編集データとともに、臨場感あるお話、どうもありがとうございました。

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東宝スタジオ メインゲート前のゴジラ像にて

『シン・ゴジラ』は庵野秀明総監督が完成のギリギリまで編集し映画のデザインを行った。そして、それを実現できる環境を作り上げた佐藤氏と大屋氏。1コマ1コマまでこだわって作られた映像のお話を聞くと、また見直したくなってしまう。『シン・ゴジラ』リピーターが現れる理由もうなずける。同時に、今後リリースされるであろうBlu-ray/DVDにてコマ送りで作品を味わう時間が待ち遠しい。

取材・文:サイトウタカシ

TV番組リサーチ会社を経て、現在フリーランスのリサーチャー&ライター。映画・アニメとものすごくうるさい音楽とものすごく静かな音楽が好き。
WEBSITE : suburbangraphics.jp

聞き手:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。エンジニアとしてキャリアをスタートし、その後外資系企業のフィールドマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブ会社のプロデューサーを経て2014年株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×デザイン×マーケティングを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターを行う。Mistletoe株式会社フェロー。

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