『イヴの時間』吉浦康裕監督が語る人工知能とこれからのSF

2016.10.07 09:00

10月15日から『劇場上映 ゴーゴー日本アニメ(ーター)見本市』で一週間限定で劇場公開される『機動警察パトレイバーREBOOT』。その監督である吉浦康裕氏は、「 "人間型ロボット" (アンドロイド)が実用化されて間もない時代」を描いた『イヴの時間』を2008年に制作している。SF作家アイザック・アシモフの「ロボット三原則」をベースに、現実に近い未来の世界にアンドロイドが生活に入り込んだらどうなるのか?をテーマとし、それに接する人の心理の面まで深く切り込んだ作品である。かつてはSFの題材であった人工知能(AI)が普及しつつある今、吉浦監督にサイエンス・フィクション(SF)はどうなっていくのか?を伺った。

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©Yasuhiro YOSHIURA/DIRECTIONS, Inc.

■ロボットを悪者にしたくなかった

--吉浦監督はアンドロイドが普及する世界を描いた『イヴの時間』を手がけられていますが、制作当時AIらしさアンドロイドらしさというのはどれくらい意識されて作られていたんでしょうか?

吉浦:
実は『イヴの時間』のコンセプトはそことは微妙に実は違っていて、人間そっくりなアンドロイドが家事を手伝うために実用化された時に、古典SFだと労働者が仕事を奪われるんじゃないか?という問題になり、反ロボットと軋轢が生まれるっていうのが1個のパターンなのですが、それをもっと色々な人に見てもらうにはどうすれば良いのか?と考えた時に、その問題をもっともっと個人的な話にして、思春期の男の子の家に女性型アンドロイドが来たらそれはそれで大変だろうっていう、そういった個人の範囲の話に落とし込めたんです。だからあくまで人間側の反応がメインの話でアンドロイド側については主軸には考えていない企画だったんです。

--それでも相当考察はされていますよね。

吉浦:
もちろんそうですね。ただ技術的な描写についてはある程度は割愛したかなと思っています。もともとAIものが好きだったので知っている知識は全部入ってはいるんですけど。やっぱりアシモフが好きなので。「ロボット3原則」ですね。

--『われはロボット』にはやはり雰囲気がすごく近いと感じました。

吉浦:
あれを作りたかったっていうのは非常に大きいんですね。早い話がロボットを悪者にしたくなかったんですよ。まず絶対に人間に尽くすし人間の幸せのために動いてくれるというのが前提にあって、その行動の結果、人間から見るとちょっと怖く見えることもたまにあるのだけれども、最終的には良い関係になっていくっていう風にしようというのは最初からありましたね。

■AIの力を借りて人間がより面白いものを作るという相乗効果をちょっと期待してます

--かつてはフィクションの中のものだったものが近年は次々と現実のものとなっていて、現実にはレンブラントの新作を描いたAIが現れました。『イヴの時間』の作中でも画家アンドロイドの誕生の新聞記事が登場し、ただの模倣ではなく一度解析して抽象化した上で描くというふうに言及もされていましたね。

吉浦:
そうですね。本質をディープラーニングして、再構築するという。

--これは全く同じになっていますよね。

吉浦:
ハードウェアとしての人間の体っていうのはまだまだ難しいんでしょうけど、それ以外に関しては概ね追いついてきているなという印象はありますね。

--あとは意識の再現などの部分では、『イヴの時間』が現実より先を行っているのかなと思います。

吉浦:
最近のディープラーニングとかを見てみると、あれって人間の脳細胞と同じことを再現しているようになっているので、「意識の再現なんて出来るわけないじゃん」って鼻で笑っていられなくなったなと正直思っています。

実はディープラーニングの松尾豊准教授が書いたAIの本の表紙に『イヴの時間』を使って頂き、それで松尾准教授とお話しする機会がありまして簡単な講義をして頂いたんですけれど、AIは今から右肩上がりに登っていくと仰っていて、すごいところに行っているなと思いましたね。

例えばAIによる物語の構築においても、人間のような情感を持って描くわけじゃなくて、きっと様々な物語の集積とかを研究して吐き出すんでしょうけれど、今あるエンターテインメントの理屈や教科書、ロジックも人間の快感原則に合いながらも、ある時突然違うロジックの物語がポロッとAIから出てきたら、今度はそれを元に人間がより面白いものを作るという相乗効果が生まれるという期待はちょっとありますね。AIだけに任せるというよりは、AIの力を借りて人間側のエンタメのブレイクスルーが起きるというようなことがあると。
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©Yasuhiro YOSHIURA/DIRECTIONS, Inc.

■フィクションで理想的な良い方向を描き続けるのは大事なこと

--最近ではシンギュラリティという言葉が現れて、AIが人間の知能を越えていくことに対して危惧しているという人たちもいますよね。

吉浦:
僕はそんなことはないですね。

--『イヴの時間』の作中では倫理委員会というアンドロイドを規制しようという組織を登場させていますが、アンドロイドを完全に否定するというのともちょっと違うようにも見えたのですが。

吉浦:
あれは僕的には非常にキナ臭い組織として描きました。もっとドロドロとした利権とかが絡んでいて、日本がAI先進国になると困る人たちがとにかくアンドロイドを貶めようとしている...... そういうつもりで描きました。CMをバンバン打って、とにかくアンドロイドは危ない、ネガティブ、恥ずかしいっていうのを植え付けようとしている。もちろん社会派なドラマが描きたかったわけではないので、そういった要素はあくまでほのめかすだけで、分かる人が分かれば良いという、そのぐらいなんですね。今見るとちょっと分かりにくいかなと思ったんですけれども。

--そうだったんですね。現実にはAIやアンドロイドに反対する勢力が大きな力を得るのかな?というのは分からないところですよね。

吉浦:
多分、人間の生活に革命的な何かをもたらしたら、その波の前に反対勢力は無力な気がしますね。危機感っていうのはあるとは思うんですけど、自分は物語の中とはいえその危機感とか危惧を描いてしまうと現実になってしまう気がして、だからフィクションで理想的な良い方向を描き続けるっていうのは僕は大事なことなのではないのかなと思っています。
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©Yasuhiro YOSHIURA/DIRECTIONS, Inc.

■昔だったら絵物語だったものが、今はある程度の説得力と興味を持っていろんな人が見てくれる

--今フィクションがどんどん現実になっていく中で、これからのフィクションってどういったものになっていくのでしょうか?

吉浦:
人が想像できるSF的なガジェットなどは、昔ほど無責任に劇中に登場させられなくなっているな、と思うことはあります。何しろフィクションのつもりで描いたものが、技術的には半分実現しているようなケースも多いですし。10年後どうなっているのか?実現しているかも?というようなことも多く、『イヴの時間』では劇中で使っていた携帯が作品発表する頃にはもう古くなっていたっていうすごいことが起きています。

(※『イヴの時間』の最初の発表が2008年8月で、その1ヶ月前にiPhoneが日本で発売されている。)

--そういったことがこれからSFの中ではどんどん起こっていくのかなと思うのですが。

吉浦:
それは良し悪しだと思っていて、逆に昔だったら絵物語だったものが、今はある程度の説得力と興味を持って色々な人が見てくれる。たとえばAIを題材にした物語などは、たぶん今の時代はSFリテラシーがそこまで無い人でも興味を持つと思うんです。10年前や20年前だとSFファンしか気にならなかったことじゃないですか。そういう意味では、こういう題材を好きな自分にとっては良い時代だなと思いますね。その分扱い方はもちろん繊細にはなると思うんですけれど。

--これから先に描きたいテクノロジーや、注目しているテクノロジーというのはありますか?

吉浦:
むしろ今の時代こそ、AIという題材がまさにそうですね。昔描いた『イヴの時間』が時代的にちょっと早かったのかなって思うところがあって、もちろん当時も支持はしていただいたんですけれども......

--確かにここ2年ぐらいで一気に人工知能ブームが来ましたね。

吉浦:
ちょっとアレな話ですけど、もし発表時期が今だったらもっと色々なところから取材が来ていたのかなって思って(笑)。ありがたいことに、最近は『イヴの時間』の監督として引っ張り上げて貰える機会がちょっぴり増えたんですよ。

--『イヴの時間』のような形でAIやアンドロイドを描いた作品は、実は少なかったと思います。

吉浦:
当時はむしろ「なぜ今更こんな古典SF的な題材を使うのか?」と言われましたからね。

--ある意味、思考実験的なことですし、時代を置き換えても出来る題材ではありますよね。

吉浦:
そういう意味では、そういったテーマを発展させた物語をまた創るのも有りかなと思います。むしろ今の方がより身近な問題としてみんな感じてくれるんじゃないでしょうか?
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もはやAIは日々のニュースの話題だけではなく、あらゆるものに直接的、間接的に我々の日常に関わり始めている。そんな現代だからこそ、かつてのSFが生み出したフィクションの題材はよりリアリティと説得力を持ちはじめているという。今後AIがより社会で重要な役割を担うようになった時、『イヴの時間』のようなフィクションが明日の世界とテクノロジーをより理解する上で我々の助けとなるのかもしれない。

取材・文:サイトウタカシ

TV番組リサーチ会社を経て、現在フリーランスのリサーチャー&ライター。映画・アニメとものすごくうるさい音楽とものすごく静かな音楽が好き。
WEBSITE : suburbangraphics.jp

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