縦型動画にドキュメンタリー性を感じる理由。スマホ時代のコミュニケーションをメディアの観点で語る

2018.12.24 18:00

「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは写真家・映像作家の奥山由之氏だ。

全5回にわたってお届けする第2弾記事では、奥山氏の掲げる信念「意識的に無意識をつくる」「フィルムで撮る」をテーマに行われたディスカッションの様子をお届けする。

前半は、"全編スマホ撮影"で大きな話題を呼んだnever young beach「お別れの歌」のミュージックビデオを一同で鑑賞。「縦型動画にドキュメンタリー性を感じる」と話す奥山氏に、落合がメディア学の観点からその理由を解説した。

後半は、フィルム撮影にこだわる奥山氏に、その理由について話を伺う。多くのフィルムカメラを愛用し、「利便性だけを理由にデジタルカメラを選ぶことはしたくない」と話す奥山氏の、写真表現に対する真摯な姿が垣間見れた。

共に表現者である落合、齋藤との対話から、奥山氏が持つ「表現への熱き想い」を解き明かしていく。

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(左より)奥山由之氏、齋藤精一

縦型動画には"リアリティ"が宿る。"全編スマホ撮影"のミュージックビデオが感情移入を誘う理由

草野:
それでは、次の信念について伺いたいと思います。「意識的に無意識をつくる」です。
奥山:
まさにその信念を体現したのが、この作品です。

奥山氏が流したのは、2016年に自身が監督を務めた、never young beach「お別れの歌」のミュージックビデオ。全編スマホ撮影で、「彼氏が撮影した彼女との日常」を再現したフェイクドキュメンタリーだ。彼女役を演じたのは、人気女優の小松菜奈氏。リアリティある映像は多くの若者の心を掴み、公開後僅か5日で再生回数30万回を記録した。本作は、齋藤が審査員を務めた第21回文化庁メディア芸術祭にて、審査委員会推薦作品に選出されている。

奥山:
以前から、「スマホで撮影した映像は、ドキュメンタリー性が高い」と感じていたんです。ただその理由は、スマホで撮影された映像のほとんどが実際にドキュメンタリーだから、ということだと思うんです。スマホの普及とともに、縦型映像が僕らの生活に入り込んできて、それらのほとんどは当然日常の中で撮影された、ある種のドキュメンタリーだった訳で。僕らは、無意識のうちに、縦型=ドキュメンタリーの意識を刷り込まれていた。縦型、広角レンズ、クリアな色合い=ドキュメンタリーである、と。縦型だと画面に幅がなく、人物以外の余計な景色が入らないので、皆がスマホを用いて無意識に撮影したくなる映像と親和性が高いんですよね。身近にいる人物にフォーカスすることが多い。だから、いくら有名な役者さんがお芝居をしていても、無意識に刷り込まれている意識によって、絶妙なリアリティを脳内で錯覚してしまう。「恋人との別れ」をテーマにしたこの曲には、恋人との日々を記録した動画を記録的に見ていくような映像がぴったりだと思ったので、実践してみました。
落合:
たしかに「別れた彼女との思い出を見返している」ようなリアリティがありますね。
奥山:
僕らがなぜ、縦型動画にすぐ馴染むことができたのか、気になりますね。映画やテレビなど、普段目にしている映像作品は横型なのに、スマホが登場したとき、横向きにして動画撮影する人は少なかった。
落合:
1973年にゼロックスが開発したコンピューター「Alto(アルト)」は、縦型の液晶画面なんですよ。その後にダイナブック構想で出たコンピューターも、縦型でした。しかし、パソコンで映画などの映像作品を視聴できるようになったので、横型液晶に変わっていったんですよね。
奥山:
そうだったんですね。
落合:
二人称視点、つまり相手と自分がいて成立するメディアは、縦型が主流ですね。僕は大学でメディア学を教えているので、そういった分析もしているんです。動画を介してコミュニケーションできる「Snapchat」なんかはまさに、縦型画面だからこそ成り立つメディアです。このミュージックビデオも二人称視点だから、より身近に感じるし、音よりも映像のインパクトが強い。そこがすごく良いですね。
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(左より)齋藤精一、落合陽一、草野エミ

奥山:
撮影に入る前、色んな人のスマホに入っている、恋人を撮影した動画を見せてもらったんです。すると、いくつかの共通点が見つかりました。まず、長尺のものが多い。つまり、意味のないシーンばかりなんです。撮っているタイミングにも傾向があって、やっぱりどの動画も楽しそうで、被写体の表情も豊かでした。そして画角にも共通点があって、近い距離感で撮られたものがやっぱり多い。場所も屋内である場合がほとんどです。それらの傾向を、作品に散りばめました。
齋藤:
初めてこの作品を見たときに「奥山さんはこの女優さんと付き合っているんじゃないか」と思いました(笑)。被写体との距離がすごく近いから。普通、こういう絵は被写体との関係値がないと撮れないんですよね。僕の知り合いの映画プロデューサーも、出演者との関係値をつくってから撮影に入ると言っていましたし。
奥山:
もちろん、撮影で何回かしかお会いしたことのない方ですよ...。
齋藤:
好きになりませんでした?
落合:
齋藤さんが、飲み屋の面倒くさい人みたいになっている(笑)。すげえハマってるじゃないですか。
齋藤:
そう、ハマってるの。あの撮り方って、なかなかできないですよ。女優さんの演技も、撮影も、もちろん使っている機材や自然光のライティングも、細部まで計算し尽くされてますよね。

この作品を見ていると、人生の引き出しを開けられているような感覚に陥いるんですよ。ああいう映像って、誰しもが撮っているものなので。これはさっき話していた「少人数に向けて作ったものが大勢の心に響く」という話にもつながりますよね。一人ひとりの引き出しを開けていくことが、共感につながっていくというか...。
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奥山:
忘れていたような「引き出しを開ける」のを意識的に行うのが、すごく難しいんです。本人も忘れかけていたような些細な感情を呼び起こすことなので、簡単なことではありません。なので、あらゆるプロフェッショナルの力を集結させて、意識的に無意識をつくりだしました。髪型もちょっとずつ短くしたり、背景美術も実はかなり作り込んでいるんですよ。無意識に日常にあるものを意識的に配置するために。
草野:
撮影期間は、どのくらいだったのでしょうか?
奥山:
1日半の撮影で、「誰かのスマホに入っている約3年分の記録」という定を再現しました。まず普通に編集してみたら、2時間超の作品になったので削って削って、10分以内に収めました。
落合:
スタイリングも大変そうですね。
奥山:
小松さんがマスクをつけているシーンがあるですが、スタイリングを担当した伊賀大介さんが「現実にはマスクをつけている人が多いのに、映像作品ではつけている人がいないよね」と仰っていました。無意識に行なっている"マスクはをつける"行為は、意識的につくられた映像作品には登場しない。だからこそ、意識的に無意識を取り入れることで、ドキュメンタリー性の高い作品に仕上げました。

"刹那"を伝えるために、フィルムで撮る。奥山由之の写真には、なぜ共感が宿るのか?

草野:
それでは3つ目の信念にいきましょう。「フィルムで撮る」です。奥山さんは、すべての写真をフィルムカメラで撮影されているんですよね?
奥山:
はい。フィルム写真はデジタル写真に比べて、写真の選定が冷静にできるんですよね。撮ったその瞬間に確認できるとなると、撮影者の温度感や興奮も影響した上で判断することになってしまう。けれど写真って、すごく刹那的な表現じゃないですか。だからその時によって捉え方も大きく変わる。

フラットな視点で「いい写真」を選ぶためには、一度冷静になる必要があるんです。フィルム撮影にこだわるのは、シャッターを切ってから写真を確認するまでの間の時間を強制的につくるため。そうしないと、本当の意味で鑑賞者に寄り添った意識で写真が選べないと思っています。もちろん、フィルム写真の質感や色味が好きだということもありますが。
落合:
デジタル撮影とフィルム撮影では、シャッターを切る瞬間の心構えが全然違いますよね。デジタルカメラだと、撮影した画(え)をすぐにモニターで確認できるけど、フィルムカメラは現像するまで、どんな画が撮れたのかわからない。まるで、ガチャポンのようだと思います。
草野:
落合さんはデジタルカメラとフィルムカメラ、どちらをよく使いますか?
落合:
たまにフィルムカメラも使うこともありますが、デジタルカメラの方が多いです。小学生の頃からデジタルカメラを使っているので、使い慣れているんですよね。
奥山:
デジタルカメラとフィルムカメラって、どうしても地続きに語られてしまいますが、卓球とテニスくらい違うものだと思います。写真に対してのアプローチが全く異なるんですよね。
草野:
「写ルンです」も愛用されているんですよね?
奥山:
そうですね。POCARI SWEATの広告写真の撮影でも、使用しました。
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奥山氏の写真集「POCARI SWEAT」より

約300人の高校生が踊る姿を捉え、"たった一枚で受け手の感情に強く残る"という広告写真の本質に挑んだ「POCARI SWEAT」の駅貼りポスターは、広告業界でも高い評価を得た。スタジオには、1万を超えるカットの中から厳選した写真約123点が収録された写真集「POCARI SWEAT」が用意され、一同が鑑賞した。

奥山:
シャワーを浴びているこの写真は、「写ルンです」で撮影したものです。
落合:
これはなかなか撮れない瞬間ですね。こういう派手な色合いとかは、最新の撮影機材で出すのは難しいんです。2枚しかレンズがついていないような、使い捨てのカメラじゃないと出せない。最近は「写ルンです」のような絵が撮れるレンズも出ているんですよ。うちのラボにも何個かあって、みんなで触っています。
草野:
奥山さんは、何種類のカメラを使い分けているんですか?
奥山:
20種類くらいです。状況によって、何を使うかを判断します。光の入り具合などをみて、最適な機材を選んでいます。
草野:
デジタルカメラでは、絶対に撮らないんですか?
奥山:
先ほどお話ししたように、現像までの時間を置きたいので今は選択肢にないですね。しかし、「デジタルカメラでしかできない表現」もあるので、そういう表現がしたくなったら、使うかもしれません。利便性だけを理由に、デジタルカメラを選ぶことはしたくないんです。
落合:
映画「るろうに剣心」を撮影した大友啓史監督は、「デジタルカメラだからこそ、何カットも撮影できた」と仰っていましたね。大量なカットを撮影する場合、フィルムカメラだと莫大なコストがかかりますから。
奥山:
そのように、絶対的な量があるからこそ面白くなる作品であれば、デジタルカメラを使うかもしれません。
草野:
奥山さんは、日常生活でスマホ撮影もしますか?
奥山:
スマホのカメラは、記録用に使っていますね。たとえば、いい撮影場所を見つけたとき。テキストでその場所をメモしておくこともできますが、写真で記録した方が早いので、視覚情報を手軽に残せるスマホで、写真を撮っています。つまり、文字にも変換出来るような事柄はスマホで撮ることも多いかもしれないです。
草野:
メモ帳のように使っているんですね。

続く第3弾記事では、「今の時代における広告表現」「今のドキュメント」をテーマに現代における表現を思考する。

前半は「広告表現のイマ」について、奥山氏と齋藤の議論が展開された。「青春」を表現したPOCARI SWEATの広告写真を、齋藤は「本来の広告はこうあるべきだ」と賞賛。数々のクライアントワークをこなす2人は、「広告表現への向き合い方」について意見を交わした。

後半は齋藤からのキーワード「今のドキュメント」をテーマにトークが展開。「人は突然の雨に、ときめきを感じている」と話す奥山氏に、その真意を問う。さらに話は「時間の流れ方」にも及び、落合からは「未来から過去に時間が流れていると思っている」という発言も飛び出した。

アーティストとして俯瞰的な視点を持つ3人の議論から、表現の本質を紐解いていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一が小松菜奈に悶絶!?ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 2/5))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

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