衰退するテレビと教育の未来に、宇野常寛からの提言 --SENSORS 評論家と語る未来

2018.09.11 18:00

「評論家と語る未来」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは評論家の宇野常寛氏だ。

全4回にわたってお届けする第4弾記事の前半では、MCのお二人とゲストに、「テレビというメディア」について議論していただいた。宇野氏は、「今のテレビ業界は、全力で撤退戦を戦っている。現代的ライフスタイルを前提としたビジネスモデルに転換すべきだ」と語る。

そして最後は、大学教育に携わっている立場でもある三人が、「面白い人物の育て方」のディスカッションを行なった。落合氏が「過剰な指導をしないこと」の重要性を語る一方で、宇野氏は「無批判に飲み会と女遊びのことしか考えないのではなく、学生発の独自カルチャーを生み出すべきだ」と提言する。これからの未来を作っていく若手世代が、いかにして世界を「面白く」していくのか、徹底的に議論していただいた。

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(左より)齋藤精一、落合陽一、宇野常寛氏、黒田有彩

内輪話で盛り上がる"王道戦略"はサムい?ーー"メディア変革期"に求められる、テレビ局のビジネスモデル改革

--前回記事に引き続き、日本がより面白くなっていくためには何が必要か議論していきたいと思います。続いてのキーワードは「テレビというメディア」。いまのテレビにはどういった問題点があると思われますか?

宇野常寛(以下、宇野):
まず制作体制がヘルシーじゃないですよね。高収入が約束されている一握りのキー局員が、その他大勢の制作会社のメンバーを少ない報酬で酷使している。なんとか毎日回していくだけでも精一杯で、良いものを作る意欲なんて消え失せてしまいます。

あと、ビジネスモデルにも現場を疲弊させる要因があります。良いものを作ろうとするのではなく、広告収入モデルの中でいかにうまく立ち回れるかのゲームになってしまっている。しかも明確なデータに基づいているわけではなく、職人の勘に頼って番組を作っているので、効果が出ているかどうかもわからないようなことをトップダウンでやらされて、現場はものすごく疲弊してしまう。
落合陽一(以下、落合):
制作費もかけすぎですよね。インターネット動画配信のプレイヤーたちは、数十万円の機材でかなりクオリティーの高い映像を作っています。テレビは未だに一個何千万円もするような機材を使っている。

現場にいる制作関係者の人数も多すぎる。極端な話、性能の良いスマートフォンが一台あれば、十分に良い映像が作れると思います。
宇野:
全くその通りです。そもそも今のテレビ業界は、"全力で撤退戦を戦っている業界"なんです。日本は高齢化社会だから、視聴率を稼ぐためには高齢者をメインターゲットにせざるを得ない。
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宇野:
しかし、若いインテリ層はライフスタイル的にどんどんテレビを見なくなっています。結果、これからどんどん小さくなっていくパイ「高齢者」をいかに取り合うかのゲームになってしまっている。テレビ中心の昭和的ライフスタイルを前提にした、周回遅れのビジネスモデルに頼り切ってしまっているんです。
齋藤精一(以下、齋藤):
もっと現代的なライフスタイルに即したビジネスモデルに変えていく必要があると。
宇野:
はい。というか、広告収入に頼るモデルもやめたほうがいいと思います。

たとえば、フジテレビやTBSは広告収入だけでは収益が足りなくて、不動産収益に依存する事業構造になっていますよね。でも、それいいと思うんです。テレビ以外の事業で資金を稼いで、テレビはブランディング目的に振り切り、視聴率を気にせず質の良いものをつくればいい。電車の交通インフラを使って都市開発を進める鉄道会社のように、複合的にお金を稼いでいくべきです。

そうすれば、ブランディング目的での出稿が増えて、広告媒体としての価値も上がっていく。たとえばチームラボは、アート部門のブランディング価値向上に伴い、制作会社としての単価も上がっているんですよ。テレビ局もそういうことをやっていくべきだと思います。
黒田有彩(以下、黒田):
なるほど。番組の中身についてはどう思われますか?
宇野:
面白い番組を作れていないですよね。原因は、80年代に完成された、「あえて業界の内輪話をすることで、視聴者にもテレビ業界と繋がっている感覚を持ってもらう」手法に未だに頼り続けているせいです。それは確かにテレビがメディアの王様だった時代は有効だったし、当時としては革新的な手法だった。

だけど今は、テレビの権威が落ちてきて、若い世代がそういった"テレビ的なもの"をサムいと思う時代になっている。本当は新しい世代を取り込んでいく手法を取るべきなんですが、さっき言ったように、現状のビジネスモデルだと高齢者をターゲティングするしかないから、同じ手法を使い続けてしまっているんです。

大学よりもオンラインサロンが面白い?時代が求める、学生発の"独自カルチャー"の生み出し方

--最後のキーワードは、「面白い人物の育て方」。どうすれば面白い人物を育てられるのか、大学教育に携わっている立場でもあるお三方にお伺いしたいです。

黒田:
落合さんは大学教員をされていますが、学生の教育で心掛けていることはありますか?
落合:
過剰な指導をしないようにしています。

教員がやるべきなのは、「集団にする」、「お金をつける」、「責任をつける」の3つだけだと思います。一人だけの力ではできないこともあるから、集団の形態を取らせてあげる。そのうえで、プロジェクトにお金と責任をつける。それさえすれば、勝手に面白いものをつくってくれますよ。
宇野:
結局、面白い人物は育てるものではなくて、発生するものなんです。だから、最低限の環境を整備してあげたうえで、素養を持った人物を邪魔しないことが大切です。
齋藤:
宇野さんも大学で講義をされていますよね?
宇野:
僕は、異質な存在であることを心掛けています。いわゆる人文・社会科学系の学部に呼ばれることが多いのですが、そういった学部の世界観はかなり凝り固まっているんですよね。「とにかく反グローバル資本主義」といった具合です。

だからそこで、別のものの見方をしている人間も世の中には多いと教える役割を果たそうと意識しています。

僕が使う言語は、人文・社会科学系の言語の使い方とは全く違うと思います。異質な言語を叩きつけることで、多様なものの見方を教えたいんです。
齋藤:
僕もデザイン系の大学で講師をすることがあるんですが、全く同じスタンスで仕事をしています。大学ではあまりに現場からかけ離れた内容を教えている教員が多いので、非アカデミシャンの僕が、頑張って現場の匂いを持ち込もうとしています。
宇野:
大学教育でいうと、特に私立文系学部に顕著なんですが、飲み会と女遊びのことしか考えていない学生が多すぎる点が一番根深い問題だと思います。

それって実は、元々知的なカルチャーだったんですよ。学生運動世代への反動として80年代に生まれた、"あえて"チャラいことをすることで、知的な態度を示すカルチャー。

ただ僕らの世代くらいから、その源流を知らずに、無批判にそのカルチャーを踏襲するようになった。結果、ただ知的レベルが下がっただけになってしまいました。だからそれ以降ずっと、学生は自分たち主体の独自カルチャーを作れていないんです。
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落合:
たしかに、大学のサークルよりもオンラインサロンの方がよっぽど楽しそうですし、カルチャーを生み出していますよね。
宇野:
ちょっと前までは、それでも社会が成り立ってたんですけどね。終身雇用制が前提の昭和的日本企業では、個人の能力よりもメンバーシップが求められました。だから、大学のサークルで「世間」を学んでそれを企業で活かすことで、結果的に社会の発展に寄与していたんです。

だけど今はもうそんな時代じゃない。昭和的日本企業は衰退の一途を辿っています。だからこそ、若者発の新たなカルチャーを生み出していかなければいけません。

「評論家」ーーもしかしたら、その響きにネガティブな印象を抱いている人もいるかもしれない。他人の作品についてあれこれ言っているだけで、自分では何も生み出していないのではないかと。実際、「一億総批評家時代」の今、そういったアマチュア批評家をSNS上で見かけることも多い。

しかし、今回の宇野常寛氏との議論を通じて、そういった印象は払拭されたのではないだろうか。プロの評論家は、ジャンル越境的なメタ言説で人々の世界の見方を変え、「面白い未来」をつくり出す。それはまさに、「社会」という作品を生み出すアーティストである。フィルターバブル全盛期で、自分の見たいもの以外は目に入れずに生きていける時代になりつつある今、「繋がらないはずのものどうしを繋げ、世界の見方を変える」評論家の役割が、ますます重要性を帯びてゆくのではないだろうか。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一は放任主義!?ゲスト:宇野常寛(評論家と語る未来 4/4))

構成:小池真幸

93年生まれのライター・編集者。AI系スタートアップのマーケターを経て、現職。関心のベクトルは、人文知をバックグラウンドにビジネス・テクノロジーを考えること。
Twitter:@masakik512



編集:オバラミツフミ

1994年、秋田県出身。2016年からフリーランス。各種メディアでのインタビュー連載・ブックライティングがメイン。
Twitter:@obaramitsufumi

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