「100年後に残したい理想の漫画雑誌とは」『モーニング』副編集長・北本かおり×マンガナイト・山内康裕

2016.02.12 13:00

ドミニク・チェン氏が尾原和啓氏らと手を組んで開発する、編愛コミュニティアプリ「シンクル」。彼らはアプリだけではなくリアルイベント「シンクル大学」も併催しつつコミュニティを広げていく。その第二回のテーマは「漫画」。編集者/キュレーターの塚田有那氏をモデレーターに講談社『モーニング』副編集長兼国際ライツ事業部副部長の北本かおり氏とマンガナイト代表の山内康裕氏を講師に招いて行われた。参加者も実際に「シンクル」を使いながら行われた、イベントは"編愛"に包まれていた。

前編となる「「欲望をどうデザインする?」ドミニク・チェンが育む編愛コミュニティ"シンクル"」では開発者の一人であるドミニク・チェン氏になぜ今、"編愛"コミュニティを作るのか理由を伺った。

各ジャンルの"プロ編愛家"を講師として招き、定期開催されるリアルイベント「シンクル大学」。ドミニク氏によれば、コミュニティの文化醸成を促すために行っているという。前回のアートに続き、今回のテーマは「漫画」。SENSORSも実際に参加させていただき、その模様を届けする。

【登壇者、左から】講談社『モーニング』副編集長・北本かおり氏、マンガナイト代表・マンガナイト代表の山内康裕氏、モデレーターを務めた編集者/キュレーター・塚田有那氏

■「学習マンガ」と『チェーザレ』漫画に携わる二人のお仕事の一例

イベントの冒頭、「マンガ×コミュニケーション」をテーマに掲げ、漫画に関するイベント、ワークショップ、プロダクト開発を行うユニット「マンガナイト」代表の山内康裕氏から、自身が選考委員・事務局長を務める「これも学習マンガだ!」というプロジェクトの紹介が行われた。

「文学」「歴史」「科学」「スポーツ」なら幅広いテーマ11個にそれぞれ、"学べる"漫画が選書されている。

山内:
漫画の文法を普通に読みこなすことができるのは日本独特の文化ですし、暗黙知を共有しやすいというのも漫画の良さだと思っています。「これも学習マンガだ!」というプロジェクトは試みの一つなのですが、僕は一つ問題意識があったんですね。子供の頃、図書館に行くと『はだしのゲン』くらいしか漫画がなかった。もしあの頃に、『ブラックジャック』や『風の谷のナウシカ』があればもっと価値観が多様になったと思うんです。
塚田:
「マンガで学ぶ」って素晴らしいコンセプトですよね。私も『大奥』を読んでから、徳川幕府の系譜に強い興味を抱くようになりました。フィクションの世界だからこそ、どこまでが史実で、何を描きたかったのかを考えてしまう。漫画が歴史や文化へ興味を持つトリガーになるんですよね。

今回、講師として登壇した『モーニング』副編集長の北本かおり氏が立ち上げから担当した『チェーザレ 破壊の創造者』も歴史カテゴリーに選出されている。

舞台は15世紀のイタリア、主人公はレオナルド・ダ・ヴィンチのパトロンだったチェーザレ・ボルジア。ダ・ヴィンチのアーティストとしての才能に加え、科学者・技術者としての才能も見抜き、政治に巻き込んでいく。

塚田:
膨大な史実をベースとする歴史漫画がどのように作られているのか、読者からは想像がつきにくい世界でもある。北本さんのような編集者の方がいることで、作家と二人三脚で生み出されているのだろうと想像するのですが、具体的にはどのような制作過程があるのでしょうか?
北本:
この作品は資料を参照しながら、相当調べ上げて作っています。それこそ当時の手紙などの古文書にあたったり、ローマの教会に行って、墓碑を読みながらマンガに登場する歴史上の人物の墓の場所を特定するみたいなマニアックなことまでしていますね。

チェーザレ惣領冬実の描くシスティーナ礼拝堂。氏の描き込みの妙がわかる一枚である。((C)Fuyumi Souryo2016)

塚田:
チェーザレの素晴らしさのひとつに、例えばこの絵なんかを見ていただければ分かるのですが、「どこまで描くんだ...!」っていうくらい完璧で精緻な「絵力」がある。最も印象的だったのは、ミケランジェロ「最後の審判」の祭壇画で有名なシスティーナ礼拝堂のシーン。作中の物語は1491年。ミケランジェロが絵を描く前の時代だったため、「最後の審判」が描かれる前の礼拝堂の壁画に何が描かれていたのかを調べて復元した。つまり、資料がほとんどない過去の状態を再現できるまで徹底的に調べ上げたという逸話を聞いたのですが、そこまで歴史と真摯に向き合いながら漫画への情熱を注ぐことに感動を覚えました。

講師二人が手がけてきた仕事を紹介しつつ、いよいよイベントの本題である「理想のマンガ雑誌をつくること」に入っていく。

■WEB漫画が台頭する中で、漫画雑誌の意義とは?

「理想の漫画雑誌」というテーマを発案した山内氏は雑誌の売上が落ち、単行本のみを購買する人が増えている現状を指摘する。

山内:
雑誌は漫画業界の中心でした。中心に雑誌があって、ある程度溜まったところで単行本で発売する。今は雑誌の売上が下降傾向で、単行本だけを買う人がいるんですね。そうした中で、改めて「雑誌の意義って何だろう」ということを問い直す必要があるのではないかと思うんです。
北本:
雑誌って基本的に編集長のものなんですよ。なので、雑誌を読んでいて「なんかちょっと変わったな」と思ったら、だいたい編集長が変わっている。『モーニング』がマス化していったのは90年代から。当時の世情を反映した『沈黙の艦隊』という作品の横に『ホワッツ マイケル』という踊る猫の物語がある。さらには『島耕作』がある。その雑多さの中に、いわば大人向けのファンタジーがあったんですね。
時代のニーズと出てくる(作家の)才能の傾向みたいなものに加えて、それに対してアンチテーゼで行くのか、それとも乗っかるのかという編集長の好み。編集長がなにを時代に問うかという哲学といってもいい。これが三位一体となって漫画雑誌はできていると私は思っています。

イベントの後半では参加者が「シンクル」のアプリを使ったワークショップを実施。例えば「100年後に残したい理想の漫画雑誌とは何か」というトピックでは、『寄生獣』や『風の谷のナウシカ』、手塚治虫作品などが参加者から次々と挙げられた。

塚田:
雑誌は「編集長の哲学」である一方、時代の趨勢に応じて、売上とのバランスもとらなくてはいけない世界ですよね。そのさじ加減はどのように?
北本:
私は入社の頃から、断続的に表紙の担当をやっていたんです。表紙って雑誌を俯瞰して見るので、編集長の次に雑誌をトータルで見るんですよ。「『モーニング』は比較的単行本が売れる雑誌」と言われるのですが、単行本が売れる作品というのはやはりよく練られた上質な作品が多い。そういう作品には当然作家さんの実力と、時間が必要で。結果、ベテランの作家に休載してもらってでもクオリティ重視で良質なものを作るというスタイルを取っていた時期もありました。
とはいえ毎週読んでくださっている読者の方からは当然「せっかく楽しみにしてたのに休載が多い」というご批判もいただくので、当然そことのバランスをとることはずっと課題でした。
山内:
WEB漫画で見せていって、単行本でマネタイズっていう潮流もあると言えばありますよね。ただ、面白いことにWEBで読まれる漫画と単行本で欲しい漫画は違う。なので、細かく数値を取れるWEBの特性が、実際に紙を刷る段階で効果的に活かせないというジレンマがあるんですね。極論でいうと、描き込んだ作品の方をやっぱり手元に置きたいのかなという傾向はあります。
塚田:
「LINE マンガ」の普及などで、スマホで漫画を読む人も増えていますよね。
山内:
電子書籍も8割くらいは漫画が売れているそうです。それこそ80巻も出ている『ワンピース』などは本棚に並べるだけでけっこうな面積と量になりますよね。特に結婚している男性なんか、嫁にバレちゃうので漫画もなかなか買えないですから(笑)

2006年より宝島社が発表している「このマンガがすごい!」。2016年の一位に選ばれた作品は『ダンジョン飯』(オトコ編)と『ヲタクに恋は難しい』(オンナ編)

塚田:
私が最近感じるのは、大量の情報の中から良い漫画を見つけにくいことなんですね。宝島社「このマンガがすごい!」のような書店員を中心とする玄人のレコメンド機能や、ネット上でファンコミュニティが生まれ、荒削りな作品をファンが応援することで認知を得た『進撃の巨人』のヒットなどが事例としてあると思うのですが、まだ見ぬ金の卵を輩出するプラットフォームとして雑誌があると思うんです。
山内:
新作をパラパラと見て、「あ、これ面白そう」みたいな行為が電子だとどうしてもできなかったりしますよね。WEBサイト上で"パラパラ感"をいかに出すのかは次の課題かもしれないです。

■成熟期に入った"文化としての漫画"をいかに保全し、発信していくか

国際ライツ事業部も兼務する北本氏は昨年、『チェーザレ』を描いた惣領冬実氏と共に日仏協働のプロジェクトを始めた。ヴェルサイユ宮殿、仏・グレナ社、そして講談社の三社が組んで、ヴェルサイユを舞台にした漫画を描くというものだ。背景にはフランスでこどもや一部のオタク層だけでなく、一般にマンガが広まってきた昨今のトレンドにヴェルサイユ宮殿が注目したという経緯がある。 三週間のパリ・ヴェルサイユ滞在を通して、普段は公開されていないヴェルサイユ宮殿のアーカイブ資料にも多く触れる機会を得たという。(その際の体験は、北本氏自身によるコラムに詳しい)
成熟期を迎えた、文化としての漫画が取るべき施策を考えたとき、こうした海外へ向けた取り組みは間違いなく一つの形となりうる。

塚田:
「クールジャパン」という言葉が使われ始めてから久しいですが、一方的に漫画やアニメを他国に押し付けるだけでは文化齟齬が生まれかねない。北本さんらの挑戦は、その意味ではこれまでとは逆のアプローチで、今後はちゃんと各国のコンテクストを読み込んだ上で、伝えていくことが重要だと感じました。
北本:
日本の子供たちが漫画のコマ割りを読むのが難しくなっている一方で、海外ではこのコマ割りを追うという漫画文法とも呼べるものを習得し、読める人がどんどん増えているんですね。そこには単行本の巻末にコマの読み方のページを入れるといった布教につとめてきた海外ライセンシーの努力があります。日本よりも海外の方がマンガの新規読者が増加しているという、グローバルに漫画が受け入れられ拡大している中で、もう一回日本から発信するにあたって、「漫画って何なんですか」っていうことを一旦整理することが必要かもしれないです。
山内:
今の60〜70歳くらいの人からすると、漫画って初めは"流行り物"だったと思うんですよ。いつしか漫画は文化となり、今では成熟期を迎えている。成熟期に取るべき施策ってあるはずなんですね。ただ単に売ればいいということではなくて、世界に向けて発信するだとか、文化としてどういうふうに保全していくのか。
北本:
フランスでのプロジェクトは「世界遺産であるヴェルサイユ宮殿をフランスの若い人に知ってもらうために一番リーチするメディアが漫画ではないか」という考えからこちらにオファーが来たんです。
作者の惣領冬実さんと話していたのが、今までは日本の読者に読んでもらうことを前提に描いていたけれども、視点を変えて初めからフランスと日本に向けて描いてみるということ。そうすると、本質的に伝えるべきモノも変わっていくんですよ。こうした試みを精度を上げながらどんどんやっていくことが、成熟期だからこそできることの一つの解ではないかと思います。

トークセッションの中で印象的だったのが、登壇者のうち誰かがある漫画のタイトルを挙げるたびに参加者の誰かが「うん、うん」と深く頷いていたことだ。加えて、「シンクル」を使ったワークショップが始まるやいなや、各スレッドは活発に盛り上がっていた。こうした草の根的なコミュニティ作りがボトムアップでの文化創造を下支えしてくのだろう。

【イベントで盛り上がった「シンクル」のトピック】
タイムマシンで10代の自分に渡したい理想のマンガ雑誌
100年後に残したい理想のマンガ雑誌を考える
5000円払ってもいいと思えるマンガ雑誌を考える
「わたしはこれでオトナになった」と思うマンガについて語り合おう

取材・文:長谷川リョー

SENSORS Senior Editor
1990年生まれ。『SENSORS』や『WIRED.jp』などで編集者/ライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。東京大学大学院学際情報学府にてメディア論を研究。最近は「人工知能」にアンテナを張っています。将来の夢は馬主になることです。
Twitter:@_ryh

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