「欲望をどうデザインする?」ドミニク・チェンが育む編愛コミュニティ"シンクル"

2016.02.05 17:00

ドミニク・チェン氏が共同創業者を務めるディヴィデュアルがFringe81と共同で開発した編愛コミュニティ「シンクル」スマホアプリが正式に本日(2月5日)リリースされた。なぜ今、"編愛コミュニティ"を立ち上げ、育てていこうとするのか。SENSORS.jp編集長・西村真里子がその理由に迫る。情報学研究者らしく話は"人工知能"や"サイバネティクス"にまで及んだ。

シンクル」の特徴は三つ。①「好きなこと」が集まる、見つかる。②共感でつながる、匿名コミュニティ。③オーラで分かる、他ユーザーとのシンクロ率。

「シンクル」は自分の"好きなこと・モノ"(例えば映画、漫画、アートといった文化ジャンルや、その他なんでもニッチな編愛までも含む)を投稿することで、「好き」を共有できる人々と集い、編愛を育むことができるコミュニティだ。好みのトピックごとに、同じ趣味の人たちとポジティブな感情だけで繋がれる匿名の空間であり、FacebookやTwitterといったSNSとはあえて非連携。「個人の中につまった『愛』を編集し、拡張していくことができる『編愛のプラットフォーム』」なのだという。

「なぜ今クローズドなコミュニティを作るのか?」
開発者の一人であるドミニク・チェン氏にSENSORS.jp編集長・西村真里子が迫った。

■ネットには、ポジティブに肯定しあえる空間がない

ドミニク氏が匿名のコミュニティを作ることになったきっかけの一つにTwitterでのある出来事がある。深夜の時間帯に好きな漫画についてツイートをしたところ、Facebookでも繋がっている知人から「ドミニクってそういう人だったんだ...」とのリプライがあった。この件以降、書く内容について萎縮してしまい、SNSが色んな人の顔を思い浮かべながら内容を考えなければいけない場所になってしまったのだとか。
そうしたリアルの人間関係を抜きにして、自由に自分の好きなことを、好きなように書ける場として"匿名空間"がある。ところが、既存の空間にはある欠点があるとドミニク氏はいう。

ドミニク・チェン氏:NPO法人コモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者。博士(学際情報学) 。1月29日に監訳書『シンギュラリティ:人工知能から超知能へ 』が発売された。

ドミニク:
2ちゃんねるのような既存の匿名の空間は"肯定する力"よりも、物事を批判したり、怒りをぶつけたりすることがとても多い。そして、それはあまり良い結果にはならないですよね。物事や人をポジティブに褒めるとか、肯定するっていうのはすごく大切なことですが、そうした文化がネットによって強まったかというと、必ずしもそうでもないと思います。
さらに言えば、メディアの数も増えていく中で、ニュースアプリやSNSのようなツールからどんどん情報が送られてくる。情報が氾濫する中で、自分自身が一体何を欲してるのか分からなくなってくるんですね。

ーーこれまでに二度、各ジャンルのプロを講師として招き、対象(第一回は「アート」、第二回は「漫画」)への愛を深めるためのリアルイベント「シンクル大学」を開催されていますよね。これはどういった狙いなんでしょうか?

ドミニク:
「シンクル大学」はコミュニティの文化醸成の施策の一つなのですが、コミュニティにとって良い書き手を増やすことは不可欠です。良い書き手が増えることで、良質な情報も蓄積されていくんですね。我々にとっての良い書き手とは、深い編愛を持っている人。まさに肯定力を持っている人ということですね。肯定力が他の外部要因に阻害されずに発揮できる場所を、イベントを通じて設計して育てていきたいと考えています。

■人々が日々行う微小なクリエーションから、"才能"が発掘される可能性も

ーー編愛コミュニティのアプリということで、才能を発掘するような狙いもあるのではないかと勝手に推測してしまったのですが、そうした狙いもあるのでしょうか?

ドミニク:
「才能」というのはすごい良いキーワードですね。感覚的な話なのですが、楽しんで何かに打ち込んでいる人は、それがこちらにも伝わって来る。それは文章なんかでも同じで、その熱量のようなものが評価の対象になるのはすごく良いことだと思うんですね。僕はモノを作る人と、受け取る人の対立ってあんまり好きじゃないんです。
どういうことかというと、何かを読んだり、体験したりして、「良い」って自分で思ってることそのものが感情や感覚、つまり価値を創り出しているんですね。ある種、他者と自己との境界が打ち破られる瞬間があると思うんです。だからこそ、ものごとを否定することに時間を費やすのではなく、肯定する力がネット上でもっと拡張されたらいいなと思います。

西村は"編愛コミュニティ"から"才能"という言葉を想起したわけであるが、さらにその言葉を受けたドミニク氏は新たなインスピレーションを得た。つまり、聞く、読む、感じるといった本来パッシブ(受動的)だと思われている行為そのものも創造性や創発性を内包しているのだ。

ドミニク:
大文字の"創造(creation)"ではなくて、微小なクリエーションって誰しもが日々の中で行っているはずなんです。スマホをはじめとした様々なテクノロジーによって少ないタップ数やクリック数で、楽に必要な情報に辿り着けるように日々最適化のスピードは上がっています。でもその"必要な情報"って誰が決めているの?って考えたときに、アルゴリズムなわけですよね。ターゲティング広告にしても、最適化の観点からのみ日々絞り込みがなされていくわけです。自分が好きだと思うことをこのように委ねてしまうことは、果たして良いことなんでしょうか。

ーー例えば大御所のクリエイティブディレクターと一般人で肩書きはないけど優れた視点を持っている人の境界を崩すような、破壊的なポテンシャルを「シンクル」は持っているのではないかと思ったんです。可能性として匿名性だからこそ、自分が良いと思うモノだけを発表できるような世界や、この中で作品を生み出すような人が出てくるのかなとも思いました。

■人間主体に寄り添った人工知能やアルゴリズムが"創造"の幅を広げる

ーー先日『シンギュラリティ:人工知能から超知能へ』という監訳書を出されたように、ドミニクさん自身人工知能に関しても造詣が深いですよね。コミュニティを作っていく上で、人工知能やビッグデータを活用することもあり得るのか。それとも、オーガニックな形で育てていくのか、掛け算の戦略を持っているのかと推測しました。

ドミニク:
鋭いですね。僕は創作物の利用範囲をオープンにする運動であるクリエイティブ・コモンズ・ジャパンの理事をやっていることもあって、人間がモノを創るにあたって完全にゼロベースということはないと思っています。モノが作られる時、それは必ずあるリファレンスポイントに対して発展させたり、働きかけたりするわけですね。そうした情報の生態系の中で文化は育まれていくと考えています。
TwitterやInstagramを通じて、言葉や写真を使いながら何かを伝えるっていうこともリミックスのような作業をしているわけですよね。映像を作れる人は映像で、言葉が達者な人は言葉で。そういう意味で僕はクリエーションとはもっとフラットなものだと捉えているわけです。

「シンクル」を共同開発するFringe81の執行役員・尾原和啓氏とミーティング中の様子。

コミュニケーション=クリエーションだと捉えるドミニク氏が好きな言葉として挙げた「読むことは、書くこと」。読書の最中でも読者の頭の中では"再解釈"というある種の"創造"が始まっている。人間の記憶は限定的であり永続的なものではないが、ITの力によって微小な記憶のスパイクも拾うことが可能になりつつあることをドミニク氏は指摘。

ドミニク:
これからは人間主体に寄り添った人工知能やアルゴリズムがどんどん必要になっていくと思うんです。「人工知能だからダメ」とか「人工知能は非人間的」といった不理解に基づく残念な状況を僕は払拭すべきだと思っていて、何のためにそれを使うのかということが本来は重要なはずですよね。

■AIへの依存が強まるほど、浮き彫りになる"生命としての人間"

日々膨大な情報を消費していく中で、我々自身が本来持っている自分自身の嗜好性に対する記憶喪失のような感覚をドミニク氏は覚えることがあるのだとか。たしかにSNSのプッシュ通知も巧妙にチューニングされており、コミュニケーション圧力は日々高まっているように感じられる。そうした中で、それらは本当に必要な情報なのか?自分のクリエイティブな時間が阻害されてはいないか?こうした自己内省の中で、「自分の欲望をどうデザインするのか」という命題が浮かんだのだという。

ドミニク:
誰からも頼まれなくてもやることをやってると"才能"になると思うんですよ。誰かに命令されてやっていることで"スキル"はつくかもしれないけど、それは才能ではなく"能力"。これは"知能"と"知性"の違いにも通ずる話で、前者は解決の仕方が分かったあるメソッドを覚えて反復すればできる世界です。例えば数学の公理や方程式の解き方を覚えて解く試験なんかは知能。答えがあるかも分からない未解決の数学の問題にチャレンジしていくのは知性の領域だと思うわけですね。そして、それは勇気の要ることだと思う。

ドミニク氏がコミュニティを育んでいく上で、原体験として頭に刻み込まれているのが約7年前にリリースしたサービス「リグレト」を通じて得られた知見だ。

ユーザーは凹んだことについて投稿をすると、別のユーザーが慰めてくれるというシンプルなサービス。気持ちがスッキリしたらモヤモヤは成仏され、悩みは昇天し消失するデザイン設計になっている。

ドミニク:
"凹み"とか"慰め"っていう行為には老若男女を超越する普遍性みたいなものがあって、ユーザーは下は中学生から、上は70代まで様々だということがアンケートから分かったんです。こうした人々が同じ場所で励まし合っているというのは、インターネットでしかできないことかもしれません。インターネット上のことではあるけど、人間味がすごくある。この経験がネットコミュニティを育んでいく原点にありますね。

ドミニク氏の大学院の後輩でもある筆者(長谷川)はインタビューを通じて、哲学者・ハイデガーの「情報は命令」であるという言葉を思い出していた。これに対し、ドミニク氏はコンピュータの原型を発明したフォン・ノイマンと「サイバネティクス」の提唱者として知られるノーバート・ウィーナーの世界観を対比しながら後者の見立てを支持する。

ドミニク:
ノイマンは全てが他律的な、つまり他者に依存する世界観でコンピュータを構想していたのに対し、ウィーナーはもっと有機的で、生命寄りのコンピュータを考えていた。例えばビッグデータ的な観点は、世界のみんなを全体として一つの生命体として、模範解答を導き出すわけですよね。でも僕には僕の、西村さんには西村さんのすごく偏ったコミュニケーションの受け取り方があるかもしれないわけです。それこそが生命だし、面白いと思うんですよね。AIへの依存傾向が強まるほど、逆に生身の人間の面白さが際立ってくるのはすごく面白い現象だし、希望が持てると思うんです。

「雇用を奪い、最悪の場合は人間を襲うのではないか」悲観論から語られることが多い人工知能(AI)に対し、人間に寄り添うポジティブなアプローチからテクノロジーを捉えるドミニク氏。「シンクル」を使ってみればすぐに分かるが、柔らかであたたかみのある世界観の中、人々は各々の"編愛"について語り合っている。この世界観に浸ってみると、日々自分は情報を追っているつもりで、実は情報に追われていたのではないかという疑問が湧いた。あなたも「シンクル」を使って、自分の欲望(編愛)を自身の手でデザインしてみてはいかがだろうか。

後編「100年後に残したい理想の漫画雑誌とは」『モーニング』副編集長・北本かおり×マンガナイト・山内康裕ではドミニク氏へのインタビュー同日に行われた「シンクル」のリアルイベント「シンクル大学」の模様をお届けする。

取材・文:長谷川リョー

SENSORS Senior Editor
1990年生まれ。『SENSORS』や『WIRED.jp』などで編集者/ライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。東京大学大学院学際情報学府にてメディア論を研究。最近は「人工知能」にアンテナを張っています。将来の夢は馬主になることです。
Twitter:@_ryh

聞き手:西村真里子

SENSORS.jp 編集長
国際基督教大学(ICU)卒。IBMでエンジニア、Adobeにてマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブカンパニー(株)バスキュールにてプロデューサー従事後、2014年に株式会社HEART CATCH設立。 テクノロジー×クリエイティブ×マーケティングを強みにプロデュース業や執筆活動を行う。スタートアップ向けのデザイン&マーケティングアクセラレーションプログラム「HEART CATCH 2015」総合プロデューサー。 http://events.heartcatch.me/

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