現代の「死」を発明せよ。金沢21世紀美術館「DeathLAB」キュレーターが追究する、近代的な人間観が滅びた後の芸術

2019.01.07 08:00

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「死」という言葉を耳にして、何を思い浮かべるだろうか。 忌まわしいもの。非日常的なもの。突然訪れるもの。命の終わり。―そんなイメージが湧き出てくる。

しかし、歴史を紐解くと、こうしたイメージは18世紀から20世紀の間につくりあげられてきた先入観に過ぎず、当たり前のものではなかった。むしろ、古来より人間は「死」に親しみを持っていたのだ(※1)。

金沢21世紀美術館では、そうした現代の「死」のイメージを疑い新たな形を問いかける、「DeathLAB:死を民主化せよ」という展覧会が行われている。コロンビア大学にある最先端の「死の研究所」の総体を紹介するこの企画は、都市における「死」をめぐるさまざまな問題―人口集中とそれに伴う深刻な墓地不足、少子高齢化、無宗教を支持する人の増加、火葬の二酸化炭素排出による環境負荷など―を解決するため、これまでにない葬送の方法を提案している。

新しい「死」の形は、いかにして表現されるのだろうか。本展覧会の企画を担当した金沢21世紀美術館学芸員・髙橋洋介氏に、DeathLABとの出会い、企画の意図から、キュレーターとして探求しているテーマまで話を伺った。

※1 フィリップ・アリエス『死と歴史 西欧中世から現代へ』伊藤晃・成瀬駒男訳、みすず書房、1983

異質なまでのシンプルさが、周囲のスペースに溶け込む展覧会「DeathLAB:死を民主化せよ」

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撮影:木奥惠三
写真提供:金沢21世紀美術館

「DeathLAB:死を民主化せよ」の展示スペースは、金沢21世紀美術館の一角、透明なガラスに囲われた場所にあった。洗練された雰囲気を醸し出しながらも、透明な壁から外の光が多分に差し込んでいるせいか、周囲のスペースと融け合い、一体化しているかのような印象を受けた。

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撮影:木奥惠三
写真提供:金沢21世紀美術館

中へ足を踏み入れると、動画が映し出されたモニター群が柱に掛けられており、さらに奥には不思議な形の建築模型が置いてある。金沢21世紀美術館は、外から覗くと服を着たままプールの中にいるように見える「スイミング・プール」、見る場所や太陽光の差し込み具合によって見える世界の色合いが変わる「カラー・アクティヴィティ・ハウス」など、派手で"インスタ映え"するような作品のイメージが強い。それらと比べ、本企画の展示は、美術館の外観に似て、異質なまでにシンプルだった。

柱に掛けられたスクリーンには、DeathLABの概要や、今まで手がけてきたプロジェクト、哲学者や民族学者、建築家らによる死についてのインタビュー動画が流れていた。これらを見れば、DeathLABがなにを目指し、どのようなプロジェクトに取り組んでいるのか、全貌が理解できるようになっている。

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撮影:木奥惠三
写真提供:金沢21世紀美術館

奥にある建築模型は、2014年に構想された《星座の広場》というプロジェクトの、3Dプリントによる再現である。棺の中の遺体を、バクテリアが1年かけてゆっくりと分解し、分解の際に生じるエネルギーで棺を光らせるというもの。死者が光となり、いまを生きる人々を照らすという意味では、まさに「人は亡くなった後、星になる」という詩的な想像力を現実のものにしている。

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DeathLAB 《星座の広場》 2014
©LATENT Productions and Columbia GSAPP DeathLAB

しかし、これは単なる詩ではない。ニューヨークや東京をはじめとしたさまざまな都市で社会問題化している墓地不足や環境破壊、エネルギー問題の解決策のひとつとなるとともに、都市の中で、いまを生きる人を死者が光となって寄り添うような世界が訪れる―そんな新たな「死」との向き合い方を予感させる展覧会だった。

DeathLABに宿る、近代社会への強い批評性

金沢21世紀美術館の中でも、一際異彩を放っていたDeathLAB。企画を実現するに至った経緯について、キュレーターの髙橋洋介氏に話を伺った。

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金沢21世紀美術館学芸員 髙橋洋介氏

髙橋氏は、遺伝子組み換え技術を用いた芸術を中心に、バイオアートを専門的に扱う国内唯一のキュレーターとして知られている。今回のDeathLABをはじめ、初音ミクのDNAをウェブ上で作り、iPS細胞に挿入して心筋細胞を生成した展覧会「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」(2015)、エドワード・スタイケンが生み出した新種の花を、バイオアートの起源としてニューヨーク近代美術館が所蔵する記録写真とともに80年ぶりに展示した「死なない命」展(2017)などを手がけてきた。

DeathLABとの出会いは、2015年に六本木ヒルズで開催されたカンファレンス「WIRED CITY 2015」 。コロンビア大学院建築学部「DeathLAB」のディレクターを務める建築家・カーラ・マリア=ロススタイン(以下、カーラ)とアフターパーティーで展覧会の可能性を議論し、彼女の考え方に、日本古来の思想とも相通ずる普遍性を見たそうだ。

髙橋洋介氏(以下、髙橋):カーラは西洋近代の個人主義的な死生観を切断し、近代が失った、良い意味で「前近代的な」文化を、現代のバイオテクノロジーを応用した建築によって復権しようとしています。

西欧の近代社会は「死」を命の終わりと捉えて畏怖してきたが、日本には古来より「魂は循環し、祖先とともに生きる」と考える死生観があった。たとえば、巨大な石を集落の真ん中に円形に並べ、巨大な日時計にした秋田県の縄文遺跡「大湯環状列石」。あるいは、本来の仏教は成仏することが前提なのに、お盆はそれに反して、年に1度死者が帰ってきて生者と食をともにし、ダンスを踊るということになっている。「これらは、生命の循環を表現する文化的なシステムの、よい例だといえるでしょう」と髙橋氏は語る。

髙橋:カーラは、このような「人間は自然の一部であり、死は終わりではなく、次の命の始まり」という認識のもと、「死」を快適な生活を邪魔するものとして排除するのではなく、都市生活に寄り添うものとして再統合するため、DeathLABプロジェクトに取り組んでいます。そこに、欧米の近代社会の前提を根底から覆すことすら可能かもしれない、強い批評性を感じました。

最新テクノロジーを駆使し、都市の中心に死者の場所をつくりだそうとするカーラのプロジェクト。死者を忌むべきものではなく、社会の未来を支える親しみのあるものと考える点で、縄文時代から続く日本土着の文化と親和性が高いと、髙橋氏は考えている。

また、近代建築の文脈から見た面白さもあったという。黒川紀章や菊竹清訓ら若手建築家・都市計画家グループが1950年代に推進した、「メタボリズム」(※2)と呼ばれる建築運動がある。「都市の混乱と高度消費社会の兆しを背景に、固定した建築や都市を否定し、空間や設備を取り換えながら生物のように新陳代謝する」ことを目指す考え方だ。

※2 1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動。 新陳代謝(メタボリズム)からグループの名をとり、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。

髙橋氏によると、この建築運動は、建築生産の工業化と合理主義の上に、生物のモデルを適応することで建築の更新を試みた点で先駆的だったそうだ。しかし同時に、大量消費大量廃棄を繰り返した高度経済成長期という時代の制約もあり、その理念にはいまだ多くの可能性が残されているという。

髙橋:従来のメタボリズム運動で生み出された建築は、永遠の"成長・増殖"を理念として掲げましたが、コンクリートやプラスチックなど地球環境への負荷はそこまで考慮されておらず、死が生へと反転するための"消滅のデザイン"が不十分でした。

しかし、DeathLABの提案には、微生物を建築の中に取り込み自然の新陳代謝を加速させたり、菌類の力で生分解される素材を用いたりすることなどによって、人間や建築が環境に少ない負荷で"消滅"するための、より微視・巨視的なメタボリズムを実現する可能性が潜んでいると思ったんです。

宗教や家族に依拠しない、新たな「死」の形を

DeathLABとの出会いから約3年の時を経て、ついに金沢21世紀美術館での展覧会が実現した。この企画を通じて、現代的な死を発明することの必要性を訴えかけていきたいという。

その背景には、髙橋氏がリアリティを持って感じていた「死への違和感」があった。東京都出身の髙橋氏は、日常で「死」を目にする機会がほとんどなく、郊外の墓地で死者を弔う習慣のもとで育ったという。

髙橋:僕が生まれ育った東京では、幸せな生活や効率的な経済活動を邪魔するものとして、都市の中心から「死」が疎外されているのが当たり前でした。また、日本人はいわゆる絶対的な唯一神の「宗教」とは縁が薄く、心の底から神を信じているような人が少ない。にも関わらず、ただの遺制として、無思考に仏教やキリスト教の慣習に従い、葬儀や喪を行なっている。こうした状況に、ずっと違和感を感じていたんです。

いま「死」にまつわる制度の限界が表れはじめているそうだ。土葬が主流であるニューヨークではこの50年新しい墓地がつくられず墓地不足が社会問題化している。火葬がメインである東京も地価の高騰や埋葬空間の不足から、コインロッカー型やマンションタワー型、さらにはインターネット上の墓地が現れ始めているほか、ライブカメラでのお墓参りサービスも出てくるなど、弔いの合理化が進んでいる。

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《CONSTELLATION. ENLARGED VESSEL PLAN》
©LATENT Productions and Columbia GSAPP DeathLAB

髙橋:現代では、心電図や医師による余命宣告のように、科学の知識と技術によって「死」の境界が決定されます。しかし近代以前は、息子に遺作を宣告し書きとらせたバッハや、弟子を前に辞世の句を詠んだ葛飾北斎のように、いつどのように死ぬか自ら悟り、主体的に「死」に向き合うほかなかった。死の決定権は、専門家ではなく自分自身にあったんです。

アメリカの哲学者ラルフ・エマーソンは「自然に死は存在しない」と言いましたが、そもそも、「生」も「死」も、人間が恣意的につくり出した概念に過ぎません。DeathLABの発想で非常に面白いのは、神話や畏怖の対象であった死体の神秘性をある部分では否定して物理現象に還元し、発酵・腐敗の際に生まれるエネルギーを最大限活用しようとする点です。その発想は「全てを数値に還元し、物理現象として説明することで、世界を再構築する」唯物論的な考え方と通じていると同時に、「死が光になる」という詩性も備えています。テクノロジーの行き着く先にある、宗教や家族に依拠しない新たな死の形やその美学を、彼らは提示しているんです。

「近代的な人間観が滅びた後の芸術」の姿を明らかにするための、「生」と「死」の探求

髙橋氏はDeathLABの他にも、生命や死に関わる企画をいくつも手がけている。一貫して探求しているテーマは、「近代的な人間観が滅びた後の芸術とは何か」。宗教や家族、性差、身体、職業など近代の「人間」の同一性を縛ってきた社会的制約が、新たな技術の登場によって終わりを迎えた後、芸術はいかにして世界を描き出すのか。それは、「人間とはなにか」、つまり「生と死とはなにか」を問い続けることと同義である。

アートと科学のつながりを模索する中で、髙橋氏は「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」という展覧会を企画することになる。「情報的」に消費される虚構でありながら、現実の人間よりも存在感が放つキャラクター「初音ミク」のDNAを設計し、それをもとに心臓細胞をつくりだす企画だ。寿命を持たない不死細胞であるiPS細胞を使い、存在しないキャラクターの身体を設計、さらには現実に出力するという取り組みを行ったことが、生と死の境界について考え直すきっかけになったという。

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BCL《Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊》2015
撮影:金沢21世紀美術館

髙橋:優れた芸術は、単にビジュアルが面白いだけのエンターテインメントではありません。我々が当たり前だと思っている歴史や価値観を、根幹から揺さぶり、ひっくり返す。時代の変革を映し出すメルクマール(指標 / 転換点)なんです。

髙橋氏は今後も、人びとの価値観を揺さぶるようなアートの可能性を追求していくという。直近だと、国内外で注目される5ヵ国9作家のバイオアートの展示を通して、イギリスのSF小説家であるメアリー・シェリーが著した「フランケンシュタイン」で提起された問題を今日のものとして再考する「2018年のフランケンシュタイン」展の企画、やくしまるえつこが「人類滅亡後の音楽」をテーマにつくった「『わたしは人類』の国立科学博物館での展示監修」などに取り組む。

髙橋:「現代アート」もそうですが、「メディアアート」や「バイオアート」といったものはカテゴリーに過ぎず、時代とともに移り変わるものなので、その定義に大した意味はないと思っています。僕にとって本当のアートは、常に最古から最先端までの思想、技術や美学が混ざり合うことで、現代を模る言語や支配する価値観を超えているもの。だから、その時代にしかないものを統合することで体感できるような、「いまここにしか生まれないなにか」をアーティストともに作り出していきたいんです。

金沢21世紀美術館の、一風変わった展覧会「DeathLAB:死を民主化せよ」。その裏には、「近代的な人間観が滅びた後の芸術とは何か」を探求する、ひとりのキュレーターの姿があった。テクノロジーが目まぐるしい速度で発達し続ける昨今、髙橋氏のように、かつて語源を同じくした「芸術」と「技術」を再び交差させた視点から現代を捉え直し、人間の本質に迫る営みが、より一層重要性を増すのではないだろうか。

取材・執筆:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512



編集:岡田弘太郎

1994年生まれの編集者 / DJ。『SENSORS』シニアエディター。大学在学時に『greenz.jp』や『SENSORS』で執筆、複数のウェブメディアで編集を経験し、現在は編集デザインファーム「inquire」に所属。関心領域はビジネス、カルチャー、テクノロジー、デザインなどを横断的に。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。
Twitter:@ktrokd

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