新聞+note連動で届けられた、平野啓一郎 新作『マチネの終わりに』-- 物語を全ての世代に届けるための枠組みづくり

2016.03.30 08:00

4/9(毎日新聞出版)発売予定、平野啓一郎氏の新作小説『マチネの終わりに』。毎日新聞、noteという異なるメディア上で同時期に連載された恋愛物語は幅広い読者を獲得した。この小説の担当編集はSENSORSでも以前に『宇宙兄弟』のコミュニティ・プロデューサーとして注目したコルク・仲山優姫さんだ。新聞とWebの両方で物語を展開したことで得られた発見、10人の現代美術家とコラボして行われる『マチネの終わりに』作品展開催の狙いを伺った。

『マチネの終わりに』担当編集 コルク・仲山優姫さん

以前『宇宙兄弟』のコミュニティ・プロデューサーとしても注目した仲山優姫さんに、今回は平野啓一郎氏の最新作『マチネの終わりに』の担当編集者の一人として話を聞いた。小説を担当するのは実は今回が初めてなのだという。新聞・Webという2つの異なるメディアで同時期に連載を走らせながら、作品展も間髪入れず実施するという新たな試みを行った。新聞での連載時の挿絵や、noteで『マチネの終わりに』とコラボレーションした 10人の現代美術家の作品が展示される。
連載の構想段階から来月予定されている作品展までを仲山さんに回顧してもらう中で、随所に"コミュニティ・プロデューサー"たる所以を感じた。「良い作品であれば、あとはどれだけの人の目に触れられるか」に帰着するという仲山さんに、今作で初めて挑んだ試みから得られた気づきについて話を伺った。

■物語がnoteにも載ることで、リアルタイムで読者の声が見える

昨年3月1日より10ヶ月余にわたり毎日新聞で連載され、新聞掲載から10日遅れでnote上にも掲載された『マチネの終わりに』。連載開始前の挨拶に平野氏はこのように記している。

「ページをめくる手が止まらない」小説ではなく、「ページをめくりたいけどめくりたくない、ずっとその世界に浸りきっていたい」小説というのを考えてきました。

何かとくたびれる世の中ですが、小説を読むことでしか得られない精神的なよろこびを、改めて、追求したいと思っています。

♦『マチネの終わりに』連載開始前のご挨拶より

cakesで連載されたのち書籍化されるという事例は少なくないが、noteで連載されたものが書籍化されるというのは珍しいのではないか。ましてや新聞連載がほぼ同時期にwebでも掲載されるのは初めての試みと言える。

『マチネの終わりに』特設サイト トップページより

noteには「スキ」というボタンやコメント機能があるため、リアルタイムに読者のフィードバックが返ってくる。これまで多くの作品を発表してきた平野氏にとっても初の試みであったが、確かな手応えを得ることができたという。

ネタバレになってしまうため詳述はできないが、三谷早苗という女性が物語に登場する。コメント欄を見ていると、当初は早苗の言動にイラついていた人が多かったような印象がある一方で、早苗の気持ちも分かるという人も出てくる。断言はできないが、コメントを読んだことが平野氏の創作に少なからぬ影響を与えたのではないかと仲山さんは語る。

仲山:
連載を重ねていく中で、想像以上に読者の方が登場人物に感情移入していくのがわかりました。通常なら作品を掲載し何日後かに届く感想が、毎日コメント欄に記入されていくわけです。例えば平野さんは『早苗』という人物を完全なる悪者として描きたいわけではきっとなくて、そんな彼女を読者がどう捉えているかはコメント欄から伝わってきます。
はじめは怒りの声が並んでるとして、そこに「彼女にもこういう理由があるんだよ」ということを描いたとき、怒りだけでなく、共感を示すコメントが2~3割増えていきました。平野さんはそのギリギリのバランスを演出していける方ですが、『マチネの終わりに』はweb連載の効果から、さらに絶妙なバランスの演出ができたと思っています。他にも読者のコメントがきっかけで、連想して描写したシーンは、少なからずあると思いますね。

筆者も読者の一人として物語そのものを楽しみつつ、意外な展開を見せる回にざわつくコメント欄に共感することが少なからずあった。こうした物語の楽しみ方はnoteならではのものだろう。

■Webでも公開することで、"小説"を読むことが習慣化された

その回や余白によっても異なるものの、一回の連載の分量は原稿用紙2枚分ほど(800字程度)。新聞の紙面から決まった分量であるが、これがWebにおいても毎日読むのにちょうどよく、習慣化するのに最適だったのではないかと仲山さんは言う。

仲山:
ネット的にも読みやすかった分量だったようで、朝の出勤や夜の就寝前に読んでくださっている方も多く、人の習慣に小説が入り込んでいく感覚がありました。可処分時間を何に使うのかという選択肢が多くある中で、小説が習慣になるのは単純に嬉しいことでしたし、紙の本からの活字離れが進む中で、新たに活字を読む習慣ができるのは素晴らしいことというか...毎日読んでいるという読者の声がコメント欄やPV数で可視化されたことも新しかったですね。

挿絵はカイブツ・石井正信氏が担当

コメント欄が盛り上がる中で、さらに面白い現象も起きた。それが「マチネSkype会議」というもので愛読者たちが次の展開を予想して盛り上がっていたのという。いわば、テレビドラマのような感覚だろうか。

仲山:
今回画期的だったのは、新聞で連載しているものをネットで公開したことです。そもそも、この施策で、読者を増やすことができるのではないかという仮説がありました。映画や漫画にしてもそうですが、良い作品であればあとはどれだけ人の目に触れられるのかが重要になってきます。ただ映画の宣伝のように、プロモーション予算があるわけではありません。少年ジャンプを読んで作品の感想をTwitterでつぶやく人は一定数見込めますが、新聞を読んで小説の感想をつぶやくのは、どうしても人数は限られてきます。
今回の連載は307話から成りますが、毎回3人の人がリツイートしてくれるだけで1,000人に伝わったりするわけですよね。実際はより多くの人が拡散してくれました。10ヶ月の間にURLが拡散されることで、『マチネ』への入口がweb上に無数にできる。読むまでいたらないとしても、タイトルだけは知っている人は確実に増やすことができます。これが正解かは初めての試みなのでまだ分かりませんが、大切なことはまず知ってもらうことなので、価値のあるプロモーションになったと思っています。

■「マチネの終わりに」作品展では、10名の現代美術家とコラボ

307話全ての回にアートディレクターであるカイブツ・石井正信氏による挿絵が添えられている。物語が進んで行くごとに絵も重みを増していき、読後感にアクセントを加える重要な要素となっていた。来月開催される「マチネの終わりに」作品展ではその挿絵の全てを鑑賞できるのだそう。
私も気づかなかったのだが、一枚一枚の挿絵は全て繋がっており、壁一面の壮大な一つの絵として飾られるそうだ。

一枚一枚の挿絵が渦巻き状の巨大な絵を構成している。その制作過程。現在も描き足しているという絵の完成品はヒカリエで公開される。

作品展では『マチネの終わりに』とコラボした10名の現代美術家による作品も展示される予定。うまい棒に仏像を彫る「うまい仏」で知られる河地貢士氏や、東京で撮影したサラリーマンのイラストスタンプ「TOKYO SALARYMAN STAMP」などユニークなスタンプを制作する大嶋奈都子氏らが参加。『マチネの終わりに』という物語からどんなインスピレーションを受け、10名それぞれがどんな作品に昇華させたのかに注目だ。

■「物語」をより多くの読者に届けるためにできること

作品を知ってもらったりファンのコミュニティを育むために仲山さんが行ったのは、新聞とnote両方での連載企画や、作品展の企画のみではない。作品観と親和性の高いゲストを呼んだトークイベントの開催や、章ごとに平野氏本人からnoteに寄せられるコメント、連載が終わる前には特設サイトを制作するなど、作品に関する最新情報が必ず届く設計になっている。その他にも大小様々な施策で読者との接点を増やしていった。書籍が発売される前にここまで作品に思い入れを持った状態で、二度目の読書を行うことも今まであまりなかったため私も楽しみにしている。

「小説」を伝えるための既存の枠組みを取り外し、「物語」そのものをより多くの人に読んでもらうためにはどうすればいいのか?
編集者としての仲山さんの動き方は原稿を取りに行き、作品の感想を言うに留まらない。作品に合わせ様々な乗り物(メディア)を自由に行き来しながら、入口を作り、コミュニティを育てていく。
仲山さんが最も印象的だった感想の一つだと挙げる、90代の女性から新聞に寄せられた「人生の終わりに良い作品に巡り合えました」という手紙や、コメント欄の盛り上がりから発生した「マチネSkype会議」。誰もが心に持つ忘れぬ大切な誰か思い起こさせる作品の普遍性もさることながら、新聞とnote両方で掲載したことがこうした声や反応を呼び起こした。

イベントは4/8-4/18開催、書籍は4/9に発売予定だ。

取材・文:長谷川リョー

SENSORS Senior Editor
1990年生まれ。『SENSORS』や『WIRED.jp』などで編集者/ライター。『PLANETS』では構成を行う。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。東京大学大学院学際情報学府にてメディア論を研究。最近は「人工知能」にアンテナを張っています。将来の夢は馬主になることです。
Twitter:@_ryh

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