PVだけでは測れないKPI〜読者の体験をコンバージョンする「東京カレンダー」のメディア戦略

2016.02.10 10:00

昨年の秋、東京をざわつかせたWebコンテンツがあった。それが「東京カレンダー」で連載された『東京女子図鑑』や『東京人生ゲーム』といった"東京"という街で人生を歩んでいく若者が大人になっていく中での等身大でリアルな心象を描いた物語だ。そのストーリーは様々な反響を呼んだ。「いわゆるデータ分析からはオリジナリティは生まれない」と言い切る、東京カレンダー代表・菅野祐介氏に"コンテンツマーケティング"や"ストーリーテリング"の極意について話を伺った。

【前編】「『東京女子図鑑』『東京人生ゲーム』連載の舞台裏〜「東京カレンダー」菅野代表が語るストーリテリングの極意」では「一方的に作られた価値観ではユーザーの心は動かせない」という菅野氏にストーリーテリングの極意を伺った。徹底的に"リアル"を追求しつつ、ユーザーがイニシアティブを持てる解釈の余白を残すことがその鍵となるという。
後編となる今回は「読者の体験をコンバージョンすることが使命」という「東京カレンダー」の方針や今後の展望について話を聞いた。

■読者のリアルな体験をどれだけコンバージョンできるか

菅野祐介氏:東京カレンダー代表取締役。
慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、フューチャーアーキテクト株式会社に入社。
スーパー、百貨店、コンビニエンスストア、通販などの大型プロジェクトのマネジメントで豊富な実績を積む。現在はディレクターとして流通・小売業を中心とした複数のプロジェクトを統括。また、楽天でスポーツジャンル大賞を連続受賞している株式会社eSPORTSの取締役、ネットショッピングマガジン「#Cart(カート)」を運営する株式会社ネットコンシェルジェの取締役も務める。

ーー連載の中では、具体的な地名が出てきたりと、ディテールが詳細な印象があります。コンテンツを作るにあたってのこだわりはどこに置いているのでしょうか。

菅野:
徹底的に"具体性"を持たせることで局地化させることは意識しています。東京の具体的な地名を出すことで、他県の人など、何を言っているのか分からない方がいるかもしれません。しかし、結果として全国で読まれていることを考えると今後のコンテンツにとってもヒントになるかもしれないですね。つまり、誰にでも通じる無味無臭なコンテンツではなく、少数でもしっかり刺さるコンテンツにすることで、拡散していくということです。
加えて主人公に何かしらの思い入れを持ってもらうことは意識しますね。自分を投影し、むかついたり、頷いたり、感情移入をしてもらう。そのためには物語の柱にはストーリーが不可欠なんですね。

ーー街の中のリアルな店名まで出すのはそういった狙いからということですか?

東京女子図鑑』三軒茶屋に住む、主人公の綾。彼女の等身大の生活や日々の葛藤を描きながら、ライフステージごとに恵比寿、銀座、豊洲へと街を移ろいながら物語は進行していく。

菅野:
そこはKPIにも関連してくるのですが、通常「PVがどうした、CPAがどうした」と自分たちからみた尺度でKPIが語られることが多いですよね。「東京カレンダー」も当然そうした指標は持っていますが、我々はメディアとしての使命を、東京の街で、体験としてコンバージョンしてもらうことで、読者の方の人生を豊かにすることと捉えています。
要するに、どれだけ読まれたかというネット上に閉じた話ではなくて、皆さんのリアルな体験のコンバージョンをどれだけサポートできたのか。例えば『東京女子図鑑』を読んで、主人公の綾が言っていたお店に足を運んでみるのは一つの"体験"になり得るわけですよね。
いつも東京中を歩き回っているので、コンテンツを発信した後には、実際にそのエリアに行ってみて、人がどれだけ集まったのかも確認します。お客様がどういう女性で、どういう姿をした人たちなのか。インターネット上の数値を見ているだけでは見えてこないものはすごくありますね。

■「東京カレンダー」にとってITは経営戦略そのもの

ーーとにかく足を使って定性的な部分も含めて、PDCAを回していくということですね。やはりそこが一番軸になるのでしょうか?

菅野:
我々はやはり時間とコストをしっかりかけてコンテンツを作ることを"コアコンピタス"に捉えています。ネット上の数値だけを後追いで分析していても、本当のオリジナリティは生まれないのではないかと思います。

コンビニ、スーパーなどの小売・流通のITシステム導入を手がけた経験を持つ菅野氏からすれば、近年Webで取り沙汰されているビッグデータ解析やグロースハックなるものは、リアルな業態ではすでに何年も前からスタンダードであったものだという。小売店にPOSが導入され、リアルタイムデータ分析が可能となって以降は、スーパーやコンビニなどで商品陳列のバリエーションは均一化し、面白みを失っていった。その後、リアルな業態で付加価値を追求する"オリジリティ"が叫ばれてから久しい。
既存の情報を2次、3次的に加工し、粗製乱造していくキュレーションメディアの現況を鑑みると、Webにおいても同様の事態が起こりつつあると言える。Webにおいてもデータ分析がデファクトスタンダードになりつつある今、菅野氏はそこだけに活路は見出していないという。

ーーシステムも自社開発しているということですが、先ほどのお話にもあった定性的な発見とはどのように折り合いをつけながら運用されているのでしょうか?

菅野:
私の感覚からすれば、ITはツールではなく、経営戦略そのものです。先ほどの定性的な話はあくまでもコンテンツの話ですが、ITはより上段のレイヤーで捉える必要があります。ITにこそ経営戦略は投下されるべきだし、その経営戦略がCPUの中で動いていくのがこれからの時代だと考えているんです。我々はITに軸足のあるグループなので、そもそも他社に経営戦略であるシステムを委ねるという考えはありません。
我々が属するフューチャーグループにはこれまで何百社ものクライアント様にITコンサルテーションをしてきたノウハウがある。こうした知見をメディアに注入させることで、発展させていくことができるのは一つの強みになっています。

ーーよくある議論ですが、Webと紙の位置付けについてはどのようにお考えですか?

「東京カレンダー」3月号は、編集部員が連日足を運んで調べ尽くした"麻布十番"特集。(http://www.fujisan.co.jp/product/1281680620/new/

菅野:
あくまでも各々が得意な役割を持った、情報の流通経路の一つであると考えています。これからの時代、もしかしたらWeb以外のモノが出てくる可能性だってなくはないですよね。あくまで何か届けなきゃいけないものがある中で、その時々で何をすれば一番いいのかを考えるだけだと思っています。なので、もし口で喋った方が響く場合があるなら、マイクを持って何百人規模のイベントをやる方が良いのかもしれない。
たしかに今の時代、人にモノを届けるのは、Webの方が圧倒的に優れています。しかし、ブランディングの確立に関してはまだ紙の方が強いと思います。毎月、雑誌の製作過程において100〜200ページの没情報が当たり前のように出てきます。出版物を発行するというクオリティの高さを求められる作業では、クオリティの高い人と交わりや、クオリティの高い情報基地ができるという側面があります。これはWEB側から見た場合の、一つのコアコンピタスかもしれないですね。

■問われるメディアの使命ー「東京カレンダー」は読者の人生を豊かにする"サービス"になる

ーー御社全体、もしくはコンテンツ面での今後の展望をお教えいただけますか?

菅野:
我々は自らをWebメディアだとは定義していません。コンテンツをただ届けて終わりではなく、読者に体験をしてもらい、人生を豊かにしてもらうことが使命だと思っています。言葉でいえば、"Webメディア"というよりは"Webサービス"なんです。なので、「東京カレンダー」に来ていただければ、食に限らず、我々が厳選した東京のカルチャーにまつわるファッションやイベントが体験できる情報に触れられる。

リアルとネットを融合させる、いわゆるオムニチャネル。なかなか難しい課題ですが、我々はそれを成功させる先行事例となれるようにチャレンジしていきたいですね。そのアドバンテージがユーザーの心を動かす"ストーリーテリング"じゃないかと考えています。

そして今後は、発信主体としてメディアの"使命"や"大義"が一層問われると思っています。情報が氾濫しているからこそ、発信する側は「あなたにこれを届けたいんだ」「そのために存在しているんだ」という方向づけができていないと、乱立するメディアの中では、替えの効く単なる一つの存在でしかなくなってしまうんじゃないでしょうか。

「バズった先に何があるのか」
PVが偏重されがちなWeb業界にとって一つの深遠な問いである。コンテンツマーケティングやストーリーテリングといった手法をうまく組み合わせた「東京カレンダー」の連載物語は「ああ、面白かった」と読んで終わりのコンテンツではなく、実際のエリアやお店へ読者のアクションを喚起する。それは菅野氏の「リアルな体験をコンバージョンする」という言葉に集約されている。そもそも人生という物語を生きている私たちにとって、ストーリー形式のコンテンツほど共感を覚えやすいものはないのかもしれない。

取材・文:長谷川リョー

SENSORS Senior Editor
1990年生まれ。『SENSORS』や『WIRED.jp』などで編集者/ライター。これまで『週刊プレイボーイ』『GQ JAPAN』WEBなどで執筆。東京大学大学院学際情報学府にてメディア論を研究。最近は「人工知能」にアンテナを張っています。将来の夢は馬主になることです。
Twitter:@_ryh

聞き手:市來孝人

SENSORS Managing Editor
PR会社勤務ののち、かねてより旅行でよく訪れていたロサンゼルスに在住。帰国後、福岡やシンガポールのラジオDJ、東京でのMC・ナレーター、ライターとして等の活動を経てメディアプランナーとして活動中。また、タレント・企業トップなど個人に特化したPR・ブランディングにも携わっている。

Twitter:@takato_ichiki
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