氷室京介のやさしさに触れる『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO "POSTSCRIPT"』監督インタビュー

2016.06.30 17:00

"氷室京介の生き様"に迫る密着ドキュメンタリー『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO "POSTSCRIPT"』。7/1(金)より「THEATER EDITION」が全国映画館で二週間限定で上映、Huluでは「PERFECT EDITION」が順次公開されている。
ベールに包まれた氷室京介の2010年からの6年間、およそ180時間に及ぶ密着映像とトータル6時間以上にわたるロングインタビューを交えて送るドキュメンタリー作品を監督した日本テレビ 山崎大介を取材した。

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©BeatNix Inc.

今年5月に行われた『LAST GIGS』ツアーにて自身のライブ活動無期限休止となった氷室京介。伝説のバンド・BOØWY時代から始まる35年間に、彼の歌声を聞いたことが無い日本人はいないのではないか?と思うほど多くの人に愛された氷室京介の歌声。ただ、彼の人となりを知るチャンスは少なかった。それは拠点を米国ロサンゼルスに移したこともあるだろうし、他にも理由はあるかもしれない。そのベールに包まれた氷室京介のリアルな生き様に迫るドキュメンタリーを作った人物がいる。日本テレビ山崎大介だ。彼はなぜ氷室京介の密着取材が行えたのだろうか?山崎が氷室京介に求めたもの、そして密着を通して見えてきた"氷室京介"について伺った。

■"五十にして天命を知る"、ここからストーリーは始まる

--2010年から6年間密着を続けられたことに驚きと感動を覚えます。山崎さんは氷室京介さんのどこに惚れて密着取材を行ったのでしょうか?

山崎:
どこに惚れたか、ではないんです。「BOØWY世代」という言葉に象徴されると思うのですが、僕はBOØWYを聞くのが当たり前の人生だったんです。高校の修学旅行では全員でマリオネットを熱唱したり、バンド活動する仲間がコピーするのは必ずBOØWYだったり。氷室京介さんに"惚れた"のではなく空気感やメンタリティティとしてそこに存在していたのです。

--では何がキッカケとなり密着取材がスタートしたのでしょうか?

山崎:
氷室さんが50歳になるというタイミングで僕はちょうど『NEWS ZERO』のプロデューサーでして、「氷室さんが50歳になるという事実、これは既にニュースだ!」と思って企画を作りました。 氷室さんが50歳になるタイミングで、氷室京介さん50歳 / オリジナル・アルバム『"B"ORDERLESS』リリース / 50歳で50公演実施、というニュースが出て「もうこれを逃したら一生氷室さんを取材できない!!」と考え、企画書を書きました。

--Huluで『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO "POSTSCRIPT"』を見ましたが、そこで氷室さんご自身が「刺さった企画書」と言われていた企画書ですね?

山崎:
"五十にして天命を知る"と書いた企画書を出しました。ドキュメンタリーの中でも氷室さんにコメント頂いていた企画書です。
企画書の内容は氷室さんの生き様に迫るというものですが、実は一回断られているのです。「何も語ることは無い」と。ですが、ありがたいことに敗者復活のチャンスをもらい、その後急遽「ロサンゼルスに撮影に来い」という話になったのです。氷室さんから取材OKを頂いた喜びと、"いきなり撮影?!本当に撮影できるのか?"半信半疑の気持ちが入り混じった状態でロサンゼルスに飛んだ時のことを鮮明に覚えています。
指定されたスタジオ前で氷室さんをお待ちする際には、本当にソワソワ、ドキドキしながら待たせていただきました。

--ドキュメンタリーにもありましたね、スタジオ前で打合せ待ちをしている場所に黒いベントレーで現れたのが氷室さんだった。

山崎:
「本物の氷室さんだー!」と(笑)
高校時代からのファンなので緊張もしましたが、それまでのテレビマンとしてのキャリアでアスリートやアーティストとのコミュニケーションの距離感、取材の視点や人間関係の作り方などノウハウを学んでいたのでその集大成をぶつけて取り組みました。

--アーティストと向き合うノウハウについて掘り下げて教えていただけますか?

山崎:
他の方は遠慮したり空気を読んだりするんだろうけど、僕は視聴者やファンの代表として「問いかける」事が多いんです。僕としては当たり前のことなのですが、アーティストからは珍しいと思うらしく。ゆずの北川悠仁さんなどは「山崎さんと話をしていると、自分が鏡に向かって話をしているようだ」と言ってくれます。つまり、自分が考えるべきことを問いかけてくれる存在だと。
僕がテレビ局に入ったキッカケも「こんなすげーやつが世の中いるんだぜ!」ということを伝えたかっただけで、その仕事を全うしているだけです。ファンとは変わらない。そういう意識で仕事しています。そうするとアスリートやアーティストも彼らの「門」を開けてくれるのです。

■密着を通して感じる氷室京介の"やさしさ"

--"五十にして天命を知る"という企画書をキッカケに氷室さんの門が開き、6年間の密着取材に繋がるのですね。この6年間、氷室さんの印象はどのように変わってきましたか?

山崎:
「変わる」じゃないです、毎回「発見」ばかりです!最初は本当に存在するのか?取材できるのか?という視点から始めたので一挙手一投足が新鮮です。
ドキュメンタリーの中でも言っていますが氷室さんは「孤高で、誰とも群れない、誰も信用しない、ナイフのような男」 という世間一般のイメージがありますが、僕も最初は同じ印象を持っていました。

ただ実際は全然違うんです。びっくりするぐらい気配りされる方です。 そして、本人は照れるのでこういうこと言われるのが嫌でしょうけど、本当に優しいのです。氷室さんのスタッフはコロコロ変わらないんです。 BOØWY時代からずっと支えていらっしゃる方がマネージャーされていたり。 氷室さんを取り巻く方々が象徴するように「こいつらなら」と思った人のことはものすごく大切にされる方なんですよね。この人に付いて行きたいと思わせる方なんですよね。

--氷室さんの優しさに触れたエピソードを教えていただけますか?

山崎:
ライブ本番、ステージ裏って暗いですよね。暗くて足元が悪いところに来ると 「気をつけてね、ここ階段あるからね」と転ばないように注意してくれるんですよね。それも日常的に、さりげなく。

あと、取材させていただく際に「わざわざ俺のために、来てくれたんだから」とロサンゼルスの自宅での取材にもキンキンに冷えたペットボトルの日本茶を用意してくれていたり。

そして、「山崎さんは仕事で(ロサンゼルスに)来ているから、俺が喋らないと山崎さん怒られちゃうからね、本当は苦手だけど喋るよ」と。一度メールで「本当はカラスなのに白く塗られて鳩にされているような気分なんだ」というメッセージをもらったことがあります。本人はテレビに出ることに抵抗がありつつ丁寧な対応をし続けてくれました。

■BACK TO THE ROOTS / 『アルジャーノンに花束を』

--なぜ"POSTSCRIPT"を密着ドキュメンタリーのタイトルにしたのでしょうか?

山崎:
2つ意味を持たせています。
ひとつは『LAST GIGS』の追伸、としての"POSTSCRIPT"=P.S.。
もうひとつは氷室さんのファースト・アルバムにもリンクするのですが、ダニエル・キースの小説『アルジャーノンに花束を』に着想を得ています。この小説の最後に"POSTSCRIPT"、追伸、とあり、その後小説の中で重要な意味を持つ一文が出てきます。

僕としては氷室さんをライブ活動無期限休止宣言が出る前から6年間密着取材で追ってきているので、彼の生き様を自分が出来る範囲で人に伝えなければ、と使命を感じた際に、その小説のラストシーンが浮かび上がりタイトルを"POSTSCRIPT"としました。

この"POSTSCRIPT"というタイトルにパチっと来たんでしょうね、氷室さんからこのタイトルおよびドキュメンタリー制作にGOサインが出ました。

--山崎さんのお話を聞いていて氷室さんはストーリーを大切にされる方だということを強く感じます。

山崎:
氷室さんは真のクリエイターです。
オタクに近いクリエイターです。
モノを作る人なので、モノを作るメンタリティやマインドがある人としか話さない。だから毎回緊張しますよ。

インタビューの度にテーマ、視点、目的を明確にしないといけません。ただでさえ"カラスの俺が白く塗り替えられ鳩のようになっている"とメディアを嫌がる方なので、ロジカルな視点が無いとダメ。なので氷室さんに会うためには毎回勉強もするし、企画を考え抜きます。

--いままでで一番手ごわい相手と言えますか?

山崎:
むちゃくちゃ手ごわいですよ。いままで培ったものを全部出しきってもかなわない相手です。僕もこの道のプロになって20数年経ちますが、氷室さんのドキュメンタリーは自分の集大成といっても過言ではありません。

--今日のお話もそうですし、ドキュメンタリーも通して"氷室京介"というアーティストの魅力をより深く感じることができて嬉しいです。山崎さんに感謝したい人は沢山いると思います。

山崎:
かっこ良く言えば僕は氷室京介さんの伝道師になりたいと思ってます。

この話は大阪ライブのMCで氷室さん自身が語っていたのですが、 「躓いた人を後ろから石で投げるようなこの日本にはもういたくないんだ」という話をしていました。BOØWY時代から常に人々の注目を浴び、人々に影響を与えてきた方だから、よりセンシティブに日本の問題点を感じているのだと思います。Hulu版ドキュメンタリーの第二話「If you want」でも語ってらっしゃいますが、歌詞の言葉を選ぶのも日本の現在の状況を考え、人々に対する影響も考慮し慎重に作られています。

僕はたまたま選ばれて氷室さんの「門」を開けていただいたので、彼の優しさも思慮深いところも身近に感じることができました。そして、 僕はプロフェッショナルなテレビマンなので「伝える」という技術を身につけています。自分が最大限できることとして氷室さんの伝道師になれれば、と考えています。

■"氷室京介の入学式"をつくる

--山崎さんの視点を通して我々も氷室京介さんに近づける気がします。

山崎:
本人が「俺はさ」って語らなくても一度門を開けた僕が語っていけば氷室さんは何も言わなくてもいいんですよね。
だから"POSTSCRIPT"の中でも僕・山崎視点で語っていっているんです。周りからはお前はどれだけ自分が好きなんだ、って揶揄されますが、氷室さんにとって一番良いドキュメンタリーの第一人称の語りべは、僕=山崎大介の視点で語ることだと考え抜いての結果です。

--ドキュメンタリーは、どのような方に見てもらいたいと思いますか?

山崎:
『LAST GIGS』各会場に「俺たちはまだ氷室京介を卒業できない」というキャンペーンキャッチがありましたよね。あのコピーはいいな、と思うと同時に、僕は氷室京介さんの入学式を作りたいと思っています。
卒業できない方はもちろん、氷室京介さんを知っているつもりの ライトユーザーの方たちに入学してもらいたいと思っている。一人でも多くの人に"氷室京介"を聴き始めてもらえるキッカケができればと考えています。

--ありがとうございました!

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©BeatNix Inc.

山崎氏が述べたように氷室京介は「真のクリエイター」であるからこそ、多くを語らず適切に時代に対して刺激を与えてくれている。ステージ上での彼を見ることはしばらく無いかもしれないが彼の優しさを感じながら彼のアルバムやドキュメンタリーを味わいたい。 筆者は『LAST GIGS』東京ドーム公演三日間通い詰めたが彼が最終日にニヤリと笑いながら叫んだ『俺が初代氷室京介だ』 という言葉に込められた自信と、やっと優しい自分を素直に見せられるという素の氷室京介に触れた気がした。
氷室京介はいつでも我々の入学を受け入れてくれるだろう。

関連情報
■『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO "POSTSCRIPT"』
■映画『DOCUMENT OF KYOSUKE HIMURO "POSTSCRIPT"』2016年7月1日(金)~7月14日(木)2週間限定公開

ライター:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。IBMでエンジニア、Adobeにてマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブカンパニー(株)バスキュールにてプロデューサー従事後、2014年に株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×クリエイティブ×マーケティングを強みにプロデュース業や執筆活動を行う。スタートアップ向けのデザイン&マーケティングアクセラレーションプログラム「HEART CATCH 2015」総合プロデューサー。 http://events.heartcatch.me/

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