『進撃の巨人』担当者"バック"の外部を巻き込んでいく「編集論」

2016.02.02 10:00

全世界累計発行部数が5000万部を突破し、2010年前後では最大級のヒット漫画である『進撃の巨人』。アニメや実写映画に加え、数々のコラボPR施策を仕掛けてきたのが『進撃の巨人』の立ち上げから現在まで担当してきた、講談社・川窪慎太郎氏だ。ヒト・モノ・コトを次々と巻き込みながら、『進撃の巨人』人気を押し広げてきた川窪氏の編集論に迫りたい。

■「自分には才能がない」ー『進撃の巨人』と出会い、"作る"から"売る"に目覚める

東京大学経済学部を卒業した川窪氏の周りは、銀行、証券、商社などに就職する人が多かった。にも関わらず、出版界を志したのは満員電車を避けられる、スーツを着なくてもいい、そして転勤がない、という自分の中で譲れない条件を満たしていたからなのだとか。そして当然、漫画や小説も好んで読んでいた。今でも最大のモチベーションは自由気ままに生きることで、仕事は豊かな人生を生きるための手段の一つにしたいと語る。

最近CMで目にすることも多い、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンとコラボした「進撃の巨人 THE REAL2」を筆頭に、「モンスターハンター」や「リアル脱出ゲーム」とのコラボなど2009年の創刊以来数多くのユニークなコラボ施策を仕掛けてきた川窪氏であるが、元々は人付き合いが苦手で、外部との連携にも積極的ではなかったのだという。そんな川窪氏のマインドをガラリと変えたのが『進撃の巨人』との出会いだった。

川窪:
自分がチーフとして、ストーリー漫画を初めてゼロから立ち上げたのが『進撃の巨人』でした。読み切りの作品はやったことがあったのですが、連載となると使う脳が違ってきます。作家の諫山創さんにとっても初めての連載だったので、当初は二人とも手探りでした。どうやったら作品の人気が出るのか、より売れるのか、初めて主体的に考えるようになったのが『進撃の巨人』だったんです。

川窪慎太郎氏:『週刊少年マガジン』副編集長。立ち上げから現在まで『進撃の巨人』を担当。現在手がける作品は同作の他に、『ふらいんぐうぃっち』『学戦都市アスタリスク外伝』『CHANGE-R』などがある。

初期に行った施策の中で川窪氏の印象に残っているものが二つある。一つはYouTube上で『進撃の巨人』(一巻)の単行本ができるまでのデザイン過程をアップロードしたもので、初めて講じた施策だったのだとか。宣伝予算がほぼ無い中で、漫画好きのみならず、デザインに興味がある人にもリーチできるのではないかとの狙いだった。
もう一つの施策がホームページ上に音源や『進撃の巨人』の画像のフリー素材を用意しておくことで、30秒程度のオリジナルムービーをユーザーが作れる参加型のキャンペーン。

これらの施策は後に数多く展開されることになる、ヒト・モノ・コトを組み合わせた『進撃の巨人』コラボの原型になっているという。そして、「自分にはクリエイティブな才能がない」と言い切る川窪氏の"モノを作るよりも、モノを売る"ことに長けているのではないかという自己認識がユニークなPR施策の数々の根底にはある。

■読者と対等であろうとすることが作品を育む

学生時代に経済学部経営学科に所属していたことや、実家がクリーニング店を営んでいたこともあり、ビジネスが身近にあった。そもそもゼロからモノを生み出すことにそれほど興味がなかったという川窪氏は、自らを「才能がない」と捉えているという。そして、その「才能がないこと」を"アドバンテージ"と捉えているそうだ。

趣味はサッカー観戦で、大の鹿島アントラーズファン。『進撃の巨人』とコラボした企画も注目を浴びた。

川窪:
漫画を作る上で自分より優秀だなと思う人は確実にいるし、自分より情熱を持っている人もいるので、もちろん葛藤は日々ありますよ。ただ、そういう中で、自分は"才能がない"と意識しているからこそ、"売る"ための様々な仕掛けをしていこうと考えられるのです。

"売る"ことに自らの活路を見出した川窪氏が施策を仕掛けていく中で、初めて手応えを掴んだ試みが「進撃の巨人 キャッチコピー総選挙」だった。
氣志團・綾小路翔氏、吉木りさ氏、アニメでエレン役を務めた梶裕貴氏、そこに当時の編集長、川窪氏が参加し、ユーザーに投票してもらう。同時に一般からも『進撃の巨人』を端的に表すキャッチコピーを募った。
Twitterで投票してもらうことがそのまま拡散となり、かつキャッチコピーを考えるという作業を通して読者のエンゲージメントは高まる。応募数やツイート数には手応えを感じたというものの、売上への直接的な好影響とは捉えていないのだとか。

進撃の巨人 キャッチコピー総選挙」。一位に選ばれたのは綾小路翔氏の「行こうぜ、食物連鎖の向こうへ。」

川窪:
講談社の先輩でもある、コルクの佐渡島庸平さんもよく言っていることですが、100〜200個打つ施策の一つ一つは0.1%くらいの効果しかないかもしれない。けれども、100個集まることで10%の効果になるかもしれない。これってテレビCMでも同じですよね。車のCMを見て、その日に買いに行く人は少ないけれど、何度もその車の広告に触れることで1年後、その車を思い出すのかもしれない。『進撃の巨人』という名前を昨日も、一週間前も、二週間前も聞いていたら、次の日、本屋に行った時に「買ってみるか」となるものだと思っているので、即売上になるというよりは、積み重なる効果だと思っています。

この施策を通じて、綾小路翔氏のツイッターから学んだのがファンとの距離感の取り方だといい、自身の『進撃の巨人』担当者アカウント(@ShingekiKyojin)の運用ポリシーにもなっているという。

川窪:
これまでは漫画家や出版社と読者って一方向的な関係だったと思います。今はSNSをはじめとしたツールもたくさんあって、明らかに読者は受信側に留まらず、発信側にもなります。僕は読者をお客さんというよりも、一緒に盛り上げていく仲間だと思っているので、ツイッターでも読者(ユーザー)と対等であるように運用しています。もちろん上になるようなこともしないですが、あえて下になる必要もないと思っています。
これは綾小路翔さんのツイッターでのファンとの絡みから学んだことなんです。説教もするときはするし、間違っていると思ったときにはハッキリ間違っていると言う。ファンの言ったことに対して、何でも「そうですね。ご意見ありがとうございます」じゃなくて、しっかりと自分の意見も言う。これは別に綾小路さんが冷たい人というわけじゃなくて、ファンと対等であろうとして、それが自分だったりコンテンツを育てることにも繋がっているのではないかと感じたんですね。

■「諫山さんがすごいのはいつまでも"寛容"であること」

今でも定期的に情報交換を行い、親交もあるという佐渡島氏から学んだことは作る前にマーケティングを行い、作った後は売るという、他業種からすれば"当たり前"のことだったのだとか。

川窪:
出版業界のマーケットが縮小している中で、書店に並ぶだけで売れる時代ではなくなりつつあります。普通のメーカーからすれば当たり前かもしれませんが、出版社の中ではこれまで"売る"ということへの意識が少なかったと思うんです。それを気づかせてくれたのが佐渡島さんじゃないかと思うのですが、その"当たり前"をしっかりやっていこうという意識は強く持っています。

マーケティングやセールスを円滑に行っていくためには編集者のみならず、作家の理解も不可欠である。作者・諫山氏と二人三脚で『進撃の巨人』を広めてきた川窪氏は、人気作家となった後も寛容であり続ける諫山氏から学ぶことも多いのだという。

shingeki01.jpg

これまで累計5000万部以上を売り上げている『進撃の巨人』映画やアニメにもなり大人気の作品になっている。

川窪:
諫山さんのすごいなと思うところは、人の意見を取り入れることですね。普通に暮らしていても、人の意見を取り入れるって実は大変ですよね。諫山さんのように若くして売れて、世間からもチヤホヤされて、自分の思うように自由にできるはずなんですが、まずはみんなの意見を広く聞こうとする姿勢を崩さない。色んなお話を頂いても、「『進撃の巨人』は売れているコンテンツだから」とお高く止まるのではなく、その中でも自分では気づけない良いものがあるのではないかという前提で間口を広くする。その上で本当に必要なものを取捨選択していくんです。

ーー川窪さんの方から組みたいという場合もあると思うのですが、コラボ先の選定基準に関してはどのようなスタンスなんでしょうか?

川窪:
それに関しては諫山さんの中に明確なルールが最初にあります。「コラボを提案してくれている人自身が面白いと思っているかどうか」というもので、ただ売れるからとか、ブームだからとかいう組み方ではなく、「『進撃の巨人』と自分達がコラボするとこんな面白いことができる」とか「こういう面白いクリエイティブを思いついたので、『進撃の巨人』と組みたい」とか、やってる人が心から面白がってやってるかどうかですね。

■編集者、そして人間に最も必要なのは"想像力"

ーー最後に、編集者にとって必要な資質とは何だと考えますか?

想像を膨らませるイメージとして、村上春樹氏の小説技法に影響を受けたという。すなわち、地下深くにある井戸を汲みに行くように、精神世界の深層心理へ内向的に迫っていくメタファーである。

川窪:
漫画編集という仕事に限らず、生きていく上で最も大事なのは"想像力"ではないかと僕は思っています。僕ら漫画編集者が一番相対するのは当然、漫画家さん。モノづくりにおいてはその漫画家さんが何を考えているのかを想像してあげることが大事です。彼らは何かやりたいことがあって漫画を描いているんですよね。漫画を描きたくて描いているというよりは、何か達成したいことや、やらなきゃいけないと思って漫画を描いている。つまり漫画は手段にしか過ぎない。目的はお金かもしれないし、昔自分に起きた大事なことの追体験かもしれないし、世の中に伝えないといけないと思っていることかもしれない。大きいことから小さいことまであると思いますが、それを実現するために漫画を描いている。でもそれに気づけていないことの方が多いと思うんですよ。

当たり前ですが、自分の考えていることを十全に理解して、漫画という形に落とし込んでいくのは相当な精神力とか技術を要することなので、すぐにできることではないんですね。でもそれを助けてあげるのが編集者。普段の会話や読ませてもらうネームから何を考えているのかを想像してあげる。もちろん僕らが間違えていることもあるのですが、それをすり合わせていって、漫画家さんが本当は何を考えているのかに気づいてもらうのが一番大事だと思うんです。

対読者の仕事にしても同じで、読者の顔を想像したり、世間の顔を想像する。『進撃の巨人』なら、なぜ読者は愛読してくれるのか、どこを面白いと思ってくれているのか、今後どうなってほしいと思っているのか。想像に沿った展開だったり内容面もそうですが、宣伝面だったり、2次、3次使用もそうですが、そこには想像力が大事になっていきます。これは時代が変わっても不変だと思うのですが、人の思っていることや、顔を"想像する"ことが編集者にとって大事なんじゃないかなと思います。

川窪氏が最後に語ってくれた、編集者に必要な素質としての"想像力"。これは作家エージェント・コルクが掲げている「作家の頭の中をパブリッシュ」するというコンセプトにも近いと感じた。実際、講談社の先輩にも当たるという佐渡島氏からは、とりわけ編集者としての仕事で"売る"部分について少なからぬ影響を受けているという。
川窪氏がこれまで仕掛けてきたコラボレーションの数々には一つの共通項があると感じた。すなわち、読者(ユーザー)の主体性を喚起し、ファンを"宣伝マン"として、ある種のチームへ巻き込んでいくような施策になっているのだ。
現在、18巻が発売され、クライマックスへと進んでいる『進撃の巨人』のストーリーと同時に、新たなるコラボレーション企画にも注目していきたい。

最新記事