"専用"と"汎用"の違いとは?日立製作所研究開発グループ・矢野和男が語る、汎用AIの可能性

2016.04.12 10:00

まだ「ビッグデータ」という言葉もなかった2003年から、ビッグデータ研究に着手していた日立製作所の研究開発グループ。この領域の研究を牽引するのが、世界初の「汎用AI」開発を行った矢野和男技師長。矢野氏が研究する「汎用AI」の未来に迫る。

日立製作所 研究開発グループ 技師長 矢野和男氏

■あらゆる状況に適用できる「汎用AI」とは?

矢野氏といえば、人間の幸福度を数値化し企業業績の向上につなげるソリューション研究について執筆した『データの見えざる手』(2014年)が有名だ。ウェアラブルデバイスから取得したビッグデータを分析し、人間の幸福度と経営の関係性を読み解いたことで人工知能の持つ大きな可能性を示した。そんな矢野氏は、現在話題になっている人工知能について「予測不可能な問題に対応するには、まだまだ柔軟性が足りない」と語る。

矢野:
現状のAIは、特定の問題を解決するために人間が作り込んだ「専用AI」がほとんどです。専用AIは、特定問題についてデータからの学習によってその問題向けパフォーマンスを向上させていきます。しかし、問題毎に作りこむのでは、問題別に開発とエンハンスのコストが必要ですし、予測不可能な変化に対応することができません。日立の研究開発グループでは、データをもとに幅広い問題に適応する「汎用AI」の研究に取り組んでいます。

汎用AIには「アウトカム」、「スコープ」、「オプション」という三つのキーワードがあります。アウトカムとは、人工知能に出して欲しい結果を意味します。スコープは、考慮するデータの範囲のことです。そしてオプションは、人工知能が判断すべき選択肢を規定します。例えば、人工知能を搭載したロボットにブランコを効率よく漕ぐ方法を分析させる場合、オプションは「ロボットの足の曲げるタイミング」になります。体の重さを変えたり、ブランコの長さを変えたりするオプションも理論上は存在しますが、それは選択肢として与えないということです。

汎用AIは、上記の三要素を定義しデータを与えれば、どのような問題にも適応できる能力を持った人工知能です。現在、世間一般に出ているのは専用AIです。専用だと用途や最終的なインパクトが限られてしまうので、「専用か汎用か」という区別は今後さらに重要視されるだろうと思います。

ブランコの漕ぎ方を学習する「Hitachi AI Technology/H」搭載ロボット

「汎用AIに関する研究は過去にも行われてきたが、成功例は無かった。」と続ける矢野氏。13年に渡る研究の成果である汎用AI「Hitachi AI Technology/H」は既に、小売店の顧客単価向上、コールセンターの受注率アップ、さらには物流倉庫での生産性向上など、幅広い問題において実績を上げているという。多くの企業が専用AIに注力する中、早くから汎用AI開発を目指した理由について、矢野氏は以下のように語った。

矢野:
新技術は当初特定のニーズを満たすために開発されるので、ある課題専用のソリューションとして始まることが多いです。今や様々なコンピューター機器に搭載されているマイクロプロセッサーも、初めは電卓用に開発されたものです。マイクロプロセッサーが生まれる以前、電卓を作るためのアプローチとして二つの方法がありました。一つ目は、電卓専用の回路を作ること。二つ目は、電卓用ではなく汎用のプロセッシング・ユニットを作り、その上に電卓用の機能を作ることです。場合によっては一つ目のアプローチの方が良い電卓ができたのかもしれません。しかし二つ目のアプローチを選び、世界初のマイクロプロセッサーを開発したのがインテルです。

私は、現在のAIの状況はマイクロプロセッサーの辿った道と似ているのではないかと考えています。つまり、ニーズに特化した専用AIを別個に提供していた時代から、汎用AIに様々な機能を追加していくようになる。だから、目指すなら汎用AIだろうと思いました。IoTの文脈においても、デバイスが取得したビッグデータから有用な情報を見つけるのは人工知能ですから、多様な問題に汎用的に対応する人工知能が、マイクロプロセッサー同様に普及していくのではないでしょうか。

■人間はアルファ碁に「負けていない」

専用AIの代表例として挙げられるのがGoogleの人工知能「アルファ碁」だろう。囲碁専用のAIが韓国のイ・セドル九段に勝利したニュースは、「人間が人工知能に負けた。」として大きく話題になった。しかし矢野氏は「人間が人工知能に負けたわけではない」という。

矢野:
そもそもアルファ碁との対局は、人と人工知能との対局と捉えるべきではありません。むしろ、人間対人間の戦いと捉えるべきです。囲碁に対するアプローチが違う二つのグループによる対局です。

囲碁のプロであるイ・セドルさんは、自分の豊かな対戦経験と見聞きした情報から学ぶことで能力を高めてきました。一方、彼と対局したのは人工知能とデータを活用した人間。つまり、アルファ碁の開発者達でしょう。彼らは、囲碁に関しては経験の少ないアマチュアですが、過去の大量の記録を使ってプログラム上でコンピューター同士を戦わせ、アルファ碁の能力を高めました。データと計算機のリソースを最大限利用して、囲碁における問題に対処するソフトウェアを作り上げました。この対局で明らかになったのは、囲碁のような知的な問題においても、経験豊富なプロよりもコンピューターを活用した人間の方が能力を上回るようになってきたことです。つまり、人工知能の開発者か、人工知能をうまく使える人間になることが万人にとって重要な時代になりつつあるのではないでしょうか。

検索エンジンも、巨大なビジネスを作り上げた一種の専用AIだと言えます。しかし、ある質問に対して検索結果と自分の知っていることを比べ「検索エンジンに負けた」と言っている人はいないでしょう。アルファ碁に関する報道は、それに似ています。検索の例で考えると、「AIに負けた」という捉え方がいかに不自然か分かりやすいです。勝敗に一喜一憂するよりも、この結果をビジネスや学業に活かす方法を議論していくべきだと思います。

■汎用AIが普及する未来を見据えて

矢野氏は、問題解決における方法論が変わったと強調した。人工知能の活用法を学ぶことが、他の多くの技能を習得するよりもリターンが大きくなるだろう。人工知能がマイクロプロセッサーのように一般生活に欠かせないものになっていく時代が近づいているのだとすれば、それは社会や個人をどう変えていくのだろうか。

矢野:
将来的には、人工知能が個人の生活の改善を自動的に支援していくでしょう。日立では、人工知能とセンシングデバイスを用いて従業員のハピネス(幸福度)を高め、企業の業績向上につなげるソリューションを提供しています。業種や規模が全く異なる現場で日々計測した結果、分かってきたことがあります。ハピネスや業績に強く影響する要因は、現場によって異なることです。例えばコミュニケーションは、減らした方が好影響になるケースもあるので一概に「増やせばいい」とも言えません。同じ業種でも、最適なコミュニケーション方法は現場や構成員によって異なるということです。

しかし、どの現場でも普遍的な法則のように出てくる要因もあります。特に、休憩時間の雑談の活発度はとても重要であることがわかっています。休み時間は別に一人でスマホを見ていても誰も不利益を被りませんが、雑談をすることは実はとても重要なのです。雑談が自然と弾むような関係性や部屋の雰囲気作り、あるいはお菓子やウォーターサーバーの配置など多くの要因が関連していると思いますが、雑談の活発度がハピネスと業績への貢献になるということは非常にはっきりと結果が出ています。

汎用AIの活用方法と特徴

矢野:
20世紀はどちらかといえば、一律のルールが求められていた時代でした。でも本来、一人一人性質も能力も違う人間です。異なる人間が集まる場においてそれぞれのルールを人工知能の力で最適化していけば、社会全体のハピネスも上がるのではないでしょうか。どんな道具も使いようとはよく言ったもので、絶対に誰も傷つける可能性がない道具は存在しません。コンピューターやインターネットはもちろん、ハサミや自動車だって人間を助ける道具であるとともに、犯罪の道具にもなります。AIは社会全体での最適な活用方法がまだはっきりしていない段階なので、幅広い人たちがどんな使い方をすべきかの議論は必要です。ただ、やみくもに不安をあおるのではなく、システマティックに使い方をガイドして、常に見直し続けていくことが必要だと思います。

今でこそ私達はインターネットを仕事や娯楽に活用している。しかしそのような変化は数十年前には全く考えられなかったことであり、新しい技術や製品は社会を確実に変えてきた。汎用AIの普及が加速的に人間の生き方を変えていくのは間違いないが、革新的技術が既存のルールに当てはまらず新たな問題をもたらすのも避けられないだろう。どのように革新的技術を道具として活用すればいいのか?それに付随する倫理観をどのように形成していいのか?未知なる世界の見えざる課題に不安を感じる人もいるだろう。ただ、未来を作るシンプルな事実は、いつの時代も選択するのは人間だ、ということだ。

取材・文:神田ゆうき

1993年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。カリフォルニア大学バークレー校に長期留学後、教育機関向けサービス「うさぎノート」立ち上げに従事。最近の興味はデータ活用・デザイン思考など。

Twitter:@93yu_ki

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