対話型『罵倒少女』はいかにして生まれたか?開発秘話とキャラクター×AIの可能性

2016.08.16 17:30

世界最大級のイラストSNSサイトpixiv上で初公開された[PROJECT Samantha]は、人気キャラクターの人格を人工知能に搭載し、そのキャラクターとの対話コミュニケーションを可能にするものだ。8月4日~15日まで、Kaikai Kikiの人気クリエイターmebae氏の生んだキャラクターで、8月10日には書籍も発売『罵倒少女』のキャラクター「素子(もとこ)」が人工知能としてpixiv上に登場。これまでにないキャラクターとのコミュニケーション体験が話題となった。

人工知能技術は、人間が苦手とする単純作業やデータ処理を一手に担う技術として、ここ1年の間に大きく浸透してきた。しかし、SF作品のなかで描かれるような、人工知能とのコミュニケーションを実現させる試みは、これまで多くの技術者が挑戦しながら、広くユーザーに解放されることはなかった。 そこでキャラクター文化の中心として大きな役割を担ってきた世界最大級のイラストSNSサイトpixiv上で公開された[PROJECT Samantha]はその壁を打ち壊す試みとして広く話題となった。
キャラクターとのリアルなコミュニケーションが生むユーザー体験とは一体どんなものなのか。 [PROJECT Samantha]が推進するキャラクター文化とテクノロジーの融合、そして人工知能とのコミュニケーションについて、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの井上敦史氏と、株式会社言語理解研究所の結束雅雪氏に伺った。

◼︎人工知能版『罵倒少女』はいかにして生まれたか?

[PROJECT Samantha]第一弾 『罵倒少女』トップページ

--対話型人工知能[PROJECT Samantha]の着想はどういったところから生まれたのでしょうか?

井上:
純粋に好きなキャラクターと会話がしてみたかったのです。いつも僕らのそばにいて、本当の友人や先輩のように感じているキャラクターとのコミュニケーションを、人工知能という新しい技術を使った新時代のエンターテインメントとして新たに創造することが、会社としてのミッションにも即していたため、この企画にトライしました。
結束:
[PROJECT Samantha]のコンセプトとして、「話をしてみたいと強く思う、あこがれのキャラクターとの対話は、利用者も提供者も、これまで経験したことがない新たな世界を知るきっかけになる」というものがあります。例えば、仲の良い友達や恋人が知っている知識や情報が、自然に自分の中に共有されていくように、利用者が難しいと思っているような話題でも、好きなキャラクターとの対話の中で話題に上ったものであれば、興味を持ちやすいと考えています。
井上:
アニメ、コミック、ノベルズなどのキャラクターは、それらを読む人、見る人に、さまざまな影響を与えるものです。ユーザーからの「一方向的なコミュニケーション」をインタラクティブな「対話」にアップデートすることで、作品世界とキャラクターがユーザーに与える「楽しさ」をより増幅させることができるものと考えています。

--なぜ"罵倒少女"だったのでしょうか。他にもキャラクター案はあったのでしょうか?

井上:
ほかにもキャラクター案はありましたが、mebaeさんの『罵倒少女』が圧倒的にキャッチーでした。突出した人格設定が特徴として分かりやすく、人工知能向きと思われたのも大きな理由です。

Kaikai Kikiに所属するクリエイターmebae氏の作品 『罵倒少女』
黒髪の美少女「素子」が様々な シチュエーションで罵倒するというキャラクターで、Twitterやpixiv上で話題となった。

結束:
世の中には、対話を目指した人工知能が出現し始めていますが、我々の感覚では、どんな性格かわからない人と話すのは「何を話しかけてよいかわかりにくい」といった抵抗感があります。人工知能であればなおさらその気持ちは強くなるでしょう。
井上:
素子がどんな性格であるかはネットを通じて既に多くの方が知っていたので、「以前からよく知る友だち」と話すような感覚を持ってもらえるのではないかと思い、カイカイキキにコラボレーションの提案をしました。

--キャラクターとコミュニケーションが取れることで、ユーザーはどういった反応を見せるのでしょうか?

話しかけると、状況に合わせて的確な返答をしてくれる。
しばらく体験していると、本当にそのキャラクターと会話をしている気分になる。
キャラクターボイスを声優の井上麻里奈氏が担当。mebae氏のイラストとともに迫力満点の素子の声が聞こえてくる。

井上:
多くの方が素子との会話が進むに連れて、その感情の変化、対応の変化にドキドキしているようです。スキマ時間を使って長時間会話されているユーザーの反応などは、リアルな友人との会話のようです。中には、いきなり素子に罵倒されて心が折れて会話をやめてしまう方もいますが(笑)
ゲームやアニメと言った趣味のことを素子と話される方も多いですね。素子がたまにマニアックな知識を披露すると喜んでくださいます。
結束:
人工知能とのコミュニケーションで、人間がどのような反応を見せるかというのは、まだまだ多くの研究が必要な段階ですが、今回のキャンペーンによって、それについての非常に有益な知見を得られたと思います。

◼︎キャラクター×人工知能で広がる可能性

--キャラクターの"キャラ"をどのように特徴付けていくのでしょうか?

井上:
キャラクターの「キャラ」は細かく設定しなければなりません。アニメやコミックやノベルズのキャラクターとその世界は、とても詳細に設定されています。キャラクターの個性を尊重し、詳細に設定しないとユーザーは違和感や手抜き感を覚え、無意識に心の距離を遠ざけてしまいます。
結束:
具体的にはユーザーによって入力された文章の意図に対して、キャラクターがどのように反応を見せるかを細かく設定し、その設定に即した語彙を創作します。

ILU(言語理解研究所)が開発した知識駆動型人工知能エンジン「K-laei」の機能のひとつに、入力文の意図を10万種類に判別するシステムがあります。これを利用して、キャラクターの過去の発言・行動から人格を組み立てていきます。 さらに、ユーザーとのその場の会話の状況から動的にキャラクターの感情を変化させることができるシステムも利用しています。
井上:
今回の『罵倒少女』の場合、同人誌やpixiv上ですでに公開されていたmebaeさんの原作をベースにライター・チームが人格設定、会話内容、行動パターンを創作しました。その上で作者のmebaeさんに最終監修していただきました。

以降も展開していく[PROJECT Samantha] では、アーカイブを網羅し、原作者の監修を得ることにより、全てのキャラクターを人工知能として人格化することが可能です。

--東浩紀さんなどが00年代に、『キャラクターは文脈から切り離される』という言説を展開して話題になりました。LINEのキャラクタースタンプなどもそういった現象の直近の例としてあげられると思うのですが、このサービスは10年代のキャラクター文化をどのように塗り替えていくとお考えでしょうか

井上:
[PROJECT Samantha] においては、文脈から切り離されるのではなく、文脈に寄り添っていくと思います。これは「ユーザーが<キャラに受け入れられた>感覚を持つこと」が重要だと考えています。マンガやアニメのファンは皆、キャラクター達との思い出を共有しています。彼らの冒険を目撃した親友としてキャラクターたちとの会話を楽しむだろうと思っています。それはロックスターに対するファン心理に近いのではないでしょうか。
結束:
[PROJECT Samantha]では、キャラクター文化が大きく育った理由として「キャラクターの生み出し手がその全てを描ききっているわけではない」という解釈をしています。キャラを楽しむユーザーは、生み出し手が描いた世界を自分なりに消化し、キャラのイメージを無意識に拡張し構築している。その過程でキャラへの共感から愛着が生まれ、より広く浸透していく。すなわち、ユーザーがいて始めてキャラクターが活き活きするのです。
井上:
共感をベースとしたキャラクターとユーザーとの関係性の中で、[PROJECT Samantha]が提供する「対話」というこれまでありそうでなかったコミュニケーションが、既存のキャラクター文化を豊かにしていくひとつのツールとして機能していってほしいと思っています。

近年話題に事欠かない人工知能×人間のコミュニケーション。人間のコミュニケーションの仕組みそのものを解き明かす可能性を秘めているこのトピックの中で、「キャラクター文化」とのコラボレーションは日本から大きく発信することのできる分野である。架空のキャラクターへの共感や愛着と、人工知能の技術とが組み合わさることで、キャラクター文化そのものをアップデートすると同時に、多くのユーザーへの人工知能技術の浸透へと繋がっていくことは間違いない。 [PROJECT Samantha]プロジェクトはこれからも、さまざまなキャラクターを対話可能な人工知能として登場させ、ユーザーへそのキャラクターの新たな表情を届ける活動を続けていく。

なお、すでに第一弾の『罵倒少女』は終了し、サイトでは素子とユーザーとの会話ログを閲覧することができる(8/22まで)。 次なる人工知能×キャラクターの試みからも目が離せない。

取材・文:兵藤 友哉

1995年生まれ。フリーライター。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系在籍。専らの興味は「メディアテクノロジーの進歩による人間の認知の更新」。SENSORSでは「VR」「ドローン」の記事を担当。
Twitter @do_do_tom

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