世界で活躍する日本人音楽家、渋谷慶一郎に聞く音楽・テクノロジー・パリと東京

2016.11.04 18:30

音楽家・作曲家 渋谷慶一郎氏のパリのスタジオで、パリに拠点を移した経緯、音楽とテクノロジーの関係について取材した。11/6(日)2:35~[土曜深夜]の放送でもボーカロイドオペラ「THE END」制作舞台裏に密着した模様を放送予定だ。

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音楽家、渋谷慶一郎氏のパリの仕事場にて取材を行った。

■「THE END」から始まるストーリー。パリでの生活は運命づけられていた。

--パリに拠点を移した理由を教えてください。

渋谷:
2013年冬に初音ミク主演の僕が作曲したオペラ「THE END」をパリのシャトレ座で公演しました。 日本人でシャトレ座公演すること自体が珍しい上にチケットが即ソールドアウト、追加公演もソールドアウトでシャトレ座の支配人ジャンリュック・ショプランさんも大喜びしてくれて。 また是非作品をお願いしますとおっしゃってくださったんです。ありがたい話ですが、具体的には何も決まってなかったので「次回パリに来た時にここで仕事をさせて欲しいです」と軽く約束をして東京に帰ってきました。

その翌年、2014年春にアーティストの杉本博司さんがパリのパレド・トーキョーで展覧会をやることになり、コラボレーションさせていただくことになったので、再びパリに戻ってきました。 その際にパレド・トーキョーの支配人のジャン・ド・ロワジーさんにお会いしたのですが、彼が前年の「THE END」公演に来てくださり、奥様共々大ファンで毎日朝ごはんの時に「THE END」の音楽を聴いているとおっしゃってくれて。 朝ごはんに「THE END」を聞くってすごいなと思ったんですけれどね(笑)。 そのジャンがパリに住む気はないのかって聞いてきたんですよ。これまた軽く「住みたいと思っています」って言ったら「家を提供する。ちょうどレジデンシーを募集しているからそれに応募して欲しい。締切は明日です。」と言われて。

急な話ですが、住む場所はそこで確保できたんですね。で、仕事場ですが、その前の年の「THE END」公演の際にシャトレ座の支配人のジャンリュックが仕事場を提供するとおっしゃっていた話もありましたし、偶然にもジャンとレジデンシーの話をした午後に、シャトレ座でジャンリュックと打合せがあったので「パリで住む家は決まったので仕事場を借りたい」という話をしたら「もう用意してある」と言われて連れてこられたのがこの部屋(取材時の部屋)だったんです。 つまり一日で住む場所も仕事場も両方手に入ったんです。日本ではなかなかありえない話ですが、これは縁っていうかチャンスだと思ったので、パリに住むことを決意しました。

--すごいストーリーですね。パリに来ることが運命づけられていたのではないか?と思いました。さて、お話は戻ってしまうんですが、なぜパリで「THE END」公演を行うことになったのでしょうか?

渋谷:
「THE END」を作る際に、日本だけではなく世界のいろいろな場所で上演できる僕の代表作となるようなものを作りたいと思っていました。 何が代表作か、という定義は難しいのですがそのような気概でもって臨んでいたのです。最初は漠然と「オペラという枠組みにテクノロジーだろうが何だろうが有効なものを全部突っ込もう」くらいに思っていました。 色々と試行錯誤しているなかで初音ミクを使うことになって、「人間が一切出演しない初音ミクを使ったアニメーションによるオペラ」だと日本の外でも通用するだろうと行き着きました。 アメリカは難かしいかもしれないけど、ヨーロッパ、特にパリだったらうまくいくんじゃないかなと、直感的に思いました。

■悲しみと失意が渋谷をパリに向かわせる。

--なぜ「パリでいける」と思ったのか、気になります。

渋谷:
僕は高校卒業後すぐに父親を亡くしたんです。悲しみと失意のどん底にいた際に救いを求め、シャトレ座でどうしても見たい作品を見つけ、惹きつけられるようにパリに来ました。飛行機往復、おんぼろのホテル、空港送迎全部込み一週間8万円という格安のパッケージです。 当時はクレジットカードも持ってなくて4万円ほど握りしめてバケットだけを食べて生き延びるような極貧の滞在が初めてのパリでした。 来てみたらシャトレ座の公演はチケットが売り切れていたんですが、どうしても見たいのでカフェでテーブルクロスの紙もらって「チケット売ってください」ってフランス語で書いて町ゆく人にお願いしていたら、 当時で200円くらいでチケットを譲ってくださったおばあさんに出会い、ものすごく感激しました。だからパリは僕の人生の中ではものすごく印象深い場所なんですよ。

さて、ではどうして「THE END」がパリのシャトレ座で公演できたのか?実は「THE END」は制作期間がすごく短くて、実質集中できたのはほぼ半年くらいで作りました。 普通こういう作品は2~3年くらいかけるんですけど、制作期間中はシャワーを浴びる時だけ家に帰り、事務所のソファで寝て、あとは制作に没頭するという生活が続きました。 毎晩、倒れるように事務所のソファで寝るときになぜか絶対これはパリでやるんだって心の中で呟きながら寝ていたのを覚えています。

それが具体化したのは「THE END」初演後ルイヴィトンとコラボレーションが決定してからです。ルイヴィトンが2013年の1月のパリコレに招待してくれて、久々パリに戻って来ました。その際に軽い気持ちでシャトレ座に見学に行き、ブッキングマネージャーに「THE ENDをシャトレ座で公演したい」と聞いてみたんですよね、図々しく(笑)。 その際にもっていたトレーラー映像を見せたらブッキングマネージャーがすぐにシャトレ座支配人ジャンリュック・ショプランにあわせてくれて、一気にシャトレ座「THE END」公演が決まったのです。
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音楽家渋谷慶一郎氏の「THE END」が演じられたパリ、シャトレ座。

--シナリオが用意されているような素晴らしいストーリーですね!ちなみに最初、高校時代に渋谷さんが来た時にシャトレ座で見た作品というのはなんですか?

渋谷:
僕が高校生の時に影響を受けたアルバン・ベルクという作曲家の『ヴォツェック(Wozzeck)』というオペラです。 20世紀の最高傑作オペラといわれているもので非常に前衛的で、当時のオペラの固定概念を覆すものです。 そのときの演出がパトリス・シェローという有名な演出家がやったのですが、ステージ上には巨大なキューブが配置されており、その赤や青のキューブの向きが変わるだけで場面転換する演出で格好良かったんですよね。 偽物の城とか森とかないわけです。それをパリでは若い人も年老いた人も見に来ていて超満員で。ステージとその観客を見て、この国、この街は凄いカッコイイなぁと思ったのを記憶しています。

■モーツァルトはじめ音楽家はミーハーであり前衛的であれ

--前衛的といえば渋谷さんご自身も「THE END」では初音ミクを使ったオペラを行っていて前衛的だと思います。また、渋谷さんはテクノロジーをうまく活用される音楽家のイメージがあるのですが、テクノロジーに対してのご意見をお聞かせ願えますか?

渋谷:
音楽家、作曲家って、新しいもの好きですぐにミーハーに取り入れるんですよね。 例えばモーツァルトは新しいクラリネットができるとそのクラリネットのためにコンチェルトを書いたりしてました。 僕も新しいテクノロジーが出てくると、例えば「THE END」だったらホログラムとか最近だとディープラーニングで音を混ぜとか、流行ると試してみたくなる。 でも、それは成功してもしなくてもいいんですよ。ただ、その人の活動、モーツァルトだったらモーツァルト、僕だったら僕、誰だったら誰みたいな活動が新しいものに触れてなんか刺激を受けて活性化されるんだったらトータルで見るとプラスで、仮にその取り入れた方が安直だとしても出来上がった作品はトータルな意味では面白いこともあるしマイナスにならないと思う。

--渋谷さんが新しいテクノロジーを取り入れていく中で、今一番気になるものや注目しているものはありますか。

渋谷:
その時々で変わるんですよね。VRは当然興味あっていろいろ進めていますし、大阪大学の石黒浩さんとアンドロイドに関するプロジェクトもここ数年行っています。 東京大学の池上高志さんとはここ10年くらい複雑なノイズをどうやってコンピュータの内部で作るかというものをずっとやっていて、最近はディープラーニングを試してみたりもしました。

■カッコイイの根拠。ほころびも愛す国であれ。

--パリで制作活動をされている時に、日本との違いを感じることはありますか?

渋谷:
パリの方が仕事が早い。ラフで早い。日本の方が丁寧だけど遅い。 たぶん日本人はパリってかっこいい印象があると思うのですが、実際にはそんなことはないんです。 ただ、「かっこいい」の根拠には乱暴にやっても格好良くできているっていうことがあると思うんです。 例えば服だって綺麗に作ろうと思えば綺麗に作れるけど、パパパってやればほころぶじゃないですか。 でも人間はそのほころびが好きなんですよね。ある程度ほころんでいてそのほころびのセンスがいいかどうかってこともあるけど、乱暴さや雑さが生む予測不可能性を求めているところが人間の歴史にもあるし、それが格好いいの基準になっているというのはどこにいても感じる。 日本だとほころびってミスとかウィークポイントになっちゃうけど割とそういうものを取り入れる傾向がパリ、そしてフランスという国は強いかな。

■音楽とプラトニックな愛を育む

--渋谷さんにとって音楽とは何ですか?

渋谷:
音楽は当たり前ですけど見えないじゃないですか。だから追いつかないんですよね。 辿り着かないというか、理想があるんだけど理想は目に見えないし、掴めないからいつも逃げられる。 いいところまで行くんだけど逃げられる。だから常に自分の作業は不完全で、だからずっと追いかけられるんですよね。これは僕にとっては珍しいもので、だからやめられないんじゃないかな。 例えばプライベートで、振り向いてくれない女の子を3か月口説き続けるなんて僕はばかばかしくてできない(笑)。 でも音楽に関しては辿り着かないから、常に追いかけていたい、というちょっとプラトニックなところがあって。 僕のプラトニックな愛の能力は音楽で使い果たしているかもしれないですね。

--最後に、渋谷さんにとってテクノロジーとは何でしょうか?

渋谷:
道具です。それ以上でも以下でもない。

自分を飛躍的に持ち上げてくれることもあれば、飛躍的にダメにすることもあるから、マジック・魔術みたいなところがある。 ただ、テクノロジーは絶対に進化しかしないから信頼はできる、むしろ人間より信頼できるところがある。

最近だとAIに近いような感触をもったソフトウェアを発表し続けてるIzotopeのようなメーカーもあってすごく刺激をうけます。 あと僕の場合は何年か周期にピアノソロに集中したくなる時もあるしテクノロジーに集中したくなる時もあるし、未来は予想できません。 でも僕にしては珍しく、先のことで決めているのは「for maria」というピアノソロのアルバムを出したのが2009年なので、2019年にピアノソロの次のアルバムを出そうと思っています。10年に1回周期です。「for maria」はDSDを駆使して録音されたピアノの音質を更新したと思ったけど、10年経つとピアノを巡るテクノロジーの状況もすごく変わっているでしょう。ピアノのようにすごくクラシカルなものを媒介にテクノロジーをリサーチするという面もあって、僕にとってテクノロジーとはそういう距離感ですね。だから2019年にピアノソロを出すということは決めています。

--ありがとうございました。

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取材が行われたパリの街並みを眺める、渋谷慶一郎氏。

テクノロジーは道具であり、信用できるパートナーであると語る渋谷慶一郎氏。積極的に新しいテクノロジーを取り入れ作品を生み出す姿勢は音楽家はもちろんイノベーターと呼んでも良いだろう。話を伺いながら感じたことは興味を持ったら行動し、人を巻き込むチカラがある人こそ時代を作り出す人であるということ。次世代のヒントは渋谷慶一郎氏に詰まっている。

ライター:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。エンジニアとしてキャリアをスタートし、その後外資系企業のフィールドマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブ会社のプロデューサーを経て2014年株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×デザイン×マーケティングを強みにプロデュース業や編集、ベンチャー向けのメンターを行う。Mistletoe株式会社フェロー。

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