WEBと新聞から考える、新旧メディアの前途 【前編】WEBメディアは、記者を追いやるのか

2015.05.25 18:00

スタートアップとのオープンイノベーションを加速化させる朝日新聞メディアラボ・渋谷分室で行われた有料トークイベント「Webと新聞から考える、新時代のニュースとメディア」(5月7日開催)。苦戦が続く新聞社の打開策とは?WEBメディアはマスメディアを代替できるのか?新旧メディアそれぞれにバックグラウンドを持つメディア人が見据える、新時代のメディアの形とはいかなるものなのだろうか。(【後編】新時代のニュースとメディアのかたち

【左から】中野渉氏(ハフィントンポスト日本版ビジネス&マネー編集長)、川原崎晋裕氏(ログミー株式会社・代表取締役)、山川一基氏(朝日新聞メディアラボ)、前島恵(株式会社kairo代表取締役)

新聞業界の苦戦が続いている。4マス媒体の広告費の推移図をみても、2008年頃を境に急激な落ち込みが続いている。WEB業界の活況、成熟を受け、いわゆるマスコミ業界にも近年大きな動きが出始めている。Hulu、タツノコプロなどを買収した日本テレビ、コーポレートVCファンドの設立を先月発表した電通、そして朝日新聞ではこのイベントの会場でもある「メディアラボ」というリアルな場を作り、オープンイノベーションの可能性を探求している。これまで二項対立的に語られることの多かった新旧メディアの関係は確実に転換期にあると言っていいだろう。

朝日新聞からは、長年経済記者として活躍しながらも現在はメディアラボで新聞の新たなビジネスモデル開発に挑む山川氏と、ハフィントンポストへ出向し紙メディアの経験を生かし、WEBの最前線で新しい編集の可能性を追求する中野氏が登壇。

SENSORSでは、これまでにも新時代の編集について若手WEB編集者たちによって語られたイベントも取材している。(WEB生まれの若き編集者が、本屋で描いた新時代の"編集")併せてお読みいただきたい。

■新聞記者の伝統的なワークフロー

前島:
まず初めに今回のイベントの経緯をお話させてください。最近行われるこういったメディアについて考えるイベントでは、紙なら紙、WEBならWEBと分かれてしまっている印象がありました。なので、紙媒体とWEB媒体間で、人・技術・お金の交流がもっとあった方が良いのではないかとの思いから今回のイベントを催すことになりました。僕が今春まで在籍していた東京大学大学院の学際情報学府にも使われている「際(きわ)」。これは様々なある分野の間を意味する言葉なのですが、新しいことや面白いことはその"際"から生まれるのではないかと思い、今回あえてゲストの方を新聞出身とWEB出身の方を混ぜることにしました。
今日のトピックはいくつかあるのですが、大きくいうと「人とコンテンツとメディア」。そして、最初のテーマは「記者やジャーナリストあり方」についてです。
山川:
私自身、長年経済記者として働いてきましたので、まずは簡単に「記者」の仕事の中身について説明させていただきます。基本的には皆さんがご想像される通り、取材をして、それをまとめ、記事に書くということです。これはいつの時代も変わりません。取材には大きく二通りのパターンがあり、一つは独自の取材から記事を書く、もう一つは発表されたニュースを元に書く。この場合、何のテイストも付けない短いものであれば、比較的簡単に誰でも書けてしまう。今の世の中では、ここの価値が失われつつあるという気がします。
前島:
誰が聞いても同じように書けるということですよね?記者に求められているのは速報性の高いニュースとコミュニケーションや人脈を使って深堀りしていくニュースの2通りがあると。後者が薄れてきているということですか?
山川:
薄れているというよりは、当然両方やらなければいけません。例えば、有名なもので「リクルート事件」ってありますよね。あの事件って実は、検察は途中で捜査を止めてしまったんですよ。ところがメディアが「これはおかしい」ということで取材を進め、再度事件化したんですね。いわゆる「調査報道」と呼ばれるもので、これは記者の花形とされます。ここに新聞社の特色が現れたりします。
前島:
記者会見に多く行っているイメージが強かったのですが、実際には足で稼ぐというか、泥臭く時間をかけて色んな現場で話を聞く仕事も多いんですか?
山川:
半分半分ですし、担当の持ち場にもよります。今日の大きなテーマの一つでもあると思うのですが、「番記者」というものがいます。例えば今なら菅長官番というのが必ずいて、朝から晩までずっと張り付いている。
前島:
聞いたことのある話で、田中角栄の番記者が、取材過程で「おやじ」と呼べる間柄になって、つまり距離を近づけすぎて、なかなか批判ができなくなってしまったと。こういったある種の癒着って実際のところはあるんですか?
山川:
実際はよくあると思います。特に政治の領域だと、間合いの取り方はすごく難しくて、向こうに気に入られないとニュースがもらえないというのもあるし、かといって批判をしないと記事にならない。やはりヒューマンな世界が繰り広げられていたというのは事実だと思います。

■WEBメディアに「記者」はまだ存在しない

前島:
ある意味、ログミーのコンテンツの形って、記者を否定するというか、記者の先にあるもののような気がしています。これまでだと、ある閉じられた空間で記者だけにしかアクセスできなかったところをWEBの力でオープンにする。メディアをやっている視点からみて、WEBにおける記者の役割みたいなところは意識されていますか?
川原崎:
いや、関係ないと思います。今のWEB媒体では7割方、新聞社や通信社が持ってきた一次情報をそのままシェアしているだけです。バイラルメディアなんてほぼそうですよね。だからWEB用の記者っていうのはほぼ存在していないです。僕が以前いたサイゾーでも、ちゃんと一次情報を持ってこられるネットワークがあります。芸能事務所はもちろんのこと、ジャニーズ事務所に属しているライターとのつながりだったり、テレビ局にいるプロデューサーとの関係。これがWEB特有の話かというと、そうじゃなくて、基本的にマスコミっていうのはこういう構造になっているのではないでしょうか。
前島:
逆にいうと、今まで紙でやっていたことがコンテンツ的にも仕組み的にもWEBに平行移動しただけっていう側面もあると思います。ヤフーのポータルトップを見ても、既存の紙メディアの会社が出したニュースがそのまま載るという状況があります。WEBならではのコンテンツがあんまり生まれていないのかなと...。ログミー自体もテキストベースですよね。WEBの特性として物量関係なく出せる、動画を使える、双方向性があるといったことがあると思います。WEBならではのメディアとして何かやろうとしていることはありますか?

■メディア運営で肝になるのは、やはり「編集力」

川原崎:
メディアの価値に関して、二つしかないと思っています。誰でもできることを誰よりも早く上手くやるということが一つ。もう一つは誰もできない、もしくは誰もやりたくないことをやる。ログミーでいうと、実はこんなはずじゃなかった...というのがありまして。書き起こしって誰でもできて、当初はすごくスケールするイメージだったんです。ライター200名体制で、1日に100本記事を量産して、誰も追いつけなくてラッキーみたいな(笑)しかし蓋を開けてみると、書き起こしただけじゃ誰にも読まれないんですね。人が喋る言葉って支離滅裂で、文法もデタラメなので、ちゃんと読める内容に直すのが第一。あとはWEBで流通させるためには、良いタイトル付けが重要。結局、編集力が求められるので、スケールがなかなか望めないというのがウチの悩みだったりします。
前島:
ということは、初期の頃に言われていた、世の中に出ていない情報とか、その場に行けない人のために"そのまま出す"よりは編集に力点を置いてきているということですか?
川原崎:
結果的にそうシフトしてきていて、事業としては両方やるつもりです。そもそものネタのピックアップからしてそうですよね。どのネタを選ぶかでPVは決まっちゃうので、ネタ選び、記事を仕上げる編集力を使う部分と、あとは量で勝負する書き起こしですね。この二つの道があると思っています。
前島:
今回登壇されている方の中では、唯一、紙とWEBの両方を経験していらっしゃる中野さんにお聞きします。例えばWEBで書く記事はPVが可視化されるなど様々な違いがあると思うのですが、その辺りのお話を聞かせていただけますか。

■PVが可視化されるWEBの「ジャーナリズム」とは

中野:
たしかにWEBだとPVが一目瞭然で、新聞記者としては新鮮でした。記者としてジャーナリズムを押し出しても、なかなか数字が取れなかったりする。読者にとって本当に必要なものを非常に考えたりします。例えば先ほどあった話の「会見」ですが、これは我々も極力記事にするようにしています。加えて、うちの媒体ではオリジナルでインタビュー記事を掲載しています。例えば、一時間のインタビューで、書き起こしが大体3万字。これが新聞なら2000字以内に収めないといけない。1/10以内ですよね。臨場感、話し口の固さ柔らかさ、人となりを表す感情を残すように書きはするんですが、新聞だと限界があります。とはいえ、WEBにしても3万字そのまま載せても読者はついてこれないので、僕の場合だと意識して3,000〜4,000字台に収まるようにしています。それでも新聞の2〜3倍にはなるので、このネットの特性を生かしながら、やっているところです。
前島:
お話にあったように、WEBメディアではPVで記事の反応が可視化されてしまいます。そうなったときに、「ジャーナリズム精神」はどうなるのか。PVが確実に取れる記事ばかりになってしまう恐れがある。一方で、新聞では固いネタから柔かいネタまで"総体"として売ることができる。正直、それぞれの記事が読まれているのか、読まれていないのかよく分からない。逆にそれがメリットでもあって、総体の中で記者が自身の信念に基づいて、記事を書くことが可能なのではないか。ハフィントンポストでは、この辺りどうでしょうか。
中野:
ハフィントンポストでは、取材をしている人間は10人もいないんです。対して、朝日新聞には2,000〜3,000人くらい記者がいて、各県庁・市役所・警察全てに張り巡らされています。そこに取材で勝負しても意味ないんですね。ネットで読まれる記事を意識して、かつ意味のある、面白いテイストをハフィントンポストの色を出しながらやるというのは意識しています。朝日から出向でやっている者が私の他のもう一人いるのですが、私たちの役割としては数字の方に流されすぎないための歯止めというか、政治・経済で大きな局面や事件を、結果的に読まれないとしてもフォローすること。写真や動画を入れつつ、読者に届くようにしています。

■記者は人間にしかできない情報を追うべきではないか

前島:
お話のつながりで川原崎さんにお聞きします。大手メディアと新興メディアの対立軸。大手がWEBに入ってきた場合、どうやって戦うか、差別化をどうするか、この辺りお考えありますか。
川原崎:
既存マスコミにしかできなかったことが減ってきているというのはありますよね。ログミーのようなところが記者会見に入れて、全文書き起こせてしまっているというのは、一つの機能を潰していることに結果的にはなっていると思います。ログミーは一応、メディアと名乗っていますが、僕はメディアではないと思っています。ただの「ログ」です。誰でもリーチ出来る情報に関しては、僕はログミーがカバーすればいいと思っています。そこからの追加取材であったり、人間にしかできないことを優秀な記者の方がやるというふうに二分された世界を作りたいと思っています。
前島:
報道メディアにおいてこれまで大手がやってきたことも、代替していこうというイメージですか?
川原崎:
報道メディアは一次情報を取ってこれることが大前提なので、そこで新聞社さんはじめマスコミに勝つっていうのは無理だと思いますね。この前、DeNAにバイアウトをした「Find Travel」はうまく隙間を縫ったものですよね。今はとにかくPVを稼げば生きていける時代じゃないので、仕組みとセットになっていなければ簡単に勝てないと思います。日経新聞さんがマネタイズで成功しているのも、もともと配送ルートが確立されていたからというものあって。

■古典的な人海戦術による取材体制の限界

前島:
大手の強みはたしかに仕組みが確立されている部分ではあると思うのですが、一方で新興メディアによって代替されてしまう部分もあります。そうなった時に、何が残るのか、大手にしかできないことは何なんでしょうか。
山川:
それはたくさんあると思っています。問題は先ほどのPV vs ニュースの重要性の話に凝縮されている気がします。すごく苦しいのは人間を配置して、取材をするとものすごくコストがかかることですよね。さきほど番記者の話もしましたが、仕組みがサステナブルでなくなりつつある。おそらく、この取材体制でまだなんとかなっているのは日本と韓国くらいじゃないでしょうか。アメリカには基本的に、番記者なんかいないわけです。ホワイトハウス番くらいはいますけど、財政を取材するエース記者がいて、その人がありとあらゆるところにネットワークを張り巡らせ、数名の助手がニュースをとってきて、そのエース記者に集約させる。読者はあのエース記者がいるから、『ワシントンポスト紙』を取ろうとか、『ニューヨークタイムズ紙』を取ろうとかっていうふうになっていて、サブスクリプションが維持されている側面がある。WEBの世界もニュースの価値が非常に相対化されてしまったせいで、エース記者的な存在に支えられるところが強いみたいな世界に移りつつある気がします。
川原崎:
新聞社の行く先を話す時に、おそらく新聞社の機能と記者の機能は分けて考えた方がいいと思っています。今、WEBの方にも一部マスの記者が移ってきて、それなりにパフォーマンスを発揮しています。東洋経済新報社からNewsPicksに移られた佐々木紀彦さんはその一例だと思います。今、朝日新聞にいらっしゃる記者の方は朝日新聞がなくても米国のようにパフォーマンスを発揮できるのか、それともやっぱり日本はメディア機能が異常に強いのか、記者クラブの話も含め、お聞きしたいです。
山川:
それは残念ながら後者の方が強いと思っています。やはりまだまだ記者クラブ的なバリアというものはどうしてもあります。あとは先ほど出てきた配達網。弊社でも700万部ほどの部数が毎日届けられていますので、このネットワークは非常に強固です。しかしながら、先ほども言ったように仕組みがサステナブルでなくなりつつあるので、手を打つ必要があります。例えば一人でできるエース記者を育て、それがたくさん載っている仕組みにすること。この取り組み自体は行っているのですが、アメリカにも比べればまだまだ弱い。
前島:
子供の頃からこれまで新聞に抱いていたイメージって、無色透明というか、公共性を持ったパブリックなニュースを配信するところでした。ところが、WEBの台頭で、独自色をより一層求められるとなると、新聞社である意味ってなくなってくるのかなと...。
山川:
まさにその通りだと思いますね。もちろんバランスは大事ですが、ニュースがコモディティ化する中で、そちらの方に行かざるを得ないというのは不可避だと思っています。

■ブランド価値を築き、読者を離さないためにできること

ここまでが前半の議論で、後半に移る前にオーディエンスからいくつか質問が投げかけられた。特に高校生から発せられた「正しい情報」とは何なのかという本質的な質問では、WEBメディアらしいログミー・川原崎氏の回答があった。

質問者1:
紙メディアの古い人間です。最近では、アプリも含め、ネットで様々なメディア、サービスが出てきています。例えばスマートニュースにしても、記事はいっぱい並んでますが、取ってきた情報をさらに深堀りしていくための動線がまだ弱いと感じています。この辺り、どのように解決していけばいいと考えていますか。
山川:
一つ試みとして世界中で行われているのが、「没入型メディア(Immersive Media)」と呼ばれるもので、『ニューヨークタイムズ紙』がやった「Snow Fall」なんかはその一例だと思います。動画やテキストを織り交ぜて、読者にのめり込ませるというマルチメディア的なアプローチですね。弊社で行ったものでいえば、「浅田真央 ラストダンス」があります。

『ニューヨークタイムズ紙』が2012年2月にワシントン州で起きた雪をマルチメディア的なアプローチでまとめた「スノーフォール」は、"Immersive"な表現手法を取り入崩れた先駆的な事例。(http://www.nytimes.com/projects/2012/snow-fall/

朝日新聞デジタルで公開された浅田真央が三歳の頃からソチ五輪でのスケーティングに至るまでを、グラフィック、アニメーション、音楽などリッチに表現したマルチメディアコンテンツ「浅田真央 ラストダンス」。ソーシャル上で大反響となった。(http://www.asahi.com/olympics/sochi2014/lastdance/lastdance.html

山川:
二つ目としては、ロイヤルなカスタマーを獲得することが重要だと考えています。これは紙でもWEBでも同様だと思うのですが、毎日そこに行かなければ不安になってしまうような存在にならなければいけないと考えています。そのためにどうすればいいのか。今言ったイマーシブかもしれないし、もしかしたらゲーミフィケーションかもしれない。もう一つ考えられるのが、ニーズに応えるという意味での「超ローカル」。地方新聞が今でも比較的に強いのは、人事ニュースや死亡記事のように、そこで生きている人には欠かせないニュースがカバーされていること。これは少し特殊な例ですが、みんなが必ずそこに集まっていく仕組みというのは日々考えています。
川原崎:
身も蓋もない話をさせていただきますと、それはUIの問題ではなく、ニーズがないからだと思います。そもそもニュースって暇つぶしに見るものです。ロイヤルカスタマーの話でいっても、おそらくそういった人は1〜2割しかいないのではないでしょうか。9割の人は別に深堀りなんてしたくない。だからスマニューなんかは、はじめからそういうUIに最適化されている。
中野:
ハフィントンポストでは「ワイヤー記事」と呼ばれるものがあり、朝日新聞とロイターと契約をしていて、記事を転載しています。それ以外に「アグリゲーション」といって、様々なメディアから記事をかき集め、一本の記事にするという手法もやっています。各社の記事の良いところ取りをし、読者に読んでお得と思ってもらえるように、動画や写真も混ぜながら記事を作っています。あとはWEBなので、ソーシャル上の反応を反映させたり、できるだけ自分たちならではのコンテンツになるような努力はしているつもりです。
質問者2:
高校生なので、メディアにそれほど詳しいわけではありません。新聞は記事ができる過程で何度も推敲されつつ、記事の裏付けが取られていると思います。一方で、WEBでは見たもの、聞いたものがクリック一つで発信されてしまいます。これから新聞がどんどん縮小されるとなると、情報の正しさの線引きがどんどん難しくなっていくと感じています。WEB上の情報の真偽にどうやって向き合っていけばいいでしょうか。
川原崎:
僕にはそういう考えはそれほどありません。なぜなら、人は学習するからです。自分にとってクリティカルなものであればあるほど、そうですね。車が左側通行なのも、死にたくないからそうするわけですよね。仮に「情報の取得に関してリテラシーが低いままだと、自分は明日死ぬかもしれない」という状況になったら、間違った情報を取得しないように人は進化すると思うんですよ。「あ、この記者は10回中3回ウソの報道をしている」みたいなデータベースがどこかに作られるとか。人の方が進化するので、あんまり問題じゃないとなんとなくですが考えています。
中野:
情報の確かさでいうと、たしかに私も新聞からハフィントンポストに移ったときに驚いたことがありました。新聞には本当に色んな人の目が入っていて、もう原型が残らないくらいに変わってしまうこともある。その分、間違いはないんだけど、角が残らない。ネットだと事実関係さえ間違っていなければ、スピード重視でそのまま出してしまう。多少誤字があったとしても、後から直せばいいので出してしまう。新聞はプリントされたらお終いなので、ここは徹底します。質問に戻ると、メディアとしてはやっぱりブランド価値が大切だと思っています。ウチでいえば、正直PVが取りやすいスポーツやエンタメの記事も出す一方で、しっかり固めの記事も出すようにしています。

イベントの前半では紙、WEB双方が抱える限界を自覚的に語りながら、そのための対応策や方向性がいくつか提示された。100年以上続いてきた新聞の「抱き合わせ商法」だが、WEBメディアCredoを運営する前島氏からは「総体」として売れるため、結果的にジャーナリズムを担保するためには有益なスタイルなのではないかという指摘があった。たしかにWEBではメディアとしてではなく、あくまで記事単体で読まれることがほとんどである。そして、コンテンツだけで差別化を図っていくこともまた難しい。この二つの大きな問題を前に、WEBメディアに必要なのは"メタ編集"とでも呼ぶべき、"コンテンツの総体を束ねる場"を編集していくことなのかもしれない。

【後編】新時代のニュースとメディアのかたち

取材・文:長谷川リョー

1990年生まれ。フリーライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。「BOSCA」編集長。東京大学大学院学際情報学府在籍。@_ryh

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◼︎WEB生まれの若き編集者が、本屋で描いた新時代の"編集"
[前編] 編集に正解がない時代をいかに生きるか
[後編] "拡張を続ける「編集」の本質とは


[登壇者プロフィール(2015年5月時点)]

前島恵| KEI MAEJIMA
前島恵
株式会社kairo代表取締役。ニュース解説メディアCredo編集長。今春東京大学大学院(メディア論、コミュニケーション論専攻)を修了し、現在はリクルートホールディングスに勤める。


山川一基| IKKI YAMAKAWA
山川一基
1995年の朝日新聞社入社以来、ほとんどを経済部の記者として過ごす。財務省、日銀、首相官邸、内閣府、自動車、IT、電機産業などを担当し、2010年からニューヨーク、12年からワシントンに勤務。13年に朝日新聞メディアラボに加わる。


川原崎晋裕| NOBUHIRO KAWAHARASAKI
川原崎晋裕
ログミー株式会社・代表取締役。Webメディアプロデューサー。1981年生まれ。2007年、株式会社サイゾー入社。ウェブメディア事業を立ち上げ、6年間で合計10メディア以上をリリース。2013年、独立。ログミーを運営する傍ら、コンサルタントとして外部メディアの運営に携わる。


中野渉| WATARU NAKANO
中野渉

ハフィントンポスト日本版ビジネス&マネー編集長 大学卒業後、JICA(国際協力事業団、現・国際協力機構)職員を経て、1997年に朝日新聞社に記者として入社。福島支局や静岡総局BB(ビッグブラザー=まとめ役・教育係)などの地方勤務、国際報道部、ニュージーランドのドミニオン・ポスト紙への短期派遣、イスラマバード支局長(パキスタンとアフガニスタンを担当)などを経て、2014年からハフポストに出向中。これまで難民問題など取材。

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