"現代の魔法使い"落合陽一のフィロソフィー 【後編】"デジタル"と"ネイチャー"の区別のない世界を創り出す

2015.10.13 19:00

自然と計算機がミックスされ分断不可能になった世界観【デジタルネイチャー】を科学し、哲学し、実装することで未来を目指す現代の魔法使い・落合陽一氏。今年発表された新作『Fairy Lights in Femtoseconds』は強力なレーザーによって、プラズマで描いた絵と空気中でインタラクションすることが可能になっている。「20世紀は映像の世紀、21世紀は"魔法"の世紀」となることを予見する落合氏が描くアートとテクノロジーが融合した未来の社会、そして人間の姿とは?(【前編】最新作『Fairy Lights in Femtoseconds』と"メディアアート"の定義とは

■自然とデジタルが融け合う世界【デジタルネイチャー】

岩本:
落合さんが提唱されている【デジタル・ネイチャー】という概念について教えていただけますか?
落合:
ミトコンドリアって細胞の中に発電機みたいなものがあって、昔人間が真核生物だったときに体の中に取り込んだんですよね。だから、我々は全然違う遺伝子を二つ同時に持っているんです。同様に、僕はコンピュータと人間も違う腹から生まれた兄弟だと思っていて、まるっきり違うように見えるものをどうやったら一括りの自然の中に収めることができるか。これが一つの問いで、人間がコンピュータの下部組織なのか、もしくはコンピュータが人間の下部組織なのか。これって分からないんですよ。だから、どっちも一括りにした自然を考えたほうが今の時代にとっては合っているんじゃないかと思ったんです。
「デジタルとか嫌だよね」って言ってるおじさんもWordで文書作成したりしているわけじゃないですか。アナログの紙でさえもデジタルで作られている。こういう状況の中で、コンピュータと自然を区別するよりは"デジタルネイチャー"と呼んだ方が分かりやすいのではないかということです。つまるところ、ユビキタスとかIoTとかを突き詰めた先に、マークワイザーの言うカームテクノロジーの世界があって、それはきっと電化・非電化に関わらずデジタルリソースの恩恵を得られるような超自然が実現すると思うんです。人か計算機かも区別なく、上位構造も下部構造も存在しない自然。
岩本:
ハッとする反面、ちょっとゾッとしますよね。
落合:
僕は人間とコンピュータはほとんど同じものだと思っているので、ターミネーターのような未来は来ないと思っています。本質的に人間はコンピュータを使っているし、コンピュータも人間を使っているんですよね。スマホはコバンザメみたいに人間にくっついて回ってるし、人間はそこから恩恵を得ている。共生です。
そんな状態をもっと推し進めていくために、例えば、データに物質性を持たせて触れる光を作ったら、もっとコンピュータって我々の側に来てくれるじゃないですか。そして我々は装置の存在を自覚しなくなる。自然に溶ける。そういうものをどうやって考えていくのかっていうのがうちの研究室のモットーですね。

■8歳で出会ったコンピュータグラフィクス

岩本:
幼少の頃から振り返って頂いて、どのような経緯で今の考え方に至ったんですか?
落合:
8歳のときにWindows95に入っていたコンピュータグラフィックスのソフトで絵を描き始めたので、僕にとったらCGってすごい当たり前のものなんですよ。
岩本:
早々とコンピュータに目覚めたのは誰かの影響があったんですか?
落合:
うちの父親は文系で全くコンピュータも分からないんですが、すごい面白い人なんです。僕が3歳くらいの頃から「お前はサラリーマンになるな」と言われ続けてきました。他人が作ったビジネスモデルや価値を使って、お金を稼ぐ人になるなってことなんですね。自分で社会に価値を生み出すような方法を作っていけというようなメッセージだと思うんですが、それがすごく重要だと思います。
岩本:
お父様は今の落合さんの活躍とか作品を見て、なんとおっしゃっているんですか?
落合:
この前、真顔で「タイムマシンはいつ作れるんだ?」って言ってましたけどね。
岩本:
なんて答えたんですか?
落合:
うーん、sometime(いつか)みたいな(笑)父親は僕が言ってることは1%も分かっていないんだけど、「そうか、そうだな」と楽しいのは伝わっているみたいですね。

■"質量"があることがダサい−3次元空間に溶け込んだインターフェイスで世界を再創造できる

岩本:
20〜30年後はどんな未来を思い描いていますか?
落合:
コンピュータは好きなんですけど、あの形が嫌いで...。スマホにしても、以前猪子寿之(チームラボ)さんと対談したとき「"質量"があることがダサいよね」っていう話になって、スマホも何で持ち上げているのか分からないですよね?
だって、例えばスマホの機能を持ったガラスが一枚あればいいだけですよね。なるべくならノートパソコンなんて持ち運ばないで、全てのことが完了できるといいですよね。コンピュータができることできないことを分けて、どうやったらこの世界を良くするインターフェイスを作れるかを考えるべきだと思います。3次元空間に溶け込んだコンピュータ・インターフェイスが浮いていたり、動いていたりするような世界も創造できるんじゃないでしょうか。
岩本:
それがデジタルネイチャーの行く末ですか?
落合:
実は僕の目の中にもレーシックとは違った直接目に含むインプラントが入っていたり、こういうものってどんどん増えていきます。身体に埋め込んだり、知能が増えたり、そういう技術が進んでいくと、例えば僕らの身体の中の50%以上が一回計算された後に出てくるものになっていく可能性がある。一人一人が違ったデジタルサプリメントを摂って、僕らの内臓も半分デジタルで計算された通りに構築されていくかもしれない。人間が認知する空間の側からも人間と浮いている映像が区別できなくなるかもしれない。
そうした世界の中でどうやったら我々は新しい自然観を獲得できるか。モノの形も変わるし、我々自身も変わっていく中で、どんどん人間とコンピュータの区別もつかなくなってくる。それでいて、穏やかで楽しい世界をどうやったら作れるか。そうしたらエンターテイメントを忘れちゃいけないし、新しい映像が見たいわけじゃないですか。なのでそういう装置もどんどん作っていくべきだと思っています。
岩本:
そういう未来はちょっと怖くないですか?

【左】SENSORSブルー・岩本乃蒼 【右】落合陽一氏

落合:
全然怖くないでしょ、ウェルカム。だって僕コンピュータになりたいもん(笑)僕の想像では、30年後にはTwitterのBOTが僕の代わりに授業をやってくれていると思うんですよ。自分自身が色んなところに存在するようになっていくということはデジタルコピーを許容することだと思うんですが、そんな世界を早く創りたいんですよね。例えばプラズマでできたホログラムが大抵のことはやってくれるかもしれない。そんな未来が来たらいいですよね。つまり我々が計算機との融合の中でどうやったら新しい種族に生まれ変わることができるのか、っていうことです。

■人類が文化的に培ってきたものを表現に変え、テクノロジーで世界をより自由に

岩本:
落合さんにとってテクノロジーとはどういう存在ですか?
落合:
今の時代は、アートもテクノロジーも区別がつかないと思っています。これから僕にとってのテクノロジーは、どうやったら人類が最大到達可能な知識を使って自分が考えていることを世界に作れるかというのが"テクノロジー"だと思います。それはアートで今前衛アーティストが行いたいことも同じだと思います、我々は今何を最大のクリエイティビティで表現できるのか。
岩本:
世の中にテックが溢れすぎていて、「テクノロジーとは何ぞや?」というところでみんな困っているような気がします。
落合:
小学生が描いた絵とゴッホが壁に描いた絵って、どっちも絵なわけですよね。それに優劣をつけるのって、どちらの方が心に響いたのかだったりします。それってテクノロジーも同じだと思うんです。人間の心をどれだけテクノロジーが動かしたかによって評価される世界。理系の頭でロジックを使って区別するような世界ではもうなくなっていて、その中でどれだけジャンプできるか。どれだけ人と違ったことをするか。
加えて、どれだけ人類が文化的に培ってきたものを表現に変えられるか、それをやり続けていればあらゆるテクノロジーが世界をよくすると思っています。文化の面でも、技術の面でもね。コンピュータがもたらす理路整然たるカオスが僕らの創造性を開花させていくんじゃないかと思うし、それって平穏で幸福なんだと思います。

落合氏が類まれなる技術と発想で、発表する0から1の作品群の背景には、本人が「コンピュータになりたい」とまでいうように、自然とデジタルとシームレスに融け合った【デジタルネイチャー】という世界観がある。

次はどんな魔法を我々にかけてくれるだろうか?

"現代の魔法使い"落合陽一のフィロソフィー 【前編】最新作『Fairy Lights in Femtoseconds』と"メディアアート"の定義とは

文:長谷川リョー

1990年生まれ。フリーライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。「BOSCA」編集長。東京大学大学院学際情報学府在籍。@_ryh

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