世の中に"普通"は存在しない。"一人ひとりが違う"ことを発信する小さな映画館ーーアップリンク 浅井隆

2018.10.30 18:00

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「本来、人の好奇心はあらゆる方面に向いているべきなのに、インターネットの普及によって、視野が狭くなっている。音楽、ファッション、食などさまざまなカルチャーに触れることで、世界は広がると思うんだよね」

渋谷宇田川町に佇む、100席以下の小さな映画館アップリンク渋谷は、好奇心を誘発する場所だ。

この記事の筆者である私も、アップリンクで何度も好奇心をくすぐられてきた。『ワイルドスタイル』でヒップホップ誕生の背景を知り、『エンドレス・ポエトリー』で自分らしく生きることの大切さを学び、『ラッカは静かに虐殺されている』ではニュースで報道されない紛争の裏側をみた。日常生活では知り得ないさまざまな事象に、この場所で触れてきた。

そんなアップリンクは、この冬、吉祥寺に新たな映画館をオープンする。HuluやNetflixなどのストリーミングサービスが普及し、自宅で手軽に映像作品が楽しめる今の時代に、なぜあえて映画館を作るのか。アップリンク設立の背景、エンタメコンテンツがデータ化した時代における映画館の価値、そして「アップリンク吉祥寺」の構想について、浅井氏に話を伺った。

人の好奇心は、あらゆる方面に向いているべき。偶然の出会いの連続で、世界は広がっていく

「街みたいだと思ったんだよね。サーカス、クラブ、劇場、レストラン、ギャラリー、ライブハウス、映画館...。それらがひとつの場所に凝縮されていて、あらゆるイベントが同時多発的に開催されていたんだよ」

アップリンク設立の背景には、代表・浅井氏が青年期に訪れたオランダ・アムステルダムにあるマルチ・カルチャースペース「ミルキーウェイ」での体験がある。

寺山修司氏主宰の演劇実験室「天井桟敷」で舞台監督を務めていた浅井氏は1975年、同劇団の遠征公演のため、アムステルダムを訪れた。数週間の滞在中、公演終了後には夜な夜な運河に浮かぶ「ミルキーウェイ」に繰り出し、朝まで遊んでいたという。ヒッピームーブメントの全盛期にあった当時、ミルキーウェイは「世界で一番ヒップな場所」だったのだ。

浅井隆氏(以下、浅井):あらゆるエンターテインメントが同時に開催されている"祝祭的な空間"だった。右を向けばレゲエが流れていて、左を向けば映画が上映されている。泊まる場所はないけど、クッションが置いてある部屋でお酒を飲みながら喋っていたり...。アムステルダムはドラッグにもオープンだからハシシ入りのクッキーがあったりと、もうなんでもありな場所で、非日常の極みだった。ミルキーウェイで体感した「ごちゃまぜカルチャー」が、アップリンクでの活動の軸になっているんだよね。

浅井氏が青春時代を過ごした80年代は、世の中が"ジャンル分け"されていなかった。特に雑誌のあり方が、現代とは違ったと浅井氏は当時を振り返る。

浅井:当時は、カルチャー全般を扱う雑誌が多かった。代表的なのが『STUDIO VOICE』と『シティロード』。音楽、演劇、ダンス、ファッションとあらゆるカルチャーを紹介する雑誌が毎月発売されていたんだよね。だから若者は、カルチャー全般に興味があった。STUDIO VOICEは今もあるけど、年2回刊行になってしまったからね。

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浅井隆氏

90年代に突入してから、ジャンル分けの波が訪れた。特に音楽に関してはそうした動きが顕著で、J-POPを中心に扱った『WHAT's IN?』や邦楽ロック・ポップスを扱う『ROCKIN'ON JAPAN』など、専門誌が続々と登場した。人びとの興味関心がジャンルごとに分かれていった背景には、インターネットの普及がある。

浅井:80年代はインターネットが普及していなかったから、情報は街でしか知ることができなかったんだ。ロック喫茶やジャズ喫茶、新宿のゴールデン街には色々なイベントのチラシが置いてあって、みんなそこから情報を得ていた。だから新しいことを偶然知ることが多かったんだよね。

インターネットが普及して、情報のタコツボ化が起こったんだよね。ひとつのことを深掘りしやすくなったけど、自分の興味外にあることを知りにくくなった。でも、本来人の好奇心は、多方面に向いているべきなんだよ。音楽やファッション、食などさまざまなものを横断的に知ることで、世界は広がるからね。世間では「ヒッピー」とか「カウンターカルチャー」などと呼ばれているけれど、80年代はそういう人が多かった。

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アップリンク渋谷2階のUPLINK MARKET。上映作品に関連するDVDや書籍などが販売されている。

アップリンクが設立されたのは、そんなジャンルレスな時代が終わりかけていた1987年。映画配給会社としてスタートした同社は、1995年に渋谷・神南で、「アップリンクファクトリー」をオープンした。イベントスペース、バーカウンターを備えたカフェ・シアターであるこの場所は、まさに様々なサブカルチャーと偶発的に出会うことができる"カルチャーの交差点"となった。

その後アップリンクファクトリーは、スクリーンを3つに増やし、2006年4月に宇田川町に移転。以降、カフェレストラン「Tabela」やギャラリー、DVDや書籍などを販売するマーケットも併設する「小さなカルチャーセンター」として長年愛されている。

海外映画を100回観るより、海外旅行を1回した方がいい。映画は"架空の旅"に過ぎない

90年代以降にインターネットが普及すると、「人とカルチャー」の出会い方は大きく変化した。加速度的にテクノロジーが進化している今の時代を、浅井氏はどのように捉えているのだろうか。

インターネットによる"情報のタコツボ化"に加え、近年は増え続けるビックデータを活用し、レコメンドエンジンが進化している。NetflixやSpotifyのホーム画面には、アルゴリズムによってユーザーにパーソナライズされた、"おすすめコンテンツ"が表示される。浅井氏は、今後ポストアルゴリズムの時代"が訪れると予測する。

浅井:ビックデータは、過去の行動から生まれるもの。でも、アルゴリズムからクリエイティブな思考は絶対生まれてこないんだよね。新しい閃きは、能動的な体験からしか出てこない。Spotifyでおすすめされた曲よりも、自分の足で行ったフェスで耳にした曲の方が記憶に残ると思うんだよね。

数ある作品から興味が湧いたものを選び、映画館に足を運んで映画を観ることも「能動的な体験」だと言えるが、浅井氏は「映画鑑賞は、リアルな体験の代替物にすぎない」と話す。

浅井:映画は登場人物の表情が見えるから、本や音楽よりも、感情がダイレクトに揺さぶられる。海外作品を観て異国のマナーや文化を知ることで、映画で"架空の旅"をすることもできるだろうね。でもやっぱり、海外の映画を100本観るよりも、海外旅行に1回出かけたほうが得られるものは大きいと思う。大きい音を出したら驚く、悲しいメロディーを流せば泣く、明るい色を出せばハッピーになる、暗くなれば内省的になるーー映画には、ある程度定型化した演出が存在している。でも旅に出れば、それまでに味わったことのないような体験ができるんだよね。

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アップリンク渋谷1階のUPLINK FACTORY。通常、夕方までは映画館として運営。それ以降、トークショー、ライブ、ダンス、パフォーマンス、試写会などを行う多目的スペース。

NetflixやHuluなどのストリーミング配信サービスが普及して、映画は自宅や移動中の車内でも、楽しめるものになった。アップリンクも2016年からオンライン映画配信サービス「UPLINK Cloud」を開始している。映画館に足を運ぶ人もオンラインで映画を観る人も、同じく「映画を観る人」である。しかし浅井氏は「映画館に勝るテクノロジーは、まだ登場していない」と話す。

浅井:自宅のテレビやiPhoneで映画を観ても、感性が刺激されないんだよね。広い空間で、暗闇の中、臨場感あるサウンドで映画を楽しめる映画館とは全然違う。最近は、VRのヘッドセットで映画鑑賞している人もいるみたいだけど、VRでは"エモく"なれないと思う。まずヘッドセットをつけること自体、身体的なストレスになってしまうし、映画に集中できないから。最新テクノロジーよりも、2Dの映画館の方がまだまだ進んでいる。映画館ほど感情が揺さぶられる場所は、まだないんじゃないかな。

「普通=ダサい」は間違い。「一人ひとりの違いを認めること」が多様性

浅井氏がミルキーウェイで体験し、アップリンクで発信している「ごちゃまぜカルチャー」とはつまり、多様性の極みである。

ここ数年で、いたるところで「多様性」が謳われるようになった。ライフスタイルから恋愛に至るまであらゆる多様性が叫ばれるなか、「多様性=マイノリティ、マイノリティであることがかっこよくて、普通はダサい」といった風潮が漂っているようにも感じる。そうした思想は結局、社会の分断を生んでいるのではないだろうか。本当の多様性とはいったいなにかーー。浅井氏に疑問をぶつけてみた。

浅井:「多様性がかっこいい」という考え方はまったく理解できないけど、たしかにひとつのキャッチコピーになっているよね。政界からファッション業界まで、あらゆる場所で多様性が叫ばれている。でも「多様性とはなにか」と突き詰めると、最終的に「個人」になるんだよ。一人ひとりが違う考え方、センスを持っていて、生きてきた時間、経験してきたことも違う。だから誰しもが美しいし、力があるし、生きていく価値がある。当たり前なことだけど、それが多様性なんだと思う。

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さらに浅井氏は、多様性と対極にある「均質化」が社会の分断につながるという。

浅井:なんでも1つのグループにまとめようとする均質化が、分断を呼ぶんだよね。たとえば昭和の時代には、政府が家族のあり方を均質化しようとしていたんだよ。「父親と母親がいて、母親は専業主婦。子どもが2人いる」というのが、家族の在り方として提唱されていた。でも世の中を見渡せば。働いている母親はたくさんいるし、子どもを作らない夫婦もいる。LGBTのカップルが養子をもらって家族を形成している場合もあるよね。世間は「普通」を強いてくるけれど、「普通」なんて存在しないから。「多様性はかっこいい。流行を追うことはダサい」といった考えも、ひとつの均質化。多様性を認めるということは、一人ひとり違うことを認めることだから。

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アップリンク渋谷1階の廊下。多様な作品のチラシが所狭しと並べられている。

一人ひとり違う価値観を持ち、違う生き方をしていること。世の中には均質化された「普通」が存在しないことをメッセージとして、アップリンクは様々なインディペンデント・スピリットを持った映画を上映してきた。アップリンクは昨年7月、CNNで「日本一小さな映画館」として紹介されている。3スクリーンとも100席以下のミニシアターである理由は、多様性を標榜するためなのだと、浅井氏は言う。

浅井:多様性を突き詰めると、個人になる。では、一人用の映画鑑賞ブースを作ればいいかといえばそうじゃない。映画館まで足を運び、知らない人と同じ空間で同じタイミングで笑ったり泣いたりする、"緩やかな共感"が生まれるほうが、映画を楽しめるから。一般的にミニシアターは、200席以下の映画館を指すんだけど、今の時代には100席以下の映画館が必要だと思ってる。なぜかというと、ストリーミングサービスが普及して、映画を観れる場所が増えたから。映画館に来る人自体が減っている中で、多様な作品を上映するためには、100席以下のスクリーンをいくつも作ることが最適な方法だと思うんだよね。

映画を観ない人でも気軽に立ち寄れる、「小さな街」に。多様性の発信地「アップリンク吉祥寺」

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2018年12月、吉祥寺にオープンする「アップリンク吉祥寺」は、まさに感情が揺さぶられる映画体験が楽しめる場所になる予定だ。

クラウドファンディングプラットフォーム「PLAN GO」では、アップリンク吉祥寺を支援するプロジェクトが10月31日まで実施している。

迫力あるサウンドを提供するため、多くの"音好き"を魅了する田口音響研究所による特注の平面スピーカーを開発。"世界中でここでしか聴けない"映画館専用のサウンドシステムを導入する。また、ヨーロッパトップクラスのメーカー「キネット社」のシートを採用し、快適な映画鑑賞体験が実現するそうだ。

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アップリンク吉祥寺で使用する、キネット社の椅子

5スクリーン計300席のミニシアター・コンプレックスとなるアップリンク吉祥寺では、1日最大20本の多様な作品を上映予定だ。吉祥寺にはファミリー層が多いことから、子ども向けの映画も上映するという。

5年の年月をかけて、アップリンク吉祥寺の準備を続けてきた浅井氏は、「1番の特徴は回廊型の施設であること」だと明かす。

浅井:映画を観ない人も気軽に入れるようにしていて、チラシ置き場も作る。ふらっと立ち寄った人が、チラシを見ながら次に観る作品を吟味できる空間を作りたい。他にも、タロット占いができる場所やストリートライブができる場所も欲しい。似顔絵描きや行商がいてもいい。ミルキーウェイのような「小さな街」を創り出したいんだ。

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アップリンク吉祥寺の模型

取材中印象深かったのは、好奇心に満ち溢れた浅井氏の姿だ。気になることがあればすぐスタッフに「ネットで調べてみて」と指示を飛ばし、わずかな不明点でも放置しない。そんな浅井氏の飽くなき探究心が、世界の多様な在り方を発信するアップリンクを作り上げてきたのだと実感した。

浅井氏の探究心は止まらない。取材の最後、「予算や利益など関係なく、新たに映画館を作るならどんな場所にしたいか?」と尋ねてみると、映画館の新たな可能性を感じさせる、素敵な答えが返ってきた。

浅井:大きなトレーラーにスクリーンを設けて、移動できる映画館が作りたいね。カンヌ映画祭でそういう映画館があったから。学校の校庭に、夜テントを張って映画を上映するのも面白いかもしれない。あらゆる場所で映画を上映すれば、人びとの新たな発見や行動のきっかけが増えていくと思うんだよね。

人生は一度きりだ。限られた時間の中で、知れることも、出会う人も限られている。しかし新しい文化、価値観に触れることによって、世界は広がっていく。だからこそ、日常を離れて旅に出ると、新しい発見の連続によって自己がアップデートされるのだ。

しかし現代人は忙しい。限られた時間の中でさまざまな場所に出かけることは、容易なことではない。だからこそ、"架空の旅"が出来るアップリンクのような場所が必要なのではないだろうか。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

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