遠く離れた家族をつなぐ「まごチャンネル」のリーン・デザインプロセス

2015.10.21 09:30

スマホで子供の写真や動画を撮るだけで、離れて暮らす実家のテレビに届けることができるIoTプロダクト「まごチャンネル」。Makuakeでの先行発売は半月で目標額の100万円を突破し、518万円集まっている(10月20日現在)。先日のCEATECで行われたクリエイティブピッチでも優勝を飾った。今回、SENSORSが注目したのはリーン・スタートアップの手法を用いたデザインプロセスだ。デザイナー・石井聖己氏を中心にチカクのオフィスに出向き、多くのデザイン案やプロトタイプに触れながら話を伺った。

先月プロジェクトを発表し、Makuakeでクラウドファンディングを開始すると瞬く間に目標額の100万円を突破、現在までに約500万円の支援金が集まっているIoTプロダクト「まごチャンネル」。プロダクトを開発したチカクの代表を務めるのはアップル日本法人で長年セールス・マーケティングなどに従事した梶原健司氏だ。

【左から】佐藤未知氏(ハードウェア開発責任者)、石井聖己氏(プロダクトデザイナー)、梶原健司氏(共同創業者兼代表取締役)

プロダクトのキーポイントは3つ。①セットアップが容易、②テレビリモコンで操作可能、③端末内に通信モジュールが内蔵されているため無線LANがない環境でも使用できる。

「ソフトウェアアプリケーションではなく、ハードウェアであるIoTプロダクトを作るのは一筋縄では行かない」と語る梶原氏が取り入れたリーンスタートアップ手法。まず最低限実用に足る製品(Minimum Viable Product)を構築し、顧客開発しながら仮説検証、フィードバックの実装を高速で回し改善、成功に近づけるという手法だ。

"インターネットを意識させずに、遠く離れた家族間のコミュニケーションをより良くしたい"という梶原氏の思いから2013年に「まごチャンネル」のプロジェクトが始まった。現在の形に至るまでには数百枚を超えるデザイン案が出された。

フィンランドへの留学経験を持ち、スタンフォード大が実施するデザイン思考プログラムの第1期生でもある石井聖己氏にまごチャンネルが現在まで辿ってきたデザイン・プロセスを伺った。

■︎フィンランド、スタンフォードで学んだリードデザイナー石井聖己との出会い

白くあたたかみのある筐体、通知があるとポカンと柔らかな明かりが灯り家族の帰宅を表現する。このシンプルかつアイコニックなデザインを設計したのがフィンランドでノルディックデザイン、スタンフォードでデザイン思考を学んだ石井聖己氏だ。

プロジェクトの発起人である梶原氏との出会いは、同士が仲間探しも踏まえて行ったピッチコンテストだった。

石井聖己(プロダクトデザイナー):MUJI AWARD04、JamesDysonAward2012、第一回ほぼ日作品大賞など、国内外でのデザインアワードを多数受賞(Link)。Lahti University of Applied Sciences / Industrial design (Finland) / Stanford University / ME310 Project (USA) / 京都工芸繊維大学 大学院 デザイン科学専攻 修了

石井:
梶原さんのプレゼンテーションはすごくクリアだったんです。やりたいことやコンセプトが明確で、あとはどう実現するかどうか。そのときはまだジョインするかどうか意識していませんでしたが、後日お会いしてもう一度話そうということになりました。

学生時代からフリー、インハウスで数々のデザイン関連の仕事をこなしてきた石井氏が梶原氏とまず行ったのが200枚のイメージピクチャを携えて方向性の擦り合わせをすることだった。

■︎Appleのジョブズとアイヴのような関係性を目指して

プロダクトや空間、様々なトピックの写真を机の上に広げて両者が持つデザインの方向性を確認していった。石井氏は以前フィンランドでデザインを学んでいたこともあり北欧的な生活スタイルや雰囲気、モノづくりに対するノルディックなテイストを持って臨んだが、梶原氏の目指す方向性もほぼ最初から一致していたという。

こうしたプロセスの中で出てきた言葉やイメージもその都度取り上げ、まとめていく。こうした整理術はこれまでプロダクトデザインのみならず、ブランディングなども含め、広い範囲でデザインの仕事をこなしてきた中で培われた手法だという。

初期段階にデザインされたチカクのロゴデザイン

「まごチャンネル」の開発にジョインした当初から、今回紹介する写真共有チャンネルのみならず、タッチサーフェイスの壁やスマートフォンなど次の展開も視野に入れ梶原氏と打合せを重ねたという。

梶原:
「デザイナー」の定義って人によっても違うと思うのですが、石井さんのデザイン定義は良い意味で広くて、だいぶ先まで見据えている人だと思いました。プロダクトを作る先には実現したい世界があるはずですよね。そのためにプロダクトは手段にしか過ぎないわけです。そういう意味では気づきを頂き、視座が高まりましたね。

デザインにおいて最も大事なことは"問題解決"だという石井氏。その上で、ビジョンを共有するパートナーと共に同視点でキャッチボールをしながら高め合い、プロダクトを具現化していく。サービス業だという意識は持ちつつもプレイヤーとして、自分の意見も積極的に発信することも怠らない。

石井:
梶原さんは元アップルということもあり、ビジョンが明確でキレがあります。特に国内メーカーの方と比べると人種の違いのようなものを肌で感じますね。それこそジョブズとアイヴのような関係になれればいいと思います(笑)

■︎︎"コミュニケーションサービス"としてのIoT開発

まごチャンネルはあくまでも"コミュニケーションサービス"だという梶原氏。写真を一方的に送りつけるデジタルフォトフレームのようなものではなく、あくまでも家族間のコミュニケーションを促進できるプロダクトを目指した。

そのため、アプリで撮った写真は自動的にサーバーを経由し、受信端末へ送信され、それを合図するように窓に明かりが灯る。受信した動画・写真の視聴を始めると反対に、送った側にもアプリに通知がくる。このように双方向的なコミュニケーションのループが回る設計になっているのだ。

これをキッカケに家族間のコミュニケーションが活性化し、地方で暮らす家族との距離が近まることを目指している。

石井:
コミュニケーションを促進することが目的なので、モノ自体が主張しすぎることは避けようと思いました。外観にも意味を持たせるというよりは、消失させていく。モノを増やすっていうのはおそらく作り手側のエゴで、ユーザー側もモノが増えることが豊かではないと気付き始めていますしね。
他社のものとの差別化ですが、Apple TVをはじめとして横に平べったいものが多いんですね。そうではなく、フットプリント(底の面積)をなるべく小さくして、縦に少し伸ばす。
梶原:
とはいえ、テレビに内蔵させることもできないですよね。だから、外に出さざるを得ないんだったら、通知などのファンクションをつけるべきではないかとなった。"届いたよ"という通知があることによって、"これがある生活"という一つのブランド価値になるというわけですね。

構想段階では筐体の裏面をウッドにしたものや、材質を陶器にするといったアイデアもあった。

開発スケジュールの策定やハードウェアの設計を詰めるため鎌倉で2泊3日の合宿を敢行。この時点でプロジェクトに関わっていたメンバーはプロボノだったため、各々の本業が多忙になればどうしてもスピード感は落ちてしまっていた。とりわけハードとソフト、そしてデザインと複合的にプロジェクトは進行していくため、一つでも止まってしまうとそこでスタックしてしまう。半年プロダクト開発が止まってしまうことさえあったという。

しかしこの間も、梶原氏はユーザーへのヒヤリングやプロダクトの仮説検証を進めた。フィードバックを反映したMVP(必要最低限機能)を絶えず作り変えていき、チューニングを進めた。これを区切りにフルコミットできるメンバーだけが残って、開発を始動させた。

その直後にジョインしたのがハードウェア開発責任者の佐藤未知氏。同氏の加入をキッカケにプロダクト開発にドライブがかかった。

■︎MVPで仮説検証・ユーザー調査を繰り返し、最適なデザインを追求

いくつものデザイン案を練り上げ、プロトタイプを検証していく中で、「これは!」とチームメンバー全員が自信を持てるデザインが出てきた。
それは筐体の上にアンテナを立てたデザインで、見た目のインパクトと製造コストのバランスも非常に良い。自信を持ってこのデザインをユーザー検証へ持って行ったが、結果は芳しくなかった。

写真上部の筐体にアンテナを立てたデザインモデル

梶原:
小さいお子様がいる母親にヒアリングし衝撃を受けたのが「あ、これホコリ溜まりそう」という一言。完全にその感覚が欠落していましたね。あとは、「子供が折ってしまいそう」とか。当プロダクトは祖父母の暮らす実家に設置するものなので、僕らとしては問題ないという判断をしていたのですが、ユーザーが脊髄反射的にNGを出すものはいくら我々が良いと思っていても市場に受け入れられないということに気づかされました。

形は正方形だが、ミリ単位の調整を施している。少し絞りを効かせることでスクエアに見え、正面がよりアイコニックな印象に変わるという。

ユーザーの意見を汲んだ結果落ち着いたのがこの形だった。積もった雪のイメージの柔らかさを念頭に置き、温かみのある家電が出来上がった。

■︎「まごチャンネル」からさらに広がっていく世界観

これから出荷ということでプロジェクトはようやく本番を迎えた段階にあるわけだが、これからを見据えたビジョンを石井氏に聞いた。

石井:
これはファーストプロダクトですが、次はこれをさらに進化させて、よりスケールを大きくしたモノを世の中に出したいです。これはこれで良い息子になった気はしますけどね。良くも悪くも批評は必ず出てくるので、それを全部受け入れないことにはデザイナーは務まりません。これからもそういう責任感を持って、それを喜びとしてやっていきたいと思います。

「まごチャンネル」という可愛らしい名前に込められた世界観の裏には、IoTというトレンドを押さえたもの以上の代表・梶原氏の強い思いとビジョンがある。
リーンスタートアップの手法を用いながら、顧客開発とチームビルディングを続けたどり着いたデザイン。そのデザインディレクションを指揮した石井氏が言うように、"まごチャンネル"が射程に入れる世界観はここからさらに広がっていく。

取材・文:長谷川リョー

1990年生まれ。フリーライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。「BOSCA」編集長。東京大学大学院学際情報学府在籍。@_ryh

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