"ビジネスマンのためのBRUTUS"を--博報堂社内ベンチャー「SEEDATA」が先進的ユーザーのリサーチに取り組む理由

2016.05.18 12:00

「生活者の5年後を洞察する」イノベーターのためのシンクタンクSEEDATA。博報堂DYグループの社内ベンチャー制度「AD + VENTURE」に選出され、2015年に法人化された。CEOの宮井弘之氏とCOOの藤井陽平氏に、SEEDATA設立の経緯から今後の展望に至るまで、そして、SEEDATAがメイン事業として扱う、先進的な消費者グループである「トライブ」のつくり方や活用方法、トライブそのものの面白さについて話を伺った。

【写真左より】宮井弘之氏(株式会社SEEDATA CEO)、藤井陽平氏(株式会社SEEDATA COO)

■「面白い気づき」をオープンにしたい

ミックスチャネラー、ノンラブティンダラー、プロインターン、AI犬家......聞き慣れない言葉が並ぶのは、博報堂DYグループの社内ベンチャーSEEDATAが公表しているトライブリスト。SEEDATAは独自の切り口で先進的な消費者グループ(トライブ)を特定し、そのトライブを用いて、企業の新規事業担当者などのイノベーターを支援する事業を展開している。例えば「ノンラブティンダラー」は、マッチングアプリ「Tinder」を恋愛目的以外で使う消費者グループを独自に定義したものだ。

そんなSEEDATAは、博報堂DYグループの社内ベンチャーコンテスト「AD+VENTURE」に2014年に出場し、1位通過を経て2015年に設立された(過去に「AD+VENTURE」からはニュースサイト「しらべぇ」やハンドメイドマーケットプレイスの「iichi」などが誕生している)。

現在SEEDATAのCEOをつとめる宮井弘之氏と藤井陽平氏はもともと、クライアント企業の新商品ブランディングや商品開発を手掛ける博報堂ブランドデザインの出身。その時に抱えていた「もったいない」という課題意識が、現在のSEEDATAの事業内容につながっているという。

宮井:
基本的に、コンサルティングはある特定の企業と一対一のオーダーメイドで行うものですよね。それだと、その関係の中で出てきた「面白い気づき」を、異なる企業との新しい取り組みに使うことができません。なので、企業や関係者間でオープンに「面白い気づき」をためていけたら良いのに、とずっと思っていました。「面白い気づき」を共有できれば、A社とB社が実は同じものに興味があるとわかり、オープンイノベーションにつながり、潜在ニーズを引き出すこともできます。

--では、その課題意識のもとで「AD+VENTURE」への応募を行ったのですか?

宮井:
実は、そういうわけじゃないんです(笑)。社内起業制度「AD + VENTURE」の締め切りの日に突然「今年応募しよう」と思って、ペライチの企画書を昼休みにつくりました。その時に藤井くんを巻き込む形で、許可なく彼をチームに入れてしまったのです。
藤井:
宮井さんからいきなり僕がccに入ったメールが届いて、最初は「これ、何ですか?」と驚いていました。プレゼンに向かうエレベーターの中ではじめて打ち合わせをして「まさにエレベーターピッチだな」と思ったのを覚えています。

■最初はあえてスケールしないことをする

最初は「勢い任せ」だった社内起業制度への応募だが、SEEDATAの現在の事業に至るまで、何度も方向転換を行ったという。

宮井:
応募当初はグルインバンクというアイデアでした。グループインタビューのバンクで、グルインバンクです。通常、企業の方が新商品を開発するとなると、その都度潜在ユーザーを探して、座談会を開き、担当者が満足したらそのデータは捨てられてしまいます。これでは潜在顧客と新規事業担当者の対話の中にアイデアやブレイクスルーの瞬間があっても、それが将来活用できない。根幹にあるのは「もったいない」という課題意識ですが、アウトプットの形が今とは大きく異なりました。

グルインバンクのアイデアで一次審査を通過したものの、「動画だと誰も見ないよね」と指摘され、宮井氏は「動画というローデータよりも、自分たちの解釈のほうが価値になるのではないか」と考えるようになる。

宮井:
ローデータではなく、私たちの解釈を売りにしようと思いました。でも解釈に価値を見出すには、新規事業担当者の今までのモノの見方や世界観が大きく変わるような「破壊的仮説」でないといけない。では、破壊的仮説を導き出すのには、何に注目すればいいのか。そこで私たちは一般的なユーザーではなく、先進的なユーザーに注目し、破壊的に「面白い気づき」を見つけることにしました。

一般的なユーザーから先進的なユーザーへの調査に事業の軸足を置いたものの、そこでも新たな課題が浮上してくる。

宮井:
一般的なユーザーの情報を集めるのは簡単です。でも、先進的なユーザーは、見つけるのが難しい。なので、「事業がスケールしにくい」という問題が出てきました。でも、先進的なユーザーのデータと解釈には圧倒的な需要があるので、方針を変えたくなかったのです。
藤井:
事業のスケーラビリティで悩んでいた時に、0から大きくなる企業のメカニズムを知っている人の発言に注目しようと思ったんです。色々と調べていくと、Y Combinator創業者のポール・グレアム氏の「スケールしないことをしよう」という発言を見つけました。人々が本当にほしいと思っているものを、最初はあえてスケールしない形でつくる。それが結果として競争優位の源泉になると言っていて「これだ!」と思いました。
宮井:
藤井君にいきなり「最初からスケーラビリティを考えないほうがいいんじゃないですか」と言われた時、最初はビックリしたのですが、ポール・グレアム氏が言っているならその通りだろうということで、先進的なユーザーの調査をやってみることにしました。

■先進的なユーザーに注目する「トライブレポート」とは?

SEEDATAがリリースしているトライブレポート

では、SEEDATAはどのようにトライブレポートをつくっているのか。まず老若男女様々なカテゴリのトライブを400ほど定義し、そこから面白いものや、事業につながりそうなものを選び、レポートに仕上げていく。そのトライブに該当する先進的ユーザーを見つけ、対面インタビューやオンラインの日記調査を行い、定性データを蓄積。そこからペルソナを作成し、様々な視点やネタを提供するための事業アイデアの種をレポートに詰め込んでいく。

SEEDATAが最初に調査した「ミックスチャネラー」を例に挙げる。高校生カップルがキス動画を投稿するようなSNS「MixChannel(ミックスチャンネル)」を皮切りに、女子高生や女子大生の動画や写真消費に注目したトライブだ。

ミックスチャネラーメジャーレポートFinv2 ss用 from SEEDATA Inc.

「ミックスチャネラー」の調査にあたり、投稿者と閲覧者にユーザーを分け、定性的なインタビューを行った。実際に"ミクチャ"のアカウントを作成し、投稿者に地道に声がけをしていく。インタビューを行うと、面白い事実が次々と浮かび上がってきたという。

宮井:
MixChannelのユーザーって、ミクチャを「SNS上で開催される文化祭」として捉えているのです。つまり、ミクチャは文化祭のイノベーションなのです。また、1分30秒の動画をつくるのに平気で5時間くらいかけていることがわかって、日常の瞬間を良く見せたい欲求を彼女らは持っていることを発見しました。しかもMixChannelのユーザーは、地方や田舎に住んでいる子が多い。都会の子は触れている情報量が多いからTwitterやInstagramで気軽に日常をシェアするけれど、地方に住んでいる子はMixChannelを利用して、5時間かけて手の込んだ動画をつくり、濃いシェアをするのを好みます。
藤井:
閲覧者にも様々なニーズがあります。閲覧者は、MixChannelをテレビのチャンネルのひとつとして捉えていることを発見しました。「なんでキス動画をみるのですか?」と質問すると「これはテラスハウスのShort Ver.なんです」と答えが来ました。1分間くらいでカリスマユーザーの子のスキャンダラスな瞬間が見られるのが楽しいと。キス動画はスポーツ新聞や夕刊紙の現代版で、若者は芸能人のスキャンダルではなくて、身近な人の恋やスキャンダルをみたいという欲求を持っていることがわかりました。つまり、大人が消費していたものが、テクノロジーの進化に合わせて、別の形態で消費されているわけです。

一方で、面白いのは彼女らがテレビを見る時の視点って「どう真似するか」。テレビはCMのエフェクトのかけ方やモーションを真似するための素材なのです。完全に目線がクリエイター視点です(笑)。消費から新たに生み出しているのが面白いですよね。

このようにユーザーへの定性的な調査を積み重ねることによって、そのトライブの全体像を鮮明に浮かび上がらせていく。「象徴的な消費」に注目することによって、これまでのペルソナ像とは違い、リアリティの高い消費者像を特定できるのが特徴的だ。

宮井:
僕たちは「女子高生の動画・写真消費」を調べる時に、MixChannelを中心に捉えて、そこから広げていきます。何かを消費しているので、ビジネスにつなげやすいからです。

■裏コンセプトは「ビジネスマンのためのBRUTUS」

SEEDATAの事業はトライブレポートの作成だけに留まらない。実際にトライブレポートをネタにして事業アイデアを考えるワークショップ「Innovators Flip」などを開催しているが、その他にはトライブレポートはどのように使われているのだろうか。「読む人のクリエイティビティによって、使い方は大きく変わる」と語りつつも、想定外の使い方をいくつか紹介してくれた。

ワークショップ「Innovators Flip」の様子

藤井:
もともと僕らは「商品開発・事業開発のネタ帳」としてこのレポートを使ってほしいと思っていました。裏コンセプトは「ビジネスマンのためのBRUTUS」。これを読むことで、自分の中に生活者をストックできる、引き出しをつくれるといったものでした。
宮井:
最近では、企業内でワークショップを開いて事業開発のファシリテーションをリクエストされたり、「企業の未来」つまり20年後の中長期的なビジョンを見るときにトレンドの芽として活用したいという注文をいただくこともあります。あとは、ビジネス的視点を持たない研究者の方から「技術的視点とトライブで未来を考えて、どういう研究領域に進むべきか、どういう技術を買うべきか」の参考にしたいという声もいただいています。極めてミクロな消費者に注目すると、そこからマクロな社会変化が見えて来ます。

他にもトライブレポートに登場する先進的なユーザーに商品を使ってみてもらいたいといった要望も出てきているという。トライブレポートの活用方法と展開については、大きな可能性を秘めているように感じた。

■今後のSEEDATA 展望

最後に宮井氏は、SEEDATAの今後の事業展開について「toC向け」「スタートアップ支援」「都道府県」「海外」の4つについて語ってくれた。

宮井:
現在、toB向けのコンサルと毎月オフラインのワークショップを開催していますが、企業間取引だけだと、どうしてもトライブの活用方法が狭まってしまいます。私たちの会社やトライブのことをもっと知ってほしいと思っているので、toC向けに、イノベーション創造を学ぶためのオンラインサロンや、トライブレポートのキャッチーな部分を切り取った記事の配信を考えています。

2つ目は、スタートアップ支援。見返りとしてお金以外の何かをいただきつつ、僕らが持つ先進的なユーザーの情報を提供し、事業創造の支援を行いたいと思っています。

3つ目は、都道府県支援です。各都道府県それぞれの特色の違いに注目して、各地域がSEEDATAのトライブデータを活用して新しい事業を生み出していく着想支援のビジネス展開をしたいと考えています。

4つ目は「日本でビジネスをしたい」と考えている外国企業に対して、英語のトライブレポートを販売していくことを考えています。

5年後に大きくなりそうな消費者グループを特定し、一つひとつレポートに仕上げていくSEEDATAの事業は、最初はスケールしにくいかもしれない。しかし、その丁寧な手作業こそが、いずれ競争優位の源泉となっていく。飽くなき消費者への好奇心が、世の中に新しいビジネスや文化を生み出していくのかもしれない。

取材・構成:岡田弘太郎

1994年生まれ。『SENSORS』や『greenz.jp』で執筆の他、複数の媒体で編集に携わる。慶應義塾大学在籍中で、大学ではデザイン思考を専攻。主な取材領域は、音楽、デザイン、編集、スタートアップなど。趣味は音楽鑑賞とDJ。

編集:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。IBMでエンジニア、Adobeにてマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブカンパニー(株)バスキュールにてプロデューサー従事後、2014年に株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×クリエイティブ×マーケティングを強みにプロデュース業や執筆活動を行う。スタートアップ向けのデザイン&マーケティングアクセラレーションプログラム「HEART CATCH 2015」総合プロデューサー。 http://events.heartcatch.me/

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