伝統の価値をテクノロジーで未来に紡ぐ--猪子寿之× 小橋賢児ライブエンタメ対談

2017.08.04 12:00

「ライブエンターテインメント」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストにチームラボ代表の猪子寿之氏とULTRA JAPANやSTAR ISLANDのプロデューサーを務める小橋賢児氏を迎え、MCの落合陽一×齋藤精一がライブエンターテインメントの現在と展望をディスカッションした。

4回にわたってお届けする第2弾記事では、小橋氏が「ULTRA JAPAN」や「STAR ISLAND」をどのような想いで手がけてきたのかを聞いていく。小橋氏はなぜ俳優からイベントプロデューサーへ転身したのか。若者が世界や伝統につながる"きっかけ"を作りたいという、小橋氏の発想法に迫る。

■若者が変わる「きっかけ」になるイベントを

--小橋さんの活動について、お教えいただけますか?

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小橋賢児氏

小橋賢児
(以下、小橋):
僕は8歳の時から俳優をやっていましたが、27歳のときに休業しました。 芸能界でドラマや映画にも多く出させていただくなかで、20代半ばにそれなりのポジションが見えてきて、ふと自分の30代を考えたとき、「このまま30代になっていいのか」「これが本当の俺なのか」と怖くなりました。

自分に嘘をつきながら生きていくのは嫌だと思い、27歳のときに休業してアメリカへ語学留学しにいきました。その中で春休みをつかって外国人の友達と車でアメリカを横断しました。

そのゴール地点だったマイアミで偶然路上で会った知人のDJが教えてくれたのが「ULTRA MUSIC FESTIVAL」でした。同世代、もしくは自分よりも若い若者が、青空の下で最先端の音楽とテクノロジーを用いた巨大ステージで解放されているのを目の当たりにし、「なんだこの日本との違いは」と衝撃を受けたんです。

それから世界中のイベントを見て回り、次第に自分でも様々なイベントを手がけるようになっていきました。

2012年にアジアで初めて韓国で「ULTRA KOREA」が開催されたとき、たまたまアジア統括のボスと僕の友人が友達で、日本側のパートナーとして僕も関わることになりました。
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小橋:
当時、韓国にダンスミュージックのムーブメントはほとんどなかったのですが、蓋を開けてみたら10万人が熱狂していたんです。突然、歴史が変わったようでした。参加者の7割は、いままでダンスミュージックやクラブに全く親しんだことのない人たちです。 解放されて泣いている人や、目を輝かせてる人をたくさん見ました。

かたや日本では、「規制が厳しいからできない」という声がすごく多かった。大人は「昔の日本は良かったけど今はダメだ」「バブルのときは楽しかった」と説教を垂れ、若者は「昔は良かったけど今はできない」「世界ではできるけど、日本ではできない」というフラストレーションを抱えているように感じました。

そこで、「ULTRA」を日本に持ち込み、「起きない」と思っていることを目の前で見せてあげたら、若者が未来への希望を持つきっかけになるんじゃないかと考えたんです。27歳まで閉じこもっていた僕が、世界に出て変わったように。 そう思ったら居ても立ってもいられなくなり、「これを絶対に今のタイミングで日本にもってきたい」と強く思いました。

それが「ULTRA JAPAN」です。エイベックスさんと一緒にやらせていただくことができ、お台場で開催しています。今年で4年目、去年は3日間で12万人を動員しました。
(「ULTRA JAPAN 2016」のPV)

■「ULTRA」を世界への扉に

小橋:
お台場にこだわったのは、東京から遠い場所だと若者が集まりにくいからです。遠い場所には、最初から強い意思がないと行かない。何気なく日常を過ごしている若者の「きっかけ」になりたいと思ったんです。

同じことが、かつて東京ディズニーランドが出来た時にも言えるのではないでしょうか。普段は遊園地に行かない人が「なんか世界からすごいものがきたらしいから、行ってみようぜ」と行ってみたら感動してしまい、それをきっかけに本場フロリダまで行った人がいたと思うんです。

そういう体験が今日本で起こるんだったら、「近い場所」なんじゃないかと考えました。今までフェスや音楽に興味がなかったけど、たまたま行ってみたら感動する。自分の隠してた、閉じてた感覚や感情が解放されるような。実際に「ULTRA JAPAN」に参加したのをきっかけに、1万人以上の若者がフェスをきっかけに海外に行きました。
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齋藤精一氏

齋藤精一
(以下、齋藤):
それは、「ULTRA」が既に世界各国でやられているからこその発想ですよね。
小橋:
そうです。それを体験して、「なにこれマイアミでもやってるの?韓国でもやっているの?」となり、世界への関心が広がればいいと思っています。「世界がすごい」と言いたいわけではありません。しかし、僕自身が海外に行くようになり、改めて日本の美しさや良さに気づいた経験があります。

「これが日本に来たらビジネスになる」という視点は全くありませんでした。自分が世界のものを見て変わったように、この時代に起きないと思っているものや「世界の今」を感じてもらいたい気持ちが先行していたんです。

「どうやったらフェスのディレクターになれますか」と聞かれるならば、「フェスのディレクターになろうと思ったことは一度もないです」が答えになります。まるで山登りするかのように、 その瞬間その瞬間をがむしゃらに登っていきました。
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落合陽一氏

落合陽一
(以下、落合):
「10年後にこういう仕事に就きたいんですけど、どうやったらできますか」と聞かれても困りますよね。 そういうことを考えてものづくりをする時代じゃない。ネットワークの中に有能な人間とコンテンツがあったとき、それを高速で実現できるインスピレーションがいま一番重要だと思います。

■"伝統"の価値を未来につなげる「STAR ISLAND」

--小橋さんは今年5月に「STAR ISLAND」というイベントも開催されていました。こちらはどのようなイベントですか?

(「STAR ISLAND」のPV)

小橋:
きっかけは「ULTRA JAPAN」で、老舗の花火師・丸玉屋小勝煙火店さんに出会ったことです。

伝統というと「守る」とよく言われます。しかし、伝統と呼ばれるものは、当時の人がものすごい熱量でクリエイションした結果生まれたものだと思うんですよね。伝統の中には「美しい」「すごい」といわれたまま、置き去りにされしまっているものも多くあります。それがもったいないと思いました。

「伝統」の真の価値と想いを、現代のテクノロジーや才能ある人たちと紡ぎ、未来につないでいきたいと思いました。 一つ取り入れたのは、3Dサウンドです。砂浜に約260台のスピーカーを置くことで、屋外なのに屋内にいるような感覚を体験させることができます。自分の周りを360°鳥が舞っていたり、風が吹いたりしている感覚を提供することができるのです。さらに、100名を超えるパフォーマーによるライティングショー、ファイヤーパフォーマンスやウォーターパフォーマンスも取り入れました。

また、花火の見方を変えることにもチャレンジしています。ディナーを食べながら観られるエリアや子どもと一緒に観られるキッズエリア、さらには砂浜に巨大なクッションやベッドを置いて寝そべりながら観られるエリアなど、多くの選択肢を作りました。

■「両極を知ることで、自分の中心を知る」見慣れた空間を"異世界"に変える発想法

--小橋さんはどのような発想法でイベントを作られているのですか?

小橋:
僕は「両極を知ることで自分の中心を知る」をモットーにしています。対極にあることを感じ、日常の中に非日常を作ることで「意外と人生って楽しいじゃん」「東京ってこんなに面白かった」ということを感じてもらいたいと思っています。
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(左)猪子寿之氏

小橋:
イベント作りの際は常に「小学校のお化け屋敷」を想像しています。学生時代に、普段見慣れてる校舎が全然違う空間になってすごいワクワクした記憶があるんですよね。 そういう意味で、普段見慣れている景色にあえて全然違う空間を作ることを心がけているんです。

続く「「アート」で企業価値を高めるには」では、実際にアイデアを形にする際の交渉作業、スポンサー集めに話題が及んだ。企業がライブエンターテインメントに投資すべき理由とは。 

【ライブエンターテインメント--猪子寿之×小橋賢児対談】
テクノロジーで「歴史」を可視化、ライブエンタメ最前線
伝統の価値をテクノロジーで未来に紡ぐ
③「アート」で企業価値を高めるには
④世界は変えられる-参加型エンタメと教育の未来

構成:原光樹

1995年生まれのライター/編集者。慶應義塾大学総合政策学部で社会学を専攻。関心は、テクノロジー、カルチャー、哲学、思想など。Twitter:@chanco_key
Mail: koki.hara.7[アット]gmail.com

編集:長谷川リョー

SENSORS Senior Editor
1990年生まれ。修士(東京大学 学際情報学)。Twitter:@_ryh
Mail: ry.h0508[アット]gmail.com

写真:延原優樹

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