「インターネット全盛期でも、音楽から地域性はなくならない」東京発の音楽レーベルTREKKIE TRAX、次なる勝負をかける

2018.10.24 08:00

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渋谷から世界へ。USツアーや海外リリースを重ねるダンスミュージックレーベルTREKKIE TRAXが、6周年を迎えた。

筆者がTREKKIE TRAXのメンバーと出会ったのは、その結成前まで遡る。Twitterで知り合い、一緒にイベントを開き、いつ間にかTREKKIE TRAXはひとつのクルーになっていった。インターネットから、また新しい音楽が始まるんじゃないか。当時はそんな期待感すらあった。

今でこそデジタルテクノロジー、とりわけインターネットやソーシャルメディアの問題が噴出し、向き合わなければいけない課題が多く存在する。でも、6年前のインターネットやソーシャルメディアは、私たちに新たな可能性をもたらす、希望のツールだったように思える。

ここ数年でのTREKKIE TRAXの躍進は、目覚ましいものがあった。メンバーのひとりCarpainter(a.k.a. Taimei)が楽曲を手がけ、三浦大知が歌う仮面ライダーの主題歌『EXCITE』はオリコン1位を獲得し、レコード大賞で優秀作品賞を受賞。紅白歌合戦への出場と、階段を駆け上がっていた。なんと仮面ライダー史上初であり、三浦大知史上初のオリコン首位だったという。

2016年11月にはUSツアーを敢行。サンフランシスコ、シアトル、ロサンゼルスと3都市をまわり、5公演を開催。

小さなパーティとインターネットで出会った仲間たちは、たった6年で世界を舞台に戦うようになった。その軌跡は前回も伝えたけれど、今回はここ1年の変化と、見据える未来の話を聞いていこうと思う。

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USツアー、Seimei帰国後にTREKKIE TRAXはどう変わったか

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「USツアーが成功した理由は、Seimeiがサンフランシスコ在住だったこと」と、futatsukiは2年前を振り返る。Seimeiがアメリカに移住して2年が経ち、ローカルコミュニティや有名DJ、各地のプロモータとのつながりができ、US進出の下地はできあがっていた。

TREKKIE TRAX所属メンバーのひとりであるMasayoshi IimoriがUSを中心に評価されていたことも大きい。Skrillexと、主宰レーベルOWSLA所属のMijaによるB2Bで楽曲がかかるなど、注目度は日に日に増していった。

「昨年はSoundCloudのフォロワーが毎日のように増えていって、USツアーの最中には3000人近く増えたんです」と、futatsukiは当時を懐かしむように語る。

USツアーの口火を切るロサンゼルス公演では、Skrillexが主宰するOWSLAのレーベルショーケースともなっている "Brownies & Lemonade"に出演。TNGHTでの活動も記憶に新しい、Lucky Me所属のLuniceとの共演を果たした。

USツアーの最後に訪れたサンフランシスコでは、Porter Robinson & Madeonの前座を務めた。地元のDJをフックアップする機運があるなかで、「Porter Robinson自身も日本の音楽が好きで、ツアーの前座にTREKKIE TRAXとQrionを選んでくれたんです」とSeimeiは語る。

そのUSツアーから1年が経ち、Seimeiは日本に帰国。「Seimeiが現地にいたからこそ、いま何が流行っているか、TREKKIE TRAXの曲がどのように現場でかかっているか。リアルタイムかつ、ものすごい情報量で伝わってきたんです」。

日本を音楽をUSに届け、現地の熱狂を日本に伝える。Seimeiはまさに橋渡し役であり、海外進出のハブであった。Seimeiはアメリカで過ごした3年と今を次のように比較する。

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「アメリカのDJやトラックメイカーにメールを書き、現場でCDを渡して、地道にプロモーションしていたと思う。今はそれができなくて、距離を感じることもあります。インターネットがあるから世界中の人たちに音楽を届けられるようになったのは間違いないけれど、でも、そんな簡単な話じゃない。音楽を聴く選択肢が広がりすぎて、現地にいないと届きにくい感覚があるんです。現地のリスナーのワンオブゼムにすらなれていないというか」

インターネット全盛期でも、音楽から地域性がなくなることはない

3年間で築いた、さまざまなDJやプロモータ、リスナーとのネットワークはムダにならない。現在、TREKKIE TRAXはDJやトラックメイカーが来日するときの"ディスティネーション"として機能しているという。

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「USの大学を卒業すれば、数年はそのまま滞在できるビザを貰えるんです。でも、それを捨てて帰ってきた。いま東京に戻れば、USで知り合ったDJやトラックメイカーを日本に呼び、共演しやすくなるから。日本のレーベルとしてのぼくらの役割だと思ったんですよね」

TREKKIE TRAXは、東京の渋谷発のレーベルであることを大切にしている。それは、なぜ音楽が好きなのか?というSeimeiの答えからも見て取れる。

「ぼくが音楽を好きなのは、地域性があるからなんです。昔テクノフェスのWIREに遊びに行くと、ベルリンやアルゼンチンといった色々な国からDJが来日していて、かける曲がその国らしいんですよね。ぼくらは東京の地域性を大事にしたい」

たしかにEd Bungerはパリで、SOULECTIONはロサンゼルスで、Lucky Meはグラスゴーで生まれ、そのユニークネスは地域性によって育まれてきた。

「ぼくらはインターネットから始まったレーベルだけれど、インターネットはコミュニケーションのツールでしかない」。Seimeiはサンフランシスコで3年間過ごし、その地域性に触れる中で、改めてTREKKIE TRAXは東京のレーベルだと自覚できるようになったという。

次は自分たちがフックアップする側に

2018年に入り、3月に5周年イベントを開催し、今月には6周年イベントを控えている。5周年イベントでは、FoxskyやMaxoを日本に呼び、札幌、大阪、東京の3都市で公演を行った。「やりきってしまった感覚になった」とfutatsukiは語る。

「お客さんがパンパンになるくらい入り、そこでTREKKIE TRAXの世界編が終わった感覚があったんです。じゃあ、次は何をやろうか、と。予想はしていたけれど、その先が見えていない時期があって」

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「新しい目標を探さなければいけない」とSeimeiは話す。TREKKIE TRAXの次なる目標は、新しい若手アーティストを発掘し、届けていくことだという。「初期衝動は、ずっと持ち続けてきたテーマなんです。6年前のTREKKIE TRAXを結成したばかりの頃のように、初期衝動に溢れる人を見つけたいし、彼らをフックアップしていきたい」

その"発掘"は成功の兆しを見せている。TREKKIE TRAXからリリースしているFellsiusの楽曲は、Afrojackなどにサポートされるだけでなく、日本の大型ベニューからも出演オファーが殺到したという。そんな希望になる動きも、始まっている。

ストリーミング時代がやってきて、闘いが始まる

フリーダウンロードからSoundCloud、そして今はSpotifyへ。この6年間で、音楽の聴き方は大きく変化してきた。ネットレーベルは、その「聴き方」の最前線に常にいる。彼らは、Spotifyの現状をどのように捉えているのか。futatsukiはレーベルの戦略を教えてくれた。

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「TREKKIE TRAXの場合は、Spotifyが日本に上陸してからズンとSoundCloudの再生回数が落ち始めたんです。実は、Spotifyが上陸する前から僕らは準備していて。Spotify Japanにはローカルのアーティストを大事にする哲学がある。今でもSpotifyでのプレイリストの作成や楽曲のリリースを積極的に行っています」

Spotifyに移行したことで、大きな変化があった。楽曲が再生された分だけ、収益が発生するようになったことだ。

「音楽は無料だと言われてきたけれど、『やっぱり価値あるじゃん!』と気づいたんですよね。無償でリリースされた楽曲に対して収益が発生するのは、無料で楽曲を配信してきたインターネットレーベルになかったシステムであり、価値観であり......新鮮ですよね」

そんなTREKKIE TRAXに聞きたいことがひとつあった。「再生数に応じた収益は、果たしてそのクリエイティブに対して適正価格なのか?」ということ。futatsukiはUSと日本の市場を比較しながら、答えてくれた。

「USでは釣り合っているのかもしれないけれど、日本にいると、どうしても再生数の上限は10万止まりで。結局はプレイリストに入るかどうか。そのためには公式キュレーターに届ける必要があります。アメリカ人に営業したり、好きになってもらったりって、そんなに簡単じゃないんですよ」

Spotify Japanにも公式キュレーターはいるが、USのプレイリストとのフォロワー数は桁数が違う。だが、日本でのプレイリスト文化は始まったばかり。「音楽ストリーミングサービスが広まりきった時に、ぼくたちの勝負が始まる」と、futatsukiは期待をかける。

「音楽だけで食べていく」ことは選びたくなかった

Mad Decentからコンピレーションを出し、USツアーを行い、リリース楽曲はオリコン1位を取った。SkrillexやPorter Robinsonといった一流DJからの支持も厚い。この6年間で、想像もできなかったような世界を切り拓いてきた。しかし、いま直面している「現実」をfutatsukiは教えてくれた。

「この6年間でかなり実績を積んで、目標としてきたことの多くは達成したけれど、それで音楽でいくら稼げているかというと、メンバー全員が食べていける金額じゃない。皆で音楽だけで生きていきたい夢と、それとは違う現実が目の前には拡がっていて。でも、6年間積み重ねてきた結果でもあるわけです。最初は音楽だけで食べていくことを目指していたけれど、得られる対価はとてもリアルなフィードバックとして僕らに戻ってきて」

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「音楽だけで食べていく」ことに軸足を起き、よりお金になる音楽を制作していくアプローチもあった。だが、futatsukiはそれを選ばなかった。

「ぼくらもいい歳になって、世の中の色々なことがわかってきて、音楽だけで食べていくことに舵を切らない理由は、TREKKIE TRAXが壊れてしまうことが目に見えているから。好きな音楽をやっている時でさえギリギリの部分もあって、もし会社化したら......みんなストレス溜まりすぎて辞めちゃうんじゃないかな(笑)」

だからこそ大切にしたいのは、長く続けることだ。

「やっぱり長く続けていくのが、一番難しい。ぼくらの周りでも辞めてくアーティストや解散するユニットがいて。一緒にやってきた人たちがどんどん減ってく中で、長く続けてくことの大事さがわかってきたんです。だから、リスクを取れないんだよね」

今すぐに音楽で食べていけるほどの収益はない。けれども、それを諦めたくないという。

「音楽だけで生活できているわけじゃないけれど、人生は豊かになっているよね、と。どこの国に行っても友達がいて、仕事の出張でも一緒に遊べたり。音楽をやっていなかったら得られなかった出会いや感動をぼくたちにもたらしてくれたんです。あとは、みんなで食べていけるように試行錯誤していきたいですね」

「TREKKIE TRAXは、ぼくらのアイデンティティだから」

「なぜ6年続けられたのか?」 数多のネットレーベルが登場し、活動休止やフェードアウトしていくなかで、どうしても聞きたい質問だった。Seimeiとfutatsukiは6年前を振り返りながら言う。

「DJを始めて色々あった後にTREKKIE TRAXを結成したんじゃなくて、DJを始めた瞬間からTREKKIE TRAXだったから、自分の音楽のアイデンティティになっている。だから捨てられないし、捨てたくない。家族のようなものだから、居心地が悪くてもちょっと距離を置いたりして、また一緒に手を取り合って前に進んだり、そんな繰り返しだったよね」(Seimei)

「そう。6年やれたのは、やっぱり情熱とか、パンク精神があったからだと思う。一泡吹かせてやりたい気持ちが間違いなくあった。だから、USツアーや三浦大知の楽曲とか、次々と仕掛けていけたんだと思う」(futatsuki)


ただ、クラブミュージックはユースカルチャーであることは否めない。長く続けるとは、年をとること。6年が経ち、futatsukiはTREKKIE TRAXの向かう先をどう見据えるのか。

「単純に年を取ると夜遊びができない(笑)。体力も衰えるし、家庭がある人は家庭を守らなければいけない。年寄りはクラブから引退し、代わりに若い人が入ってくるのは、紛れもない事実だと思う。でも、ぼくたちが大事にしたいのは、初期衝動なんです。新しい価値観を作るのは間違いなく若い世代であり、ぼくらもまだ道中ばだけれど、彼らをフックアップする立場にある。そんな中で、ぼくらも6年前のような初期衝動を持ちながらチャレンジしてきたいですよね」

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取材・執筆:岡田弘太郎

1994年生まれの編集者 / DJ。『SENSORS』シニアエディター。大学在学時に『greenz.jp』や『SENSORS』で執筆、複数のウェブメディアで編集を経験し、現在は編集デザインファーム「inquire」に所属。関心領域はビジネス、カルチャー、テクノロジー、デザインなどを横断的に。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。
Twitter:@ktrokd



撮影:萩野格

広告プランナー/フォトグラファー。
instagram:@itaru_ha_2

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