三越伊勢丹「人工知能ソムリエ」が示すショッピングの未来

2016.10.03 18:00

伊勢丹新宿店でAIがソムリエや利き酒をするサービス実験がスタートしたと聞き、背景、戦略、顧客の意見を伺いに伊勢丹に向かった。

伊勢丹新宿本店はテクノロジーのショーケースとして注目している。SENSORSでも取材をしてきた歌詞が見えるスピーカー「リリックスピーカー」や光る靴「Orphe」、レーザーカッターや3Dプリンターを活用するファッションデザイナー「ユイマナカザト」らの作品は伊勢丹で実際に見て体験することができる。その三越伊勢丹が新たな取組として人工知能を活用したAIソムリエを導入し、AIを活用した接客を行っている。「人工知能は顧客体験を高めるため」のものと語る株式会社三越伊勢丹ホールディングス 情報戦略本部 IT戦略部 IT戦略担当部長 北川竜也氏と人工知能「SENSY」によるソムリエサービスを提供するカラフル・ボード代表取締役CEO 渡辺祐樹氏に取材した。

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株式会社三越伊勢丹ホールディングス 情報戦略本部 IT戦略部 IT戦略担当部長 北川竜也氏(右)とカラフル・ボード代表取締役CEO 渡辺祐樹氏(左)

今回伊勢丹新宿本店本館地下1階グランド・カーヴ(ワイン売り場)に導入されたAIソムリエサービスは3種類のワインをテイスティングし渋み・甘み・余韻・好みなどを答えると人工知能ソムリエがおすすめのワインを提案してくれるというもの。8月末に日本酒売り場にてAI利き酒師のイベントを約1週間実施し、アップデート版としてワインのAIソムリエを9月14日〜9月27日の2週間行った。人間のソムリエではなく、人工知能のソムリエに対して顧客の反応はどうだったのか?人工知能が顧客体験をどう変化させるのか?「ショッピング」の未来はどうなるのか?

■顧客価値を最大化させるための人工知能による実証実験

--現時点での人工知能」を活用したサービスの反響を教えてください。

渡辺:
8月末に約1週間日本酒で「AI利き酒師」接客を行った結果、想定よりも多くの方に試していただき購買につなげることができました。お客様の反応ですが、いままで出会えなかった日本酒と出会えた、新しい視点を得られたなどポジティブなコメントをいただけました。8月に日本酒で試した結果をもとに、ユーザーインターフェイスやサービス導線などの課題を改善し、現在ワイン版で人工知能ソムリエサービスを行っております。ワインでの実証実験が終了した後に、また改善点を探り、来月日本酒を再開する、という"フィードバックと改善"を繰り返して実オペレーションに向けてのアップデートを重ねていきます。

目指している世界は、今回のAIソムリエサービスでも利用している人工知能「SENSY」がお客様の感性を理解して、結果として新しい商品や体験を提供し、人々の生活が豊かになること。商品選びを助けるだけではなく、感性に基づいた商品企画や商品仕入れ、接客やマーケティングまで行ないたいと思っております。

--「顧客の感性を掴む」ための人工知能がSENSYの特徴なのですね。さて、北川さんに伺います。何故人工知能を活用した接客を導入しようと考えたのでしょうか?

北川:
我々が大事にしているのは『顧客価値(新たな顧客体験をどうつくっていくか)の向上』と『生産性の向上』です。百貨店という空間を活かしてアナログな店舗接客とデジタルなソリューションを融合させて新たな顧客体験をご提供することが大事だと考えています。なので、「人工知能の活用」がゴールなのではなく、今回のプロジェクトを活かしてお買い場が顧客価値を最大化させることがゴールになります。

--アナログとデジタルを融合する際のチャレンジポイントを教えていただけますか?

北川:
デジタルの本質は「統合」にあると考えています。これまでの百貨店という空間は分散型でうまくいっていました。具体的には、例えば日本橋三越と銀座三越、新宿の伊勢丹はそれぞれ個性を出して独自の接客やオペレーションを行うことで、お店の色が作られ、お客様にご指示をいただくという形で成功してきました。ですが、ことデジタルの観点で捉えなおすと、それぞれの店舗がバラバラのシステムやオペレーションを行うと、コスト高となり、効率が悪く、結果お客様の利便性を下げてしまう、ということになってしまいます。デジタルの本質が「統合」にある、というのはそういう意味です。また、人間のオペレーションだと例えば新宿の1店舖内だけとってみても、地下2階から屋上までの売り場のすみずみの商品を全部把握するのは困難です。地下から屋上まで、百貨店の空間を楽しんでくださるお客様の行動に寄り添う形で人工知能やデジタルを活用した接客が出来れば、お客様のニーズにも寄り決め細やかに対応できると感じております。

--よりお客様に喜んでいただく体験を作るために人工知能を活用しはじめた、ということですね。さて、あまたある人工知能サービスからなぜカラフル・ボードさんのSENSYを採用されたのでしょうか?

北川:
カラフル・ボードの目指す「人間のクリエイションを応援したい。ファッションを元気にしたい。」という世界観をリスペクトしています。もちろん人工知能に対しての知見が深いという理由もありますが、人工知能の活用はまだまだ答えが見えている世界ではないので、一緒に考え、試行錯誤するのに最適なパートナーと考えての決断です。

■人工知能+ロボット /「ショッピング」の再定義

--今回は人工知能サービスですが、将来的には「人工知能+ロボット」もありうるのでしょうか?

渡辺:
将来構想はあります。ただロボットだけで完結する世界が来るのか?そういう世界があるべきか?というのは別次元の議論が必要になります。そして、ロボットが接客できたとしても、では、人間が担うべき役割は何か?を考えることが大切です。商品知識や複数のお客様のことをずっと覚えておく記憶力は人工知能・ロボットにはかなわないとおもいますが、お客様とのコミュニケーション、クリエイトな視点からのご提案は人間が強いはずです。今回の実証実験も経ながらAI時代のオペレーションや接客を考えて行きたいと思っています。

--北川さんはロボットの採用をどのように捉えていますか?

北川:
いわゆる「シンギュラリティ」と言われるロボットも人工知能も人間を凌駕する時代の先は私の想像にも及びませんが、その手前では「機能」ベースのモノゴトは人工知能やロボットが人間の代わりに置き換わるのではないか、と考えています。

人工知能やロボットが共存する世の中で「ショッピングとは何たるか?お客様にどのような価値を提供するのか?」、我々はショッピングや接客を改めて定義しなおさなければいけない。 ショッピングを「機能」だけで定義すると効率化という側面がよりフォーカスされてしまうので、ショッピングの再定義が命題となります。

--再定義はどのように進むのでしょうか?

北川:
例えば、今回のAIソムリエが導入されたことにより、その担当のメンバーは「人工知能の活用が進んだ先に、スタッフはお客様に何を提案すべきなのか?」という本質的な課題を考えるという環境を得ました。この課題に気づき、考えることこそが第一段階でもっとも大切なことです。

「何をもってお客様に百貨店で楽しんでいただくか。」

百貨店にお客様は「時間」や「体験」を楽しみに来てくださっている。例えるなら、機能ベースでいうと1万円のコートでも、寒さをしのぐには十分なのに、百貨店で100万円のコートを購入していただけるのは接客やラグジュアリーな空間での特別な体験があるからだと思います。
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テクノロジーの進化により「ショッピング」の再定義が必要になると語る北川氏(右)と渡辺氏(左)。

■「時間」の価値を最大限に活かすためのテクノロジー

--機能ではなく体験を大切にするということでしょうか?

北川:
どんな人でも「時間」は平等に与えられています。その限られた時間をいかに過ごしていただくのかが、他との差別化を図るポイントだと考えます。三越伊勢丹グループと接していただいて、「時間」をどれだけ豊かに過ごしてもらうのか?上質な「時間」の提供こそが我々の本質的な価値です。リアルな日常生活の中でいかに三越伊勢丹グループと接点を持っていただくのか?接点をもっていただいたあと、どのように過ごしいただくのか?テクノロジーの進化のおかげで、お客様からいただける様々な情報を、人工知能も活用しながら分析、解析して、他では得られない「時間」を三越伊勢丹で楽しんでいただけるような施策につなげていくことで、唯一無二の価値が提供できると考えています。そういう世界をカラフル・ボードさんやテクノロジー企業の皆様と一緒に作っていきたい。

--人工知能ソムリエの先にはどのような世界があるのでしょうか?

北川:
インターネットをベースとしたビジネスは、そのサービスが一般に大きく開かれる、いわゆる「オープンネス」を原則として急速に拡大しました。一番分かりやすいのはGoogleのサービスでしょう。もしもGoogleが一部のメディアの情報だけを検索許可するサービスであったらここまで成長しなかったでしょう。その原則に基づき、また顧客の観点に立てば、もしSENSYエンジンが有用なエンジンであったならば、一部の企業のサービスに独占されることはなく、どんどん広がってゆくはずと考えています。SENSYが三越伊勢丹で実験した結果を元に、日本中に、アジアに、世界にエンジンを展開し、どんどん成長していってくれると良いと考えています。

■テクノロジーに先行者メリットは無い

--実証実験結果をオープンにすることは三越伊勢丹にとってメリットがあるのでしょうか?先行者メリットを享受するという作戦でしょうか?

北川:
いえいえ、今のテクノロジーの世界では先行者メリットが大してあるとは思っていません。すぐにコモディティ化されるので。コモディティ化はもはや大前提で、その上での差別化が重要です。最終的に選ぶのはお客様。そしてお客様に喜ばれるコンテンツで勝負をすべきだと考えています。 渡辺:北川さんがおっしゃる通りデジタルの世界での先行者メリットほぼゼロに等しいと思います。ただ、オープン化されることを前提に動き企業とそうではない企業では将来に差があると考えています。

■目指すはパーソナライズされた接客ができる百貨店

--消費者が求めるものは変わっていくのでしょうか?

渡辺:
我々の想いとしては、SENSYはじめ人工知能を活用し、お客様に新しい出会いや発見を提供していきたいと思っています。それは接客だけではなく、お客様毎に違う商品などもご提案できるような商品企画(MD)も出来ると良いと思っています。お客様は押し売りされることもなく、自分の狭い知識だけで買い続けることがなくなり、「新しい発見を楽しむ」という価値観を大事にするようになると思っています。
北川:
人間が人間を求める根源的な欲求は変わらないと思います。人と話をしたい、人から刺激を得たいというのは今後も変わらないと思うので、人間による接客とテクノロジーの活用を今後、どのようなバランスで行っていくべきか、を我々は早急に決めて、動いていかなければならない、そしてそれは大きなチャレンジだと思っています。

究極的には接客はフルアナログなのだが、その裏側をデジタルがしっかりと支えている、という状態が百貨店には望ましいのではないかと思っています。テクノロジーが主張しすぎず、心地よいパーソナライズされた接客が出来るという状態を目指したいと思います。

--戦略含めて貴重なお話をお聞きでき、感謝しております。ありがとうございました。

「AIソムリエ」や「AI利き酒」を人工知能の実証実験として伊勢丹新宿店で展開する三越伊勢丹とカラフル・ボード。顧客、接客側、テクノロジー提供側関係者全員でこれからの「ショッピング」に必要なものは何かの再定義を考える機会を与えてくれる。北川氏が言う接客はアナログ、バックエンドはフルデジタルの世界に憧れると同時に、たまにはロボット×AIの接客を受けても面白いと個人的には考える。ショッピングの世界でも人間とロボットによる接客が楽しめる世界を期待する。

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ライター:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。エンジニアとしてキャリアをスタートし、その後外資系企業のフィールドマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブ会社のプロデューサーを経て2014年株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×デザイン×マーケティングを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターを行う。Mistletoe株式会社フェロー。

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