明快なプロットの下層に"複雑性"を横たわらせる。平野啓一郎が追求した、小説ならではのバリューとは?

2018.07.11 18:00

「クリエイターとコミュニティ」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは作家の平野啓一郎氏だ。

全5回にわたってお届けする第2弾記事では、第1弾に引き続き、MCのお二人とゲストに自身の創作プロセスを語ってもらった。平野氏は、小説を書く際に"レイヤー"を意識しているそうだ。わかりやすいプロットの一段下のレイヤーに、複雑性を横たわらせ、物語に深みを与えているという。

創作中に移り変わっていく興味にどう向き合い、最終的にどういったレイヤーを構築していくのか。小説から評論まで幅広い創作活動を行う平野氏と、クリエイション論を深掘りしていく。

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(左より)平野啓一郎氏、齋藤精一、落合陽一

興味の変化は"最初の一行"まで。平野啓一郎、創作の流儀

--続いては、齋藤さんが挙げられたキーワード「興味の変化」についてお話を伺いたいです。

齋藤精一(以下、齋藤):
創作を進めていくうえで、想定外のトピックに興味が移り変わっていくことがあると思います。僕はそういった変化をできるだけシャットアウトしようとしつつも、作品がどんどん変わっていってしまうんですが、みなさんはどうでしょうか?
平野啓一郎(以下:平野):
取材の過程で想定より面白い話を聞き、アイデアをブラッシュアップしていくことはよくありますね。ただ書き始めてからは、マイナーチェンジくらいであまり大きな方針転換はないです。興味の変化が起きるのは、構想段階から最初の一行を書き始めるまでの間だけですね。
齋藤:
構想にあたって、関連情報はどのくらい集めますか?
平野:
できるだけたくさん集めます。似た主題で書かれている文学作品を、歴史的に辿って探すなどします。そのうえで、最終的にはいま小説を書くうえで使えそうな情報だけに絞り込んでいきます。昔の人が良いと感じるものと今の人に刺さるものは違うので、そこには気を使って情報量をコントロールしています。
草野絵美(以下、草野):
時代性を大切にされているんですね。同じテーマで落合さんはどうお考えですか?
落合陽一(以下、落合):
アート作品の場合は特に、展示会場でのセッティング中に作り変えることはよくあります。というより、その前提で計画を立てていますね。現場で違和感を感じて一部だけ作り変えるのはもちろん、展示物を減らしたり新たに増やしたり、といったことも頻発します。結局、実際にセッティングしてみないと感覚的にわからないものが多いので。
平野:
あらかじめ展示会場の空間をイメージして作っているんですか?
落合:
基本的にはイメージしないで作ります。ある程度作品が出来上がってから、作品のイメージに合わせた会場を探すことが多いです。逆に「この場所に置いてください」といった"場所ありきなインスタレーション"のときは、その場所に1日中滞在してみるとか、入念に空間感覚をリサーチしています。

作品は変態を繰り返す。アーティスト泣かせの"タイトル付け"

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(左より)落合陽一、草野絵美

草野:
キャプションはどの段階で書いているんですか?
落合:
最後の3日とかですね。設置が終わらないと作品が完成したとはいえず、とはいえ完成するまで作品は変わり続けるので、前もって書いておくのは難しいです。

あと作品の見方が固定されないように、キャプションはあえて散文的に書くようにしています。アートには解釈可能性が残されているべきなので、誘導尋問的にならないように気をつけていますね。
齋藤:
先に仕様を決めておくのって難しいですよね。助成金をもらうために1年前に仕様を決めなくちゃいけないようなケースだと、そもそも1年経てば着想も変わりますし、新しいカメラやプロジェクターも出て表現可能性が広がってしまい、葛藤することもよくあります。とはいえキャプションを直前に書くようだと怒られてしまう(笑)。
草野:
平野さんは本のタイトルはいつ決めているんですか?
平野:
書き下ろしだと最後に決めることが多いですね。タイトルはもう本当に難しくて、一発で決まることもあれば、編集者の方と際限なく練り直すときもあります。後者の場合、大抵もう長く考えすぎて、何が良いのか分からなくなりますが(笑)。

「奥行きのある体験」が小説ならではのバリュー。複雑性を横たわらせる、平野流レイヤー設計術

--次のテーマは「文学と彫刻」です。こちらは落合さんが出されたキーワードですが、意図をお伺いできますか?

落合:
彫刻をつくることと文章を書くことって、行ったり来たりの試行錯誤を繰り返しながらアウトプットを固めていく点で似ていると思って出しました。逆に写真は空間を切り取る営みなので、ある程度イメージが定まってないと難しいところがある。この点について、みなさんはどう思いますか?
平野:
そうですね、制作プロセスはかなり似通ったところがあると思います。

また、彫刻も小説も鑑賞後にぼんやりとしたイメージが残る点も似ています。小説は、全体の構成がカッチリと構築されていないと、読んだ後でどんな話だったのか思い出せないので、やはり立体的な造形と似た感覚が求められるのかもしれません。
齋藤:
平野さんの作品は、読後にメッセージではなくぼんやりとしたイメージが残り、読者が考えさせられるようなものが多い印象があります。それは意識されてるのでしょうか?
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平野:
かなり意識していますね。僕は「単純だけど奥深い」物語が理想だと思っています。そのために、一番太いプロットのラインはわかりやすくしつつ、その下のレイヤーに言語化できない「考えさせられる」複雑性を横たわらせるようにしているんです。「綺麗にレイヤー化する」ところには強く関心を持っています。
草野:
なるほど。私が作曲するときは、逆に具体的な話をぼかすので、そこのプロセスは小説と逆だなと思いました。
平野:
読者の変化もありますよね。小説の他に娯楽が少なかった19世紀とかであれば、読者は膨大な前置きにも根気強く付き合ってくれましたが、現代人の時間感覚だとなかなか難しい。

現代は、5分間の時間つぶしの手段として、小説以外にも優れたものがたくさんあります。なので、小説ならではの奥行きのある体験を提供することでバリューを発揮しなきゃいけない。そのために、わかりやすい構造にしつつも、その一段下のレイヤーで複雑性を担保しているのです。

続く第3弾「"タグ"を定義するのは無意味?主体が複数化したダイナミックな現代社会における、ファンコミュニティのあり方」では、日本の未来にむけて再定義すべきもの、そしてクリエイターのファンとの向き合い方について議論してもらう。

シンプルでスタティックだった社会が流動的でダイナミックに変わりつつある今、「この人は結局何者なのか」を定義することは難しい。むしろ自分という主体が複数存在し得ることを認め、言語による一意的な定義をしないことが必要だ。

後半では、インターネットやSNSが発達した現代における、クリエイターとファンとの関わり方について議論する。平野氏は、現代においてクリエイターとファンとの距離が近づいているのは、19世紀的なサロン文化の復権だと考察している。適度な距離感で知的刺激を受けられるような、ファンコミュニティのあり方についても深掘りしていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(落合陽一が教える"落合ラボ"に適した人物像とは? ゲスト: 平野啓一郎)

構成:小池真幸

93年生まれのライター・編集者。AI系スタートアップのマーケターを経て、現職。関心のベクトルは、人文知をバックグラウンドにビジネス・テクノロジーを考えること。
Twitter:@masakik512



編集:オバラミツフミ

1994年、秋田県出身。2016年からフリーランス。各種メディアでのインタビュー連載・ブックライティングがメイン。
Twitter:@obaramitsufumi

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