市原えつこ「セクハラ・インターフェイス」のルーツを語る 【前編】性と身体を巡る表象とテクノロジーの出会い

2015.07.14 08:30

"セクハラ・インターフェース"をコンセプトに、「喘ぐ大根」や「ペッパイちゃん」など話題のプロダクトを生み出し続ける注目のクリエイター・市原えつこ氏。昨年には「妄想と現実を代替するシステムSRxSI」で文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出された。SENSORSは市原えつこ氏の自宅でロングインタビューを敢行。【前編】では日本の性文化に抱き続けてきた問題意識、思想を具現化させる姿勢のルーツの源流に迫る。(【後編】"技術とスピリチュアルの距離"を縮める次の一手

市原えつこ氏(ポートフォリオサイト

市原氏の代名詞ともいえる「セクハラ・インターフェース」というコンセプト。
卒業論文や過去の作品などが手元にある自宅で話を伺ったからこそ、思想や体験の源流が浮かび上がった。

■美大を目指し、絵を描いていた高校時代

絵描きを目指し、油絵などを描いていた高校時代。美大受験の予備校に通うなかで、絵そのものよりも、前段階の企画に楽しさを見出した。加えて、アートで食べていく厳しさに早くから気付いていたこともあり、一般の大学へ進学することを考え始めた。大学案内を閲覧していると、"メディアアート"や"表象文化とテクノロジー"など引っかかりのあるキーワードが並ぶ早稲田大学文化構想学部に目が止まり、入学を決めたという。

--当時はどういったものに影響を受けていたんですか?

市原:
美大に行こうと思ったのは、AC部の影響だったと思います。『ZAMAGI』というMVをスペースシャワーで見て、「これはヤバイ」と思いました。
「AC部」は独特なテイストのハイテンションCG作品などで知られるクリエイター集団で、TV・CM・ミュージックビデオなどを中心に活躍している。(https://www.youtube.com/watch?v=qYkicwSeXw0
市原:
個人的にこういう世界観がグッと来るんですよね。経歴を調べたら、みんな多摩美卒だったので、美大に行けばこういうものが作れるのかと。

作品作りで一つのフックにしているのが、人体の"生々しさ"で、小さい頃から無意識に興味を持っていたという。人の体のパーツを拡大したときの気持ち悪さ、有機的なフォルムに引っかかりを覚えていた。特に目、耳、鼻などのパーツを拡大するのが好きだったとか。

部屋の壁に掛けられた顔をデフォルメした作品。アクセサリーユニット「CHEESY'S」によるもの

■早稲田に入学、「身体表象論」との出逢い

美大ではなく、早稲田大学文化構想学部(表象・メディア論系)に進学した市原氏。先述のように、手を動かすよりも、企画を考えることに面白さを見出していたことと、造形的なデザインへのこだわりがあまりなかったことが背景にある。加えて、芸術業界に一種の"胡散臭さ"を感じ取ってしまったことがあったのだとか。

市原:
教育学部の神尾達之先生が開講していた「身体イメージを考えるためのツール・キット」というゼミや「身体表象論」という講義があって、これがすごく面白かったんです。ソーシャル時代に私たちの身体性はどうなっていくのか。裸体の写真が多く出回ったことにより、人の身体に対する意識はどう変わっていったのか、みたいなことを突き詰めて考えるような授業で。世の中のいろんな現象の裏側を疑ってみる姿勢が身につきました。そのときに興奮して覚えてるのが、機械に対してフェティシズムを感じる変態性が生まれているのではないかという話。機械人形に恋する青年が登場するオペラ「ホフマン物語」の事例を出し、「芸術家は100年後の人間の欲望を変態的に予感する」っていう言葉も印象に残っています。

これらの授業での議論や思索を通して、今に至るまでの思想が形成されたという。例えば、市原氏がプレゼンを担当したという『イメージ・ファクトリー』(青土社、2005年)で筆者のドナルド・リチーは日本の性産業を"セックス・バザール"という概念で捉え直している。「インターネットやマンガカルチャーを媒介にした二次創作に氾濫するセクシャルなイメージも含め、 性的欲望が触発する日本人のクリエイティヴィティに私は感銘を受けた」と市原氏は早稲田大学の機関紙に記している。

市原氏がディジタルメディア論ゼミで提出した卒論『セクハラ・インターフェース 性と身体を巡る表象とテクノロジー』

この機関紙は市原氏の卒論『セクハラ・インターフェース 性と身体を巡る表象とテクノロジー』のダイジェスト版のようなものだが、草原真知子氏が講評で「ものを作ることはものを考えることであり、具体的なモノに向き合うことで潜在的だった概念が明確化する。この論文は、作者が自分自身の作品を読み込んでいった過程をよく示している」と述べるように、一瞥しただけで思想と実践の深い相互性を感じさせる。
先述の神尾達之氏の講義に加え、劇作家・宮沢章夫氏の講義で歌舞伎町のフィールドワークを行ったことも問題意識を先鋭にする上で重要だったという。

市原:
卒制と一緒に自分の作品についての卒論を書き上げたということは、一つの"イニシエーション"だったというか、辛かったけれど一皮剥けるキッカケになりました。卒論の中で「プラスティック・ボディ」といって、私たちの理想とする身体イメージは人工的でツルツルで無機質な方向に向かっているんじゃないかという概念を取り上げているのですが、これも神尾先生の講義で教わったことです。

文系の研究が思想を深めるだけ、理系はプロダクトを量産するだけと一方に偏りがちな学問世界の中にあって、市原氏が卓越しているのは深化させた思想をプロダクトとして実際に具現化していることだろう。

■「秘宝館は日本のメディアアート」思想を具現化することへの気づき

市原氏の自宅で行われた取材。部屋には仁王立ちする「ヒロシ」、テーブルには四対の「喘ぐ大根」。

一年生の頃はグラフィックに関心を持っていたこともあり、DJをやっていた友人のイベントのフライヤー作りなどをしていた。二年生の頃に受講した映像制作で監督を務めることになったという。俳句をテーマに映像を作るという課題で、市原氏が無意識に選んだのは、ジェンダー研究の大家として知られる上野千鶴子氏が性に乱れた女性に対する嫌悪感を謳った俳句だった。「腐りゆく貝とひとつ屋根にいる」という俳句をモチーフに妖怪が受験生の部屋に現れ、誘惑するというプロットのエロホラームービーを制作した。

市原:
無意識に面白いものを選んだら、たまたまエロだったんです。でも昔からいわゆる下ネタは好きでした。インターネットでギャグサイトをよく見ていて、中学生なりに面白さを考えた結果、下ネタに行き着いた。エロをモチーフに笑いを取ることが思春期から染みついていましたね。

--学問を追求することで、その志向がさらに熟成していったということですか?

市原:
そうかもしれないです。エロとか人体の気持ち悪さで笑わせるっていう芸風は昔からなんとなくあって、美大受験のときも生々しい変なキャラクターを描いて爆笑されたりしてました。エロとか人体系の臭い立つような生々しさに学術的なものが結びついて熟成された感は若干あります。

先述したメディアアート研究の草原真知子教授のゼミに入った矢先、先生がUCLAへ一年間の在外研究に行ってしまった。代わりに来たのが、システムアーティストの安斎利洋氏だったという。氏の教育方針は集団的に個人の妄想や偏愛をぶちまけ、育て上げ、それを集団で共有し括るというものだったとか。
このゼミで自分の偏愛を掘り下げて行った結果、改めて「エロ」に突き当たったという。その思いが確信に変わった場所がある。それが"熱海秘宝館"で、「秘宝館は日本のメディアアートだと思いました」と語る。(秘宝館についてはクリエイティブ集団おくりバントもアツい思いを語っている:クリエイティブカンパニー「おくりバント」バズを生み出す大人たちの青春

--今まで文書や映像で思索を深めていたものが、はじめてプロダクトというかモノに出会った?

市原:
それはあります。その頃「メイカーズムーブメント」ということで、色々見に行ってたりはしたんですが、かなりしっくり来たんですね。LEDが光ってる王座に座ってランプを擦ると、「どこ擦ってるんですか?」って女の人が出てきて喘ぎ果てるみたいな。謎のテクノロジーを使ったアトラクションが多くて、「なんだこれ!」と。

エロとはいえ、市原氏なりの解釈があり、SMのような一種の背徳感にも似た欧米風のエロではなく、おじいちゃんに表出するような日本に独特のエロが好きなのだとか。卒論では現代美術作家の会田誠氏の著作の以下の一節が引用されている。

あっち(西洋)の変態というのは、キリスト教をベースにした善と悪、光と闇、天使と悪魔とかの境があって、そこでサド伯爵に代表されるような退廃、背徳、悪徳のイメージが一番先に浮かびますよね。でも日本の変態性にはそれとは一線を画した性質が含まれてる気がしたんです。それはたとえて言えば、隠居したおじいちゃんが縁側でチョキチョキ盆栽を手入れしてるような、日常的なイメージ 引用:会田誠『アートの仕事』平凡社、61頁

■「セクハラ・インターフェース」が降りてきた瞬間

市原氏の代名詞になっている「喘ぐ大根」。静電容量式タッチセンサで大根への接触をセンシングしているという。

秘宝館に行ったタイミングで、「デジタルテクノロジーを使ったプロジェクトを自由に発表しなさい」という課題があった。そこで降りてきたのが「セクハラ・インターフェース」という言葉だったという。

--「セクハラ・インターフェース」にはどういった意味が込められているんですか?

市原:
「セクハラ」っていう言葉には日本的な緊張感のないエロが表象されている気がしました。だらしないおじさんがニヤニヤしながら隣のOLのお尻を触ってるみたいなイメージ。「セクシャル・ハラスメント」という言葉を「キムタク」みたいなノリで「セクハラ」と軽い言葉で言い換えてしまうゆるいメンタリティが日本のエロを表していると思いました。「インターフェース」はメディアアート感があるというか、深い意味はそれほどなく使っていたんですけど、この二つの言葉のギャップはやばいなと思い。

授業中に思いついたというこのワーディング。以来、6〜7年間使い続けており、市原氏の代名詞となっている。「セクハラ・インターフェース」という絶妙なネーミングがが惹起するイメージは強烈だ。
「セクハラ・インターフェース」というコンセプトを引っさげ、文系の身でありながら四年生ではじめて参加した学会発表が「エンターテインメントコンピューティング(EC)」だった。ここでは、共同制作者の渡井大己氏が主著者として論文発表を行った。(その時の様子がtogetterでもまとめられている)

--コンセプトを思いついてから、初めて実装したものはどういったものだったんですか?

市原:
ストッキングに綿を詰めて、局部に赤外線センサーを当て、手が近づくと喘ぎ声が出るという直接的すぎて完全にアウトなものでした(笑)

--そのときの設計は自分で?

市原:
未だに私はやったことないんです。渡井大己さんという商学部の先輩がゼミに潜っていて。ある時、安斎先生がゼミの有志数名を秋葉原パーツツアーに連れて行ってくださったんですね。そこですごく興奮したそうで、その面子の中で気づけばひとりだけ回路設計を覚え、気づいたら作品のプロトタイプが完成していました。コンセプトを発表したとき、他のゼミ生はドン引きだったんですけど、渡井さんの琴線にだけは触れたらしく、最初期からセクハラ・インターフェースの制作を一緒にやり始めました。渡井さんは現在はプロのテクニカルディレクターとして活躍されています。

プロトタイプ製作時、市原氏は就活の真っ只中。リクルートスーツを着て、早稲田のカフェでプロトタイプから喘ぎ声を出し、また面接に行く、この繰り返していたという秘話も。
ストッキングに代わる代替品を探してスーパーを訪れていたときに、植物の有機的なエロさを看取し、一時は花を選んだ。ところが、花がすぐに萎れてしまうので、より耐久性のあるものをと見つけたのが「大根」だった。

--大根を選んだ時点で、太ももを連想させる「身体性」のようなものは意識されていたんですか?

市原:
もともと生足で作っていたので、それから連想しやすかったのがやっぱりあります。あとは日本の夜這い文化。昔の農村で、夜這いのOKサインとして茄子とか大根とかを渡す風習があったらしいんですよ。ようは日本人が野菜に卑猥な意味を込めて、なんとかそれをメッセージにするような文化。病の対極として性的なものが豊穣さのシンボルのようになっている。野菜が男根のメタファーとして使われる事もあって、メンタリティ的にはハマるのではないかという勘所はありました。

プロダクトに大根を採用し、大学四年夏に初めて行ったライブパフォーマンスが「セクハライブ」だった。

本人曰く「貞子のようになっているのが自分で、エプロンの乳首が光る仕様になっている」という。動画の最後では、IKEAで買ったという犬が喘いでいる様子がおさめられている。(https://www.youtube.com/watch?v=lsP_Jp3YVec

ライブ形式で行われた背景には、元から抱いていた音楽への憧れがあるという。音楽一家だったという市原氏は幼少期にパーカッション、中学時代はサックス、そして高校時代にはベースを弾いていた。それでも音楽の才能はなかったと本人は言う。

市原:
音楽はずっと好きだったんです。でも自分の表現としてはやれていなくて、東京に来て色んなライブを観たら、悔しさが募りました。こういった思いもあり、「セクハラ・インターフェース」は最初楽器のように作ったんです。特に電子楽器への憧れが半端なく強かったので。

このように、「セクハラ・インターフェース」の初期プロトタイプはずっと抱き、深めてきた日本人的エロの思想(曰く"妄想とコンプレックス")と音楽への憧れが相まって具現化されたシークエンサーのようなものだった。

大根が四つならび、光っているスタイルは和田永氏の「オープンリール・アンサンブル」にインパイアされたものだという。 (SENSORSは過去に和田氏にインタビューを行っている:世界が注目!ロストテクノロジーをアートに昇華する和田永の世界
追っかけをするほどのファンだったという市原氏が、和田氏本人にこのことを言ったところ爆笑されたのだとか。憧れの人は和田氏とスプツニ子氏とのこと。

【後編】「"技術とスピリチュアルの距離"を縮める次の一手」では文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品にも選出された「妄想と現実を代替するシステムSRxSI」、「仏界のネオカリスマ HIROSHI♂」、セクハラ事案生成ロボ「ペッパイちゃん」など最近の作品を中心に制作の経緯や裏話を伺い、インタビューの最後には「技術と宗教の距離を縮めたい」と今後に見据える野望に迫った。

市原えつこ「セクハラ・インターフェイス」のルーツを語る 【後編】"技術とスピリチュアルの距離"を縮める次の一手

【プロフィール】

市原えつこ| ETSUKO ICHIHARA
市原えつこ
1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。学生時代より、日本特有のカルチャーとテクノロジーを掛け合わせたデバイス、インスタレーション、パフォーマンス作品を手がける。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラインターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、脳波で祈祷できる神社《@micoWall》等がある。2014年《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》で文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出。 (ポートフォリオサイトより)


取材・文:長谷川リョー

1990年生まれ。フリーライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。「BOSCA」編集長。東京大学大学院学際情報学府在籍。@_ryh

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