誰もが研究者になれる時代〜ニコニコ学会βが実現した、科学のオープン・イノベーションの可能性

2016.01.21 18:30

2011年11月にスタートし、多くの魅力的な研究をエンターテイメントとして一般視聴者に広く紹介してきた「ニコニコ学会β」が、昨年12月、第9回の開催をもってフィナーレを迎えた。専門家だけに向けられたクローズな学会発表ではなく、「科学エンターテイメント」として研究発表をポップに昇華し、ニコニコ動画というプラットフォームを通して広く世に広めていく新しい試みとしてスタートしたニコニコ学会β。ニコニコ学会βが日本のアカデミア、および社会に与えた影響とは何だったのか?
第3回、第4回に登壇および運営に関わった筆者(市原えつこ)が熱気にあふれた最終回の一部セッションの模様と、ニコニコ学会βの魅力を紹介する。

■ほとばしる野生と狂気。ニコニコ学会β名物セッション「研究してみたマッドネス」とは何か

拍手マシン「音手」、うるさく喋り続ける相手を黙らせることのできるデバイス「Speech Jammar」、医師が起こしたオープンイノベーション「日本うんこ学会」。ちょっと何を言っているかわからないかもしれないが、これらはニコニコ学会βの名物セッション「研究してみたマッドネス」の発表内容の一例だ。
ユーザー参加型学会「ニコニコ学会β」では、やむにやまれぬ衝動にかられて研究をしてしまった研究者をプロ・アマ問わず「野生の研究者」と定義し、彼らの研究成果を積極的に世へ伝えてきた。

「研究してみたマッドネス」の発表時間は泣いても笑ってもたったの3分間。厳しい時間制限の中、野生の研究者たちは熱く濃く自らの研究成果を発表していく(ちなみにこの早口芸が昇華されまくった結果、もはやHIPHOPのような芸術の領域まで到達する登壇者もいる)。

今回の「マッドネスマックス~研究はデスロード~」では、過去に登壇した強者揃いの登壇者を大集結させ、総勢30名の研究者がテーマごとにジョイントを組み、怒涛のように発表していった。今回はニコニコ学会βの終了に寄せ、「ニコニコ学会β」で発表して、その後どのように自身の研究や人生が変化していったのか、ということを紹介する発表者も多くいた。 今回は筆者が司会進行を担当した「シーン2 ニコニコ研究を作る~『技』~」を中心に一部の発表を紹介するが、発表内容は全編、無料でニコニコ生放送タイムシフトで公開されているので、興味を持った方はぜひ他のセッションもご観覧いただきたい。

シーン2の司会は、東京大学の稲見昌彦教授と、筆者(市原えつこ)で行った。ニコニコ生放送のコメントがリアルタイムで流れる会場は独特の緊張感がある。(撮影:石澤瑤祠)

■進化し続ける拍手マシン「音手」「パチパチクラッピー」

よしもとロボット研究所でPepperの開発にも携わっている、バイバイワールド代表の高橋征資氏は「拍手マシンのそれから」という表題で発表。

登壇シーンでは、拍手マシンによるセルフ拍手という斬新なソリューションが披露された(撮影:石澤瑤祠)

もともと第一回のマッドネスではリアルな拍手マシン「音手」で登壇した高橋氏。初期「音手」は高橋氏本人の手をそっくりそのまま模った、超リアルな拍手マシンであった。その後、エンターテイメントに特化した活動をはじめるため、自らのクリエイターユニット「バイバイワールド」と「よしもとロボット研究所」の二拠点で活動を始めたという。
よしもとではPepperのコンテンツを公式発表の3年前から開発し、Pepperラップや、孫社長との漫談や、ロボギャグなどのエンターテイメント系アプリケーションを手がけた。その一方で、バイバイワールドでは「拍手をどんどん極める」に特化した活動を実施。手の音がなるモデルを突き詰め、拍手音を改良したという。一人で二人分の拍手をできる「パチパチクラッピー」という玩具も発売した。
高橋氏の拍手への熱い挑戦は終わらない。今後も、拍手マシンは様々な改良をされていく。

■第三次ロボットブーム到来〜燃える男の野生のメカ

3年前に、自作の「歩くスケボー」をひっさげてニコニコ学会βに登壇したVagabond Works 山本隆司氏は、「オレの墓標に名はいらぬ!!」 という表題で日本におけるロボット開発の歴史と、自らの取り組みについて発表した。

1985年は第一次ロボットブーム。山本氏も、万博で動くロボットを見て大興奮したという。それから15年たち、ASIMOやAIBOをはじめとした2000年のロボットブームの時代、山本氏は家庭用ロボットに開発者として携わった。
その頃、仕事とは別で手乗りサイズの小さいロボットを作っていた。そこにはロボットを作る方法をWebで公開して、ロボットをつくる人を増やしたいという目論見があった。実際に真似した人も増えてきたという。
また15年たち、三度目のロボットブームが起きた。今回は通信のワイヤレス化などの進歩があったが、物理的な世界でロボットができることにはあまり進歩はないのでは?というのが山本氏の見解だ。

bCoreを用いてスマホでミニ四駆を動かすVagabond Works 山本隆司氏(撮影:石澤瑤祠)

山本:
メディアが煽って「ロボットによって人間の仕事が奪われる」という論が広まっているが、実際そんなのことはなく、まだまだ階段の一段目ぐらいです。でも、いつかは完成に導く異才、奇才、天才が現れてブレークスルーが起きるかもしれない。 今足りないのはブレークスルーの下地として、地道にロボットの進展に貢献する人材です。そこで、プログラムのかけない人でもロボットを動かせる「bCore」というモジュールを開発しました。これで、誰でもロボットがつくることができます。

■野生の研究者は宇宙に挑めるのか?答えは「YES!」

宇宙研究というと、一般的には大企業や大学などの研究機関が巨額を費やして実行するものだというイメージがある。しかし、やむにやまれぬ衝動により、無謀にも宇宙に挑んでしまった野生の研究者がいた。

その一人がスペースエンターテインメントラボラトリーCEO、金田政太氏だ。「やむにやまれぬ衝動で宇宙に挑んだ研究ロード」という表題で、宇宙に挑んだ自身の挑戦を語った。野生の研究者は、果たして宇宙を切り開くことができるのだろうか?

株式会社SEL代表、金田政太氏。冒頭で「野生の研究者」を「やさいの研究者」と言い間違えるアクシデントがあり、コメントが「野菜」で埋まった。(撮影:石澤瑤祠)

金田:
ニコニコ学会βでは、ボーカロイドで史上初の月面音楽ライブをするための研究で以前発表しました。ただ、当時は技術コンセプトはできていたものの、実際にそれを実施できていたわけではありませんでした。
その後、成層圏で実験しよう!という決意のもと、ついに実際に成層圏での音楽ライブに成功。このシステムは、大手自動車メーカーの広告にも応用することができました。現在は、宇宙総合格闘技の研究を進めています。この技術は、宇宙空間で着る衣類の開発に応用予定です。

金田氏は、これらのプロジェクトで出会った仲間たちと株式会社SEL(スペースエンターテインメントラボラトリー)を立ち上げたという。
冒頭の「野生の研究者は宇宙に挑めるか?」という問いに対して、金田氏は「YES」と断言した。これらの実績は「野生の研究者」が野生たるゆえんである、「やむにやまれぬ衝動」を持ち続けていたからこそ、達成できたことだと語る。野生の研究者による衝動は、宇宙をも切り開くことが証明された。

■"マッドネス"を作る。ニコニコ学会β座長体験者セッション

ニコニコ学会βの運営として多大なコミットメントをしてきた湯村翼氏は、「ぼくとわたしとニコニコ学会β」 という表題で運営活動について語った。

ニコニコ学会βの分科会である「宇宙研究会」立ち上げなど、精力的に運営として活動してきた湯村氏(撮影:石澤瑤祠)

湯村:
ニコニコ学会βに出会ったのは2011年。当時勤めていたクウジットという会社がスポンサーをやっていることを知り、第一回の会場に足を運ぶことができました。「これはすごい!自分も出たい、見てる場合じゃない!」と思い、次の回では早速ポスターセッションに参加。ポスターには「リアルタグ」で来場者から様々な感想が貼ってもらえて、Twitterではいろんなコメントをもらえました。
もっともっと参加したい!という悪循環にはまり(笑)、運営側としてお手伝いしたり、登壇したり、座長をやったり、分科会として「宇宙研究会」を立ち上げたり。すごく楽しかったし、この5年間で本当にたくさんの仲間ができました。面白そうなコミュニティを発見したら、勇気を出して飛び込んでほしいと思います。きっと素敵な仲間ができるはずです。

「作ってみた を仕事にしてみたマッドネス」では、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)在学時に「研究してみたマッドネス」座長を経験した古山善将氏が、卒業してからの変化について語った。

「Ubi-Camera」をひっさげてニコニコ学会βに登壇してからの変化を語る古山氏(撮影:石澤瑤祠)

古山氏はIAMAS在学中に、指で四角をつくった構図で写真が撮れるデバイス「Ubi-Camera」を開発。Engadgetに掲載され、英語圏から多くのリアクションがあった。その流れでテレビ番組に出たり、大規模な研究プロジェクトであるERATOプロジェクトにもインターンとして参加することができたという。

古山:
テレビに出てみて、メディアの向こう側も意外と地続きだということがわかりました。また、活躍している研究者やクリエーターと画面の向こう側ではなく対面で会うと、意外と対抗心がでてくるのが発見でした。

古山氏はその後、ユカイ工学へ就職。「四次元ポケットPROJECT」というクライアントワークで「望遠メガフォン」というプロダクト作りに挑戦した。『ドラえもん』に出てくる「ひみつ道具」で、ねらった相手にだけ声がとどくというもの。自分の手がけたものが新聞広告にも、CMにも出現するのはまさに「公式作ってみた」だと感じたという。 そして直近では1→10 designに転職したという古山氏。スキルには仕事もプライベートにも差はない。仕事で得た技術を個人制作のクオリティにも活かしたいと語る。

■ニコニコ学会βがもたらしたものとは何だったのか?

本セッションは合計6名の司会で進行した。左から、筆者、女優の池澤あやか氏、テクノコスプレ研究会主宰のあしやまひろこ氏、今回の座長も兼任したくとの氏、国立情報学研究所教授の武田英明氏、東京大学教授の稲見昌彦氏。(撮影:石澤瑤祠)

怒涛の発表を終え、司会陣からは驚嘆のコメントが相次いだ。

市原:
初めは変態だとしか思えなかったような突飛な研究が、気付けばビジネスとしてもスケールしていった。成功するものの種って、最初は変態なんだなと思いました。
武田:
僕ら、みんなの人生変えちゃいましたけど、大丈夫なんでしょうか?

最後に、今回の大規模なセッション座長を果たした、ニコニコ学会β運営委員長のくとの氏にコメントをいただいた。

くとの:
「研究してみたマッドネス」は、ニコニコ学会βが進めてきた「ユーザ参加型研究」を体現したセッションです。これまで、プロ・アマを問わない「野生の研究者」が登壇して熱い発表を繰り広げてきました。今回の「マッドネスマックス〜研究はデスロード〜」は一見するとその総集編なのですが、単にそれぞれの人の研究を紹介するのではなく、研究という生き方、研究が変えた人生といったテーマを押し出しました。無料視聴できますので、ぜひニコニコ生放送のタイムシフトでご覧ください。
今や、研究というのは大学や研究所に所属するプロだけのものではありません。「野生の研究者」というのは、プロかアマかなんていう二分法にとらわれない、いわばナチュラルボーンな研究者という生き方なのです。学歴や育ちに関係なく、誰もがその素質を持っているはずです。

野生の研究者たちが自身の研究ロードを爆進する姿は、多くの人を触発し、新たな「野生の研究者」を生んでいくことになるかもしれない。研究は一部の専門家だけに開かれたものではなく、「知りたい」という知的好奇心があるかぎり全ての人が研究者になり得る。ニコニコ学会βがもたらしたのは、研究をオープン化することによる社会のダイナミックなイノベーションの可能性だった。
ニコニコ学会βシンポジウムは今回の第9回でファイナルを迎えたが、「研究してみたマッドネス」は2016年4月29日(金・祝)・30日(土)のニコニコ超会議2016でも開催予定とのこと(こちら)。興味を持った方は参加してみてはいかがだろうか。

取材・構成:市原えつこ

1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。学生時代より、日本特有のカルチャーとテクノロジーを掛け合わせたデバイス、インスタレーション、パフォーマンス作品の制作を行う。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラインターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、脳波で祈祷できる神社《@micoWall》等がある。2014年《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》で文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出。

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