小室哲哉・脇田玲インタビュー完全版 「アルスエレクトロニカ」舞台裏を語る

2016.10.21 12:00

オーストリア・リンツで30年以上の歴史を持つメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」。9月に行われたばかりの今年の"アルス"では、小室哲哉氏が、慶應義塾大学環境情報学部教授 脇田玲氏とともに作り上げたオーディオビジュアルインスタレーションを発表。このインスタレーションの制作舞台裏を語って頂いた。

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小室哲哉氏・脇田玲氏

10月16日(日)の放送でもお届けした小室哲哉氏・脇田玲氏のインタビューを、Webではほぼノーカットでお届け。「テレビでこんな話をするのは初めてですね」と小室氏も語ったほど、様々な話題が飛び出した。

今回の作品は、自然界の目に見えないモノをテーマに科学と美術を横断するアート活動を展開する脇田氏が、「風」や「熱」の力学に基づいて、靴のソールの周りの圧力伝播を物理シミュレーションで8K映像に落とし込み、小室氏がその映像に音楽を加えていくというもの。

■アートにおける映像と音楽、制作におけるスピード感の違い

--今回の作品はどのようなものなのでしょうか?

脇田:
靴のソールの周りの小さな出来ごとを、物理や数学を使って可視化した作品です。私たちが歩いたり走ったりする際に、ソールの周りにはとても美しい圧力の模様が生成されています。物理シミュレーションを通してミクロな世界の様子を8Kという巨大な映像で捉えようという試みなのです。
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小室:
クラブイベントではVJがいて、目で追いかけられない位のスピードの映像が展開されますよね。そういう映像を見ることが多いですから、最初に映像を見たときは「なんてゆっくりなんだろう、静止画かな」と思ったくらいのスピード感でした。BPMはいくつなら合うのかな?と。例えばハウスなら120〜130などジャンルごとに合うBPMがありますが、そもそも音楽のジャンルならどこに入るんだろうかと。まず音楽的な数値が見えなかったので、脇田先生に色々僕なりの問いかけをしていきました。
脇田:
映像と音楽とでは共通の言語がなかったので、お互いの立場を尊重しながらも、創作のための共通言語の探り合いから始まった感じです。例えば、はじめは穏やかな動きをしている流体が徐々にダイナミックな流れへと変化していく様子から「ボレロみたいだね」という話をしてみたり、ドビュッシーの曲の美しさから共通の世界を意識してみたり、「透明で突き抜けていく感じ」という感覚的な言語から共通する方向性を探ってみたり。
小室:
「音色」ということばには「色」が入っていますけれど、映像の色味によって音が荒々しくなったり、静寂になったりとか、僕なりにも(脇田)先生なりにもイメージがあったと思うんですね。ならばその映像の色のイメージが例えば赤となった時に、先生の場合は数字を全て2進法でスパコンに打ち込んでいかないといけない。僕はこれ(シンセサイザーのフィルターをいじる)だけでも色味、音色が変わりますよね。音色もコンピューター上では数値として残りますが、映像はその比じゃない、気の遠くなるような数字の羅列なんですよね。ちょっとした変化をさせるだけでも一瞬で変えることが出来ないので、僕と比べるとすごく、大変なんですよ。
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--言語も違えば、作業のスピードも違うという。

小室:
映像、特にアートにおける映像は忍耐も必要だし、割り切る・あきらめるというか、自分なりのルーティンワークを決めないとやっていけないものなのかなと思いましたね。音楽の場合、特にポップスは、明け方までやるとなんとかグルーヴ感が見え始めて、形になったりするんですよね。
脇田:
市販のCGのソフトウェアで映像を作る場合はもう少し楽に作業ができるかもしれませんが、私は独自に開発した物理シミュレーションを使って映像を作っているので、条件を入れて「あとはよろしく」と委ねるしかないんですよ。出てきたものが納得いくものかどうか答えが出るのが8K映像の場合、4〜5時間程度かかります。なので、夜中の3時くらいにむくっとおきて様子を見に行ったり。シミュレーションが途中で破断して、映像が真っ黒になってしまうこともあります。
でも、作業が大変な中でも絶対にいい作品になるだろうと確信を持てたのは、転調の存在ですね。小室さんはマイナーからメジャーへとコードが絶妙に気持ちよく転調する方法をポピュラーミュージックに定着させましたが、物理シミュレーションも同様の変化のポイントがあります。最初はしっかりした秩序のある流れが、あるタイミングでカオスに変化する特異点があるんですよね。そのタイミングを音楽における転調のポイントとしっかり合わせれば映像と音楽がうまく同期する、これは最初に小室さんとお話した時に、共通認識として確認したものです。
小室:
先生は制作過程で色々な言葉も使いますよね。例えばエアロダイナミクス。言葉だけで映像が浮かびますし、音色も浮かんだりしますよね。その言葉に合った音というのがあるんですよね。

--エアロダイナミクスとは何でしょう。

脇田:
空力(空気力学)ですね。よく自動車の空気の抵抗を少なくする為に滑らかなボディにすることを、エアロダイナミクスを意識したデザイン、という風に言いますよね。圧力の伝播、速度、密度という視点でどのように空気がスムーズに流れているのか、その見えない世界のリアリティを映像や音で見える化したときに日常がまた違って見えるし、そこにのる音ってどんなものだろうって考えると、まだドキドキしますよね。
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■アートフェスティバルは「やってみていいよ」という機会

--創作を通してお互い刺激し合うことで、気づいたことはありますか?

脇田:
小室さんの音楽が私の映像に乗った瞬間に、自分の作品に別の新たな解釈が生まれました。次々と音が乗り始めることで映像が全く違うように活き始めるので、毎日が本当に発見の連続でやりとりがとても楽しみでした。メディアアーティストって目的やコンセプトを事前にしっかりと決めがちなのですが、そういうのを超越した作品になっていきました。いい意味で想定外といいますか、どうなっていくのだろうというワクワクですよね。
議論も面白かったですね。スタジオ収録の休憩時間に外に出て、エンターテインメントとアートの違いや、音楽とプログラミングにおけるコードの類似性について話したり。また、小室さんの驚異的な集中力と創作の素早さは自分のものづくりと全く違うので、一人の作り手としてその作法や態度に刺激を受けましたね。
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小室:
色々と話をして、ちょっとしたショートムービーのサウンドトラックをつくるようなイメージになっていきました。ドラマチックにしたいなというか。イントロがあって、クライマックスがあって、エンディングがあって、アウトロがあって。もちろんこういう映像を見るのは初めてなんですが、サントラのように音を付けていく手法に置き換えていくと自分の中でストンと落ちました。
また、ヘルツで30から22,000までトライしましたが、CDで入らない低周波・高周波が出来るのは音楽家として楽しいですよね。欲を言えば、アルスの会場のスピーカーシステムがそういったものに対応できると、さらに映像が活き活きしたかなとは思っています。今回は5.1chサラウンドだったんです。7.1くらいがよかったなとか、下にウーハーが欲しかったなとか、もっと良いサウンドシステムでこの映像を見てみたいですね。
ただ、今回のパフォーマンスはある意味プロトタイプだったのかなと思います。そういう場所で「やってみていいよ」という機会こそがアートフェスティバルというか、アルスというのはそういう場所なんだとも思いましたし、完璧じゃない、途中過程のものを見せる場でもいいのかなという気分にもなりましたね。
脇田:
そうなんですよ、出来上がったばかりのサウンドをスタジオで体験させてもらった時は、それはもう凄くて。熱病におかされたような、変な高揚感にしばらく浸っていた位でした。その感動を皆さんとシェアする機会は今後訪れるのかもしれません。
小室:
アルスのブースは映像が60〜70%、音は30%、もしかしたら80%が映像かもしれないくらいのシステムなのかなと行ってすぐに感じましたね。映像と音が同居するような、先生のためだけのブースを作っても良かったかもしれません。
脇田:
メディアアートをやっているなら、本来はメディウムそのものを作るというか、再生に最適な環境まで作っていかないとならないな、と改めて思いましたね。
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小室:
音響もそうですが、先生も今回日本で作られていたデータを向こうにマッチさせることには凄く苦労されていました。音もスタッフを連れて行って出来る限りのアジャストはしてもらったんですけれど、最終的には限界があるので。ただ、限界という言葉だとネガティブに聞こえがちですけどそうではなく、アートなので。プロセスの途中がこうで、またすごいところで見てみたいなという気持ちになれるんですよね。
テレビですけど、こんな話をするのは初めてですね(笑)。先生とは、音楽の基礎的なお話もしたんです。和音とか、倍音とか。一音、二音、三音目で何が変わるとか。それを改めてするのも久しぶりでしたし、それをまたこうやってテレビで話したこともないですし。
脇田:
それが最初のお話でしたよね。小室さんはすごく哲学的で、かつロジカルです。三音目で人の感情が動くとか、人の感情を動かす最小要素は何かとか、すごく数学的な作り方をされているんです。
小室:
一音目、二音目、三音目がくると、急にグルーヴ感を感じたり、切なさを感じたりする。つまり少なめの音で表現できるので、少なめの音で行きましょうか、というお話をさせてもらいましたね。

■"アート"と"エンターテインメント"の違い

--今回の感想について改めて聞かせてください。

小室:
「今年はこんな感じ」というプロセスを見せてもいいのがアートであり、エンターテインメントとの違いですよね。エンターテインメントというのは、「もう絶対にこれで仕上がっていなければいけない」というものがあって、当日には完璧以外の何者でもないものを求めなければいけないですが、アートは完成までに終わりがないというか、むしろ「終わらなくていい」ということですよね。スピード感を自分で決められるというか。
僕がみなさんに得意と思って頂いているのはおそらく、タイアップや、決まった歌手の方に書くことなど、縛りが多いものだと思います。(今回のような作品は)その真逆なので。やっぱり自由過ぎるとそれはそれで大変なんですよね。何もないところから作っていいと言われると「これはちょっと考えさせて」ってなりますよね(笑)。でも、これがアートなのかもしれないなと思いますね。何もないところから「こんなものってどう」という会話で作り上げていくプロセスは、画家の人が真っ白なところにどんな筆でどんな色を入れていくか、ということに近いですよね。

--他の作品もご覧になって、影響を受けたことや、発見はありましたか?

小室:
自分の中の発見としては「エンターテインメントも悪くないな」ということですね。アートとアートをいくつか組み合わせると、エンターテインメントになる。何も思っていない人の心を揺り動かすことが出来る。「これとこれとこれを組み合わせるとエンターテインメントになるな」と作品を見ながら考えていましたね。エンターテインメントの業界ももっとアートを取り込んでいくべきだと思いますね。EDMのフェスなどでも、そういった動きもありますよね。
あと、アーティストのみなさんがスレていない(笑)。僕らと比べるとピュアなんですよね。「ウケる気がない」というか、人気を博すとか、そういうものとはほど遠くていい、そういうことは頭のかけらにも考えていない、確実にそういう気持ちが伝わってきました。論評自体も「ウケた・ウケていない」「良かった・悪かった」の評価ではなく、評価の基準は何なのかというと、人がいつも使っていない・動いていない所が、見たり聞いたり体験したことで起動するような...上手くは言えないんですけれど、そんな気はしたかな。
エンターテインメントに使う「ウケた」「凄かった」「圧倒された」という言葉がどれも上手くハマらないですし、エンターテインメントの時に使っている体の違うところが揺り動かされるような全く違うものなんですよ。受賞式でプレゼンターをされていた芸術監督さんも、観点が全く違うんですよね。なんというか、非常に難しいんだよな...一週間ほどの滞在だけで、(その観点は)とても分かった振りすら出来ないような感じがしました。作品の締切は一応ありますけど、デッドラインというものではなく。エンターテインメントでは締切はデッドラインじゃないですか。でもリンツを離れても、締切は終わっていないんですよね、全然。
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脇田:
アルスのフューチャーラボの小川秀明さんは、「カタリスト」=触媒という言葉を使っていますね。その人の中で普段は使われてない神経の回路や思考の回路の働きをどんどん推進させる。対象は人だけでなく社会でもいい。違う見方を浸透させる。普段は意識に上がって来ない識域の下にあるところを上げてくる、ということですね。

--日本でもアルスができるといいですよね。

小室:
そうですね。でもリンツという街が、もう生まれたときからのアート感覚の街・住人の方達なんですよね。そのまず基本の精神を変えていかないといけないですよね。日本、特に東京では様々なものをクリアしていかないといけない。リンツでは「こんなに外で音を出していてもいいのか」ということがやたらと起きているわけですし、普通のお店の方とかも楽しそうにお店から出たりして...ああいった環境はリンツだからこそなんだろうなとも思いました。

--今後もアートへの関心は高まりそうですか?

小室:
そうですね、今後も色んなことを教えて頂いて。ただやっぱり一番の関心は「音」ですね。こういう映像がある時に、どんな音が合うかどうか、ということです。
今はテレビなりスマホなりでいろんな音が来てもみんな何も思わないですし、家中色んな電子音が鳴り響いている中で生活しているわけですよね。だけれども、そこで刺激的な音だったりとか、人を癒す音だったりとか、そういった音が開拓の余地がありますよね。例えば医療において、音の力で癒す、サポートする、ということもあると思います。

このインタビューの一部や、現地での貴重な映像はこちらhttp://cu.ntv.co.jp/sensors_20161016/)から(10月23日 午前1時24分まで)視聴出来る。アルスでのインスタレーション作品は現在発表の予定はないとのことだが、またアップデートされたこの作品を楽しめることを期待したい。

構成:市來孝人

SENSORS Web副編集長
PR会社勤務を経てフリーランスのWebエディター・PRプランナー・ナレーターなどとして活動中。「音楽×テクノロジー」の分野は特に関心あり。1985年生まれ。
Twitter:@takato_ichiki / Instagram:@takatoichiki

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