銭湯絵師とモデル。2足のわらじで、唯一無二の表現を志向するー勝海麻衣

2018.09.17 18:00

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世界中を旅する友人がいる。不定期に更新される、彼のブログを読むことが密かな楽しみだ。毎日のように異文化交流を繰り返し、見たことのない景色に遭遇している彼の文章に、心が惹きつけられるのだ。彼はライターではないが、素晴らしい書き手であり表現者だと思っている。

人は生きていく上で、様々な人と出会い、あらゆる体験をする。その数に比例して、知識や感情が体内に蓄積されていく。アウトプットとは、それらを養分にして生まれるものだ。だからこそ、世界各地を飛び回る彼の文章には、不思議な吸引力があるのだろう。

これは文章だけの話ではない。音楽や美術など、人が創造するあらゆる表現物に対して言えることだ。

「魅力的な絵を描くために、色々な経験をして人生を豊かにしていこうと決めました」

東京藝術大学大学院に通う勝海麻衣さんも、まさに"人を惹きつける"絵を描くために、ユニークな人生を歩んでいる。彼女は日本で最年長の銭湯絵師・丸山清人さんの弟子でありながら、広告やファッションショーを舞台に活躍するモデルでもある。

頭に手ぬぐいを巻き、大きな梯子にまたがって巨大な絵を描く銭湯絵師と、華やかに着飾り、ランウェイを颯爽と歩くモデル。一見相反する2つの肩書きを持つ勝海さんに、その経緯とパラレルキャリアがもたらすシナジーについて、話を伺った。

一体感を生み出すダイナミックな絵に感激した---小学生で芽生えた銭湯絵師への憧れ

新時代の銭湯絵師になりたいんですーー。

熱を帯びた口調で、夢を語る勝海さん。取材早々に、事前にチェックしていた"モデル・勝海麻衣"のクールでミステリアスな印象は、覆えされた。

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湯船に浸かりながら、壁一面に描かれた富士山の絵を眺めたことがある人も多いだろう。銭湯絵師は、その絵を描く専門職だ。

現在、日本には3人しかいなく、銭湯の廃業と共に、銭湯絵師の仕事も減ってきている。

勝海さんは、なぜ銭湯絵師を目指すようになったのか。

幼い頃から絵が得意で「褒められることが絵しかなかった」と話す勝海さんだが、原点は小学生2年生のときの、ある体験だという。

勝海麻衣さん(以下、勝海):家族旅行の帰りにたまたま立ち寄った銭湯で、浴場の壁いっぱいに描かれたダイナミックな富士山の絵を目にしました。「こんな自由で大きな絵があるのか!」と感動したんです。お風呂に浸かっている人たち全員が、ひとつの同じ絵を見ている光景に、強く惹きつけられて「将来はこんな絵を描く仕事がしたい」と思うようになりました。

日常生活の中で、多くの人と共にひとつの絵を鑑賞する機会はあまりない。特に日本では、美術館を"非日常空間"と捉える人も多く、芸術に対しての敷居も高いようにも感じる。勝海さんは、入浴という"日常空間"で銭湯絵を眺める人びとを見て、日本特有の文化を感じたと話す。

勝海:不思議な一体感を生み出している、銭湯絵の力に感動したんです。そうした庶民文化の中にこそ、日本人の美意識が宿っている気がします。

技術を磨くだけでは、"浅い絵"しか描けない。人としての魅力を培うために、モデル活動を開始。

中学入学後も、銭湯絵は勝海さんの頭から離れなかった。中学時代、現在の師匠・丸山さんのサイトを眺めて過ごすなかで、徐々に「銭湯絵師になりたい」という夢が明確になったそうだ。高校卒業後、すぐに弟子入りという選択肢もあったが、まずは基礎技術を学ぶために、武蔵野美術大学に進学した。

勝海:丸山さんは日本最年長の銭湯絵師で、まさに憧れの人でした。だからこそ、生半可な姿勢で弟子入りしたくないと思ったんです。まずは絵描きとしての基礎を習得してから、師匠に会いに行くべきだと。そのために、美大への進学の道を選びました。

勝海さんの入学した学科は、空間演出デザイン学科。銭湯絵師に役立つ「大きな絵」を描くことができるセノグラフィのコースを選択したという。

2年生までは学科内の4コースを順番に回り、課題をこなしていた勝海さん。「ファッション業界やインテリア業界など、異業種のクリエイターを志向する友人との出会いが多かった」と当時を振り返る。彼らとの交流を通じて得た、ある気づきを教えてくれた。

勝海:美術の専門学校で技術をひたすら磨き込んできた人が、先生にいざ「自由に描いてごらん」と言われたときに、何も描けない光景を目にしたんです。その方は決して例外ではなく、同じような壁にぶつかる人が多いことも、先生方から伺いました。技術力が高いだけでは、自由に"自分の絵"を描けずに、"浅い絵"しか描けないと知ったんです。

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反対に、"魅力的な絵"の描き手とも出会ったという。

勝海:デッサン力がなくても、魅力的な絵を描く人もいました。彼らに共通していたのは、ターザンのように自由奔放な人生を送っていること。好奇心旺盛で、幅広い人付き合いをしている人たちでした。そんな彼らの姿から学んだのは、人の心を打つ絵を描くためには、豊かな経験をして根本的な"人としての魅力"を磨かなくてはいけないこと。そのときに「心の豊かさを磨くために色々なところから吸収しよう」と決意したんです。

"豊かな経験"の第一歩として、勝海さんがはじめたのはモデル活動。きっかけは、ファッションデザイナーを志望する友人のショーに出演したことだったが、そこから派生して仕事が発生し、フリーランスモデルとしての活動をスタートさせた。

勝海:モデルの仕事は未経験でしたが、ショーや撮影の現場で色々なクリエイターさんと出会えることが楽しくて...。はじめはフリーランスで活動していましたが、仕事の選び方など、自分で判断できない部分も増えてきて、今は事務所に所属しています。

しかし、事務所には「モデルをずっと続けていけるかどうかはわからない」と正直に伝えています。私の夢はあくまでも銭湯絵師。仮になれなかったとしても、"絵を生業にする"と決めています。その気持ちに理解を示してくれたので、今の事務所を選んだんです。

モデルの仕事は、"絵の具になる"こと。モデル業を通じ、プロクリエイターのこだわりを学ぶ

モデルをはじめたことで、勝海さんは自分を客観視するようになった。

勝海:はじめ、容姿や雰囲気といった外面的な要素だけで判断されることには若干の抵抗がありました。しかしそれらの要素も、性格や趣味嗜好と同じで、自分の「個性」だと気づいたんです。モデルの仕事をはじめたことで、自分の容姿も自分を培う要素の一部であることを改めて実感できました。

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絵描きとモデル。手法は違えど、どちらも"表現者"である。勝海さんは、2つの表現における、視点の違いを挙げる。

勝海:絵を描くときは、キャンパスに絵の具を塗って表現します。モデルは、その絵の具になって作品の一部になるイメージです。写真家の方が持っているイメージにできるだけ近づくために、指示通りに動いています。

今年6月には、世界的デザイナーであるコシノジュンコ氏がパリで行ったファッションショーにも出演を果たした。着物姿でランウェイを歩いた勝海さんは「日本代表として挑みました」と華の舞台を振り返る。

勝海:コシノジュンコさんは東京藝術大学の講師でもあるので、そのご縁が後押ししてくれたんです。世界的にご活躍されている方とお仕事をさせていただけて、本当に光栄です。

コシノさんや写真家の方々、モデルのお仕事でお会いするクリエイターは、仕事に妥協がありません。徹底的にクリエイティブに向き合う姿に、いつも刺激を受けています。「みなさんからあわよくば美的感覚を吸収したい」と思いながら、現場に臨んでいるんです。

「新しい観点で銭湯絵の魅力を受け継ぎたい」。念願の弟子入り後も、芸大院で研究を重ねる

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武蔵野美術大学の卒業制作作品「still life」は優秀賞を受賞 「静寂な風が微睡む中、微笑みを返してくれる117人。人間の感情の抱えきれないほどの豊かさを人種、性別、年齢、表情が全く異なった何人もの姿 を借りて表現した(勝海さん)」

武蔵野美術大学で"基礎技術の習得"を終えた昨年9月、勝海さんは積年の思いを遂げるために、丸山さんの個展へと足を運んだ。

勝海:憧れの丸山さんにご挨拶をする為、自分の作品を持っていきました。いつか師匠が認めてくれたときにはじめて「弟子」と呼んでほしかったので、自分からは「弟子にしてください」とは言えず...。「おそばにつかせてください」とお願いしたんです。すると「じゃあ明日の現場に来る?」とすぐにお声を掛けて頂きまして私の修行生活がスタートしました。

すぐに現場に同行できたものの、師匠から絵を描くための刷毛を手にしたのは、修行開始から2ヶ月後のことだったそうだ。

勝海:まずは見て学ぶべきだと考えていたので、最初はひたすら師匠の仕事ぶりを見ていました。道具を置く場所や片付ける順番などにも意味があるので、まずはそこをひたすら覚えていて。初めて現場に入った日から2ヶ月後のある日、急に「はい」ってローラーを渡されて、空を塗らせていただいたのですが、あのときは嬉しかったですね...。

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師匠である丸山清人さんとの仕事風景

師匠である丸山さんは、日本最年長の銭湯絵師で、その道60年以上の大ベテランだ。勝海さんは、そんな師匠の姿から"プロの在り方"を学んでいるという。

勝海:師匠は自分の仕事に100点をつけることがないんです。この道60年以上のベテランなのに、いつも「まぁまぁな出来だ。もっと出来る」と仰っていて。その向上心が素晴らしいと思いますし、自分も常に持っていたいですね。

さらに勝海さんは、師匠からのアドバイスも教えてくれた。

勝海:師匠にはいつも「銭湯絵師以外にも職を持ちなさい」と言われています。銭湯の数はどんどん減っていて、いずれは無くなってしまうかもしれない。だから、他の道も念頭に置くべきだと。

しかし「銭湯絵師になりたい」という想いは常に心にあります。私は新しい観点で、銭湯絵の魅力を受け継ぎたいんです。そのためには、もっと広い視野を持って芸術について思考することが必要だと感じました。そのために、東京藝術大学の大学院に進学し、より深く芸術に向き合っています。


大学院での研究テーマは「日常と融合した絵画」。勝海さんは、小学生の頃に感じた"庶民文化の中にある日本人の美意識"に訴えかける絵画を模索している。

勝海:私にとって銭湯絵は、"日常のなかで楽しむアート"です。その定義が同じであれば、もし銭湯が無くなってしまったとしても、別の形で「銭湯絵」を再現することができるかもしれない。自分にしか描けない唯一無二のアートを模索しています。

出会いの数と経験が人を豊かにする。パラレルキャリアによって培われるのは、唯一無二の"個の強み"

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2つの肩書きを持つことで、勝海さんは着実に"豊かな経験"を重ねているように見える。それは表現者として、大きな強みと言えるだろう。

勝海:モデルとして「自分にしかできない仕事」をすることや、様々なクリエイターさんや師匠といった"プロ"の仕事を間近で見ることが、自分の糧になり、人間力が磨かれていると感じます。

もちろんひとつのことを愚直に続けてきた人は、それ自体が強みになる。しかし世の中に絵を描く人がたくさんいるなかで、「あなたに描いてほしい」と指名してもらうためには、自分にしかない"なにか"が必要だと思います。

そのためには、やれることはなんでもやってみて、豊かな経験を重ねることが重要です。異なるフィールドでの経験がつながって、ひとつの線になったときに唯一無二の強みになると思います。


何かを成し遂げる上で、決められたやり方をきちんと身につけることはもちろん重要だ。しかしそれだけでは、オリジナリティは生まれない。これは作品をつくるアーティストだけでなく、すべての仕事にも通ずることだ。画一的なスキルを持つだけでは、どの業界にいても埋もれてしまうため、"個の魅力"を磨く必要がある。

勝海さんは夢に向かって真っすぐに進み、求められることに全力で応えて唯一無二の"個の魅力"を磨いてきた。彼女のように、まずは自分が「やりたいこと」と「やれること」をどちらも全力でやることが、自分の魅力を最大限に引き出す秘訣なのかもしれない。

取材・執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



撮影:萩野格

広告プランナー/フォトグラファー。
instagram:@itaru_ha_2

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