戦略的思考で、アートとビジネスの接続に挑むーーRELISH 井澤 卓

2019.04.02 18:00

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「どんなにセンスがあるアーティストでも、作品制作だけで生活できている人はほんの一握り。僕は自分の経験を活かして、そこを補完できると思ったんです。彼らが本当にやりたいことだけで食べていけるようにするのが、自分の役割だと考えています」

「アートとビジネスの接続」に挑む、若き起業家がいる。Yahoo! JAPAN、Googleでの営業職を経て独立し、昨年壁画制作チーム『RELISH』を立ち上げた井澤 卓氏だ。自ら制作を行うアーティストでもありながら、鋭いビジネス視点を持ち、RELISHを事業として成立させている。

なぜ井澤氏は、その価値が見えづらいアートを武器に、継続的な利益を生み出すことができているのだろうか。井澤氏へのインタビューから、その戦略と思考を探っていく。

「大事にされている」感覚を喚起。ポジティブなエネルギーを放つ、レタリング壁画の可能性

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井澤 卓氏

壁画とひとくちに言っても、ストリートのエネルギーを孕むグラフィティアートや、バンクシーのように社会風刺的アートなど、その種類はさまざまだ。RELISHが手がけるのは、文字を軸にした「レタリング壁画」。「文字のデザイン」における手法の1つであるカリグラフィーを用い、巨大な文字を描いている。井澤氏は、文字アートの最大の魅力は「嫌われにくいこと」だと言う。

井澤:文字って、みんなが日常的に触れているものだから、どんな人にも受け入れられやすいんです。抽象的なアートの場合、好みが分かれますが、文字は嫌われにくい。またそれだけでなく、みんなが「文字を書く」経験があるからこそ、精密なカリグラフィーを見た時に「すごい」と感じやすいと思っています。

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RELISHが手がけた、SUMMER SONIC会場でのレタリング壁画

さらに「手描き」のアートが空間にあると、そこにいる人たちは安心感を得られるのだという。

井澤:今の時代、デジタルツールでなんでも作れちゃうじゃないですか。たとえば床に貼る木目調のシートもそう。でも、そういうものから「ぬくもり」を感じることはできません。一方で、本物の木材を敷き詰めた床を見ると、なんだかほっこりしますよね。手間暇かけて、人の手が介されたものが身近にあると、そこにいる人たちは無意識に「大事にされている」と感じると思うんです。

レタリング壁画は、その制作に関わる人にもプラスのエネルギーをもたらすのだと、井澤氏は言う。未経験者でも取り組みやすいレタリング壁画の性質を活かし、RELISHでは、ユニークかつフレキシブルな組織体制を敷いている。コアメンバーである井澤氏とデザイナーの小泉遼氏以外は、案件ごとにメンバーを募っているのだ。

井澤:レタリング壁画はディレクションさえしっかり行えば、意外と未経験の人でも描けるんです。だから案件ごとに、友人知人から描きたい人を募っていて。「ペンキで描く」って子どもの遊びのようですごい楽しいんですよ。だから、関わってくれるメンバーの顔はすごくイキイキしていて...。RELISHオリジナルのアパレルも作っていて、制作時にはみんなでそれを着ています。スケーターのコミュニティのように、好きなことを軸にみんなで集うチームを作っていきたいんですよね。

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RELISHの制作風景。メンバーはオリジナルのつなぎを着用し、制作を行なっている

自分の手によって何かを創造する行為は、自信を与えてくれる。井澤氏はRELISH設立前の会社員時代、自らそれを実感したことで、次世代の生き方を提案したくなったと言う。

井澤:会社でいくら大きい仕事をしても、「自分の仕事」とは思えなかったんです。だから新卒2年目くらいから、レザー小物を作ってみたり、Webページの制作をしてみたりしていて...。とにかく個人活動としてできる何かを探していました。でも「何かやりたい」と思っていても、その一歩を踏み出せない人もいる。RELISHに関わることが、そういう人たちにとってのきっかけになればいいなと思っていて。もちろん、関わってくれたメンバーにはできる限り報酬を支払うようにしているので、楽しみながらできる「新しい副業」としてRELISHを利用してほしいと考えています。

アートをビジネスとして成立させるには?「オフィスイノベーション」に着目した、優れたビジネス感覚

空間創造が価値になるーーそう感じた井澤氏は、RELISHのメインターゲットとして、オフィスイノベーションに挑む企業を置いている。働き方改革が進む中、1日8時間以上を過ごすオフィスの在り方が見直されていることに注目したのだ。

井澤:オフィスの壁に、企業の掲げるビジョンやフィロソフィーをアートワークとして具現化することで、それを空間に浸透させることができると考えています。またオフィス作りに割かれる予算は、他のアートに比べて大きい傾向にある。結果として制作単価が上げられるため、アーティストとして壁画製作を事業として成り立たせられるんです。

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RELISHが壁画制作を手がけた東京発のクリエイティブエージェンシーmonopoのオフィスの壁。同社のミッション「Creative by Tokyo.」が壁一面に描かれている。

RELISHで手がける壁画制作の多くは、井澤氏が自ら企業担当者と話し、獲得しているものだ。RELISHは「下請け業者」としてではなく、企業と対等な立場に立ち、作品を提供している。その成功要因は「価値の言語化」と「戦略的思考」だと井澤氏は言う。

井澤:作品の価値や、提案するデザインの背景を明確に言語化することが重要だと考えています。言葉で価値を説明すれば、作品に対するリスペクトや、デザインへの理解も得られますから。

さらに、その価値を「どこに提供するか」も重要です。そのために必要なのは、世の中の動きに目を向けて、社会的ニーズを見出すこと。そこに対して明確な価値を提供することができれば、ビジネスを作ることができるんです。何も考えずに好きなものを作って、勝手に売れていくことはほとんどない。そうした戦略的思考を持って制作をしていかないと、アート制作を事業にすることは難しいと思います。


新時代におけるオフィス空間の価値に目を向け、レタリング壁画で企業の課題解決を行うことを見出した井澤氏。その戦略的思考は、独立以前に在籍していたGoogleの新規営業チームで磨かれたものだと、井澤氏は言う。

井澤:提案先に初めて会う際に、自分たちが提供する価値を可能な限り高めるため、相手先企業の競合状況もリサーチした上で「御社は今、こんな課題を抱えていますよね」と仮説をぶつけていました。仮説が間違っていてもいいんです。大事なのは、自分なりの意見を持ってお客さんと対峙すること。まずは自分の仮説をぶつけて、本当の課題を引き出すイメージです。そのために、業界分析や仮説構築を徹底的に追求していたので、Googleにいた3年間で、ビジネスマンとしてのスキルが非常に磨かれたと思います。

実は井澤氏は、Google在籍当時にRELISHの前身とも言えるチョークアートユニット「Paint & Supply」としての活動も始めている。Googleでの学びを活かし、企業や商業施設での大型案件を請負い、収益を上げてきた。

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Paint & Supplyでの制作風景

優秀なビジネスパーソンでありながらも、自ら現場に立つアーティストとしての経験を持っているのだ。だからこそ、アーティストへのリスペクトを払い、彼らのサポートがしていきたいのだと井澤氏は言う。

井澤:実はRELISHは、アーティストである小泉さんとの出会いがきっかけで設立したものです。彼は高いセンスを持っているのに、作品制作だけで食べていくことが難しいと話していて。僕は自分の持つビジネススキルを活かして、彼のようなアーティストのサポートをしていきたいと思ったんです。アーティストが、本当にやりたいことで食べていけるようにするのが、自分の役割だと考えています。

夢に向かって戦略を描く。「ショーケース」としてお店を作る理由

学生時代から「30歳までには独立し、空間プロデュース業を行いたい」と決めていた井澤氏にとって、RELISHでの壁画制作は、活動の一部でしかない。空間プロデューサーとして、仕事を請け負っていくために、井澤氏は新たな戦略を描いている。

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井澤:「自分たちはこんなことができます」と言える場所を作りたくて。。そのために、この春池尻大橋にお店をオープンさせるんです。お店として利益をあげることも重要ですが「空間のショーケース」として、機能させていきたいんですよね。「良い空間」って実際に体感してみないとわからないし、空間創造にはある程度のセンスや知識が求められるじゃないですか。だからこそ、自分好みの空間を作れる人に、空間プロデュースをお願いすべきだと思うんです。お店に来てくれた人がその空間に魅力を感じて「うちのもお願い」と言ってくれるようになったら、嬉しいですね。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

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