堀江貴文が見据える、人工知能と共存する近未来【後編】完全な答えがない世界における人工知能の役割

2015.10.19 10:00

9月7〜8日「Wearable Tech Expo in Tokyo 2015」で行われたパネルディスカッションで堀江貴文氏(実業家)、中野信子氏(脳科学者)、そして林要氏(ロボット開発者)が「AI(人工知能)とロボットのある社会、人の存在はこうなる」をテーマに語った。イベント終了後に、堀江氏に個別取材を敢行した模様を後編でお届けする。人間に特有とみられる"非合理性"が人工知能にインストールされたとき、やってくる世界の風景とは?(聞き手はロボットクリエイター・近藤那央)。

■︎機械科学の進化でもっともインパクトを持つ"食糧の自動生産"

【左】近藤那央(ロボットクリエイター)【右】堀江貴文氏

近藤:
パネルディスカッション(前編参照)の中で、「みんな遊んでればいい」とおっしゃっていたのですが、作り手の側も"遊び"と考えてやるべきということでしょうか?
堀江:
"べき"っていうことはなくて、遊んでいたら仕事になっていた人が既にいるんですよ。僕の知り合いで週3回サッカーやって、週3回ゴルフやって仕事になっている人もいますし、別の人も週3回けん玉やって、週3回人狼ゲームやってる人とかもいますよ。
近藤:
そういうことが可能になっているのも、やはり背景にAIがあるからということですか?
堀江:
AIというか、機械化ですね。機械や科学の進化がやっぱり大きくて。特に大きいのが"食糧生産"ですよね。小麦やトウモロコシを食べてればとりあえず生きられるわけじゃない。例えば、アメリカや中国の広大な原野で自動栽培が今でもできちゃうわけで。だけど各国が農業保護だとか言って、非効率的な農業生産が未だに続いているのが現状。
農業に関していうと、"化学肥料"ができたのが一番大きい。フリッツ・ハーバーさんの"ハーバー・ボッシュ法"は水と酸素からアンモニアを作るものですよね。昔の人は土地が痩せると豆を植えようという感じで空気中の窒素を養分として取っていたんですけど、これが自動でできるようになった。だから僕たちは働かなくても食っていけるんですよ。食っていけるんだったら、あとは遊んでるだけでいいじゃんっていう。

■︎︎AIに非合理性をインストールすることもできるかもしれない?人工知能と人間に優劣はない

近藤:
堀江さんが人工知能が活躍する場として考える分野はどのあたりですか?
堀江:
自動運転だったり、倉庫の中の作業だったり...。
近藤:
人間をフリーにする存在ですよね。例えば、政治とかマーケティングとかの結果を予測するAIがいくつかあったとして、絶対に確実な答えを出すAIが出てきたら...。
堀江:
ただ宇宙の原理として、完全な答えってありえないんです。原発だって100%安全っということはないでしょ。何でもそうなんです。僕たちは非合理的な遺伝子が組み込まれた状態で生きてきた。そこがカギになるんです。先ほど、AIに"非合理性"を組み込むことは難しいという話がありましたが、実はその方法さえもあるかもしれない。
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「Wearable Tech Expo in Tokyo 2015」パネルディスカッションに登壇した堀江貴文氏

近藤:
意思決定においても"人機一体"になっていく可能性があるのですか?
堀江:
人機一体なのかもしれないし、AIの方が合理的な判断は得意かもしれない。あるいはその非合理性までインストールすることができるかもしれないじゃないですか。例えば政治の世界は分かりやすくて、気分で決まったりすることがありますよね。瞬間瞬間を切り取っていくと保守的な人の方が正解でしたという話になるわけだけど、100年というスパンでみるとまたちょっと結果が違ってきたりする。何事も、答えはいっぱいあるんだから、どれが正解ということはない。
近藤:
人間としては、正解を導き出すより分かりやすい辞書が増えるような感覚になりますか?
堀江:
より予測が精緻になって、失敗が少なくなるというか、99.9%を99.99%にするとか、おそらくそういうことは人工知能は得意といえるとは思います。

■︎人工知能が高度化しても、空想の世界に生きる人間のイマジネーションが新たなテクノロジーを生む

近藤:
人工知能がある程度高度になってくると、そこで「もう良いや」って思ってしまう人間もいると思うのですが?
堀江:
そこで「いいや」って思わず、永遠に満足しない僕みたいな人間も一定数いるので良いんじゃないですか。SF作家なんて典型だと思います。例えばジュール・ヴェルヌみたいな人がいて、『月世界旅行』という小説が生まれる。宇宙産業に関わっている人って、みんなこの小説を読んでるんですよ。フォン・ブラウンなんかはあれにインスパイアを受けて、実際ロケットを飛ばしたわけです。そういった空想の世界に生きられるような人たちがいて、初めてそれに追随していける。
近藤:
一方、人工知能が人間よりも優れた機能を持っているということも...?
堀江:
今でも記憶に関して言えば優れていますよね。先ほど中野さんも言っていましたけど、忘れることにも意味があるわけじゃないですか。だから僕は人間と同じものを作ることには意味がないと思っています。
近藤:
意識のようなものが個々のデバイスの中で芽生えているかもしれないし、世界中のネットワーク全体として意識があるかもしれない。
堀江:
そういったものは生まれているかもしれないけど、実は僕らが永遠に分からないものかもしれない。

--また、ウェアラブルというものに関してはどのようにお考えですか?

堀江:
身体の拡張というか、神経の拡張ですよね。だから自動車も自分の足を拡張しているという意味でウェアラブルなわけです。僕はトライアスロンをやっているのですが、あれも自転車と自分の足が一体化していますから、身体を拡張している感覚ですよ。ウェアラブルっていうのは別に新しい概念ではなくて、畑を耕す鍬だって一つのウェアラブルなわけじゃないですか。それが電子デバイスになって、より精密に動きを感知したり、インプット/アウトプットできるようになってきたということです。

人間と人工知能を分かつものとして、パネルディスカッションで焦点となった"非合理性"。後編の個別インタビューでは、堀江氏はその非合理性の実装さえも実現できる可能性があるとの持論を展開。
新しいテクノロジーが出現するたびに、湧き上がる脅威論。堀江氏が繰り返すように、人間にしろ、人工知能にしろ、100%確実な未来予測は存在しない。
当面のところ、非連続なテクノロジーを生み出すのは人間のイマジネーションであるということだけは言えそうだ。

【前編】人工知能は、人間らしい"非合理性"を実装できるのか

文:長谷川リョー

1990年生まれ。フリーライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。「BOSCA」編集長。東京大学大学院学際情報学府在籍。
Twitter:@_ryh

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