繋がらないはずのものどうしを繋げ、世界の見方を変える。宇野常寛が語る批評の役割--SENSORS 評論家と語る未来

2018.09.03 18:00

「評論家と語る未来」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは評論家の宇野常寛氏だ。

全4回にわたってお届けする第1弾記事では、MC二人(筑波大学准教授・メディアアーティストの落合陽一氏、ライゾマティクス代表の齋藤精一氏)とゲストに、現代における評論家の役割を議論してもらった。アシスタントMCは、タレントの黒田有彩が務める。宇野氏は、「現代における批評の役割は、繋がらないはずのもの同士を繋げ、世界の見方を変えることだ」と語る。

信じたいものだけを信じ、見たいものだけを見て生きていける現代において、評論家はいかなる役割を果たすべきなのか?村上春樹と仮面ライダーをも繋げてしまう、ジャンル越境的な批評をライフワークとする宇野氏と、「評論家」のあるべき姿を議論していく。

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(左より)齋藤精一、落合陽一、宇野常寛氏、黒田有彩

--今回のテーマは「評論家と語る未来」。アーティストの作品を鋭く批評する評論家の方をお招きしてディスカッションします。MCのお二人は、普段他の方のアート作品は観に行かれますか?

落合陽一(以下、落合):
そうですね。この間も、齋藤さんが関わっているイベント作品を観に行きました。
齋藤精一(以下、齋藤):
僕も落合さんのイベント作品はよく観に行きます。お互いの作品を観に行くのはもちろん、運営者として現場で会うことも多いですよね。
落合:
お互い朝まで設営していて、「まだ終わらないよ」と愚痴をこぼし合ったり(笑)。
黒田有彩(以下、黒田):
お互いの作品の感想を言い合ったりしているんですか?
落合:
はい。ただ、僕らは基本的に他の人の作品に難癖をつけないスタンスなので、「今回の作品はコンセプトが明確ですね」「こういう世界も表現できるんですね」といった風にポジティブな意見を交換しています。

以下、評論家の宇野常寛氏をゲストに招いた議論が行われた。多方面で発信活動を行う宇野氏と、メディアアートを手がける落合・齋藤との対話を通じ、現代における評論家の役割からメディア論・アート論まで、未来の日本のあるべき姿をジャンル横断的に追究する。

評論家・宇野常寛は"超集中"型。謎めく「評論家」のライフスタイル

黒田:
評論家の宇野常寛さんです。サブカルチャー評論家として執筆活動を行う一方で(代表作に、『ゼロ年代の想像力』『母性のディストピア』など)、批評誌『PLANETS』の編集長としてもご活躍中。また、京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学兼任講師として教育活動にも勤しむなど、多方面で精力的に活動されています。

本日はどうぞよろしくお願いします。
宇野常寛(以下、宇野):
よろしくお願いします。
黒田:
まずは、職業としての「評論家」について深掘りしていきたいです。評論家の方が普段何をしているのか、イメージが湧かない方も多いと思います。手始めに、評論家の人物像をより鮮明に浮かび上がらせるため、普段の生活スタイルを教えていただけますか?
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宇野:
僕の生活スタイルに関する情報なんて、需要あるんですか?(笑)

普段は、恐らく皆さんのイメージよりも健康的な生活を送っていますよ。朝は6〜8時には起き、ランニングをした後に、原稿執筆に全力を注ぐ。原稿を書くには結構な体力を要するので、朝起きて一番体力があるときに、一切の連絡をシャットアウトして集中的に行なっているんです。事務作業、打ち合わせ、インプットなどは午後に回しています。
齋藤:
意外に健康的ですね。僕は、締め切りの直前に喫茶店やファミレスに駆け込んで、一気に仕上げるタイプなので(笑)。
宇野:
僕も昔はそうでしたよ。追い詰められて徹夜している時にこそ、真価が発揮できると思い込んでいました(笑)。ただ、30代後半になると体力的にしんどくなってきたので、朝型に切り替えたんです。
黒田:
落合さんは朝型と夜型どちらですか?
落合:
僕は基本的に朝5時頃に起きて作業するので朝型ですが、夜寝るのも2時頃と睡眠時間が短いので、"寝ない型"と表現した方が適切かもしれません(笑)。

村上春樹と仮面ライダーで社会を読み解く。"ジャンル越境的"批評がライフワーク

--続いて、齋藤さんが出されたキーワード「現代の批評の役割」についてお伺いしたいです。

齋藤:
僕が若い頃は、ニュー・アカデミズム(1980年代の日本で起こった、人文科学・社会科学における潮流。レヴィ=ストロース、ラカン、フーコーなどがよく読まれた)の潮流もあり、評論家・批評家が世間一般でも注目されていました。しかし現代は、当時と比べて、評論や批評の影響力が弱まっていると思うんです。そんな下火な傾向があるなか、現代の批評はいかなる役割を果たすべきだとお考えでしょうか。
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宇野:
厳密に「批評とは何か?」を議論しはじめると何時間かかっても終わらないと思うので、あくまでも僕の持論をお話しします。

現代における批評の役割は、「繋がらないはずのもの同士を繋げ、世界の見方を変えること」だと思っています。たとえば僕の代表作のひとつ『リトル・ピープルの時代』では、村上春樹と仮面ライダーを繋げて論じているんですよ。
齋藤:
それは、普通に考えたらなかなか繋がらないですね。
宇野:
ですよね。けれど、一見全く関係がなさそうな両者を重ね合わせることで化学反応が起き、今まで見えなかった日本の精神史が炙り出せるんですよ。

本来的に、世界は全部つながっています。だから、思いもよらないトピック同士が交わって、世界の見方が変わることがある。言語の力でそれらを繋げ、異化作用を起こすのが、批評の役割です。そういった"ジャンル越境的"な批評が書いていて一番手応えを感じますし、ライフワークだとも思っています。
齋藤:
なるほど。ジャンル越境的な評論活動に関心を持たれているのはなぜなのでしょう?
宇野:
80年代や90年代の総合誌が原点です。僕今年の秋で40歳になるんですけど、雑誌が総合誌として輝いていた時代を、リアルタイムではないけど古本などで読んで知っています。

特定の特集・記事やグラビア目的で買った雑誌の、もともと全く興味なかったページに面白いことが書いてあって、世界の見方を否応無しにアップデートさせられる。商業出版の雑誌が、社会の全体性を表現していた時代だったんです。その全体性を現代版にアップデートして表現したくて、評論活動や雑誌編集を行なっています。
齋藤:
評論の執筆以外にも、雑誌『PLANETS』の編集活動も行われているのはなぜですか?
宇野:
僕にとって、評論の執筆と雑誌の編集は車の両輪なんです。編集者として多様な領域について勉強することで、視野が広がって評論の幅が広がる。逆に、評論家として展開する理論をアップデートすることで、編集者としてもスキルアップできる。評論活動と雑誌編集、どちらが欠けてもだめなんです。
黒田:
落合さんの著書『魔法の世紀』や『デジタルネイチャー』の編集を宇野さんに担当していただくなど、落合さんと宇野さんの関わりは深いと思います。落合さんから見て、宇野さんはどういった方だと思われますか?
落合:
多角的にものを見るのが好きな人だと思っています。ある対象物に対して、常に他ジャンルの事象との接続点を理解しようとしている。

そういう姿勢を持っている人って、実は少ないんです。建築について語るときは建築用語でしか話せなくて、ジャンル越境ができない人が多い。結果、自分の専門領域内で蛸壺化してしまうんです。

とはいえ、現状に危機感を覚え、他ジャンルの知見を取り入れてアップデートを試みる領域も増えています。だからこそ、これからは宇野さんのような人材がますます求められるようになってくると思いますね。

続く第2弾「"批評まがい"が溢れる時代に、宇野常寛が考える"プロ批評"の真髄とは?--SENSORS 評論家と語る未来」では、「一億総批評家時代」である現代において、プロの批評家にはいかなる素養が求められるのか議論してもらう。宇野氏は、「誰でも批評家になれるからこそ、シビアに実力が評価される。」と語る。

SNSが普及し、誰もが好き勝手に"批評まがい"の投稿をできるようになった時代において、評論家はいかにしてプロフェッショナル性を担保しているのか?既存の権威をハックする"平家型"ではなく、独立勢力を形成する"源氏型"での社会変革を目論む宇野氏と、批評と社会の関わりについて議論していく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(落合陽一がドン・キホーテをべた褒め?ゲスト:宇野常寛(評論家と語る未来 1/4))

構成:小池真幸

93年生まれのライター・編集者。AI系スタートアップのマーケターを経て、現職。関心のベクトルは、人文知をバックグラウンドにビジネス・テクノロジーを考えること。
Twitter:@masakik512



編集:オバラミツフミ

1994年、秋田県出身。2016年からフリーランス。各種メディアでのインタビュー連載・ブックライティングがメイン。
Twitter:@obaramitsufumi

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