企業とイノベーションの「今」を読み解き、未来をつくる、デザインの視点【RCA-IIS Tokyo Design Lab マイルス ペニントン教授インタビュー】

2019.04.24 08:00

東京大学生産技術研究所(IIS)、英国の王立美術大学Royal College of Art(RCA)、博報堂ブランド・イノベーションデザイン、株式会社SEEDATAの四者は2018年6月から、デザイン・リサーチ・プロジェクト「Foresight Project "Future of Luxury"」をスタートさせています。

2016年末に東京大学生産技術研究所(IIS)とRCAが共同で立ち上げた、RCA-IIS Tokyo Design Labでは、デザインの力で、最先端のテクノロジーを社会に実装可能なイノベーションとして展開することを目指して活動してきました。

本プロジェクトでは、東京大学生産技術研究所が持つ先端技術研究と、数々のイノベーションを創出してきたRCAのメソッドによってアイデア開発を行います。そして、博報堂・SEEDATAによる生活者発想・未来発想を起点としながら、デザイン思考のプロトタイピング力で新しい未来像を描き出すことを目的としています。

RCA-IIS01.png

今回は、長年RCAで学科長として教鞭を執り、2017年9月から東京大学生産技術研究所に教授として着任した、マイルス ペニントン教授にこのプロジェクトへの思い、未来における企業とデザインの関わり方について聞きました。

RCA-IIS02.jpg

マイルス ペニントン教授。RCA-IIS Tokyo Design Lab内にて。背後にあるのは「思いついたらすぐにプロトタイプをつくるための工房」。各種工具や3Dプリンターなどが揃う。

【企業のオープンプラットフォームを実現する】

――RCA-IIS Tokyo Design Labは、東京大学生産技術研究所とRCAとのコラボレーションによるデザインプロジェクトですが、どのようにして生まれたのでしょうか?

マイルス:RCAはサイエンスとテクノロジー、そして工学における繋がりを戦略的に強化しようと考えてきました。それが「Global Design Labs」と呼ばれる構想です。世界中に小さなラボを持ち、RCAのグローバルな視点を活かしながら地域の課題にアプローチしようと考えていました。

この構想が日本で実現したものがRCA-IIS Tokyo Design Labなのですが、キーパーソンとなってくれたのはRCAの客員教授であり、私の友人でもある、デザイン・ イノベーション・ファーム「Takram」代表の田川欣也氏でした。彼が私と東京大学生産技術研究所の山中俊治教授を引き合わせてくれたのです。その出会いは運命的でした。 山中教授は「Design-Led X」という、デザイン思考を取り入れた教育や研究を推進する試みをスタートさせていました。対する私は、まさに東京大学生産技術研究所が持っているサイエンスとテクノロジー、そして工学との繋がりを求めていた。
東京大学生産技術研究所の魅力は、その活動領域です。ミクロな世界は量子レベルまで、マクロな世界は宇宙レベルまでの対象を研究する部門を持ち、工学系であればほぼすべての分野を扱っています。
お互いに求めているものがぴたりと一致し、生まれたのがRCA-IIS Tokyo Design Labだったのです。

――RCA-IIS Tokyo Design Labは、今回の博報堂とのデザイン・リサーチ・プロジェクト「Foresight Project "Future of Luxury"」にどのような期待をしていますか?

マイルス:RCA-IIS Tokyo Design Labの核心は、デザインを用いてサイエンスからイノベーションを生み出すことです。そのためには、いわゆる実社会、産業界、そしてアカデミアという普段は異なる世界にあるものを結びつける必要があります。それゆえ、RCA-IIS Tokyo Design Labは、大学のプロジェクトということもあり、この三者に対し中立的な立ち位置を保っています。

このプロジェクトの魅力は、そうしたRCA-IIS Tokyo Design Labの特性を活用し、企業に対しリサーチのためのオープンプラットフォームを提供できることです。 普段は競合にあたるような企業が同じテーブルでディスカッションし、コラボレーションしなければならないことも生じてきます。 実社会では、企業はその機密を守るため、互いに協働することは難しいですよね? しかし企業の垣根を超えたコラボレーションが時にイノベーションを創出することもある。
企業間で知見を共有することも、時には損失でなく利益につながる可能性があることを、この場所、そしてこのプロジェクトを通して感じてもらえることを願っています。

――このプロジェクトは、ある意味ではRCAの教育に似ています。RCAでは非常に多様な人々が集まっていると聞きました。デザインのバックグラウンドを持たない人、たとえば会社員のような人もみな、デザイナーとして学んでいますよね。

マイルス:そうですね、私たちは「違いが違いをもたらす」と言っています。多様で互いに異なる人が集まる環境が、他と異なる、新しいアイデアを生むという意味です。それがイノベーションにとって重要だとRCAでは考えられているのです。

よってRCAでは多様なバックグラウンドを歓迎しています。心理学の学位を持つ人、工業デザイナーとして10年の経験を持つ人、大学を卒業したばかりのエンジニア、みんなが同じテーブルでデザインを学びます。
彼らにグループワークで課題を与えると、それぞれにバックグラウンドが異なるため、詳しい人とそうでない人がいます。そこで学び合いが生まれるのです。私は、RCAの生徒たちの学びのうち80%がこうした学び合いによってもたらされていると考えています。

【未来のデザイナーは企業の「意思決定者」になるべき】

――未来において、デザイナーが果たすべき役割とは何でしょうか?

マイルス:企業の中にいるデザイナーが、企業の意思決定に関わる役割を果たすようになることだと思います。つまり、デザイナーが取締役会に出席するような存在になるということです。
たとえば、あなたが製造業に関わる企業を経営していたとして、洗練されたデザインがビジネスの成否を左右する局面に出くわしたとしましょう。その企業の取締役会のテーブルにデザイナーが居なかったら、困りますよね?

ごく一部の企業では、デザイナーは Chief Design Officer という役職に就任し、取締役会レベルで意思決定に関わっていますが、こうした動きがより活発化すべきだと考えています。また日本では、デザイナーが企業内で意思決定者層にいることは非常に珍しいことだと思います。

RCA-IIS03.jpg

――どうしてデザイナーはこれまで意思決定に関わる役割を、企業、さらには産業界で担うことができなかったのでしょう?

マイルス:ひとつは私たちのようなデザインコミュニティの責任です。デザインの地位を高めることに成功してきたとは言えないと思います。なぜならデザインは、いわゆる企業戦略における最重要事項として、まだまだ認識されていないからです。状況は変わりつつありますが、もっと急速に変化していくべきだと私たちは考えています。

また、私は教育にも問題があると考えています。歴史的に見ても、デザインがアカデミアにおいて高い地位の科目であったことはありません。この地位を高めるためには、より優秀な人々がこの分野に流入することが必要です。

これらの状況を打開するため、企業や社会において、重要な意思決定に関わるデザイナーがより多く生まれていく必要がある。そうして、この分野をより野心的なものにすることが求められます。しかしこれがデザイナーには非常にチャレンジングなことなのです。
デザイナーはつくることを愛するものです。自分の手で、プロダクトやサービスをつくりたいわけです。しかしマネジャーやディレクターなどの高い地位の役職に就くと、それができなくなりますよね? デザイナーの「デザインする」ことへの愛が、企業や産業界といった広い視野で自分のクリエイティビティを捉え、それらに影響を与え、自らの地位向上を図るための戦略的な機会を得ていくことを阻害してしまうのです。まったく皮肉な現実ですね。

今後は政府の機能中枢にもデザイナーが求められるべきだと私は考えています。洗練されたデザインの考え方を持たない政府が、良い政治を生み出すことが想像できないからです。政策立案などのプロセスの中で、デザインの原理に基づいたクリエイティブなプロトタイピング、テスト、そして人間中心のアプローチが用いられることは重要なことだと考えています。

【デザイン思考は魔法の言葉ではない】

――企業の中でデザイナーがより高い地位につくべきだという問題提起がされましたが、現在、少なくない企業が、デザインをイノベーションにおける重要な要素と考えるようになりました。人々や企業が今、そのビジョンや事業計画にデザインを必要としているのはなぜだと思いますか?

マイルス:私は成功する企業というものは、すべからくイノベーションのマインドを持っているのだと思います。つまり、常に変化し、すばやく新しいアイデアを見つけ、世界で競争する欲望と態度(願わくば、倫理的なアイデアも)を持っているということです。
そうしたイノベーティブな企業がデザイン思考を求めるのは自然なことだと思います。デザインが根本的に持っている信条を言葉にすれば、それは新しいものを着想する創造性だからです。

ただ、弊害も生まれていることは事実です。昨今、デザイン思考はある種の魔法の呪文のようにとらえられているところがあります。
たとえば「この5ステップで、私たちは素晴らしいプロジェクトを生み出すことができる」といった、お手軽なプロセスでイノベーションを生み出すことがデザイン思考にはできると思われているところがある。
しかし、デザインに携わるすべての人が、デザインを画一化されたプロセスとして単純化することはできないことを知っています。そして少なくないデザイナーが、こうしてブームのように流布されるデザイン思考という言葉に懐疑的です。
洗練されたデザインは、洗練された信条によってのみ生まれます。表面的なプロセスを導入してもうまく機能しないのです。

――デザイン思考を正しく機能させるためには、どのようなことが必要なのでしょう?

マイルス:そもそもRCAの講義においてデザイン思考を扱うことはありません。
デザイン思考というものは、デザインを、デザインに携わる以外の人々に紹介するために非常に有効な手段だということです。だから私たちは外部向けのワークショップを行う場合、適切に用いることがありますが、RCAで「それでは、デザイン思考の講義をはじめましょう」となることはありません。講義では、互いのデザインのプロセスについて発表し合い議論を重ねます。

デザインを正しく機能させるためには、デザインにおける正しい信条、態度を学び、そして何よりも、実際に創造を行うことが必要です。それはいわゆる、流布されたデザイン思考のように簡単なことであり得るはずがありません。
世間でもてはやされているデザイン思考の問題は、過度に単純化されているということなのです。

【イノベーションなき大企業が直面する未来】

――日本の多くの大企業はイノベーションを求めています。しかし、彼らはみな、かつては非常に野心的でイノベーティブなスタートアップであったことも皮肉な事実かもしれません。この逆説的な状況を脱するために、今の企業には何が求められていると思いますか?

マイルス:そのとおりですね。「現在の日本の企業はイノベーティブな起業精神を忘れ去ってしまった」と嘆く人もいます。
私から言えることはふたつあります。ひとつは、私はそうした状況に直面している日本の企業に対し、RCA-IIS Tokyo Design Labの活動を通し、教育の面から新しいイノベーションの考え方を提供したい。そのために私はここにいるということです。

もうひとつは、これはあまり良い言い方ではないのかもしれませんが、これから私たちは目の当たりにしていくかもしれません。イノベーションを起こせない大きな企業が、小さいながらもイノベーティブなスタートアップにこてんぱんにやられてしまうことを。
歴史を振り返っても、イノベーションを起こすことが出来なかった企業は消えていく運命にあります。それらは企業ではなくなり、それらの代わりをするものが生まれていく。それは肯定的に捉えれば、新陳代謝でもあるわけです。

もちろんこの質問に対し、何が正しい答えなのかは分かりません。ただ一つ言えるのは、考えて行動するための時間はあまり残されていないということかもしれません。そして日本には十分な危機感もまた無いように感じます。

RCA-IIS04.jpg

IIS、RCA、博報堂ブランド・イノベーションデザイン、SEEDATAの四者は、Foresight Projectによって、日本の大企業の方々と協業し、イノベーションを推進していきます。

RCA-IIS05.png

そのための最善策の一つとして、IISが先端技術を、RCAが様々なダイバーシティを持ったデザインの視点を、博報堂・SEEDATAが生活者発想・未来発想を持ち寄り、協業すること。そしてイノベーションを起こすためには、多様な大企業の方々が、私たちと同じテーブルを囲むことが必要不可欠であると信じています。このテーブルから、共に大きな挑戦をしていきましょう。

マイルス ペニントン教授

1992年Royal College of Art(RCA)イノベーション・デザイン・エンジニアリング(IDE)学科を修了。1993年より来日、セキスイデザインセンター(大阪)勤務。1997年、英国にてデザインカンパニー「Design Stream」設立。2009年、RCAの IDEプログラム学科長に就任。2013年より新設のGID(Global Innovation Design)プログラム学科長を兼任。2017年、東京大学生産技術研究所の教授に就任。



執筆:森 旭彦 (もり・あきひこ) AKIHICO MORI

2007年からフリーランスのライターとして活動。サイエンス、テクノロジー、アートに関する記事をWIRED日本版、Forbes Japan、MIT Technology Reviewほか、さまざまなメディアに寄稿している。
最先端のサイエンスやテクノロジーと現代のコンテクストを、インタビューを通し伝える記事を多数執筆している。
近年はメディア・アートへの関心から、オーストリア・リンツにあるアートセンター「アルスエレクトロニカ」に関する記事を執筆している。AETI(Ars Electronica Tokyo Initiative)の活動にも関わっている。理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。

関連記事(外部リンク)

東京大学生産技術研究所RCA-IIS Tokyo Design Labとつくる、イノベーションの工房
テーマは「Future of Luxury」

https://www.hakuhodo.co.jp/archives/column/55747?fbclid=IwAR1QySc6g9z1nWQE87x32sFUHpMiBdDNWGMfS3lOGjGGssxQUxUPxKXlzd8

最新記事