旅は「居心地のいいノイズ」----CINRAが手がけるアジアのシティガイドは、新しい世界の捉え方を教えてくれる

2018.09.03 08:00

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なぜ人は旅に出るのだろうか。

理由のひとつに、「何者でもない自分になれる」があると思う。異国に足を踏み入れれば、肩書も、役割もない。ひとりの人間として扱われる。東京で暮らしていると、いつの間にか多くのものに縛られている気がする。

思考だって、自由になりやすい。日々の営みからは得られない情報に触れ、その経験が自分の「当たり前」を揺さぶってくれる。

だが、理想的な旅の計画を立てることは、簡単ではない。画一的な旅行情報が提供される予約サイトは、自分の意図を汲み取ってくれない。カルチャー誌の特集のようなシティガイドがあれば......そう考え、探しているうちに見つけたサービスがある。

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クリエイティブカンパニーCINRAが運営する、アジアのクリエイティブシティガイド「HereNow」だ。一般的な旅行誌のように、情報を網羅するガイドではない。アジアの各都市に住むキュレーターが、いま最もホットなスポットを厳選して紹介するシティガイドだ。

HereNowを立ち上げ、アジアNo.1のシティガイドに育てようとしているのが、CINRA 代表取締役社長 杉浦太一氏、HereNow ディレクター 丸田武史氏だ。カルチャーメディアの印象が強いCINRAは、なぜシティガイドを手がけるのか。サービスの裏側にある思想からは、現代における旅の重要性と、CINRAが手がける必然性が浮かび上がってくる。

「アジア」「シティガイド」「カルチャー」の掛け合わせで、新しい旅を提案

アジアのクリエイティブシティガイドHereNowは、杉浦氏のシンガポール移住がきっかけで誕生した。2013年、海外進出のためにCINRAはシンガポール支社を設立。代表の杉浦氏も移住し、新たな事業の方向性を模索していた。

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杉浦:シンガポールに移住する前からアジアを横断的に扱う事業を手がけたいと考えていました。その際に、CINRAがこれまで培ってきた「カルチャー」という切り口は大切にしたかったんです。

CINRAの歴史はカルチャーサイト「CINRA.NET」から始まっている。掲げているタグラインは「カルチャーは、とまらない、とめられない。」。「カルチャー」という切り口を活かしながら、クリエイティブ業界の求人情報サービス「CINRA.JOB」や、ECサービス「CINRA.STORE」などの事業展開を進めてきた。CINRAらしさは、「カルチャー」と強く結びついている。

HereNowを立ち上げる直接的なきっかけは、クライアントワークでシティガイドの制作と編集を担当したことにある。当時のCINRAは、経済産業省が推進する「クールジャパン」プロジェクトの一環として、東京のユニークなモノ・場所・コトを世界に紹介するWebサイト「100 Tokyo」の制作や編集を行っていた。

「東京に限らずアジアを横断的に扱うシティガイドを手がけられないか」杉浦氏は100 Tokyoのプロジェクトを進めるなかで、こう考えるようになったという。

「アジア横断」「シティガイド」「カルチャー」この3つを掛け合わせて生まれたのがHereNowだった。

アジアのクリエイターをフラットな視点でつないでいく

現在HereNowは東京、京都、福岡、沖縄、台北、高雄、ソウル、バンコク、シンガポールの9都市で展開している。シティガイドを覗いてみると、独立系のカフェや書店、レコード屋などが並ぶ。

HereNowからは、アジアの各都市で勃興する新たなカルチャーの息吹を感じられる。その変化を杉浦氏は次のように分析する。

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杉浦:アメリカやヨーロッパの文化をそのまま「かっこいい」と捉えるのではなく、アジア各国で、独自のカルチャーを育む土壌が生まれているように感じました。経済成長が続くなかで、若い人は「このままでいいのか?」と立ち止まり、自国のアイデンティティを模索しているのではないでしょうか。HereNowでは、その国の文化を伝えていきたいと考えています。

アジア各国で新たな文化が生まれるなかで、HereNowが目指すのは、アジアの国と国をつなげていくことだ。クリエイターが自国だけではなく、アジアで活躍することをエンパワーしていくという。

HereNowが大切にするのは「取り上げる都市や国に優劣をつけず、フラットに扱う」こと。どこかの国を重点的に扱うのではなく、各国のカルチャーをフラットな視点で編集していく。

価値観を共有できる現地キュレーターと、HereNowを編む

HereNowは、カルチャー好きがアジアの各都市を旅する時に、何度でも使ってもらえるシティガイドを目指している。そのためには、取り上げるスポットに「らしさ」が共通していることが重要になる。

最初はシンガポール、東京、沖縄の3都市から始まったシティガイドも、現在は9都市まで広がった。どのような編集方針を持ちながら展開していったのか。

HereNowでは、その国に住むキュレーターの"審美眼"が、シティガイドのクオリティを担保する。HereNowというブランドを築き上げていくために重視していることがあると、丸田氏は教えてくれた。

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丸田:何よりも重要視しているのが、価値観を共有できるパートナーを見つけることです。そこがズレてしまえば、各都市で共通した世界観を持つシティガイドを作ることはとても難しい。

進出予定の都市に足を運び、現地のキュレーターと会って話す。良いと思ったらHereNowに誘う。一見シンプルだが、泥臭く足を使って都市を開拓する姿勢が求められる。その積み重ねが、アジア各都市で展開しつつも世界観が統一されたメディアづくりにつながる。

HereNowがシティガイドを編集する上で大切にしている価値観は、次の4つだ。

①一般的なガイドブックで知り尽くされていないところ
②その都市の「今」が反映されていること
③クリエイティブ(創造的)なものであること
④そこの都市でしか見られないオリジナルなものであること


基準を作る一方で「掲載基準には、あえて明文化していない部分もある」と丸田氏は言葉を続ける。各都市のキュレーターの感性やセンスを信じているからだ。

HereNowで培ったアジア各国とのネットワークを、新規事業に活かす

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HereNowのリリースから3年が経ち、掲載数も9都市まで増えた。次なる目標として、広告掲載を本格化し、収益化に取り組んでいくという。9つ目の都市、台湾の「高雄」は、高雄市文化局がクライアントとなり、HereNow内にシティガイドを制作した。時にはその都市の行政を巻き込みながら、掲載都市を増やしていく。

丸田:HereNowをアジアNo1のクリエイティブシティガイドに育て上げることが、私たちのミッションです。日本企業がアジアのなかで新たな事業を作る、ひとつのモデルケースにもなれたら嬉しいですよね。

HereNow単体での収益化も目指すが、サービスを運営するなかで培われてきた価値は、CINRAの他の事業にも活きてくる。

ひとつは、クライアントワークの受注につながるケースだ。日本からアジア市場に進出する企業や、アジアからの観光客にアプローチしたい企業がクライアントになりやすい。また、HereNowで培ったネットワークが新規事業にも活きている。

杉浦:CINRAでは教育をテーマとした新規事業を仕込んでいます。HereNowで培われたアジア各国とのネットワークを、いま仕込んでいる教育事業に活かしていきたいと考えています。多様性や国際性を教育にインストールすることで、自分とは異なる他者への想像力を育めると考えているからです。

・CINRA代表・杉浦太一さんが聞きたい「第三の教育の場のつくり方」

旅は、他者への想像力を育むきっかけになる

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「他者への想像力を育む」ーーこれはCINRAが各事業を通じて達成しようとするミッションのひとつだ。CINRAは2017年にコーポレートサイトをリニューアルし、「カルチャーの力でボーダーを壊す(Smashing borders with creative culture)」というメッセージを掲げた。

私たちの社会には、さまざまな壁が存在する。新たなテクノロジーがその壁を生みだすことだってあり得る。アルゴリズムは「その人が好みそうな製品」をレコメンドし、私たちは自分と似た価値観や信条の人々をSNSでフォローする。最適化された情報を受け取り、世界はどんどん閉じていく。インターネット活動家のイーライ・パリサーはこの現象を「フィルターバブル」と表現した。

CINRAが掲げる「カルチャーの力でボーダーを壊す」という言葉には、いまの社会に対する課題意識が現れている。

自分とは異なる他者への想像力を、どのように育めばいいのだろうか。ひとつのアプローチとして、杉浦氏は「旅」に注目した。

杉浦:CINRAは「好きのきっかけを提供する」ことを大事にしてきました。『CINRA.NET』では、音楽、映画、アートなどのさまざまなカルチャーを横断的に取り上げることで、たとえば音楽にしか関心がない人にもアートを好きになるきっかけを提供しようと。

ですが、メディアだけで関心の幅を拡げていくことが徐々に難しくなっていると感じていました。次なる手段として選んだのが「旅」です。HereNowをチェックして、掲載された都市に遊びに行った人が、HereNowを見ながら次の旅行先を選ぶ。旅という手段で「好きのきっかけ」を提供したいんです。


人を興味や関心の外側に連れ出すきっかけを「居心地のいいノイズ」と杉浦氏は表現した。突然、自分が興味や関心がないものを目の前に提示されても、人は拒否感を示すだろう。だが、そのユーザーのコンテキストから少しだけはみ出しながら、新たな選択肢を提示する。それは居心地のいいノイズになるはずだ。

そのノイズと出合うことで、私たちは新しい世界の捉え方を獲得し、他者への想像力が育まれていく。

丸田氏がHereNowに込める想いは、杉浦氏と少し異なる。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが著した『サピエンス全史』に触れながら、旅の価値を次のように語る。

丸田:「人類は移動した種族だけが生き残ってきた」とユヴァル・ノア・ハラリは語ります。移動や旅にはリスクがあり、日常生活では使わない感覚や知覚を使います。そのリスクにさらされることで、人は強くなっていくはず。自分自身の全知覚を開放して向き合う旅が大好きなんです。

旅は、人を変化し、成長させる。HereNowは、その変化のきっかけを提供してくれる。「旅」は私たちに何をもたらすのか。社会の分断が進む時代において、旅の価値を問い直す必要がありそうだ。

取材・文:岡田弘太郎

1994年生まれの編集者 / DJ。『SENSORS』シニアエディター。大学在学時に『greenz.jp』や『SENSORS』で執筆、複数のウェブメディアで編集を経験し、現在は編集デザインファーム「inquire」に所属。関心領域はビジネス、カルチャー、テクノロジー、デザインなどを横断的に。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。
Twitter:@ktrokd

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